93:聖地への道で2
前回のざっくりあらすじ:カルデナ教には秘密が多いらしい。
街道の真ん中で立ち往生したオルガン馬車だったが、ニースとセラが馬を引っ張り、道の端へ寄せた。ラチェットが、メガネを一人で探すことに限界を感じ、手探りでハンドルを回して、ニースたちを外に出したのだ。
どうにか馬車を動かすことが出来て、ニースたちが、ほっとしていると、グスタフの馬車が戻ってきた。
グスタフが駆け寄ると、メグは荷台で顔を埋めており、ラチェットは、がっくりと肩を落とし、小さな岩に座っていた。
グスタフは、思いがけない状況に頭を抱えた。
「おいおい。どうしたんだ、ラチェットとメグは」
ニースは、グスタフに苦笑いを浮かべた。
「メグとラチェットさんが、よくわからないけど喧嘩になっちゃって……」
ニースの説明を聞いたグスタフは、ラチェットに歩み寄った。
「ラチェット。余計なことを言ったな。……それで、メガネはどうした?」
ラチェットは、涙目になりながらグスタフを見上げた。
「座長……。だってまさか、メグがそんなことを知ってたなんて、思わないじゃないですか……」
ラチェットは愚痴をこぼしながらも、ぐにゃりと拉げたメガネをグスタフに見せた。
「ニースが見つけてくれたんですけど、馬車の車輪で潰れたみたいで……」
メガネのレンズは、両方とも粉々に砕け散っていた。グスタフは、困ったように顔を歪めた。
「これはダメだな……。次の町で新しいのを買うまで、オルガン馬車の荷台に乗りなさい。私が手綱を握る」
「はい……」
うなだれるラチェットの頭を、グスタフは優しくぽんと叩いた。
「これは事故だ。メグを許してやってくれないか」
「それは、もちろん許しますけど……」
「すまないな。せっかくだから、ゆっくり休みなさい」
次にグスタフは、オルガン馬車の荷台でうずくまるメグの元へ向かった。
「メグ、大丈夫か?」
メグは涙を拭うと、キッとグスタフを睨んだ。
「大丈夫かですって? 大丈夫なわけないでしょ! マルコムのせいで、とんだ赤っ恥よ!」
「落ち着きなさい、メグ。私にも憤りはわかる。だが、ラチェットのメガネが壊れた。レンズまで粉々だから、ラチェットは手綱を握れない。ラチェットをここに乗せるから、メグは向こうの馬車に移ってくれ」
グスタフの言葉に、メグの顔が真っ青になった。
「ラチェットのメガネ、私がまた壊しちゃったの……?」
「気にするな。また次の町で買えばいい。あとで謝れば、ラチェットも許すよ」
「私、またなんてこと……」
グスタフは、顔を覆うメグの頭を優しく撫でると、心配してやってきたジーナに声をかけた。
「ジーナ。悪いが、メグとあっちの馬車を頼めるか? ニースたちもみんな乗せてやってほしい。こっちの荷台にラチェットを乗せて、私が手綱を取るよ」
「仕方ないわねー。わかったわー」
話がまとまると、ジーナはメグを連れて行き、グスタフはラチェットをオルガン馬車に乗せた。ニースとセラは、ラチェットを気にしながらも、メグの後に続いた。
落ち込む二人を乗せた二台の馬車は、再び動き出した。
ニースたちが来たことで、急に狭くなった馬車の中。メアリは、落ち込むメグの事を気にしていた。
「メグさんは、大丈夫なの?」
ニースは、戸惑いながら答えた。
「はい。たぶん……? 今はそっとしておいた方がいいって、グスタフさんとジーナさんが言ってました」
「そうなのね。……それもそうね」
ニースの言葉にメアリは頷くと、鳥籠の布を上げて覗き込むセラに笑みを向けた。
「さっき鳴き声が聞こえたと思ったら、鳩がいたのね」
「はい、シスター。とっても可愛いんですよ」
「メアリでいいわ。聖皇国にいる間は、たくさんのシスターに出会うはずだから」
ふふふと笑うメアリに、ニースとセラは笑みを返した。
「わかりました、メアリさん」
「メアリさん、よろしくお願いします」
メアリは、どこかよそよそしいマルコムにも声をかけた。
「マルコムさんも、どうぞ私のことは、メアリと呼んでくださいね」
「……え? あ、ああ。はい……」
戸惑うマルコムに、セラが無邪気な笑顔を向けた。
「マルコムさん。バードちゃんたち、出してもいいですか?」
「あー。どうだろうな。目の傷は問題なさそうだが……」
マルコムは、バードとココが機械だという事が知られないかが気になった。マルコムが、メアリに不安げな視線を向けると、メアリは微笑んで頷いた。
「鳩は私も好きですわ。別に出して頂いても構いませんよ」
「いや、そういう意味ではないんですが……」
マルコムが困ったように視線をそらすと、メアリが不思議そうに首を傾げた。
その様子を見ていたメグが、怒りを爆発させた。
「もうっ、なんなのよ! マルコムのせいで、こんなことになっちゃったのに、全然いつもと違うじゃない!」
突然のメグの怒りに、事情を知らないマルコムは驚いた。
「お、おい、お嬢。なんの話だ?」
「なんの話ですって!? マルコムのせいじゃないのよ!」
ニースとセラが、慌ててメグを止めに入った。
「落ち着いて、メグ! マルコムさんは、知らないんだよ!」
「そうです、メグさん! メアリさんがびっくりしてます!」
メグは制止するニースを振り払うと、キッとマルコムを睨んだ。
