85:二羽の鳥2
前回のざっくりあらすじ:バードによく似た大きな白い鳥を保護した。
ニースを乗せた一座の馬車は、検問を終えると市門をくぐった。大通り沿いには、皇国と同じくたくさんの街灯が並んでいるが、皇国以上に多くの人々がひしめいていた。道沿いに商店が立ち並び、色とりどりの布で作られた日除けの下にいくつも出店が並ぶ。行商人や買い物客など、たくさんの人々が大量の荷物を抱えて行き来していた。
誰もいなければ、通りは馬車が余裕ですれ違えるほどの広さだ。しかしあまりの人の多さに、一座の馬車は何度も止まり、ぶつからないように慎重に進んだ。小窓から町の景色を眺めていたニースは、胸を躍らせた。
「今日って何かのお祭りなんでしょうか?」
ニースの問いかけに、ラチェットが大声を張り上げた。
「ごめん、ニース! 全然聞こえない!」
値引きの交渉や挨拶、笑い声……あたりは喧騒に包まれており、ニースの声はかき消えていた。
「すごい人ですね!」
「そうだね! 気をつけないと、危ないかも!」
怒鳴り合うようにして話した二人は、思わず笑い声をあげた。
商店が立ち並ぶ大通りを抜けると、ようやく人通りは落ち着き、安全に走れるようになった。町の喧騒は消えて、石畳を踏む蹄と車輪の音だけが響く。ラチェットは前方に見える建物を見て、穏やかに話した。
「座長は、今日はあそこの教会に泊まるつもりみたいだね」
ニースが目をやると、道の突き当たりに、一目で教会と分かる建物があった。ピンク色の町の中で、石造りの教会だけは白かった。淡い桃色の建物に囲まれて、凛と建つ真っ白な教会は、ニースの目に幻想的に映った。
「教会は白いんですね」
「そうだね。カルデナ教は色を大切にするから。何か意味があるのかもね」
穏やかに会話をしていた二人だったが、ラチェットが、はっとして声を上げた。
「あれ? 泊まる場所は教会じゃないのかな」
ラチェットの予想に反して、グスタフの馬車はゆっくりと、桃色の建物に入っていった。
「あのピンクの建物も、教会なんでしょうか」
「どうなんだろうね。とにかく、僕たちも行かないと」
ラチェットは首を傾げながらも手綱を操る。オルガン馬車も、桃色の建物に吸い込まれていった。
建物と教会との間に、馬車置き場があった。ラチェットはオルガン馬車を止めると、ハンドルを回してニースを降ろす。馬車置き場は庭も兼ねているようで、木々が植えられていた。桃色の建物と緑の葉の色合いが、鮮やかに映えた。
「かわいいー!」
「いい町じゃない。気に入ったわ」
セラとメグが馬車から降りて、はしゃぎながらピンク色の建物を眺める。マルコムが、布を被せた大きな鳥籠を手に抱え、笑いかけた。
「みんな、ここの宿に泊まるぞ」
マルコムは、そのままセラとメグを連れて歩き出す。ニースは三人が入って行った、ピンク色の建物を見上げた。
「ここ、宿屋だったんだ」
ニースは、ぽつりと呟くと自分の荷物を持ち、馬車をラチェットに任せて、宿へ向かった。
扉をくぐると、建物の内部は予想に反して普通の白壁だった。
「中はピンクじゃないのね……」
落胆するメグの声に、ニースは内心ほっとした。どこまでもピンク色の景色に、どこかくすぐったさを感じていたのだ。白壁のロビーには、竹を使って編んだ椅子や衝立が並ぶ。素朴な内装は、品の良さを感じられた。
マルコムはいつものように、グスタフ、マルコム、ジーナの部屋を個別に取り、ラチェットとニース、メグとセラには、それぞれ二人部屋を用意した。ニースが鍵を受け取り、自分の部屋へ荷物を運ぼうとすると、マルコムがついてきた。
「ニース。悪いがちょっとこいつらを見ててくれないか。荷物は俺が運ぶから」
「いいですよ。ぼくの荷物はこれだけなので、メグたちの荷物を手伝ってもらえますか?」
「ああ。わかった」
部屋は庭に面しており、木々の向こう側に教会の屋根が見えた。マルコムは、大事そうに抱えていた鳥籠をニースの部屋に置き、すぐにメグたちの元へ向かった。ニースは、二つ並んだベッドの一つに荷物を置くと、鳥籠の布をそっと外した。白い鳥は目を閉じて静かに座っていたが、バードは目を開け、ニースを見上げた。
