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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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89:奇跡の謎1

前回のざっくりあらすじ:ニースが初めて祈歌を聞いた。

 太陽が柔らかな日差しで照らす町には、人々の笑い合う声が響く。

 ニースは、蒸し風呂で癒されたはずだが、疲れを感じて宿の部屋でのんびり過ごした。昼前になるとマルコムが皆を呼んだので、ニースはマルコムの部屋に向かった。


「いたた……」


 ジーナの()()がよほど効いたようで、マルコムは腕をさすりながら、ニースたちにお茶を入れた。いつもなら率先して手伝うニースだが、今日ばかりは、マルコムを手伝う気にはなれなかった。


 全員にお茶のカップが行き渡ると、マルコムは口を開いた。


「集まってもらったのはな、今日の夜に公演を頼まれたことを、まだ伝えてなかったからなんだ」


 マルコムは、浄化の依頼をしに教会へ赴いた際に、慰問演奏会を依頼されていた。


「みんなも知ってるように、ここの治療院は男女別に建屋が分かれてるぐらい、病床もたくさんある。

 患者の数も、ロッシーノ村よりずっと多いから、今回は風呂の横にあった中庭で演奏することになってる」


 ラチェットが、お茶のカップを置き、頷いた。


「あそこなら、窓を開ければ、寝たきりの患者でも演奏が聞こえそうですね」


「ああ。そういうことだ。場所が中庭だから、オルガンは持ち込めない。小さな舞台があるが、演奏を聞かせるのが目的だから、俺の手品もメグの踊りも披露は出来ない」


 マルコムの言葉に、メグが冷たい視線を投げた。


「その様子じゃ、マルコムは手品だけじゃなく、太鼓も今日は出来ないでしょ?」


 マルコムは、気まずそうに頬をかいた。


「それは、すまなかったって……」


「マルコムは自業自得だ……。だが悪いが、私も今日は無理だ。挨拶ぐらいは出来るが、とてもバイオリンは弾けない」


 マルコムの顔を呆れたように見るグスタフに、ジーナが甲斐甲斐しくお茶を飲ませた。


「そうねー。グスタフは無理をしない方がいいと思うわー」


 ニースは困ったように眉根を寄せた。


「ええと……そうすると、今日の演奏って、ラチェットさんとぼくとセラの三人だけになるんですか?」


「ああ。悪いが頼む。演奏は今夜、日が暮れる頃の約束だ。夕食前に聞かせようという話でな。本当にすまない」


 頭を下げるマルコムに、ニースとセラは苦笑いを浮かべ、ラチェットは小さくため息を吐いた。


「仕方ないですね。僕たち三人でやるなら、少し演目に工夫をした方がいいかな。午後は練習をするよ、二人とも」


「はい。わかりました」


「がんばります」


 早めに昼食を取ろうと、部屋を出る三人を見送ったマルコムは、ほっと安堵の息を漏らした。


「ニースたちがいてくれて助かった……。ラチェット一人じゃ、とても無理だった」


「これに懲りたら、もう二度とニースのせいにしないことね」


 メグの冷たい視線が突き刺さり、マルコムは気まずそうにカップに口を付けた。

 ジーナは、グスタフにお茶を全て飲ませると、小さくため息を吐いた。


「二人とも治らないと、出発も興行も何も出来ないわねー。明日になっても痛みがひかないなら、教会に奇跡を頼みましょー」


「そうしてもらいたいな。まさか蒸し風呂でこんなに悪化するとは思わなかったよ……」


 グスタフの言葉に、ジーナが責任を感じたように、しゅんと肩を落とした。


