表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
119/647

95:聖地への道で4

前回のざっくりあらすじ:バードとココは、聖カルデナの鳥と瞳の色が同じ。

 一行は次の町へ着くと、真っ先にラチェットをメガネ屋に連れて行き、ラチェットは予備を含めて三つのメガネを買った。


「これで、あと二回壊れても大丈夫だよ」


 嬉しそうに話すラチェットに、メグは気まずそうに苦笑いを浮かべた。


 マルコムの火傷がすっかり治る頃には、ジーナの尽力もあり、マルコムがメアリに奇妙な態度を取ることもなくなった。

 マルコムが再びオルガン馬車の手綱を取るようになると、入れ替わるように、ニースがメグたちと共にグスタフの馬車に乗った。メアリに歌を教えるためだ。

 馬車の中でのニースの指導と、休憩時や宿泊時のラチェットとの練習で、メアリは少しずつ歌を覚えていった。


 一行はメアリの希望もあり、訪れる町や村の教会で、慰問演奏会を行いながら聖地エレオスを目指した。

 演奏会ではニースとセラは歌わず、グスタフ、マルコム、ラチェットの演奏と、メグの踊りだけを行った。ニースとセラは患者たちとの慰問のみ行い、メアリは祈手として祈歌を歌って回った。




 そうして長い旅の後に、聖地に最も近い村、デナルケに着いたニースたちは、いつものように慰問演奏会の打ち合わせを馬車で行う。

 するとメアリが、窺うように声を上げた。


「あの……今夜の演奏会では、私がラチェットさんの曲を歌ってはいけませんか?」


 グスタフは、意外な申し出に驚いた。


「別に構いませんが……奇跡が起きたら騒ぎになるのでは?」


 メアリは穏やかな笑みを浮かべ、答えた。


「もし、そうなってもここは小さな村です。テトラネマのような大きな騒ぎにはなりません。

 それに、騒ぎになったとしても、私一人で奇跡が起きるなら、みなさんにご迷惑をおかけすることはないと思います。聖地はすぐそこですし、ここからなら私一人でも迎えますから」


「いや、ですが……」


「ようやく、全ての歌を歌えるようになったので、可能性があるなら、少しでも多くの方々を救いたいのです。お願いします」


 深々と頭を下げるメアリに、グスタフは戸惑いの色を浮かべた。

 するとマルコムが、ラチェットとニースに問いかけた。


「ラチェット、ニース。メアリさんは、本当にもう全部歌えるのか?」


「ええ。主旋律だけじゃなく、副旋律まで、もう全部覚えてますよ」


「ラチェットさんの言う通りです」


 二人の返事を聞いたマルコムは、諭すようにグスタフに話した。


「グスタフ。これはメアリさんの問題だ。俺たちに出来るのは、歌を教えることと、聖地へ送ること。この二つがもう充分なら、メアリさんの希望を断る理由は、俺たちにはないんじゃないか?」


