97:聖地エレオス2
前回のざっくりあらすじ:聖地エレオスの小さな宿に泊まることに。
夜闇が町を覆い、街灯の明かりがともる。
聖地エレオスの街灯は、ニースがこれまで見てきた町の明かりと違い、まるで痛みや悲しみを消し去ろうとするかのように、眩しいほどの強い光で町を照らしていた。
ニースたちは、メアリが宿へ戻ってくると、ジーナの作った料理が並ぶ食卓を皆で囲んだ。
「今日は馬車に積んでた食材だけを使ったから、あまり大したことはないけどー。明日からは腕によりをかけるから、期待しててねー」
にっこり笑みを浮かべるジーナの声に、メグが困ったように顔を歪めた。
「お母さんの料理は美味しいけど、食べ過ぎちゃうから困るのよね……」
メグが二の腕を確かめるように触っていたので、ニースは明日からはいつもよりたくさん運動しようと、心に誓った。
食事を終えると、食後のお茶を飲みながら、メアリが口を開いた。
「先ほど、聖庁に行ってきましたが、明日早速、私は大聖堂に行くことになりました」
「大聖堂……祈歌の研究所が、併設されてるんでしたね。僕もご一緒した方がいいですか?」
「ええ、ラチェットさん。お願い出来ますか?」
「はい。もちろんです」
微笑んで頷いたラチェットを見て、メグが心配そうに声を上げた。
「あの……私も一緒に行ってもいいかしら?」
ラチェットが、不思議そうにメグを見た。
「メグも?」
「ええ。……えっと、ほら。大聖堂って、見たことないし。気になるじゃない?」
「……メグって、そういうのに興味あったの?」
ラチェットの表情が訝しむものに変わったので、メグは慌てて言葉を続けた。
「べ、別に私は、ラチェットがそのまま研究対象にされちゃうんじゃないかとか、そういう心配をしてるわけじゃなくて……」
メグの言葉に、メアリが苦笑いを浮かべた。
「メグさん、そんな心配をしなくても大丈夫よ。大聖堂の研究者たちは、穏健派の修道士たちなの。歌を作ったラチェットさんに、手荒な真似はしないわ」
「そ、そう、ですよね……」
メグが気まずそうに俯いたので、ラチェットが慰めるように微笑んだ。
「でも、僕は嬉しいよ。そんな風に心配してもらえるっていうのは。それに、行ったことのない場所に行くのは緊張するし、メグが付いてきてくれるなら、僕は心強いな」
「そ、そう? ラチェットがそう言うなら、付いていってあげなくもないわよ」
元気を取り戻したメグに、マルコムが噴き出した。
「くく……お嬢は素直じゃないな。まあでも、ラチェット一人だと心配なのは俺も同じだな。俺も一緒に行くよ」
「素直じゃないのは、マルコムも同じじゃない」
ぷぅと頬を膨らませ、呟いたメグの言葉に気づかない振りをして、マルコムはグスタフに視線を向けた。
「グスタフ、聖地ではどうする? 公演場所を探すのか、教会に慰問にいくのか。明日出かけたついでに、探してくるが」
「そうだな……とりあえず劇場を当たろう。空いてる劇場があれば、少し長めに押さえたい。砂漠が戦後どうなってるのか、情報を集める必要がある。陸路が無理そうなら、海路にしないとな」
「わかった。とにかく情報収集の間の仕事を見つけてくるよ」
「ああ、頼む」
今後の方針を決めると、皆は立ち上がり片付けを始めた。セラがニースに、重ねた皿を渡しながら問いかけた。
「ニース。明日は何もすることないから、一緒に遊ばない?」
「いいけど……ぼくは目立つから、さすがに聖地では外に行きたくないかな。こんなに人がいるから、礼拝されたら迷惑になりそうだし」
「うん。わかってるよ。バードちゃんとお部屋で遊ぼう?」
「わかった」
ニースとセラは微笑み合うと、片付けに戻る。穏やかな夜が、ゆっくりと更けていった。
丘の上に朝日が昇る。朝食を終えると、メアリたちは早速出かけていった。
バードとココを預かったニースは、セラと部屋で遊んでいた。すると、グスタフが部屋を訪ねた。
「二人とも、今日は暇か?」
「はい、グスタフさん。何かご用ですか?」
グスタフは部屋に入ると、二人を手招きし、顔を寄せた。
「いいか。これから大事な話をする。絶対にジーナには秘密だ」
小さな声で真剣に話すグスタフに、ニースとセラは顔を見合わせると頷きを返した。
「わかりました。秘密ですね」
「私たち、絶対に約束を守ると誓います!」
小さく囁きながら決意表明をした二人に、グスタフは笑みを浮かべた。
「ありがとう、二人とも。実はな、もうすぐ私の誕生日なんだ」
「グスタフさんのお誕生日ですか?」
「わあ! おめでとうございます!」
「ありがとう。……それでだ。私は誕生日を、毎年ジーナと二人で祝ってる。だがな……」
笑みを浮かべていたグスタフが、困ったように顔を歪めた。
「二人が身をもって知ってる通り、ジーナは驚くような贈り物を毎年するんだ」
「グスタフさんにもですか?」
「ああ」
真剣なグスタフの表情に、ニースは、ぷるりと身を震わせ、セラは不思議そうに首を傾げた。