「ごめんね、グスタフ。私が寝ぼけちゃったから……」


「いいんだよ、ジーナ。君の隣で寝られるぐらい、私が強くならなければいけないんだ」


「グスタフー! やっぱりあなたしかいないわー!」


 感極まったジーナに抱きつかれ、グスタフは痛みで気を失った。慌てて介抱するジーナに、メグとマルコムは呆れていた。




 ニースたちは、ラチェットと共に部屋へ戻ると、早速練習を始めた。


「今日は何の演奏をするんですか?」


 ニースの問いかけに、ラチェットはメガネをくいと上げた。


「重唱に編曲した歌を、披露したらどうかと思うんだ」


 ラチェットは、テトラネマまでの旅の中で、これまで作った曲を重唱曲に書き換えていた。

 主旋律をセラが歌い、ニースが副旋律を歌うことで、ラチェットは演奏の幅を広げようと考えていた。


「今回は、オルガンも太鼓も、手品も踊りもない。歌はそれぞれ違うけど、二人の声を合わせて歌うだけでは、引きが弱いと思う。

 でも、歌を重唱にすれば、だいぶ変わると思うんだ。僕の伴奏と二人の歌声だけでも、かなり面白い演奏になるんじゃないかな」


 ラチェットの言葉に、ニースとセラは頷きを返した。


「わかりました。ぼくはお手伝いしてましたし、副旋律は覚えてます」


「患者さんたちに楽しんでもらいたいですもんね! 私は、つられないように、がんばります!」


 三人は張りきって練習を始めた。ニースとセラは、少しずつ着実に歌声を合わせていった。




 日が暮れ始め、ニースたちの短い練習は終わり、ラチェットは楽器類を抱えて足早に教会へ向かった。

 ジーナとメグに支えられたグスタフとマルコムは、ニースたちと共にゆっくり宿を出た。


「なんで私がマルコムに肩を貸さなきゃならないわけ!?」


「すまないな、お嬢。俺もラチェットの方が安心なんだが」


「うるさいわよ、マルコム!」


「いてっ……!」


 メグは時折マルコムの横腹を軽く小突きながら、支えていた。ニースがそわそわしながら二人の様子を見ていると、セラが袖を引いた。


「ニース、気にしちゃダメ。マルコムさんは、まだ反省してないんだから」


 ぷぅと頬を膨らますセラに、ニースは困ったように言葉を返した。


「でもさっきも言ったけど、一番最初にあそこに行っちゃったのは、ぼくなんだよ?」


「それでもニースとマルコムさんは違うの。ニースは、覗こうとなんてしてないでしょ? お歌を聴いてただけだもん」


 マルコムを許そうとしないセラに、ニースは苦笑いを浮かべた。


 ――マルコムさん、なんかちょっと可哀想かも……。


 ニースはほんの少し、マルコムに同情していた。




 ニースたちが教会の中庭へ着くと、開けた場所には観客席となる椅子が並んでいた。大きな木の下には、数客の椅子が置かれた石舞台があり、ラチェットが楽器の準備をしていた。


 舞台のすぐ横には、真っ白なローブを着た二人の修道女が立っていた。ジーナに支えられたグスタフが、修道女へ声をかける。

 振り返った二人の修道女の一人は老婆で、もう一人は若い女だった。


「あ……!」


 何度目かの軽い小突きを受けたマルコムが、慌てて背筋を伸ばし、メグから手を離した。

 メグは、やり過ぎてしまったかと、気まずそうにマルコムを見上げた。


「どうしたのよ、マルコム」


 マルコムが一点を見つめているので、メグが視線の先を追うと、グスタフと挨拶を交わす若い修道女に見入ってることが分かった。


「ふーん。私と同じ小麦色の肌に、金髪ね……」


 メグの言葉に、マルコムは視線を動かさないまま、恍惚として答えた。

 