「忘れられない人がいるくせに、行く先々で色んな女の人といちゃいちゃして、連れ込んで! そのくせ、最後には振られて未だに結婚出来ないなんて! 女たらしなんだから、とっとと相手を決めなさいよ!」
「お、お嬢……!?」
マルコムたちが唖然とするも、メグは涙をポロポロとこぼし、叫んだ。
「マルコムのせいで! 私はまた、ラチェットのメガネを壊しちゃったんだから! 余計なことを言っちゃって、はしたない女の子だって、思われちゃったんだから……!」
「お嬢……」
泣き崩れるメグに、マルコムもニースもセラも、どうしたらいいのかわからなかった。
メアリがメグの隣に座り、優しく肩を抱いた。
「メグさん、辛かったのね」
泣きじゃくるメグを撫で、メアリはそっとハンカチを渡した。
メグの泣き声に気づいたジーナが、小窓を開けて、ニースを呼んだ。
「メグちゃん、泣いてるみたいだけど、どうしたの?」
心配そうなジーナの声音に、ニースはちらりとメグの様子を確認しながら答えた。
「ええと……ラチェットさんとの喧嘩を色々思い出しちゃったみたいで泣いてるんですけど……いま、メアリさんがなだめてくれてます」
ジーナは、安心したように息を漏らした。
「そう……。シスターがいてくれてよかったわ。メグちゃんが泣き止んだら、また教えてくれる?」
「はい、ジーナさん」
「よろしくねー」
ニースが座り直すと、ジーナは小窓を閉じた。
言いたい事を言い終えたメグは、メアリの腕の中で、静かに泣き続けた。
メグの涙がようやく止まると、マルコムは気まずそうに頭をかいた。
「お嬢、今まで悪かった。お嬢は年頃なのに……配慮が足りなかったよ」
メグは、ぐすりと鼻をすすった。
「分かってくれれば、いいのよ……」
気まずそうな二人を見て、ニースはそっと、小窓を開けた。
「ジーナさん。メグ、泣き止みました」
ジーナは前を向いたまま、微笑んだ。
「それならよかったわー。ニースくん、そこの棚の上の、小さな引き出しにね、銀紙に包んであるお菓子があるのー。それを、みんなで食べてくれるー?」
「わかりました」
ニースは小窓を閉めると、引き出しを開けた。中には、薄い板のような菓子が入っていた。
ニースは菓子を取り出すと、メグに見せた。
「メグ。ジーナさんが、これをみんなで食べてって」
「それ……泣いた時にいつもお母さんがくれてたお菓子だわ」
メグは包みを受け取ると、ぐっと力を入れた。パキリと小気味良い音がして、銀紙ごと菓子は割れた。
小さく割った欠片を、メグは皆に渡した。
「マルコムも、食べておきなさいよ。その……色々、女の人のことを、シスターにバラしちゃって、悪かったわ」
「別にそんなことは、俺は気にしないよ。どうこう思ってるわけじゃないし……」
ばつが悪そうに、マルコムはメアリを見た。メアリは、困ったように笑みを浮かべた。
「ええと……。別に私は、何とも思いませんよ?」
マルコムとメアリの間に、微妙な空気が流れた。
居た堪れなくなったニースは、メグから渡された薄い欠片に目を落とした。
「ぼく、このお菓子初めてだよ」
ニースが銀紙を外すと、茶色の欠片が出てきた。
口の中に放り込むと、甘い香りが鼻に抜けて、舌の上でとろりと蕩ける。初めて食べる甘みに、ニースは目を見開いた。
「……! これ、なに!?」
ニースの驚きように、メグが、ぷっと噴き出した。
「チョコレートっていう食べ物よ。甘くて美味しいでしょ?」
メグも欠片を口に入れ、ふわりと頬を緩めた。
二人の様子を見たセラも、急いで口に入れた。
「あまーい……!」
にへらと、口を緩めたセラに、マルコムが笑みを浮かべた。
「俺はいいよ。セラちゃん、俺の分も食べるかい?」
「いいんですか!?」
「ああ。食べてくれ」
セラは大喜びでマルコムから欠片を受け取ると、じっとニースを見た。
「ニース……半分こする?」
すると、メアリが微笑んだ。
「ふふ。それじゃあ、私の分をニースくんにあげるわ。チョコレートは、私は食べたことがあるの。せっかくだもの。初めての二人で味わって?」
戸惑い、視線を泳がせるニースに、メグが声をかけた。
「ほら、ニース。いつまでも待たせないの。メアリさんがくれるって言うんだから、もらっときなさい」
「……わかった。メアリさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑むメアリから受け取ると、ニースはセラと笑い合った。
二人は同時にパクリと食べる。
「おいしいね、ニース」
「うん。すごくおいしい」
微笑ましい二人の姿に、マルコムとメアリの微妙な空気も解けていった。
メグは包みを片付けると、メアリに頭を下げた。
「シスター、ありがとうございました」
「いいのよ、メグさん。それに、メアリって呼んでくれないかしら。ニースくんたちにも話したけど、これからたくさんシスターに会うことになるから。
それに、私はメグさんとお友達になりたいわ」
微笑むメアリに、メグは肩の力を抜いて頷いた。
「わかりました、メアリさん。友達、ですね」
「ええ、友達」
メグがようやく笑みを浮かべたので、ニースたちは、ほっと安堵の息を漏らした。