「いいじゃないですか。ジーナさんからの贈り物、私は好きです」
「まあ、セラはそうだろうな。だが、私には少し辛いものがあるんだ。……それで、二人に頼みがある」
切羽詰まった様子のグスタフに、ニースは緊張の色を顔に浮かべた。
「なんでしょう……?」
「今日、ジーナは町へ買い物に出かける。おそらくジーナは、私の誕生日に向けての買い物もするはずだ。私が荷物持ちを名乗り出たが、断られたから間違いない。
そこでだ。二人には私の代わりにジーナの買い物について行ってもらいたいんだ」
セラが真剣な眼差しで尋ねた。
「お買い物ですか……付いていくだけでいいんですか?」
「いや……もしジーナが布を買おうとしたら、止めて欲しい」
「布ですか?」
「ああ。小物ぐらいならいいんだ。問題は、衣装だからな」
ニースは覚悟を決めるように、拳を握った。
「わかりました。ぼく、がんばります」
「私も、ちゃんと止めます」
ニースと同じようにセラも真剣に頷いたので、グスタフは、ほっと胸を撫で下ろした。
「すまない、二人とも。頼む」
重要な任務を背負った二人は、すぐにジーナの元へ向かった。グスタフは、小さな勇者たちに尊敬の念を抱き、見送った。
ジーナは、ニースとセラが買い物について行きたいと言うと、快く受け入れた。
ニースたちが滞在している宿は、混合区と呼ばれる住居と小さな商店が入り混じったような地区だ。ジーナが買い物に行こうと考えている、立派な店が立ち並ぶ商業区には、市壁を回り込んで行かねばならず、ジーナは二人を連れてすぐに出発した。
ジーナは、かなりの量の品を買おうと考えているようで、ドリタから大きな荷車を借りていた。
セラが荷車に乗り、ジーナが引く。ニースは仮面を被って後ろから押して歩き、商業区を目指した。
大柄の女性が荷車に女の子を乗せ、怪しい仮面の子どもが後ろから押す様は、とても奇妙な光景だった。
道行く人々はちらちらと見つめ、何やら囁く。ニースは、視線に耐えきれなくなり、ジーナに呼びかけた。
「ジーナさん。これってどうしても必要なんですか?」
「もちろんよー。今日は色んな物を買わないといけないから、私たちだけじゃ、とても持てないわー。ラチェットやマルコムがいれば良かったんだけどー」
ニースはジーナの答えを聞いて、がっくり肩を落とした。セラは、にこにこと楽しそうに通りを見回した。
「ニース。リヤカー楽しいよ?」
「セラはいいよね、楽しめて……」
仮面の下のニースの呟きはセラには届かない。まだ買い物が始まってもいないのに、ニースはすでに疲れていた。
商業区は、石造りの建物が色とりどりに塗られており、とても美しい街並みだった。赤、黄、青、緑……様々な色の店は、ニースが皇都で見たのと同じぐらい、たくさん並んでいた。
しかし皇都と違ったのは、大通り沿いの店舗でも大きなガラス窓がないという点だ。店先の布の庇の下に並べられてられている商品は数が少なく、外から眺めても何が売ってるのかは分かり難い。
ジーナとセラは一軒一軒立ち止まっては、店を覗いて回っていた。
――メグの買い物より長くなるなんて……。
二人の買い物は、ニースの想像以上に時間のかかるものだった。
いつもは買い物が早く終わるよう、うまくラチェットが誘導していたなど、知りもしないニースは、荷車にどんどん積み上がる荷物の番人と化していた。
大通りは石畳になっており、道は歩道と車道に分かれていた。通りは車道まで溢れかえるほどの雑多な人混みになっており、荷車は車道の端に寄せて止めてある。
ニースは、通行人の邪魔にならないよう、荷車の端に座ってのんびりと往来を眺めていた。
すると、遠くの方で人だかりが出来て、何やら大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
「引ったくりだ! その子どもを止めてくれ!」
人だかりと叫び声が、徐々にニースたちの方へと移動してくるのが、遠目に見えた。
すると、騒ぎに気づき、ジーナと共に店を出てきたセラに、小さな子どもがぶつかって派手に転んだ。
「いたっ……!」
「うわっ!」
転んだ子どもはボロ布を身に纏い、髪はボサボサで、狐色の肌には、逃げ回った時についたのだろう、ひっかき傷があり、血が滲んでいた。
ジーナがセラを助け起す傍らで、ニースは慌てて子どもに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「いてて……ひっ!」
ニースの仮面を見た子どもは、小さな悲鳴をあげた。ニースが困っていると、走ってきた男が子どもを掴み上げた。
「あっ……!」
持ち上げられた子どもの懐からは、いくつも財布が落ち、あたりには銅貨が散らばった。
「この野郎! よくも盗みやがったな!」
周囲の大人たちが、捕まえた子どもを引きずっていく。
突然の出来事に、ニースは唖然とした。
――ぼくより小さいのに、盗みを働いたの?