「バード、部屋についたよ」
ニースは籠の扉を開けて、バードに声をかけた。バードは分かったというようにくるっぽーと鳴いたきりで、そのまま動こうとはしなかった。ニースは、そっとバードの頭を撫でた。
「バードは偉いね。友達を守ってるんだね。ぼくも、君と友達を守るよ」
バードは気持ちいいのか、嬉しいのか、目を細めてコロコロと喉を鳴らした。そこへ、庭から悲鳴のような声が響いた。
「うおぁ!」
ニースは何事かと窓を開けて見下ろした。眼下には馬車置き場があった。ジーナの大きな荷物に押し潰されそうになっているマルコムの姿が、ニースの目に映った。ニースは近くに誰かいないかと、目を凝らしたが、グスタフもジーナもラチェットも近くにいないようだった。メグが一人慌てた様子で、マルコムを助けようとしていた。
「大変だ!」
ニースは急いで部屋を出て、マルコムの元へ走った。騒ぎを聞きつけた宿の従業員も出てきて、マルコムは無事に救助された。
「し……死ぬかと思った……」
安心して腰を抜かしたマルコムに、ニースは苦笑いを浮かべ、はっとした。
「あ! バードたち、そのままにしてきちゃった!」
「ニース⁉︎ 頼むからあいつらを見ててやってくれ」
まだ立ち上がれないマルコムをメグに任せて、ニースは部屋へと駆け戻る。バードと白い鳥は、二羽ともちゃんと部屋にいた。
「よ、よかった……」
ニースは、へなへなと膝を崩しそうになるのを堪えて、窓を閉めた。
「バード、マルコムさんは無事だったよ」
ニースの言葉に礼を言うようにバードは、くるっぽーと鳴いた。ニースはバードに振り向き……ギョッとした。
「バード⁉︎」
ニースは、むんずとバードを掴んだ。バードは驚いた様子だが、暴れることなくじっとしていた。ニースはバードの目を見つめた。
「やっぱり! 怪我してるじゃないか!」
バードの青い右目には、傷が付いていた。ニースは爪か嘴でやられたのかと、白い鳥に目を向けた。そして再び、ギョッとした。
「え⁉︎」
ニースはバードを掴んだまま、白い鳥の目を覗き込む。白い鳥も動じることなく、じっとニースを見つめていた。ニースは、バードと白い鳥を見比べた。二羽とも、青い右目に同じ傷がついていた。
「ど、どうしよう……!」
ニースの目に涙が滲んだ。
「バード、君たち喧嘩したの⁉︎」
バードは、傷ついた青い目を瞬かせながら、すまないと言うように、くるっぽーと鳴いた。すると、扉を開く音がした。
「ニース、バードたちは無事か⁉︎」
マルコムが、ラチェットと共に部屋に入ってきた。ニースは戸惑いながらも、バードをマルコムに見せた。
「マルコムさん、ごめんなさい……!」
バードをそっと受け取ったマルコムに、ニースは頭を下げた。
「ぼくが目を離しちゃったから、二羽とも目に怪我をしちゃったみたいなんです! ぼく、ぼく……どうしたら」
ぽろり、ぽろりと、ニースの目から涙がこぼれた。マルコムは、ニースに答えることなく、バードの目を覗き込み、怪我の様子を確認した。ラチェットが、困ったように顔を歪めて、ニースの肩に手を置き、そっと椅子に座らせた。
「ニース、仕方ないよ。マルコムさんを助けに行ったんだろう? 鳥たちも大切だけど、マルコムさんを助けに行ったニースを、僕は偉いと思うよ」
ラチェットは、ニースに手布を渡すと、声を発しないマルコムに目を向けた。
「マルコムさん、ニースのことを怒らないでやってくれませんか」
マルコムは、ラチェットの言葉に返事をしなかった。マルコムは、ただじっとバードの目を見つめると、バードの羽を広げさせ、喧嘩の跡を確かめるように念入りに調べていった。
ニースは手布で涙を拭き、震える声でマルコムに問いかけた。
「あ、あの……バード、他に怪我がありますか……?」
マルコムは顔をしかめたままで、答えない。マルコムは無言のままバードを放し、白い鳥の目を見始めた。
バードが、自分は元気だとでも言うように、テーブルの上でばさりと大きく羽を広げた。ニースは、バードが自分を慰めようとしているのだと感じ、目に涙を滲ませた。
