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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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80:小さな村の教会1

前回のざっくりあらすじ:カランド聖皇国へ入国した。

 空は青く晴れ渡り、穏やかな風が吹く。そろそろ冬になるかと思われた季節だが、不思議と大きな変化はない。一座の馬車は、国境の川を越えると街道を南下し、山道を登った。

 聖皇国の山の木々は常緑樹が多く、道を進めば進むほど、緑に溢れていった。山を越えると開けた視界に、小さな村が顔を出す。山肌には段々畑が広がり、黄金色の稲穂がこうべを垂れる。木造の家々が点々とある中で、唯一石造りの立派な建物が目を引いた。ニースはセラと一緒に、オルガン馬車の小窓から、興味深げに外を眺めていた。


「あれが教会ですよね。小さな村なのに、あんなに立派なんだ……」


 石造りの建物は、村の教会だった。ニースの呟きに、オルガン馬車の手綱を握るマルコムが、はははと笑った。


「ここは聖皇国だからな。どんなに小さな村にも、必ず立派な教会がある。俺たちも、今夜はあそこに泊まるぞ」


 マルコムの言葉に、ニースは首を傾げた。


「教会って、お祈りするところですよね? それなのに、泊まるんですか?」


 手綱を握るマルコムに代わり、ラチェットがニースに振り向いた。


「聖皇国の教会に、治療院が併設されてるって話はしたよね。教会には、治療院だけじゃなくて宿泊施設もあるんだよ」

「それだけじゃないぞ。教会には必ず()()があるんだ」


 マルコムが横から付け足した言葉に、セラが瞳を輝かせた。


「聖皇国にも、皇国みたいなお風呂があるんですか⁉︎」


 セラのはしゃぎ声にマルコムは、苦笑いを浮かべた。


「いや。残念だが、皇国の風呂とは違うんだ。大きな町の教会なら湯に浸かることも出来るだろうが、小さな村や町の教会には、さすがに浴槽はないな」


 セラはマルコムの話を聞いて、しゅんと肩を落とした。しかしマルコムは、ニヤリと笑みを浮かべた。


「まあ、そんなに落ち込むな、セラちゃん。皇国とは違うが、聖皇国の風呂はまた良いもんだぞ」


 ニースとセラは、不思議そうに顔を見合わせた。ラチェットが、二人に笑いかけた。


「僕も聖皇国のお風呂は初めてなんだ。どんなのか楽しみだね」


 期待を膨らませる三人を乗せて、馬車は村へと進んでいった。


 ニースたちが訪れた村は、ロッシーノ村という。皇国との国境に近いが、村の市壁は壁と呼んでいいのかも怪しい簡素なもので、猪除けのような木の柵だった。その門の門兵も老人が一人いるだけだ。門兵の老人は、歯の抜けた口元に笑みを浮かべて、一座の馬車を出迎えた。


「こいつはたまげた。旅のお方、立派な馬車ですなぁ」


 老人は簡素な革の鎧を着ており、腰が曲がっていた。グスタフが御者台から降りて老人に挨拶をすると、マルコムとラチェットも降りた。ラチェットがオルガン馬車を開けるために、ハンドルを回そうとすると、老人が声をかけた。


「中を見せんでもいいですわ。聖人様が乗ってる馬車なら、何の問題もありゃあしません」


 老人は、小窓から覗いていたニースに気づいていた様子で、歯の抜けた顔を嬉しそうに、くしゃりと緩めた。ニースは、くすぐったく感じ、微笑んだ。


「おじいさん、ありがとうございます」

「小さな村ですが、見ての通りこの村は、のどかな村なんですわ。国境に近いのに、旅人もみんな素通りしちまう。それなのに、わざわざおいでなすった聖人様のお手を煩わせるわけにはいきませんわ」


 がははと笑う老人に、ニースは、はにかんだ。老人は、両手のひらを胸の前に合わせると、前後に擦り合わせるような仕草をしながら、ニースにお辞儀をした。


「ゆっくりしてってください、聖人様」


 それが簡略式の礼拝なのだと気がついたニースは、老人からは見えないが、真似をして馬車の中で手を合わせ、礼を言った。


「はい! ありがとうございます」


 グスタフたちは老人に礼を言うと、教会に向けて馬車を走らせた。セラが、微笑みをニースに向けた。


「よかったね、ニース。この国の人たち、みんなニースに優しいから、安心だね」

「うん……。ありがとう、セラ」


 ニースは、ほんのり心が温かくなるのを感じた。


 村の中央にある石造りの教会には、高い鐘楼が付いていた。セラが、教会の門を指差し、ニースの肩を叩いた。


「ニース、見てみて! あの鳥、バードちゃんみたいでしょ?」

「本当だ。よく似てるね」


 門の上には、一対の鳥の銅像があった。ニースの目にも、その像はバードとよく似た鳩に見えた。二台の馬車は門を通り、教会の横にある馬車置き場に止まった。ラチェットがオルガン馬車を開け、ニースとセラは馬車を降りた。グスタフとマルコムが馬車から馬を外すと、教会から男性の司祭が出てきた。司祭は、金糸で刺繍が施された白いローブを身に纏い、胸に緑色の石のブローチをつけていた。司祭は柔らかな笑顔で、グスタフに歩み寄った。


