86:二羽の鳥3
前回のざっくりあらすじ:バードと白い鳥の右眼に傷がついた。
味のしない夕食の時間は、あっという間に終わりとなった。ニースたちは何を食べたのか分からないほど、二羽の事が気になっていた。
空の皿を端に寄せ、マルコムは皆に詳しい話を始めた。
「さっき話した通り、バードが生身の鳥じゃないってのは、間違いない。調べてみたが、バードはちゃんと餌を食べてなかった。こいつは、食べるフリをしていたから、妙に啄むのが下手だったんだ」
マルコムは、バードを呼んで口を開けさせ、筒を付けたランプで口の中を照らした。
「ほら。こいつには喉がないんだ」
ニースたちは覗き込み、しげしげと見つめた。大きくなったバードの口の中は、見えやすかった。舌はあるが、それ以外はつるりとしており、どこにも穴のようなものが見当たらなかった。
「鳥も俺たち人間と同じように、食べ物を腹に入れたり、呼吸するための穴があるはずなんだが……。こいつらにはそれがない」
「本当だ……」
「鳥さんの口の中、私初めて見ました」
ニースとセラは、真剣に頷いた。マルコムはランプを置いて、話を続けた。
「それにな。バードの目だが、触ってもこいつは痛がりもしない」
マルコムは無造作にバードの瞳を撫でた。バードは身じろぎも瞬きもせずに、じっとしていた。
「触れば分かるが、こいつの目は石ころみたいに硬いんだよ」
ニースたちは、代わる代わるそっとバードの瞳に触れる。ひびのように傷が入った青い瞳は、つるりと冷たい手触りで、滑らかな宝石のようだった。セラが不意に、呟いた。
「バードちゃんのお目々……ニースにもらった首飾りに似てるかも」
セラは胸元から、首飾りを取り出した。バードの目と交互に見て、セラは手触りも確かめる。ニースは、横から覗き込んだ。
「本当だ。似てるね。蛍石なのかな?」
二人の会話を横目に、ジーナが感心したように口を開いた。
「そういえばバードちゃん、前に埃まみれになった時、くしゃみもしなかったわよねー。普通の鳥じゃないから、平気だったのねー」
ラチェットが、興味深げに呟いた。
「もしかして絵を描いたのも、バードが普通の鳥じゃないからかもしれません」
「絵を描いた?」
グスタフが訝しげに見たので、ラチェットは頷きを返した。
「ええ。以前皇都で、バードが手紙の絵を描いたんです」
「皇都で?」
「メグたちが、パトリックさんの店に入った時ですよ。知らせる方法を悩んでたら、バードが伝書鳩のことを思い出させてくれたんです。言ってませんでした?」
グスタフは、マルコムと顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「私は初耳だな」
「俺も聞いてないぞ」
「すみません……」
身を縮めたラチェットを慰めるように、メグが笑いかけた。
「あの時はすごく助かったわ! バード、お手柄だったわね。ありがとう」
「バードちゃん、お絵かきも出来るなんてすごいね」
メグとセラに褒められて、バードが嬉しそうにくるっぽーと鳴いた。
「みんな、バードが生身の鳥じゃないっていうのは、納得したみたいだな」
マルコムの言葉に、グスタフが苦笑いを浮かべた。
「そうだな。義眼なのか、義手のような翼なのかは分からない。体が大きく膨らむというのも、食べもせず息もせずに生きていけるというのも謎だ。新種の鳥だという可能性も、ないとは言えないが……。そう考えるより、古代文明の機械と考えた方が自然だろう」
ニースたちが頷くのを見て、マルコムは優しくバードを撫でた。
「俺は、こいつらのことを気に入ってる。バードたちを調べたいという学者はたくさんいるだろうが、渡すつもりはない。どういう理屈なのかは知らないが、こいつらには感情があると俺は感じてるんだ。もしバラバラにされでもしたら、寝覚めが悪くて仕方ない」
マルコムは表情を引き締め、話を続けた。
「だが、だからといって今までのまま、というわけにもいかない。二羽とも、こんなに大きくなった。さすがにこれは目立つし、鳥籠も今のままじゃ無理だ。バードを手品に使うことも出来ない。こいつらをどうしたらいいか、みんなの意見を聞きたいんだよ」
ニースは不安を感じて問いかけた。
「それって、バードたちを隠さないと、危ない目にあうかもしれないってことですか?」
「そうだな。その可能性は大いにある。だから、そうなる前に逃がすことも視野に入れておかないといけない。だが、こっちの鳥は怪我が直るまでは飛べない。そこが問題だな」
セラが、悲しそうに問いかけた。