ラチェットとニースが見守る中、怪我の確認をし終えたマルコムは、はぁと大きくため息を吐いた。どさりとベッドに腰を下ろして俯き、マルコムは頭をくしゃくしゃとかいた。
「あー。なんてこった……」
ニースはとんでもない怪我をさせてしまったと、再び、くしゃりと泣きそうに顔を歪めた。ラチェットが慰めるように、ニースの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「そんなに酷いんですか?」
ラチェットの言葉に、マルコムは、はっと顔をあげた。ニースが、ぼろぼろと大粒の涙を流しているのを見て、慌てて立ち上がった。
「いや、泣くな! そういう意味じゃないんだ!」
慌てるマルコムに、ニースは手布で涙を拭い、鼻をすすった。ラチェットがマルコムに尋ねた。
「どういう意味です?」
気まずそうにマルコムは視線をそらすと、じっとバードを見つめた。
「いや、な……。その……バードと白い鳥の目が、同じだった」
ラチェットは、首を傾げた。
「同じって、色がですか? 怪我の程度がですか?」
マルコムは困ったようにため息を吐くと、ラチェットに目を向けた。
「こいつら二羽とも、本物の目じゃない。たぶんこれは石だ」
「は?」「へ?」
マルコムの言葉に、ラチェットとニースは、ぽかんと口を開けた。マルコムは静かに言葉を継いだ。
「いや、だからな。……たぶん、バードも機械だ」
「えぇ⁉︎」
「冗談ですよね⁉︎」
驚くニースとラチェットの声に、バードは、くるっぽーと鳴いた。三人が目を向けると、バードは胸を張った。バードの体がむくむくと、白い鳥と同じ大きさまで大きくなった。
「……は?」
目の前で起きた摩訶不思議現象に、ニースたちは固まった。
夜闇に包まれた桃色の町を街灯と月明かりが照らし、別世界のように幻想的な色合いを見せる。宿での最初の夕食は、一座の緊急会議となった。
ニースはラチェットと共に、グスタフの部屋へ向かった。グスタフの部屋は立派なもので、小さな火石のコンロや氷石の冷蔵庫、水道もついており、わざわざ食堂に湯をもらいにいかなくとも、部屋でお茶を入れられるようになっていた。大きなテーブルの上には様々な料理が並び、食欲を誘う香辛料の香りが漂う。しかし、ニースがそれに気付く事はなかった。先ほどの不思議な出来事で、頭がいっぱいだったのだ。
皆が席について見守る中、マルコムが鳥籠をサイドテーブルに乗せ、籠の扉を開けた。羽を怪我している白い鳥は座ったままだが、大きくなったバードはパタパタと羽ばたいて椅子の背に止まった。
グスタフが、バードの姿を見て目を見開いた。
「本当に大きくなってるな」
メグとセラが、そっとバードに触れた。
「羽が膨らんでるってわけでもないのね……」
「バードちゃん、すごいね。こんなに大きくなれるんだね」
セラの声にバードが嬉しそうに、くるっぽーと鳴いた。ジーナが困ったように眉をひそめた。
「でもこれ、どうするのー? 絶対普通じゃないわー」
ジーナの声に、ニースが不安そうに声をあげた。
「バードのこと、追い出しちゃうんですか?」
マルコムは首を横に振った。
「いや、そんなことはしないから、安心してくれ。ただ、少し今後のことについて話をしたくてな」
マルコムの言葉に、ラチェットが声を挟んだ。
「食事が冷めないうちに、食べてから話をすればいいんじゃないですか。バードも白い鳥も逃げませんし」
「ああ、そうだな。まずは食べるぞ」
グスタフの声で皆が席につき、食事が始まった。テーブルに並ぶ料理は初めて見るものばかりだ。しかし不安でいっぱいのニースには、食事を楽しむ余裕はなかった。ニースは流し込むように食事を胃に収め、バードを見つめた。
――バード、どうなっちゃうんだろう。マルコムさんはそんなことしないって言ったけど……。
気もそぞろだったのは、ニースだけではなく、皆も同じだった。何を食べたのか全く記憶が残らないままに、いつもよりずっと早く、一座の夕食は終わった。




