94:聖地への道で3
前回のざっくりあらすじ:メアリとニースたちが少し仲良くなった。
ラチェットのメガネを新調するため、少しでも早く次の町に着きたい一行だったが、町までは、かなりの距離があった。
滞在出来るような村も近くにはなく、グスタフは野宿に良さそうな場所を見つけると、日暮れ前に馬車を止めた。
野営地に選んだのは、近くに川が流れる森の中だった。乾季の今は、川が増水する事もなく、安心して一夜を過ごせるとの判断だ。
ランプを片手にニースが薪を拾い集めてくると、夜闇に包まれた野営地ではグスタフが火を起こしており、その傍でラチェットがぼんやりと炎を眺めていた。ニースは近くに薪を置き、ラチェットに声をかけた。
「ラチェットさん、大丈夫ですか?」
「ええと……その声はニースだね?」
ニースの顔と違う場所を見て話しかけるラチェットに、ニースは苦笑いを浮かべた。
「ラチェットさん、本当に見えなくなっちゃうんですね……」
「ああ、まあね。メガネのレンズが、せめて片方だけでも残ってれば良かったんだけど……。次は予備のメガネも買っておこうかな」
そこへ、泣き腫らした顔を冷やしに川へ向かったメグが、戻ってきた。
「いくら日中は過ごしやすいって言っても、さすがに水は冷たかったわ」
メグは顔を冷やすついでだからと水浴びもしてきており、カタカタと小さく震えていた。グスタフが、呆れたように苦笑いを浮かべながら、メグに毛布を渡した。
「メグ。火のそばで、しっかり温まっておきなさい。お茶を入れてやるから。……ニース、ヤカンに水を汲んできてくれるか」
「はい、分かりました」
「暗いから、落ちないように気をつけてな。深い所もあるはずだ」
ニースはグスタフに頷き、ヤカンを手に川へと向かった。
メグは毛布を頭から被ると、どこに座ろうか悩んだ。丸太に座るラチェットを見ると、毛布を掴む手にぎゅっと力を込めた。
――謝らなくちゃ……。
メグは、そっとラチェットの隣に腰を下ろした。
「ラチェット……」
「その声は、メグ?」
ラチェットは見当違いな方を向いて、メグに話しかけた。
「少し声が震えてるけど、大丈夫かい?」
「え、ええ……」
メグは思わず自分の隣を見たが、誰もいないので苦笑いを浮かべた。
パチパチと炎が爆ぜる音の中で、メグはゆっくり息を吐いた。
「ラチェット。その……さっきは、ごめんなさい」
「え?」
「私、またあなたのメガネ、壊しちゃったから……」
メガネがないラチェットには、ブレとぼやけでメグの顔は見えない。しかし、なぜかラチェットは、メグが泣いているように感じた。
「メグ……。気にしなくていいよ。またメガネは買えばいいだけだし。それより、メグは大丈夫なの?」
相変わらず、メグの隣に向けて心配した顔を向けるラチェットに、メグは思わず噴き出した。
「ふふ……あはは。ごめん、ラチェット。私、つい……」
ラチェットは、何を笑われたのかは分からなかったが、メグの笑い声を聞いて、安心したように微笑んだ。
「うん、いいよ、別に。メグが元気なのが一番だから」
メグは切なげに顔を歪めると、ラチェットの肩にもたれかかった。
「メグ……?」
「ラチェット、ごめんね。もうちょっと、こうしててくれる? 私、水浴びしてきたから寒くて」
「ああ、いいよ。焚き火でゆっくり、温まってね」
メグは、毛布越しにラチェットに身を寄せると、目を伏せた。ラチェットは、よほど寒かったのかと、少し心配に感じながら、ぼやけた炎を見つめた。
ヤカンに水を汲んできたニースは、寄り添う二人の姿を見て、仲直りしたのだと、ほっと胸を撫で下ろした。
焚き火から少し離れた場所では、寄り添う二人をジーナがニヨニヨと見つめながら、野菜を刻み、鍋に入れていた。
そんなジーナに、メアリが困ったように声をかけた。
「ジーナさん。お野菜が、こぼれそうだわ」
ジーナは、すっかり山盛りになってしまった鍋を見て、あははと笑った。
「あら、いやだー。私ったら、つい切りすぎちゃったわー」
豪快なジーナに、メアリがふふふと笑みをこぼした。
「このまま少しの水で、蒸し煮にしましょうか? あまり水を使わずに作れますから、聖皇国ではよくやるんです」
「いいわねー。そうしましょー」
二人は鍋いっぱいの野菜に、少しの水とハーブを入れると、焚き火へと運んだ。鍋を火にかけながら、ジーナは小さな声でメアリに話しかけた。
