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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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83:小さな村の教会4

前回のざっくりあらすじ:ニースは初めて、慰問演奏会を行った。

 村の家々から夕餉(ゆうげ)を作る白い煙が上がり、穏やかなオレンジ色の空に溶ける。風呂を楽しみにしながらニースたちが着替えを終えると、扉をノックする音が響いた。グスタフが扉を開けると、司祭が部屋を訪ねてきていた。


「少し、お時間を頂けますでしょうか?」


 グスタフは笑顔で司祭を迎え入れ、ソファを勧めた。司祭は微笑み、遠慮なく座った。


「皆さま方、どうもありがとうございました。村人たちも患者たちも、いたく感動しておりました。やはり音楽は心を和ませてくれますね。お嬢様の踊りも素晴らしかったです」

「いえいえ。お役に立てたなら何よりですよ」


 司祭は演奏会の礼を言うと、ニースに笑顔を向けた。


「ニース様。私どもの願いをお聞き届けくださり、ありがとうございました。ニース様の優しさが伝わったからでしょうか。患者たちの痛みに歪んでいた顔が和らぎました。本当にありがとうございました」


 司祭は、今度こそ正式な礼拝をニースに行った。三十回もひれ伏されるので、ニースは恥ずかしさから俯いた。


「い、いえ……。ぼくは、本当に声をかけただけなので……」


 司祭は礼拝を終えるとソファに座り直し、ニースに真剣な目を向けた。


「ところで、ニース様。ニース様は、歌の力がないと仰っておいででしたが、確かめてみる気はございませんか?」


 司祭の言葉に、グスタフたちの空気がピリリと引き締まった。


「司祭殿。失礼ですが、ニースは歌石(うたのいし)で何度も確認しています。そういった申し出はお断りいたします」


 グスタフが毅然と断ったが、司祭は柔らかな笑みを浮かべた。


「いえ。歌石ではなく、響石(ひびきのいし)でです」


 ラチェットが、はっと目を見開いた。


「そうか! 教会だから響石があるんだ!」


 ニースたちは不思議そうに顔を見合わせ、マルコムがラチェットに尋ねた。


「どういうことなんだ、ラチェット」


 ラチェットは、メガネをくいと上げて話した。


「響石は、触れるだけで歌の力があるか確実にわかる石なんです。カルデナ教では、歌い手の証の()を持たない人でも、入信の時に歌の力を計っています。だから教会には、必ずあるんですよ」


 ニースは戸惑いながら口を挟んだ。


「あの、ラチェットさん。どうして教会で、歌の力を計る必要があるんですか?」


 ニースの問いに、司祭が答えた。


「それは、私からお答えいたしましょう。カルデナ教の()()と呼ばれる力が、歌の力だからですよ」

「あ……そういえば……」


 ニースは、最初に教会に入った時に、司祭が起こした()()()()を思い出した。


「司祭さまが祭壇で、緑色の光を出した時、歌を歌ってましたよね」

「ええ、そうです。あの歌は、祈歌(いのりのうた)の歌い出しなのです」

「じゃあ、もしかして奇跡を起こす祈手っていうのは……」


 司祭は、ふわりと優しい笑みを浮かべ、頷いた。


「祈歌を歌う、歌い手のことです。私も歌い手なんですよ」


 ラチェットが、気まずそうに頬をかいた。


「ごめん、ニース。そういえば、そこまで説明するのを忘れていたよ……」


 ラチェットの言葉に、ニースが恥ずかしそうに笑った。


「いえ、いいんです。聖女さまが天の導きっていう時点で、気がついて当たり前だと思いますし」


 司祭はニースに笑みを向けると、懐から小さな箱を取り出した。中には、キラキラと輝く金剛石(ダイヤ)のような小さな石が入っていた。ニース、グスタフ、マルコムは、初めて見る響石に思わず見入った。司祭は、まるで教えを説くように、穏やかな声で話し出した。


「これが響石です。お手を触れていただければ、歌の力があるかはすぐに分かります。ニース様は黒をお持ちですから、わざわざ確かめずとも、歌の力を持つことは確実です。ですが、ニース様はご自身を()()と仰いました。潜在的な歌の力が本当にあるのか、不安をお持ちなのでしょう?」

「はい……」


 しゅんと肩を落としたニースを、司祭は安心させるように優しい目で見つめた。


「歌石とは違い、響石は石歌を必要としません。“調子外れ”と言われる人々でも、響石に触れると反応しますから、ニース様も気が楽になられるかと思います。そして“調子外れ”と分かっても、落ち込む必要はありません。力の使い方、引き出し方を身につければいいだけなんですよ」