「よくいらっしゃいました。ロッシーノの教会へようこそ。巡礼ですか?」


 グスタフは、にこやかに挨拶を返した。


「いえ、私たちは旅の芸人でして。こちらで二晩ほど宿をお借りしたいのですが」

「芸人の方ですか。もちろん、喜んでお迎えいたします。ごゆっくりなさってください」


 一行を案内しようとした司祭は、ニースに気が付き、足を止めた。


「これはこれは。聖なる色をお持ちの方までいらっしゃるとは」


 司祭も門兵の老人と同じく、両手を擦り合わせるようにしてニースにお辞儀をした。ニースも手を合わせて、ぺこりとお辞儀を返した。


 教会の正面扉の上部には、花の形を象ったレリーフが飾られていた。分厚い樫の扉の奥は礼拝堂になっており、長椅子がいくつも並んでいた。祭壇には、髪の長い女性の像があった。柔らかな笑みを浮かべるその像は、黒檀を削り出して作られており、窓から差し込む日の光で黒く美しく艶めいていた。


「こちらが、礼拝堂になっています。旅の方ですと、信者でない限りは礼拝の必要はありませんが、宿泊代の代わりに、お気持ち分のご喜捨を頂いております」

「ええ、もちろん。心得ております」


 グスタフが司祭に笑顔を向けると、マルコムが小さな包みを取り出した。司祭は包みを恭しく受け取ると、祭壇の前へと供えて跪き、宙空に円を描くように聖印を切った。


「聖カルデナ。我ら地の民に(ゆる)しと癒しを」


 司祭は祈りの言葉を言うと、続いて小さく何やら唱えた。すると、ふわりと祭壇に緑色の光が射した。


「……え?」


 呆気に取られて、ニースがぽかんと口を開けると、セラが耳元で囁いた。


「ニース、これもカルデナ教の()()のひとつだよ」

「これが……?」


 ニースは不思議そうに光を見つめた。


 司祭は祈りを終えると、ブローチと刺繍はないが同じ白いローブを着た助祭の男に後を頼み、自らグスタフたちを部屋に案内した。礼拝堂の左手は治療院に続く廊下があり、右手から渡り廊下を進んだ先に宿泊施設があった。


「こちらの部屋をお使いください」


 司祭は隣り合う二部屋を男女別に使うよう、一行を案内した。部屋には四台のベッドが並び、壁際に二人がけのソファが二台、小さな机を挟んで置かれていた。


「荷物を置きましたら、治療院側の扉の前に、着替えを持ってお越しください。()()の部屋にご案内いたします」

「ありがとうございます」


 グスタフが礼を言うと、司祭は礼拝堂へ戻っていった。ニースは司祭を見送ると、グスタフに問いかけた。


「グスタフさん、浄化の部屋ってなんですか?」

「風呂のことだよ」


 グスタフの言葉に、ラチェットがメガネをくいと上げた。


「体を清めるから、浄化ですか……」

「ああ、そうだ。さあ、ここには二晩ほど世話になろうか。ずっと走り続けて疲れも溜まってるからな。とにかくまずは荷物を運ぼう」


 グスタフの声に皆は頷くと、風呂を楽しみにしながら最低限の荷物を運び込んだ。


 ニースたちが司祭の待つ治療院側の扉の前に集まると、扉が開かれた。治療院に向かう廊下には、浄化の部屋と呼ばれる風呂へ繋がる道が別にあった。風呂の扉の前には、青色のローブを身に纏う修道士と修道女が待っており、ニースたちは脱衣所に案内された。

 グスタフの後に続いてニースが中に入ると、修道士から薄い綿の入浴衣を渡された。


「服と下着は籠に入れて、こちらに着替えてください」


 前開きの入浴衣は、丈が長く羽織る形になっており、胸の前に交差させて、紐で縛る形だった。ニースとラチェットは、グスタフとマルコムの着方を見よう見まねで、着替えた。


「な……なんか、スースーします……」


 ニースが内股になりながら、恥ずかしそうに俯いたので、グスタフが笑った。


「初めてはそうだろうな。だが、これからまた驚くぞ?」


 ニヤリと笑みを浮かべるグスタフに、ニースは、ぷるりと震えた。

 着替えを終えたニースたちは、水の入ったコップを修道士から渡された。


「こちらを飲みましたら、中で横になって頂きます」

「お風呂なのに、横に……?」


 修道士の言葉に、ニースとラチェットは不思議そうに顔を見合わせた。

 水を飲み干しコップを返すと、扉が開かれた。中には、温かな霧が満ちており、ふわりとした薬草の香りと、熱気がじんわりと伝わってきた。ニースが中に足を踏み入れると、床も天井も全て木で出来ているのが分かった。