「シスターは、恋人とかいるのー?」
ジーナの突然の言葉に、メアリは驚いたが、すぐに笑みをこぼした。
「ふふ。ジーナさん、私のことはメアリでいいですよ。……恋人は、いませんね」
「わかったわ、メアリねー。そっかー。メアリは恋人がいないのねー」
「ええ。教会では、祈手の婚姻は推奨されていますけど、私はまだそういう気持ちにはなれなくて……」
「ふーん。そうなのねー」
「でも……こういうお話が出来るって、いいですね。私は、ずっと教会で育ってきましたから、恋のお話って滅多にしたことがないんです」
「うふふー。そうねー。私たちの中には、恋に恋する女の子が二人もいるからー」
ジーナが、ちらりとメグとラチェットに目線を送ったので、メアリも二人を見た。
肩を寄せ合う二人の姿に、メアリが柔らかな笑みを浮かべた。
「私……子どもっぽいかもしれませんけど、絵本の王子様みたいなお話が好きなんです。メグさんたちみたいに、互いの想いをゆっくり育めるって、素敵ですね」
「そうねー。メアリにも、ちゃんと相手が見つかるといいわねー」
「ええ。ありがとうございます。私、もう少しお水を汲んできますね」
川へ水を汲みに行くメアリの後ろ姿を、ジーナはニヤリと意味深な笑みを浮かべて見送った。
ニースは、鳥たちの様子を見るマルコムの元へ向かい、バードの目を覗き込んでいた。
「バードの目の怪我は、だいぶ良くなったみたいですね」
バードの目には縦に一筋、亀裂が入っていた。しかし、その亀裂は薄っすらと黒く跡が残りながら、塞がっているように見えた。
「そうだな。ほかの鳩たちも元気だし、ココも目の怪我以外は、もう大丈夫そうだ」
「良かった……。バードとココを自由にさせられますね」
ニースの呟きに、マルコムが不安げな表情を浮かべた。
「ここでか?」
「ダメですか?」
「ダメってことはないが……」
ニースは首を傾げ、考えを話した。
「ぼくたちが近くにいれば、前みたいに鷹や鷲に襲われたりはしないでしょうし。ずっと籠の中だったから、窮屈に感じてるんじゃないかって思うんです」
「まあ、確かにな。だが、メアリさんがいるから、気づかれないかだけが心配だな……」
マルコムの呟きに、安心しろと言うように、バードがくるっぽーと鳴いたので、マルコムは、仕方ないというように笑った。
「そうか。わかったよ、バード。まあ、お前たちが機械だなんて、俺たちもわからなかったからな。メアリさんが見ても、大丈夫だろう」
バードは、マルコムの肩に止まり、礼を言うように頬をすり寄せた。
ココは、ニースの肩に止まり、目を閉じた。
「ふふ。バード嬉しそうですね」
「ああ、そうだな」
マルコムとニースは、バードとココを連れて、焚き火のそばへ戻った。
ニースたちがバードを連れてきたのを見ると、馬の世話を終えたセラが、駆け寄った。
「バードちゃん、出してもらえたんだね!」
バードは、くるっぽーと鳴いて、セラの肩に止まり、頬ずりした。
セラの頬のそばかすは、聖皇国へ入ってからだんだんと薄くなってきており、セラの肌はどんどん綺麗になっていた。
ニースとセラが二羽と遊び始めると、マルコムはグスタフからお茶を渡された。
「マルコム、手の痛みはどうだ?」
「ああ。まだ痛むが、動かないほどじゃない。だが、手綱はもうしばらくは無理だな。力を込めると痛む」
「そうか……。まあ、仕方ないな」
二人が手頃な岩に座り、話をしていると、鍋をジーナに任せたメアリが、お茶を手にやってきた。マルコムが視線を外す中、メアリは戸惑いがちに声をかけた。
「少し、お話してもよろしいでしょうか?」
メアリが、ちらりとマルコムの顔を見たので、グスタフは立ち上がり、自分が座っていた岩を勧めた。
「ええ、構いませんよ」
「あ……すみません」
すると、慌てた様子でマルコムも立ち上がった。
「グスタフ、お前はこっちに座れよ」
「いや、いいんだ。私はその辺の切り株に座るから、話してくれ」
「だが、メアリさんはグスタフに話があるんじゃないのか?」
メアリは、マルコムの言葉に首を振った。
「いえ、マルコムさんに、少しお話をお聞きしたくて……」
メアリの言葉に固まるマルコムを置いて、グスタフは、そっとその場を離れた。
メアリは、グスタフに頭を下げると、岩に腰を下ろす。マルコムは、仕方なしに座り直した。
気まずそうに黙り込むマルコムに、メアリは伺うように尋ねた。