 グスタフは、しばし目を伏せ考えたが、笑みを浮かべてメアリを見た。


「わかりました。それなら、私たちで伴奏をしましょう。曲順を決めましょうか」


「ありがとうございます!」


 喜ぶメアリに、マルコムが切なげな笑みを浮かべていた。




 夜の帳が下りて、教会の庭に街灯がともる。柔らかな光の中で、慰問演奏会が始まる時間が訪れた。

 ニースとセラは、日中のうちに慰問を終えており、観客席となる教会の庭の端で見学だ。

 見学にはすっかり慣れた二人だったが、今日はメアリが歌を歌うとあって、緊張した面持ちだった。


「メアリさん、ちゃんと歌えるかなぁ?」


「あんなに練習したし、大丈夫だよ、ニース」


 当のメアリは、オルガン馬車の横で、メグと一緒に椅子に座り、本番開始を待っていた。

 メアリは、普段の祈歌と違い、舞台の上での初演奏となるため、ガチガチに緊張していた。その様子に、メグは気遣わしげに声をかけた。


「メアリさん、大丈夫ですか?」


「え、ええ。だ、大丈夫です……」


 緊張で声が上ずるメアリに、メグは苦笑いを浮かべた。

 すると、マルコムが本を持ってやってきた。


「メアリさん、緊張しているようですね」


「い、いえ。だ、大丈夫です……」


 マルコムは、ふっと笑みを浮かべた。


「メアリさんは、飴はお好きですか?」


「え? ええ。好きですけど……」


 突然の問いかけに、戸惑いながらも頷いたメアリに、マルコムは穏やかに話を続けた。


「俺は今ね、飴の絵本を持ってるんですよ」


「飴の絵本……ですか?」


「ええ。これです」


 マルコムは、持っていた本をパラパラとめくって見せる。中には、確かにたくさんの飴が描かれていた。


「ええと……可愛らしい絵本ですね。何かの読み聞かせですか?」


「いいえ。読み聞かせには使いませんよ。メアリさんは、先ほど飴が好きだと言いましたが、この飴を食べたいとは思いませんか?」


「……え?」


 緊張より戸惑いが大きくなり、困っているメアリの様子を見て、メグはマルコムを睨んだ。


「ちょっと、何わけのわかんない話してるのよ、マルコム」


 メグの苦情を無視して、マルコムは、もう一度絵本を開く。


「ほら。こんなに飴があるんです。食べたいって思いません?」


「それは、まあ。綺麗な包み紙の飴ですし、どんな味なのかな、とは思いますけれど……?」


 訝しむメアリに、マルコムはいたずらっ子のように笑みを浮かべた。


「では、この飴を差し上げます。手を出してください」


「……え?」


「ちょっと、マルコム!?」


 マルコムは、またもメグの苦情を無視すると、メアリの手を取り、手のひらを上にして、皿のようにさせた。


「さあ、いきますよ。落とさないでくださいね」


 マルコムが、メアリの手の上で絵本を小さく振った。すると、中からパラパラと飴玉がこぼれ落ちてきた。


「え? え……!?」


 唖然とするメアリの両手は山盛りの飴でいっぱいになり、こぼれ落ちる飴玉が、メアリの膝の上にパラパラと落ちた。


 目を見開いて驚くメアリの前で、飴玉の落ちる音が止まった。


「ああ。これで全部なのかな? 確かめてみましょう」


 マルコムが絵本を開くと、先ほどまで飴がたくさん書かれていた絵本の中身は、真っ白になっていた。


「う……うそ……」


「さあ、どうぞ。食べてみてください」


 マルコムの言葉に、メアリは答えない。あまりの驚きに固まるメアリに微笑みながら、マルコムは布を広げて、メアリの手の上の飴を包んだ。


「お嬢、これを持っててくれ」


「まったくもうっ。信じられないわ!」


 メアリは、ぽかんと口を開け、空になった手のひらと、布の上いっぱいの飴玉を交互に見つめていた。

 マルコムは、メグに渡した飴の包みをひとつ開けると、飴玉をぽいとメアリの口に入れた。


「……!?」


 突然押し込まれた飴玉に、メアリは驚いたが、口を閉じるとほんのり甘い味が広がった。


「ん……ほれ(これ)ほんほほはへへふへ(ほんとのあめですね)