「ニース、ラチェット。ここに仰向けで寝るんだ」


 グスタフが指し示した場所には、ちょうど大人一人が横になれる程度の布が敷かれていた。ラチェットが布の上に横になると、グスタフもその隣に寝転がる。戸惑うニースの肩を、マルコムが叩いた。


「ニースも早いとこ横になれ。目を閉じて、ゆったりしとけば、しばらくしたら声をかけられるから」


 ニースは不思議に思ったが、マルコムもさっさと寝転がってしまったので、仕方なく腰を下ろした。横になり目を閉じると、背中がじんわり温かくなるのを、ニースは感じた。


 ――なんだろう……。すごく、気持ちいい……。


 ニースは心地よさにすっかり脱力した。部屋中に満ちている霧の水滴がしっとりと顔や手足に纏わりつくが、落ち着く香りと温もりに、ニースはうとうとと、船を漕いだ。

 すると、遠い意識の向こう側からニースを呼ぶ声が聞こえた。


「ニース、起きて」


 ぱちり、とニースが目を開けると、ラチェットがニースに笑みを向けていた。


「気持ちよくて寝ちゃったよね。次の部屋に移るってさ」


 ニースは寝ぼけ眼をこすり、大きく欠伸をすると、ラチェットについて部屋を出た。隣の部屋には、桶に入った湯と布が用意されており、グスタフとマルコムが入浴衣を脱いでいた。


「二人とも、ここで身体を洗うんだ」


 グスタフに頷きを返し、ニースは入浴衣を脱ぐ。石鹸で身体を洗うと、いつもより肌がつるりとするように感じた。身体を拭くと、また別の入浴衣とコップの水を渡された。ニースは再び、見よう見まねで入浴衣を着て、水を飲んだ。

 ニースが次の部屋へと入ると、今度は先ほどとは違い、霧は満ちていなかった。しかし不思議と暖かなその部屋には、布をかけられた長椅子のようなものが並んでいた。


「ニース。今度はここで、うつ伏せになるんだ」


 マルコムの言葉に、ニースが腕を枕にして長椅子にうつ伏せになると、修道士がニースの背中を揉んだ。


「ふぁー」


 ニースは心地よさに思わず声が出てしまい、慌てて口を塞いだ。修道士が柔らかな声をかけた。


「いいんですよ、声を出しても。みなさん、そうなりますから。気楽になさっててください」


 修道士の言葉の通り、グスタフたちも心地よさを漏らす声が部屋に響いていた。ニースは柔らかく揉みほぐす修道士の手に感動を覚えながら、身を任せた。


 長旅で疲れた身体は、すっかり解され、ぽかぽかと温まった。ふにゃふにゃになったニースは、心地よさに顔を蕩けさせたまま、着替えを済ませて風呂から出た。ニースは、そのまま空でも飛べそうなほどふわりと軽い足取りで、グスタフたちと部屋へ戻った。


「これがお風呂なんて、信じられません」


 ニースは、部屋のベッドへ腰掛けたが、未だに夢見心地で呟いた。隣のベッドに大の字に転がったラチェットが、気持ち良さそうに大きく息を吐いた。


「これは確かに()()だね。体中の悪い物が全部出て行った気がする」


 二人の様子に、グスタフが笑った。


「ははは。二人ともすっかり気に入ったみたいだな。教会に泊まると、必ず最初にこれをやらされるんだ。普段はマッサージはないが、蒸し風呂には入れるぞ」


 マルコムが、笑顔を浮かべて伸びをした。


「聖皇国の風呂は気持ちいいだけじゃないぞ。この国の女性たちは、蒸し風呂のおかげでみんな美肌なんだ。美人を生む風呂なんて、最高だよな」


 マルコムの言葉にラチェットが、がばりと起き上がった。


「それは、メグたちも肌がツヤツヤってことですか⁉︎」


 マルコムはニヨニヨと、ラチェットに笑みを向けた。


「ああ、そうだぞ。メグは普段から綺麗だからなぁ。ここの蒸し風呂に入ったら、どれだけ綺麗になるかなぁ」


 グスタフがラチェットを、じろりと睨んだ。


「ラチェット。しっかりメグを捕まえておけ。これ以上メグが美人になったら、どんな輩が集まるかわからん」

「が、がんばります!」


 真剣な二人の様子に、マルコムが、くつくつと笑った。ニースは三人を眺めながら、ぼんやりと蒸し風呂の余韻に浸っていた。

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