「あの……。ニースくんとセラさんが遊んでいる、あの白い鳩のことなんですけれど……」
マルコムは内心どきりとしたが、動揺を顔に出さずに答えた。
「あの二羽が、何か?」
「いえ、あの……あの鳩は、伝書鳩なのですか?」
「いえ。手品用です」
「手品の……」
ニースたちと遊ぶ二羽の姿を、じっと目で追うメアリに、マルコムは興味を逸らそうと、穏やかに語りかけた。
「二羽とも、怪我をしているところを保護したんですよ。一羽は、ラース山脈のあたりですね」
「まあ! あの山脈を越えられたんですか!?」
「ええ」
マルコムは話がそれたので、ほっと胸を撫で下ろし、問いかけた。
「あの山脈のことは、聖皇国でも有名なんですか?」
「ええ、有名です。カルデナ教の伝承のひとつに、不思議な話がありまして。あの山脈が、一夜で出来たというお話があるんです」
「一夜で、ですか?」
「本当のことは、わかりませんけれど。聖カルデナが生きた時代の話は、もうほとんど失われていますし、僅かに残る記録も、損傷が激しくて読み取れない物も多いですから……」
「……そうですか」
二人は、ゆっくりお茶を飲む。そうして過ごすうちに、夕食が出来あがった。
夕食を食べ終えると、バードを撫でるセラの隣に、メアリが座った。
「綺麗な目ね」
メアリは、そっとバードを撫でる。バードは気持ち良さそうに目を閉じた。
「すごく似てるわ。きっと、これも聖カルデナの風のお導きなのね……」
メアリが呟いた言葉に、セラが不思議そうに首を傾げた。
「メアリさん。似てるって、何に似てるんですか?」
セラの言葉に、グスタフやマルコムたち全員の視線がメアリに集まった。皆、メアリがバードの正体を知っているのではと思ったのだ。
しかしメアリは、ふわりと微笑み、皆の顔を見た。
「みなさまは、カルデナ教の教会の門を覚えていますか?」
グスタフが緊張しながらも、頷いた。
「え、ええ……。鳥が上に乗ってましたね」
「あの鳥には、意味があるんです。聖カルデナの悲恋の物語に繋がるんですが、その鳥のお話が、このバードちゃんたちとそっくりなんです」
セラが、ぴしりと手を挙げた。
「はい! それ、私も思ってました! 鳩さんみたいだなって」
「ふふ、そうね、セラちゃん。でもね、鳩ってだけじゃないの。目の色も似てるのよ」
ニースがじっと、ココを見つめた。
「目の色……」
「バードちゃんと、ココちゃんは、右が青で、左が緑の目でしょう? 聖カルデナが連れていた鳥も、青と緑の目だったと伝えられてるの」
グスタフたちは、一斉にバードとココを見た。
二羽の鳥は、まるで色を見られるのを嫌がるかのように、目を閉じていた。
「きっと、この二羽は、ずっとずっと昔から、命を繋げてきた種類の鳥なんでしょうね。ラース山脈に生息地があるなら、頷けるわ。あそこと浮島ぐらいですもの。人が入れない場所って」
優しく笑みを浮かべるメアリに、複雑な気持ちを抱きながら、マルコムが穏やかに声をかけた。
「ええ、そうなんでしょうね……。さあ、もう夜も遅い。明日に向けて休みましょう」
グスタフが、すぐさま立ち上がった。
「そうだな。みんな、寝るとしよう。ラチェットはオルガン馬車でニースと寝なさい。メグたちはメアリさんと馬車の中で。火の番は、私とマルコムで交代でやるよ」
グスタフの声で、皆動き出す。ニースがココを抱いて立ち上がると、バードが肩に飛び乗った。
「バードは本当にココが好きだね」
ニースが微笑んでいると、マルコムが声をかけた。
「ニース。いま鳥籠を持ってくるから、バードとココをオルガン馬車に連れて行ってくれ。これは下手すると、何かとんでもないことになるかもしれない」
「メアリさん、気づいてないみたいでしたけど……」
「彼女が気づかなくても、俺たちがこれから行くのは聖地だ。聖カルデナに関わる鳥だと思われたら、急進的な上層部や狂信的な人々に何かされるかもしれない」
ニースは、心配そうに二羽を見ると頷いた。
「わかりました。バードとココなら、オルガンも汚れはしないだろうし、ラチェットさんのことは、ぼくが説得してみます」
「ああ、頼んだ。あとは、メアリさんにどうにか口止めをしておかないと……」
ぶつぶつと呟きながら去っていくマルコムを見て、ニースは不安を感じた。
「バード……君たちって、聖カルデナと関係があるの?」
バードもココも、ニースの問いに答える事はなかった。




