84:二羽の鳥1
前回のざっくりあらすじ:ニースが触れた響石に、紫色の光が現れた。
太陽が煌めく青い空に、白い鳥と大鷲が舞う。鳥たちが争う姿は、必死に追いかけるニースたちからもよく見えた。しかし、相手は鳥だ。空中を自在に飛び交う彼らの位置は、街道をそれて近くの森の上空へと移ってしまった。
マルコムは、身軽にそのまま森へ駆け込んで行った。だが、馬車はついていくわけにいかない。グスタフは街道の片隅に馬車を止めると、マルコムを追って駆け出した。ラチェットも慌てて追おうとしたが、ニースが小窓から手を伸ばした。
「うわっ!」
御者台から飛び降りようとした矢先に、服の裾を掴まれたラチェットは、バランスを崩しながらも落ちないように踏ん張った。ニースは服を掴んだまま、ラチェットに叫んだ。
「ラチェットさん! ぼくも連れてってください!」
「え⁉︎ わ、わかった! わかったから、早く離して!」
ニースが手を離すと、ラチェットは転がるように御者台から降り、ハンドルを急いで回す。まだ開けきらない開口部の隙間から、ニースは無理やり這い出た。
グスタフの馬車から、メグたちが文句を言いながら降りてきた。
「どういうことよ⁉︎」
「バードちゃん、どこ行っちゃったの?」
「グスタフー!」
ニースはメグたちに見向きもせずに、オルガン馬車から馬を外し、鞍もつけずに跨った。オルガン馬車を中途半端に開けたまま、ラチェットも慌ててもう一頭の馬に飛び乗った。
「ちょっと、ニース! ラチェットまで! 二人ともどこ行くの⁉︎」
ニースは答えず、馬を走らせる。ラチェットは、メグの顔も見ずに叫びながら走り出した。
「メグ! 馬車を頼んだよ!」
男たちは、みんなどこかへ行ってしまった。取り残されたメグたちは、怒りの形相に顔を歪めながらも、仕方なくその場で帰りを待った。
森の木々を縫うように、ニースは馬を走らせる。ニースは決して乗馬が得意ではない。しかし馬は、ニースの考えをわかっているかのように、迷いなくマルコムたちのいる方へ走っていった。
ニースがようやくマルコムの姿を捉えた時、マルコムはグスタフに腕を掴まれ、悔しそうに歯噛みをしながら空を見上げていた。
「くそっ! バード、何やってるんだ!」
「落ち着けマルコム! 私たちにはどうにも出来ない!」
二人は、少し開けた木々の合間から、空を舞うバードたちを見守っていた。バードは二羽の間に入り込み、白い鳥を庇うように、必死に飛び回っていた。
「あ!」
マルコムが思わず大きな声をあげた。大鷲の爪が、バードが守ろうとしていた白い鳥の翼を引っ掛けたのだ。白い鳥は弾き飛ばされるように、森の中へと落ちていった。しかしなおも、大きな鷲はバードに狙いを定めて追い回す。ニースは馬から飛び降りると、すぐさま投石紐を取り出した。
グスタフがマルコムの腕を離し、ニースの腕を掴んだ。
「何をする気だニース! あんな乱戦の中に投げたら、バードに当たるぞ!」
「でも……!」
ニースは何とかしようと必死だった。それはマルコムも同じだったようで、ニースの手から投石紐を引ったくるように取ると、懐から手品用の小さな玉を取り出し、思い切り投げつけた。
「おい……!」
グスタフが止める間もないほどの早業で、丸い玉は投げられた。玉は、一直線にバードに向かった。
「危ない!」
ニースが声をあげた瞬間。バードは身をひねり、玉を避けた。バードの背後に迫っていた大鷲の目に、玉は思い切りぶつかった。大鷲は悲鳴を上げてバランスを崩し、ふらふらと空を飛び、逃げ帰っていった。
バードはそのまま、白い鳥が落ちたであろう方へと飛んでいった。
「あっちか!」
マルコムが駆け出したので、グスタフも走り出す。ニースも慌てて馬に乗り、走り出した。
しかし、今度の走りはそう長くはなかった。ニースが馬を走らせると、すぐにマルコムとグスタフが立ち止まっている姿が見えた。地面へ降りたニースの目に、馬に乗ったラチェットの姿が映る。肩にバードを乗せたラチェットは、手に何かを抱えていた。