「バードちゃんと一緒にいられなくなっちゃうんですか?」
「そう決まったわけじゃないが……。元の大きさならまだしも、この大きさだと匿うにも難しいんだよ」
ため息を吐いたマルコムに、バードがくるっぽーと鳴き、ぷるぷると身を震わせた。すると、バードが元の大きさまで、しゅるしゅると萎んでいった。
「は⁉︎ お前、小さくもなれるのか⁉︎」
皆、唖然としていたが、ニースは笑みをこぼした。
「これなら、バードは一緒にいれますね」
グスタフが、バードから白い鳥に目を向けた。
「そうすると、もしかしてあの鳥も小さくなれるのか?」
皆の視線が白い鳥に向けられる。バードが呼びかけるように鳴くと、白い鳥は目を開いて立ち上がり、身を震わせた。白い鳥は、バードと同じ鳩の大きさまで、しゅるしゅると萎み、羽に巻いていた布も外れた。
ジーナが、ぽかんと口を開けた。
「出来るみたいねー」
「嘘だろ⁉︎」
唖然としたマルコムは、さらに目を見開き、小さくなった鳥に駆け寄った。
「傷が直ってる……」
「え⁉︎」
ニースたちも、わらわらと白い鳥の周りへ集まった。鳥は、元気だと言うように鳥籠から出ると、ばさばさと羽ばたき、椅子の背に止まった。ラチェットが、メガネを何度もかけ直しながらじっと鳥を見つめた。
「本当だ……。意味が分からない」
驚きを通り越したマルコムは、愉快そうに、くくくと笑った。
「なんで直ったのかはわからないが、直ったならそれでいいか。この大きさでいてくれるなら、二羽ともこのままいても構わないしな。相談しようと思ってたことが、ほとんど片付いちまった」
はははとグスタフが笑い、マルコムの肩を叩いた。
「そうだな。私たちには難しいことは分からない。だが、わざわざこうして小さくなったということは、きっとバードたちも私たちと一緒にいたいということなんだろう。面倒を見てやれ」
ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、バードの友達もハリカの仲間だね。良かったね、バード」
バードは返事をするように、くるっぽーと鳴いて、白い鳥の隣に並んだ。小さくなった二羽は、形も色もよく似ており、見分けがつかないほどだった。
メグが、しげしげと二羽を見つめた。
「本当にそっくりね。どっちがバードか分からなくなりそう」
ジーナが、ぱんと手を叩いて、結んでいた青い髪紐を解く。さらりと落ちた、メグと同じ長い金髪を背中に回すと、髪紐をバードの片脚に結んだ。
「これでわかるわねー。あとで足環を用意してあげるから、それまではこれで我慢してねー」
メグが笑って赤い髪紐を解き、もう一羽の鳥の脚に結んだ。
「これでお揃いね」
二羽の鳩は脚を持ち上げて紐を見つめる。バードが嬉しそうに、くるっぽーと鳴いた。セラが、はしゃいで声をあげた。
「この子の名前は何にするんですか?」
「名前ねぇ……」
メグは、セラと一緒に名前を考え始めた。
「ピーちゃんはどうですか?」
「ピッピでもいいんじゃないかしら?」
ニースとラチェットも考え始めた。
「クルルっていうのは?」
「そもそも雄なのか雌なのかもわからないから、難しいな……」
ニースたちの様子を見ていたグスタフも、声をあげた。
「鳩次郎はどうだ?」
「グスタフ。もうちょっとかっこいい名前はないのかよ」
「じゃあ、鳩子か?」
マルコムがため息をつく中、バードがばさばさと羽ばたいた。皆がバードに視線を向けると、バードはいつもと違い、くるっくーと声を出した。マルコムには、それがまるで名前を言おうとしてるように見えた。
「バード、もしかして名前を教えようとしてるのか?」
バードは、そうだと言うようにマルコムの前へ降り立ち、くるっくーと鳴いた。
「クルックーか?」
バードはもう一度、くるっくーと鳴く。メグが首を傾げた。
「クルルクかしら?」
バードはテーブルを突き、またくるっくーと鳴いた。ラチェットがメガネをくいと上げた。
「クックとか?」
バードはイライラしたように、テーブルをコツコツと突き、くるっくーと鳴く。ニースが慌ててバードを抱えた。
「ダメだよ、バード。そんなに、コツコツと突いちゃ」
すると、バードが急にくるっぽーと鳴いたので、ニースは驚いて手を放した。ジーナが、ぽんと手を叩いた。
「もしかして、ニースくんの今の言葉に名前があったんじゃなーい?」
バードは椅子の背に乗ると、そうだと言わんばかりにくるっぽーと鳴いた。マルコムが、期待を込めた眼差しでニースに尋ねた。
「ニース、今なんて言った?」
ニースは思い出すように、一言ずつ言葉を口にした。