 温かな司祭の言葉に、ニースは切なげに微笑んだ。司祭は柔らかな声音で言葉を継いだ。


「聖皇国と友好関係にあるカルマート国のアルモニア音楽院であれば、力の使い方を身につけることも出来ましょう。もしご希望であれば、教会本部である聖庁(せいちょう)から、音楽院への紹介状を用意出来るよう手配いたします。少しでもお力になりたいのです。試すだけ、なされてみてはいかがですか?」


 マルコムが、安心したように笑みを浮かべて司祭に話した。


「実は、私たちの旅の目的も、ニースをアルモニア音楽院へ連れて行くことなんですよ」


 司祭は驚いた様子で頭を下げた。


「そうでしたか。差し出がましいことをいたしました」

「いえいえ。申し出はとても有り難いです」


 マルコムは、ニースに目を向けた。


「ニース、どうする? どちらにせよ、アルモニア音楽院に着けば響石で入学試験は受ける。でも、ここで試しておくのもひとつだ。やるなら、司祭様に頼むといい」


 ニースは、戸惑いがちに司祭に尋ねた。


「あの……もし、ぼくがここで、響石で反応したら、ぼくって、教会で働かないといけなくなるんですか?」


 司祭は笑顔で首を横に振った。


「いいえ、ニース様。これは入信の儀とは全く別のお話です。もちろん、教会へ入って頂ければ嬉しいですが、強制はいたしません。試すだけで大丈夫ですよ」


 ニースは自分の心を確かめるように、目を伏せて考えた。


 ――もし、ぼくがここで響石に反応しなかったら、それはもう本当に歌い手じゃないってことだ。学校に行く意味もなくなっちゃう……。そうなった時に、ぼくは大丈夫なのかな。その覚悟はある……?


 悩むニースの肩に、ラチェットが優しく手を添えた。ニースは、はっとしてラチェットを見上げた。


「ニース。もし君が歌の力を持たなくても、君は僕たちの仲間だよ。音楽家として旅を続ければいいだけだし、家に帰って羊飼いになってもいい。ニースはニースのままだよ。何も怖がらなくていいと、僕は思う」


 ラチェットの言葉に、グスタフとマルコムも頷いた。ニースは皆の優しい笑顔を見て、嬉しさで涙がこみ上げた。


 ――やってみよう。どんな結果になっても、みんながいてくれる。ぼくはもう、ひとりじゃないんだ。


 ニースは涙を隠すように、ぺこりと司祭に頭を下げた。


「お願いします、司祭様」


 司祭は微笑んで、そっと響石の箱をニースに渡した。


 ニースは息を飲み、恐る恐る石に手を伸ばす。透明で透き通ったような輝きの響石に、指先のほんの一部が触れた。……その瞬間。


「うわっ!」


 ピカリ……と眩い輝きが一瞬光った。思わず閉じた目をそっと開けると、ニースが触れている響石の中に、紫色の光がほのかに輝いていた。


「これはすごいな……」


 グスタフたちが興味深そうに、響石を覗き込んだ。ニースが紫色の光を、グスタフたちに見せようと手を離すと、あっという間に光は消えた。


「あっ……」


 ニースが驚き声を上げると、司祭が静かに口を開いた。


「響石が、反応されましたね。ニース様はちゃんと、歌の力をお持ちですよ。もしご不安でしたら、皆さまも試してみてください」


 司祭の言葉に、グスタフ、マルコムも響石に手を触れた。しかし、響石は何の反応も示さなかった。


「なるほどなぁ。響石って、こうなるのか」


 マルコムは箱へ丁寧に響石を戻すと、司祭に礼を言って返した。司祭は微笑んで受け取り、懐に戻した。


「ニース様がアルモニア音楽院まで無事に到着され、力の扱い方を身につけられることを、我々も祈らせていただきますね」

「ありがとうございます!」


 ニースは、満面の笑みで深々と頭を下げた。すると司祭が、ふと思い出したように笑った。


「すっかりお伝えするのを忘れておりましたが、浄化のご用意も出来ております。女性の方々はすでに向かわれているはずです。皆さまも明日の出発に向けて、ゆっくり英気を養ってください」