「マルコムさん……!」
おろおろと、困った様子のラチェットに、マルコムはそっと近づいた。ラチェットが抱えていたものを、マルコムが受け取る。それは、先ほど墜落していった白い鳥だった。
白い鳥はバードより二回りほど大きかった。鳥は気絶しているようで、目を閉じ、動かない。しかし、翼を爪で傷つけられたはずのその鳥からは、不思議と血が溢れることはなかった。羽が抜けて、露わになった傷痕には、まるで金属を引き裂いたような痕があった。
「これは……機械か?」
困ったように顔を歪めるマルコムの肩に、バードは飛び移り、心配そうに白い鳥を見つめていた。
ニースたちが、傷ついた白い鳥とバードを連れて馬車へ戻ると、ジーナとメグは烈火の如く怒った。グスタフとラチェットは延々と怒鳴られながらも、丁寧に説明をした。
二人がジーナとメグを宥めている間に、マルコムは白い鳥の傷ついた翼を丁寧に布で巻いた。
「バード。お前がこの子を助けようとしたのは、わかった。だがな、突然飛び出すな。それから、この子の手当てが俺にはわからん。しばらくは布で固定しておくことしか出来ない。許してくれ」
バードは、マルコムの言葉を理解したかのように、くるっぽーと鳴いた。バードには幸い怪我はなく、数本羽が抜けただけだった。
セラが大きめの鳥籠に柔らかな布を敷くと、マルコムは白い鳥を寝かせた。目を開かない白い鳥を心配するように、バードもその隣にうずくまった。セラは、白い鳥をじっと見つめて呟いた。
「この白い鳥さん、梟みたいに大きいけど、体はバードちゃんと同じ鳩みたいだね」
白い鳥は大きさは違えど、バードによく似た形をしていた。
「そうだね。こうして動かないと、ただの人形みたいだ……」
ニースは動かない白い鳥に手を伸ばした。すると、バードが触るなと言うように、ニースの手を突いた。
「いたっ!」
ニースが慌てて手を引っ込めると、ぱちりと鳥は目を開いた。
「あ……!」
白い鳥の目は、バードと同じく左右の色が違っており、バードと同じように右目は青く、左目は緑色だった。白い鳥は、そのままゆっくりと座り直し、ぎこちなく翼を畳むと、再び目を瞑った。バードがその鳥を慰るように、そっと身を寄せた。
「鳥さん、バードちゃん。ゆっくり休んでね」
セラの言葉に、白い鳥は答えなかった。バードだけが小さく、くるっぽーと返事をして目を瞑った。ジーナとメグが怒りを収める頃には、すっかり日が傾いていた。
一夜開けて。朝日に照らされた街道を、一座の馬車が次の町を目指して走る。前日の騒動が嘘のように、二台の馬車はいつも通りに進んでいるが、オルガン馬車の御者台にマルコムはいない。マルコムは、白い鳥から決して離れようとしないバードの事が気がかりで、メグたちと共にグスタフの馬車に乗ったのだった。
マルコムの代わりに、オルガン馬車の手綱はラチェットが握った。ニースは荷台で、オルガンを見守り座っていた。
「あの鳥って、本当に機械なんですか?」
ニースは座ったまま、小窓越しに声を投げかけた。ラチェットは前を向いたまま考え、答えた。
「うーん。あんな風に、生きてるみたいに動く機械って聞いたことはないよね……。もしかしたら義手みたいに、特殊な羽がつけられてるのかもしれない。詳しく見てないから、わからないけどね」
保護した白い鳥は、バードと同じく餌を食べるのが下手だったが、ちゃんと啄んでいた。触れれば体は温かく、音に反応して首を動かしたり、目を開いたりもする。そして何より、ニースたちの目の前で、あれだけ空中戦を繰り広げていたのだ。ちゃんと考え、意思を持っているように動く白い鳥が、ニースたちには機械とは思えなかった。
「バード、あの鳥を触ろうとすると、すごい怒りますもんね。マルコムさんは、手当をした時に見たはずだけど、何も言わなかったし……」
「何かを付けてるようには見えなかったとは言ってたよ。ニースは疲れてすぐ寝ちゃったから、知らないだろうけどね」