「お嬢と一緒にするな。あの人の方がずっと綺麗だ……」


「あらそう。じゃあ、私の肩はいらないわね」


 ムッとしたメグは、女性に見惚れるマルコムの横腹に、思いきり肘鉄を食わせた。


「……っ!」


 マルコムが苦痛に顔を歪めてうずくまる。メグは、マルコムを放置したまま、ラチェットのそばへ歩いていった。

 ニースは見かねてマルコムに手を貸そうと思ったが、セラがニースの腕を掴んだ。


「セラ?」


「ニース。ダメだよ、手を貸しちゃ。マルコムさんは、メグさんに酷いこと言ったんだから」


 マルコムに冷たい視線を向けるセラに、ニースは押し黙った。


 すると、うずくまるマルコムに気づいたのだろう。老婆の隣にいた若い修道女が駆け寄ってきた。


「どうされましたか? 大丈夫ですか?」


 修道女は、マルコムの肩にそっと手を触れた。マルコムは、痛みでびくりと身を震わせ、修道女を見た。

 その瞬間。マルコムは顔を歪ませると脂汗を浮かべ、酷く落ち着いた声音で、修道女の手を払った。


「いえ、お気になさらず。大丈夫ですから」


 修道女は手を払われて、困ったような顔を浮かべたが、すぐに笑みを向けた。


「そういうわけには参りません。苦しんでいる方を放っておくようでは、聖女様に祈りを捧げる資格などありませんから」


 修道女は、渋るマルコムを支え、近くの椅子に座らせると、()()()()を取り出し、マルコムの額の汗を拭った。

 マルコムは俯き、小さく呟いた。


「すみません……」


「お気になさらないでください。これも、私たちの勤めですわ」


 二人の様子を見て、セラが、ぽかんと口を開いた。


「マルコムさんが、女の人に色目を使わないなんて……」


 ニースは、セラの呟きに首を傾げた。


「セラ。色目って何?」


 セラは、はっとすると恥ずかしそうに頬を染め、言葉を取り消すように必死に手を振った。


「に、ニースは知らなくていいんだよ!」


 セラは慌てた様子で、ニースを舞台に連れて行こうと、ニースの手をぐいぐい引っ張った。


「ニース、ほら。舞台で立ち位置を決めないと!」


「え? ああ、うん……」


 ニースは首を傾げながらも、舞台へ向かった。


 舞台へやってきたニースたちに、グスタフは老婆を紹介した。


「ニース、セラ。ちょうど良かった。こちらが、このテトラネマの教会の司祭様、マザーローサ様だ」


 ニースとセラは、ローサにぺこりと頭を下げた。


「はじめまして、マザー。ぼくはニースです」


「私はセラです。よろしくお願いします」


 ローサは嬉しそうに、くしゃりと笑った。


「これはこれは。聖なる色をお持ちの方が二人もおられるとは。ニース様、セラ様。今日は音楽のような歌をお聞かせ頂けると伺いました。どうぞよろしくお願いいたします」


 頭を下げながら、ローサが丁寧に手を合わせたので、ニースとセラは、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

 ローサは顔を上げると、マルコムの事を気遣う若い修道女に声をかけた。


「シスターメアリ。お二人にご挨拶をなさい」


 メアリと呼ばれた修道女は、マルコムに笑みを向け立ち上がる。

 舞台へやってきたメアリの瞳は黒かった。


「初めまして。私は祈手のメアリです。皆さまとお会いできて嬉しく思います」


 ふわりと微笑んだメアリにニースは思わず見入った。


 ――この人が祈手……。今朝歌を歌ってたのって、この人なのかな?


 ぼんやりとメアリを見つめるニースの手を、セラが不安そうに、ぎゅっと握った。


「どうしたの?」


「ううん。なんでもないよ……」


 ローサは、にこにこと笑みを二人に向けた。


「シスターメアリも、お二人と同じく瞳に聖なる色を持つ祈手です。歌が音楽になるというので、興味を持ちましてね。皆さまの演奏を、シスターメアリもここで聞かせて頂きます」


「わかりました」


 ニースはセラから手を離し、メアリにぺこりと頭を下げた。


「シスター、初めまして。ぼくはニースです。みなさんに楽しんでもらえるよう、歌いますので、よろしくお願いします」


 セラも、はっとして頭を下げた。


「私はセラです。私もがんばります!」


 メアリは、柔らかな笑みをこぼした。


「お二人の歌を楽しみにしています」


 ローサとメアリは挨拶を済ませると、マルコムの元へ向かった。

 マルコムは、朝のうちにローサと話をしていたようで、軽く挨拶だけ済ませると、痛みをこらえながら、よろよろと舞台へやってきた。


「これからマザーとシスターは、動ける患者たちを連れてくるそうだ。二人が舞台脇に戻ったら始めることになる」


 準備を終えたラチェットが、グスタフとマルコムに声をかけた。


「座長たちは、無理せずに先に宿に戻ったらどうですか? 口上も、僕が代わりに言いますよ」


 グスタフは、首を横に振った。


「いや。口上は私の仕事だ。私は残るよ。マルコムはどうする?」


「俺も残るよ。舞台には立てないが、ちゃんと見届けておきたい。椅子に座ってればまだ楽だから、演奏が終わるまでいることぐらいは出来る」


 マルコムに、メグが訝しげな目を向けた。


「ふうん? シスターメアリの近くにいたいからじゃなくて?」


 マルコムは、気まずそうに目を伏せた。


「いや、あの人は綺麗だけどな。俺はそういうんじゃないよ」


 グスタフとジーナが、目を見開いた。


「マルコム、お前……」


「やだ! 本気なのね、マルコム……!」


 マルコムは、はぁと大きなため息を吐くと、鬱陶し気に二人を見た。


「だから俺は、あの人にはそういうんじゃないんだよ」


 マルコムは、グスタフとジーナに吐き捨てるように言うと、椅子を掴み、引きずるように舞台裏手へ運んでいった。

 グスタフとジーナがニヨニヨと笑みを浮かべたが、ニースたちは首を傾げた。

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