 マルコムは、思わず噴き出した。


「くく……無理して話さなくていいですよ。たくさんありますから、出番までゆっくり味わってください」


 メアリは、頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯いた。

 マルコムは、笑いを堪えながらグスタフの元へ向かう。

 メグは、大きくため息を吐いた。


「ほんと、女たらしよね……」


 ため息混じりのメグの声は、俯くメアリには聞こえなかった。しかしメアリの緊張は、マルコムの手品のおかげですっかり消え去っていた。




 星が瞬く夜空の下で、デナルケ村での慰問演奏会がいよいよ始まった。

 いつものグスタフの口上の後に、ラチェットがオルガンを奏で、グスタフのバイオリンが響く。数曲の演奏の後に、マルコムの太鼓も加わって、メグが踊った。

 そうして、観客たちの熱気が高まったところで、メアリが舞台へ上がった。


 ニースとセラは心配していたが、メアリの姿を見てほっと胸を撫で下ろした。


「よかった。メアリさん、緊張が少し取れたみたいだね」


「そうだね、ニース。あとは、歌を忘れないといいね」


 二人が見守る中で、ラチェットのオルガンが響き、メアリの歌が始まる。

 いつもは舞台で歌う側のニースだが、メアリの歌を観客席の側で聞くという、初めての状況に、興奮していた。


「すごい……! ぼくたちも、いつもこんな風に見られていたんだね」


「うん! 私、初めてニースの歌を聞いた時を思い出したよ」


 メアリは、堂々と三曲を歌いきった。集まった村の人々や患者たちから、たくさんの拍手がメアリに送られ、ニースたちも心から拍手を送った。




 演奏会が終わると、グスタフとマルコムは司祭と話をしに向かい、片付けを終えたニースたちは、宿泊のために借りた教会の部屋へ戻った。

 男部屋で、ニースとラチェットは心配そうに、グスタフたちの帰りを待った。


「グスタフさんたち、遅いですね。やっぱり、何かすごい奇跡があったんでしょうか?」


「んー。どうなんだろうね。それなら、もっと騒ぎの声が聞こえてもおかしくないと思うけど……」


 すると、扉をノックする音が響いた。ラチェットが扉を開けると、マルコムが入ってきた。


「ラチェット、ありがとな。ニースも、やっぱり起きてたのか」


「マルコムさん、どうでした!?」


 期待を込めたニースの言葉に、マルコムは苦笑いを浮かべた。


「ああ、それがな。……何もなかったよ」


「そうですか……」


 ニースとラチェットは、複雑な表情で顔を見合わせた。

 マルコムが、ベッドに腰を下ろすと、二人に尋ねた。


「歌が不完全だったってことはないのか?」


「メアリさんの歌は、僕が聞いた感じだと、特に問題なかったと思いますが……ニースはどう思う?」


「ぼくも、問題なかったと思います。すごく上手でした。でも、何もないってことは、奇跡は曲が原因じゃないってことですか?」


 三人が頭をひねっていると、再び扉をノックする音が響く。メアリに結果を伝えに行っていたグスタフが、帰ってきた。


「グスタフ。メアリさん、落ち込んでたか?」


「ああ。まあな」


 グスタフは、はぁと大きく息を吐くと、椅子にどかっと腰を下ろした。


「この前と違うことと言ったら、伴奏の楽器か?」


 ラチェットが、頷きを返した。


「そうですね。この前は、ギターで伴奏をしましたから、それが原因かもしれません」


「あと、ぼくとセラで歌った時は、重唱だったから、副旋律に何かあるのかも?」


 ニースの言葉に、マルコムが頷いた。


「その可能性はあるな。重唱を歌う前までは、王国でも皇国でも、こんな騒ぎにはならなかった。副旋律に何かあると考えるのは、いい線だと思う」


 四人は意見を交わしていたが、夕食の時間となり、答えが出ないまま話は終わった。ニースはその夜、未だに原因が分からない不安から、なかなか寝付けなかった。




 翌朝。デナルケ村を出たグスタフの馬車に、ニースはぼんやりと揺られていた。

 セラが気遣うようにニースに声をかけた。


「ニース、どうしたの? 具合でも悪いの?」


「え? あ……ううん。そうじゃないんだ。ただね……」


 ニースは、大きなあくびをしながら、セラに答えた。


「結局、聖地に着くまで……あの奇跡の謎は分からないままだったなって……。昨日、なかなか、眠れなくて……」


 ニースは話しながら、うとうとと船を漕ぎ出し、セラの肩にもたれかかるように眠ってしまった。

 セラが疲れないようにと、ジーナが枕を取り出し、ニースを横に寝かせる。

 メグが寝息を立てるニースを見ながら、ぼそりと呟いた。


「そうね……。昨日のメアリさんの歌で、奇跡が起こらなかったんだものね……」


 メアリがニースに毛布をかけながら、切なげに顔を歪めた。


「ニースくん、ごめんね。せっかく教えてもらったのに」


 メグは発言を取り消すように、慌てて手を振った。


「やだ。メアリさんのせいじゃないわ。ごめんなさい。私が変なことを言ったから」


 メアリは、ニースのそばからそっと離れて座ると、柔らかな笑みをメグに向けた。


「メグさんも優しいのね。……昨日ね、マルコムさんに励ましてもらったのよ」


「マルコムに?」


 ぽかんとするメグに、メアリは頷いた。


「マルコムさん、優しくて良い方ね。たくさんの女性とお付き合いされていたというお話も頷けるわ」


 メアリの話を聞いて、ジーナが素早く口を挟んだ。


「そうでもないのよー。マルコムは昔は硬派で、ぜーんぜん女性を寄せ付けなかったんだからー」


 メアリは不思議そうにジーナに目を向けた。


「そうなんですか?」


「そうよー。マルコムは昔、大恋愛をして、そのまま大失恋しちゃった所から、ちょっと遊び過ぎちゃったけどー。

 それだって、失恋した相手に心配かけないようにって、頑張った結果なだけなんだからー」


 ジーナはそのまま、以前メグたちに聞かせたのと同じく、マルコムがどんな大恋愛をしたのかを、メアリに語った。

 メアリは、ハンカチを取り出して涙を拭った。


「マルコムさんが、そんな物語みたいな悲恋をされてたなんて……」


「そうよー。だからメアリには、マルコムのことを誤解しないでほしいのー。マルコムは本来、一途で紳士な男なのよー。熱くなりすぎちゃうと、突っ走っちゃう所があるけどー」


 メアリは、ぎゅっとハンカチを握りしめ、頷いた。


「わかりました。私、誤解せずに、マルコムさんのお幸せをお祈りするようにしますわ」


 真剣な表情のメアリに、ジーナは困ったような笑みを浮かべた。


「うーん。そうねー。とりあえずそれでいいかしらー」


 メグとセラは、珍しくジーナが苦戦するのを見て、噴き出すのを必死に堪えた。二台の馬車は様々な想いを乗せて、聖地エレオスを目指し、走っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