ニースは前の晩、夕食を食べながら、うとうとしだし、そのまま寝てしまっていた。そのため、詳しい話を聞けていなかった。
「何も付けてないみたいなのに、義手みたいになるんですか?」
「さあ。それも僕はわからない。ただ、古代文明の遺産って不思議な物が多いし、どこかの発明家が何か新しく作ったかもしれないしね」
ニースはラチェットの話を聞きながら、オルガン馬車の床を撫でた。
「そういえば、この馬車も古代文明の発掘品なんですよね」
「そうだよ。僕の家の土地で見つかったんだ」
ニースは、ラチェットの言葉に驚き振り返った。
「え⁉︎ これって、ラチェットさんのお家で見つかったんですか⁉︎」
ラチェットは、ニースを窘めるように、ちらりと目を向けた。ニースは、慌ててオルガンに向き直る。その様子を確認して、ラチェットは満足したように笑みを浮かべた。
「僕の家は、結構広い土地を持ってるんだ。その中に遺跡があることが分かってね。遺跡を発掘した学者の先生が、この馬車を見つけたんだ」
ニースは古代文明の遺跡とはどんなものだろうと、想像を膨らませた。ラチェットは穏やかに言葉を継いだ。
「その先生が、この馬車を一度分解して調べてるんだ。でも、どうにも分からない技術があるらしくてね。だからもし、あの白い鳥が不思議な義手みたいなものを付けていても、僕は驚かないかな。同じ物を作ろうにも、まだまだ分かってない古代文明の技術ってたくさんあるからね」
ラチェットの言葉に、ニースは興奮して声をあげた。
「同じ物を作れるかもしれないんですか⁉︎」
「たぶんね。何年かかるかは分からないけど、昔の人が作ったんなら、今の僕たちが作れないことはないと思うよ」
ニースは、オルガン馬車のような乗り物がたくさん走る様を思い浮かべ、心を弾ませた。しかし、ふっと表情を曇らせた。
「あの……ラチェットさん。不思議なあの鳥って、調べるためにバラバラにされちゃうんですか?」
落ち込んだニースの声に、ラチェットは切なげに顔を歪めた。
「僕たちにその気はないけれど、学者や研究者に見つかったら、そうなるかもしれない」
ニースはラチェットの返事を聞いて、ぎゅっと膝を抱え込んだ。
「だからバードは、あの鳥に触られたくないのかな……」
不安げなニースの呟きに、ラチェットは慰めるように明るい声をあげた。
「まあ、僕たちが守ってあげたらいいんじゃないかな? バードは、命がけで守ろうとしたぐらい、あの鳥が好きみたいだしね」
ニースは少し安心し、ふっと笑みをこぼした。
「そうですね……。バード、なんであの鳥たちの喧嘩に気づいたんでしょうか」
「さあ? 鳥には鳥の何かがあるんじゃないかな。鳥の生態についても勉強しとけば良かったよ」
はははと笑う、ラチェットの声を聞きながら、ニースはぼんやりとオルガンを見つめた。
――ラチェットさんたちにも、分からないことってあるんだ。学校で勉強したら、ぼくは分かるようになれるかな……?
ニースは歌の力を取り戻す以外にも、様々なことを学びたいと初めて感じた。
何度目かの野宿の後、街道を進むニースたちの目に、大きな川が見えてきた。その川のほとりに、目指していた次の町テトラネマがあった。ニースは、その町の色合いに、ぽかんと口を開けた。
「あそこだけ、夕焼けみたい……」
大きな石壁でぐるりと囲われた町の家々は、おそらく元は白い石造りだったのであろうが、どれもがピンク色に塗られていた。まるで夕日に照らされたかのような、柔らかなピンク色の箱のような家々には、白く塗られた窓枠や花の紋様が浮き上がっていた。前を走る馬車から、可愛らしい町並みに喜ぶメグとセラの声が響く。ラチェットが、その黄色い声を聞いて肩をすくめた。
「女の子って、なんでこんなにピンクが好きだろうね」
「……なんででしょう?」
ニースは返事を返しながら、次にセラに何か贈り物をする時は、ピンク色の品を選ぼうと思った。
澄んだ青空の下を、一座の馬車はゆっくり走る。二台の馬車は、桃色の夕日に照らされたかのような町へ吸い込まれていった。