ジーナが、悲しそうな目で連れて行かれる子どもを見送ると、大きくため息を吐いた。
「なんだか疲れちゃったわねー。もうお昼も過ぎちゃったし、何か食べながら帰りましょうかー」
ジーナの声は明るかったが、とても切ない表情をしていた。ジーナは宣言通り、屋台で昼食を買うと宿へと戻る。ニースとセラは、重くなった荷車を必死に押していった。
宿に戻ったニースたちは、グスタフも交えて四人で食事をした。
しかしニースは、先ほどの子どものことが気になり、食が進まなかった。それはジーナも同じようで、いつもより食べる量が少なかった。
そんなジーナを、グスタフが心配そうに見つめていた。
「ジーナ。何かあったのか?」
グスタフは、自分がニースとセラに、ジーナの楽しみの阻止を頼んだ事が原因なのではと、不安に感じていた。
「え? あー、ええ。まあ、ちょっとねー」
はぐらかすジーナに、グスタフは焦った。
「ジーナ、その……。今日は買いたかったものは買えたのか?」
「んー。実はまだ全部は買えていないのよー。ちょっと、困ったことがあったからー」
グスタフは、ジーナを止めるためにニースたちが何かをしたのだと考えた。
ちらりと、ニースとセラに、グスタフは視線を送った。
――ふたりとも、止めるために何かしたか?
二人は、グスタフの視線に気がつき、顔を見合わせると、ジーナに悟られないように、言葉を選んで囁きあった。
「グスタフさん、こっちを見てるね。なんだろう?」
「きっと、ちゃんと出来たかって聞いてるんじゃない?」
「そっか。そうだね、きっと」
自信満々に頷きを返す二人を見て、グスタフは、やりすぎてしまったのだと感じた。
「その……すまなかった」
「えー? なんでグスタフが謝るのー?」
「いや、それは……私がもう少し、ほかの方法を考えれば良かったんじゃないかと……」
グスタフの言葉を聞いたジーナは、真剣な眼差しを浮かべた。
「ほかの方法……そうね。確かに、出来ることって何かあったと思うわ」
ジーナの声音が、真面目で落ち着いたものになったので、グスタフは、自分がニースたちに頼んだことをジーナが勘付いたと思った。
「本当にすまない。こんな回りくどいことをしてしまって。もっと正直に、ちゃんと気持ちを伝えるべきだった」
グスタフが頭を下げて謝るので、ジーナは、ぽかんと口を開けた。
「やだわ。何よ、突然。グスタフ、どうしちゃったの?」
グスタフは、ジーナが許す気がないのだと思い、ジーナの手を握りしめた。
「私は、本当に反省しているんだ。すまない」
ジーナは、ようやく何かがおかしいと気がついた。
「グスタフー。何をしたのー?」
「……え?」
ジーナは、満面の笑みを浮かべて、グスタフに告げた。
「私はね、グスタフー。さっき買い物の途中で、小さなこどもが盗みを働くのを見て、悲しんでいたのー。でも、あなたの言ってることは違うわよねー? 説明してくれるー?」
ジーナの言葉にグスタフは凍りつく。二人の会話に危険を感じ取ったニースとセラは、素早く席を立った。
「ごちそうさまでした! ぼく、先に部屋に戻ります!」
「私も、バードちゃんの様子を見てきます!」
グスタフが泣きそうに顔を歪めて二人を見たが、ニースとセラはグスタフに会釈をして足早に去った。グスタフは、小さな勇者たちの裏切りに、心から涙した。