「えっと……ダメだよ?」
バードは鳴かない。
「そんなに?」
バードは、くるっくーと鳴いた。
「突いちゃ?」
バードは椅子の背を突く仕草をした。ニースは、はっとして笑みを浮かべた。
「コツコツ?」
バードが、くるっぽーと鳴いた。グスタフが、納得したように頷いた。
「そうか。コツコツっていう名前か!」
バードが抗議するように、グスタフの顔に飛びかかった。
「おうわ!」
「バード、やめろ!」
マルコムが必死にバードを抑えると、グスタフが口から羽を吹き出した。
「ちゃんと羽は抜けるんだな……」
メグが、グスタフを見て笑った。
「やだ、お父さんたら。そのままの名前なわけないじゃない。何かコツコツに近い名前なのよ」
セラが、白い鳥に語りかけた。
「あなたは、コッコちゃん?」
白い鳥は微動だに動かず、セラをじっと見つめた。
「じゃあ、ポッポちゃん?」
「いたっ……! バード、突くのはやめろ!」
マルコムの腕の中で暴れるバードを、セラはちらりと横目で見ると、再び白い鳥に目を向けた。
「じゃあ、ココちゃん?」
白い鳥は返事をしなかったが、そうだと言うように羽ばたいて、セラの肩に止まった。
「そっか! ココちゃんなんだね!」
白い鳥の名はココに決まった。セラが嬉しそうにココを撫で、バードが嬉しそうに、くるっぽーと鳴いた。旅の一座に、バードとそっくりな鳥のココが加わった。
ようやく落ち着いたグスタフの部屋で、ニースたちは、ゆっくりお茶を飲んだ。ふわりと漂う茶葉の香りと、ほんのり苦味の混じる味わいに、皆、ほっと肩の力を抜いた。
バードとココは、まるでつがいのように寄り添い、椅子の背に止まっていた。二羽を羨ましそうに眺めながら、マルコムが安堵の息を吐いた。
「ようやく落ち着いたな。まさかバードが、あんなにココにご執心だとは思わなかった」
「バードとココは、つがいみたいに見えるわね」
メグの言葉に、バードが小さく、くるっぽーと鳴いた。グスタフが、はははと笑った。
「それにしても、名前まであるとはな。それを伝えるんだから、バードは大したものだよ」
ラチェットがカップを置いて頷いた。
「すごいことですよね。こんな機械は見たことも聞いたこともありません。これで話が出来たら、古代文明の謎も分かるんですけどね」
「話か。ここまで感情や思考があるように見えるわけだからな。そのうち話が出来るような機械が見つかるかもしれない。古代人は、いったい何をどうやって作ったんだか……」
グスタフたちが穏やかに話す中、ニースは、ぼんやりとお茶を飲む。隣に座るセラが、はしゃぎ疲れたのか、うとうとと船を漕ぎだした。ニースはそっと、セラのカップを脇に寄せた。
「セラ、危ないよ?」
「あ……ニース? ごめんね」
セラは寝ぼけ眼で、にへらと笑う。メグが立ち上がり、セラの肩を叩いた。
「セラ、部屋に戻りましょう。ちゃんと眠らないと、お肌に悪いわ」
セラは頷くと、ふらふらと立ち上がった。すると、ジーナも立ち上がった。
「お湯をもっていってあげるから、体を拭いてから寝るといいわー。お風呂には明日入れると思うから、それまで我慢よー」
ジーナはヤカンを持って、メグとセラを連れて部屋を出る。ニースたちは口々におやすみの挨拶をして見送った。
扉が閉まると、ラチェットはマルコムに問いかけた。
「この宿にも、お風呂があるんですか?」
マルコムはお茶を飲み、ニヤリと笑った。
「ラチェット。ここがどこの宿かわからないか?」
「どこの宿?」
首を傾げるラチェットに、マルコムは庭を指した。
「この宿の裏に何があった?」
「教会ですね……。ああ、そういうことか!」
ラチェットは合点がいったが、ニースはわからなかった。
「宿屋の裏が教会だと、どうなるんですか?」
グスタフが、はははと笑った。
「ここの宿が、教会の風呂と繋がってるってことだ。マッサージは教会に頼まないと無理だが、蒸し風呂には好きな時に入れるって意味だよ。町の公衆浴場に行ってもいいが、そうするとニースが大変になるだろうからな」
ニースは、蒸し風呂で入浴衣を着た人々が、三十回ひれ伏す様を思い浮かべて、ぷるりと身震いした。
「教会のお風呂がいいです……!」
「そうと決まれば、僕たちも部屋に戻ろう。さすがに僕も、今日は疲れたよ」
微笑むラチェットにニースは頷くと、ぐいとお茶を飲み干した。
「グスタフさん、マルコムさん、お先に失礼します。おやすみなさい」
ニースは、バードたちにも挨拶をして部屋を出た。窓の外には、寄り添う二羽のように、月が並んで輝いていた。