 ニースたちは司祭に礼を言うと、蒸し風呂へ向かった。ニースは、まだ風呂に入ってはいないが、空に飛び上がれそうなほど、足取りが軽くなっていた。




 翌朝。蒸し風呂と胃に優しい食事で、すっかり疲れを癒した一行は、ロッシーノ村を旅立った。司祭や門兵の老人に別れを告げ、一座は山を下り街道を南下していく。セラはメグたちと共にグスタフの馬車に乗りこみ、ニースはオルガン馬車で揺られていた。小窓から外の様子を眺めていたニースは、どんどん緑が濃くなっていく景色に違和感を感じていた。


「ラチェットさん。質問してもいいですか?」


 御者台に座るラチェットは、不思議に思いながら振り向いた。


「なんだい、ニース。急に改まって」

「アウクリシウムのあたりでは、そろそろ冬になる頃だと思ったんですけど、なんだか、どんどん暖かくなってませんか?」


 ラチェットが、はははと笑った。


「そうか。ニースは知らないんだね。聖皇国は、王国や皇国とは違って、春、夏、秋、冬の区別ではないんだよ」


 聖皇国の季節は、暑季、雨季、乾季の三つの季節に大まかに分けられる。皇国で秋から冬に変わる時期は、聖皇国では乾季だ。乾季は雨がほとんど降らず、日中もそれほど暑くはならない。ニースたちが旅する今の時期は、朝晩は少し冷えるものの、旅をするにはもってこいの季節だった。

 話を聞いたニースは、世の中には知らない事がまだまだたくさんあると感じた。


「国によって、季節まで変わるんですね」

「そうだね。これから聖皇国を抜けていくと、砂漠になるんだ。砂漠はまた気候が変わって、僕たちの感覚だと、夏と冬しかないみたいになるよ。僕の故郷で、ニースが目指すアルモニア音楽院のあるカルマート国は、王国や皇国とは真逆の季節になるんだ。王国が冬なら、カルマートは夏になる。場所によって、色んな季節になるから、景色を見るのも楽しいと思うよ」

「そうなんですね。砂漠かぁ。砂しかないって聞きました。全然想像がつきません」


 ニースがキラキラと好奇心で目を輝かせるのを、ラチェットは微笑んで見ていた。

 すると手綱を握るマルコムが、遠く正面の空を見上げ、声をあげた。


「なんだ、ありゃ」


 ニースとラチェットが目を向けると、二羽の鳥がバタバタと翼を羽ばたかせて、物凄い勢いで飛んでるのが見えた。


「なんでしょう……逃げてるのかな?」


 ニースの目には、一羽の大きな鷲が白い鳥を追い回しているように見えた。……次の瞬間。


「うわっ!」


 突然、マルコムが馬の手綱を引いた。ガタリと揺れて馬車が止まったので、ニースは衝撃で荷台を転がった。


「いたた……」


 ラチェットは、とっさに小窓の縁を掴み、振り落とされそうになるのを堪えて、声をあげた。


「ど、どうしたんですか、マルコムさん⁉︎」


 マルコムは、はぁと安堵のため息を吐いた。


「危なかった……。どうしたもこうしたも、グスタフのやつが急に止まったから……」


 くらくらする頭を押さえながら立ち上がったニースと、必死に小窓に捕まっていたラチェットが前を見ると、グスタフの馬車が目前で止まっているのが見えた。あと一瞬遅かったら、止まり切れずぶつかっていそうな距離だ。馬たちが興奮していなないていたが、それより激しく騒ぐ声が、前の馬車から響いていた。


「ちょっと、バード! 落ち着きなさいよ!」

「バードちゃん、ダメだって! ……あ!」


 何かにぶつかる音と、怒鳴り声が聞こえる馬車から、バードが勢いよく飛び出していった。


「バード⁉︎」


 マルコムが慌てて御者台から降り、走ってバードを追いかけていく。


「おい、マルコム!」


 グスタフが叫ぶが、マルコムはバードを真っ直ぐ追っていった。呆然とニースは見つめていたが、はたと気がついた。


「ラチェットさん! バード、あの二羽の鳥のところに向かってます!」

「え⁉︎」


 ラチェットは慌てて、争う二羽の鳥に目を向けた。確かにバードが、一直線にその鳥たちに向かってるように見えた。


「座長! 前方上空の喧嘩してる鳥に、バードとマルコムさんが向かってます!」

「なに⁉︎ あれか!」


 ラチェットの叫び声にグスタフは答えると、急いで手綱を振った。ラチェットも、オルガン馬車を慌てて動かす。突然動き出したグスタフの馬車から、メグたちの小さな悲鳴が響き、ニースはまたも激しい衝撃で、荷台に転がった。鳥たちとマルコムを追って、二台の馬車は走り出した。

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