◆《閑話〜老人たちの手紙》
お話の途中ですが、閑話を挟みます。
本編で詳しく書けなかった設定などを、会話文なしで描いております。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーに全く問題ありません。
ローサへ
ローサ、元気にしておるか。わしは元気だ。
長生きをすると、良い事もあるもんだ。驚くなよ。わしはなんと、聖人様のお顔を見たんだ。それも、すごい近くでな。
兵士を辞めて、ロッシーノ村の門兵となったわしが、まさかもう一度聖人様のお顔を見れるとは、思いもよらなんだ。
以前わしは、聖人様の御姿を戦場で見たと話したことがあったろう。わしが聖人様を見たのはこれで三回目だ。
最初は五十年前の初陣で、北の帝国との海戦の最中だった。あの時は、聖人様は敵方についておられたから、ほとんど見ることは出来なかった。
二回目は十年前から急に激しくなった砂漠の国との戦でだ。一度だけ戦場でお見かけした御姿は、教会にある聖女様の像とそっくりだった。
同盟国の姫君だった聖人様は、類稀な力で古代兵器を操り、見事わしらを勝利に導いてくださった
今回の聖人様は、とてもお小さかったが、あれほどの美しい黒をお持ちの方を、再び拝めるとは思わなんだ。
それも、今回は直接言葉まで交わす事が出来た。聖人様は大層お優しい方でのう。長生きはするもんだな。これも聖女様のお導きのおかげだて。
しかし寄る年波には勝てん。すっかり腰も曲がってしもうて、恥ずかしい姿を、聖人様にお見せしてしもうたよ。
そんな聖人様がな、教会で歌を歌われたんだ。もちろんわしも聞きに行った。
この村は同盟国との国境に近くて、警備隊の兵士も多いから、悪い奴らもとんと来やせん。猪除けの柵があるぐらいで充分だから、ちょいとぐらい、わしが持ち場を離れても平気なもんなんだ。
いやはや、しかしおったまげた。歌はお前さんが歌うのを聞いたことはあったが、聖人様のはさらに素晴らしかった。それなのに奇跡の力はないんだと。音楽だと言うんだから、これまたおったまげた。
よほど楽しかったからか、いつの間にやら腰の痛みもひいて、すっかり背筋が伸びるようになった。奇跡の力がなくとも、楽しいといいことがあるもんだなぁ。
また音楽を聞く機会があったらいいが、こんな辺鄙な村には旅芸人なぞ滅多に来ない。聖人様が村を発たれてから程なくして、腰はまた曲がってしもうた。
死ぬ前にもう一度あの心躍る歌を聞きたいと思うのは、贅沢な願いかのう。
聖女様に熱心にお祈りすれば、叶うだろうか。お前さんからも、わしがもう一度歌を聞けるように、祈っておいてくれ。
また手紙を書くよ。元気でな。
兄より
◆◇◆◇◆◇
兄さんへ
兄さん。手紙をありがとう。聖女様のご加護のおかげで、私も元気に過ごしているわ。
私が住むテトラネマにも、数日前に聖人様がお見えになられたの。歌を音楽として歌われる方だったから、たぶん兄さんがお会いした聖人様と同じでしょうね。
兄さんが手紙に書いてくれた、腰の痛みがひいた話。あれは、決して誰にも言わないでもらえるかしら。聖人様は歌の力を持たないはずなのだけれど、テトラネマでも奇跡が起きたのよ。
私が教会へ身を捧げてから数十年経つけれど、こんな奇跡は初めて見たわ。兄さんと同じように、患者たちの痛みが消えたの。
でもね、それがきっかけで、聖人様にご迷惑をおかけしてしまったわ。患者たちが感激のあまり、早朝から聖人様の宿に押しかけて、感謝の祈りを捧げたの。乱闘騒ぎにまでなったから、怪我人も増えて大変だったのよ。
聖人様をお守りするために、町をお出になられる時に、テトラネマの地下道を使って頂いたのよ。まさかこんな形で地下道を使うとは思わなかった。昔、兄さんと遊んだことが、役に立ったわ。
詳しくは書けないけれど、きっと奇跡の理由がそのうち分かると思うわ。そうなれば、兄さんの腰もまた治るかもしれないわね。
でも、今はそれを周りには言わないでほしいの。知られてしまえば、聖人様の元へどれだけの人が押しかけてしまうか。自制の効かない強い想いは、とても危険なものだわ。私は聖人様をお守りしたいのよ。だから兄さん、お願いね。
近いうちにロッシーノ村にも顔を出すわ。あなたの娘に、お願いしたいこともあるの。
会えるのを楽しみにしてるわね。どうぞお元気で。
ローサより




