↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍津家さんは、おしつけたい!  作者: 錆猫てん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/12

第07話 「忍津家さんは、任されたい!」

 夏休みが明けて間もない、九月の初め。二年三組では、文化祭の出し物を決めるための話し合いが行われていた。


 黒板には、候補として挙がった案が並んでいる。喫茶店、お化け屋敷、演劇、縁日、脱出ゲーム――。教室のあちこちから好き勝手な意見が飛び交い、どの案にも決め手がないまま時間だけが過ぎていた。


「飲食は準備が大変じゃない?」


「でも一番客が来るだろ」


「お化け屋敷って、去年も三組がやってなかった?」


「今年は和風にすればいいじゃん」


「演劇は絶対、練習で揉めるって」


 教卓の前に立つ文化祭委員の男女は、次々に上がる声に困った顔をしている。


 その中で、忍津家(おしつけ)しのぶは窓際の席に座り、膝の上のノートへ視線を落としていた。話し合いには、ほとんど参加していない。


 黒板の案を写しながら、その横へ細かなことを書き足していく。必要な人数、費用の目安、使えそうな教室、当日に必要になりそうな係。誰かが口にした情報も、聞こえたものから拾っていた。


「忍津家、何書いてるんだ?」


 隣の席から、相良(さがら)悠真(ゆうま)が覗き込む。


「忘れないように」


「全部?」


「あとで比べるから」


「誰が?」


「みんなで」


 しのぶはノートを少しだけ悠真の方へ向けた。


 喫茶店の欄には、食品を扱うための申請、調理場所、仕入れ、衛生管理。お化け屋敷には、暗幕の枚数、照明、装飾、通路の安全確保。演劇には、台本、配役、衣装、大道具、練習場所。


 まだ話し合いが始まって二十分ほどしか経っていない。


「これ、先生に提出する資料みたいだな」


「決めてから困ると大変だから」


「決まる前に、もう準備してるのかよ」


「準備じゃないよ。確認」


「似たようなものだろ」


 そのとき、教卓の前にいた文化祭委員の男子が声を張り上げた。


「一回、静かにして! このままだと決まらないから!」


 ばらばらだった声が、いくらか収まる。


「多数決でいいんじゃない?」


 誰かが言った。


「でも、やりたい人が多くても、実際にできなかったら困るだろ」


「そこまで考えたら何も決まらないって」


「じゃあ、もう喫茶店でよくない?」


「勝手に決めるなよ」


 また声が重なり始める。悠真は隣を見た。


「お前、それ見せたら?」


「私が?」


「案ごとに必要なものが分かれば、決めやすいだろ」


 しのぶの手が止まり、教室の前へ目を向ける。四十人近い生徒が、それぞれ好きなことを言っている。その前へ立って話す。


「無理」


「即答だな」


「見せるだけならできる」


 しのぶは悠真を見た。何も言わない。けれど、眼鏡の奥の目は分かりやすかった。


「俺かよ」


「一緒にお願い」


「また、面倒を押し付ける」


「これを、みんなに説明して」


「それ、お前がまとめたんだから、お前が説明しろよ」


「私が話すと、聞こえないかもしれない」


「声を出せば聞こえる」


「出なくなるかもしれない」


 悠真はため息をついた。


「途中で補足しろよ」


「うん」


「全部、俺に押し付けるなよ」


「一緒だから、押し付けてないよ」


「またその理屈か」


 悠真はしのぶのノートを持って立ち上がった。


「文化祭委員、ちょっといいか?」


 教室の視線が集まる。悠真は教卓の横へ移動し、ノートを開いた。しのぶは席に座ったまま、こちらを見ている。


「忍津家が、案ごとに必要なものをまとめてた」


「もう?」


 文化祭委員の女子が驚いた声を上げる。


「見せて」


 悠真はノートを教卓へ置いた。


「例えば喫茶店なら、食品を扱う申請と、調理場所の確認が必要。教室で作るのは無理だから、家庭科室を借りるか、仕入れたものだけにするか決めないといけない」


「確かに」


「お化け屋敷は暗幕と照明。あと、安全に通れる幅を確保しないと駄目らしい」


「らしいって、誰が言ったの?」


「忍津家」


 一斉に視線がしのぶへ向く。しのぶの肩がぴくりと動いた。


「去年の記録に、書いてあったから」


 声は小さい。それでも、静かになった教室には届いた。


「去年の記録まで見たの?」


「図書室にあったよ」


「何で文化祭の記録が図書室に?」


「学校行事の資料をまとめた棚があるから」


 さっきまで喫茶店だ、お化け屋敷だと言っていた生徒たちも、今度は黒板とノートを見比べ始める。


「演劇は?」


 誰かが尋ねた。しのぶはノートを見ながら答える。


「練習場所は、放課後の教室だけだと足りないかもしれない。体育館は部活が使うから、早めに申請が必要」


「脱出ゲームは?」


「問題を作る人と、装飾を作る人を分けた方がいいと思う。答えが分かる人が案内役をすると、難しくなるから」


「それ、もう企画書じゃん」


 感心した声が上がり、しのぶは目を伏せた。


 悠真がノートへ視線を戻す。


「とりあえず、やりたいかどうかだけじゃなくて、実際にできるかも含めて絞ろう。準備期間と人数を考えると、演劇は少し厳しそうだな。飲食は申請次第。お化け屋敷と脱出ゲームなら、教室だけでも準備できる」


「じゃあ、その二つで多数決?」


「待って」


 しのぶの声がした。また視線が集まる。


 しのぶは一瞬黙ったが、そのまま続けた。


「お化け屋敷と脱出ゲームを、合わせてもいいと思う」


「合わせる?」


「忍者屋敷みたいにする」


 悠真が眉を上げた。


「忍者?」


「隠し扉や暗号を解いて、出口を探す。驚かせる役も置く」


「お前の趣味が入ってないか?」


「和風なら、教室の机や段ボールで作れるものが多いよ。衣装も黒い服でいいから」


 しのぶはノートのページをめくる。


「怖いのが苦手な人でも入れるように、驚かせる役は少なくする。暗い場所を歩くだけじゃなくて、問題を解くなら、待ってるだけにはならないと思う」


 文化祭委員の女子が、黒板へ大きく書き加えた。『忍者屋敷風・脱出ゲーム』。


「それなら面白そう」


「衣装も簡単そうだな」


「仕掛け作るの楽しそう」


「怖すぎないなら、受付でもいいかも」


 今度は、さっきまでほど声がぶつからない。改めて多数決を取ると、大きく票が割れずに決まった。


「じゃあ、忍者屋敷風の脱出ゲームで決定!」


 文化祭委員の男子が、肩の力を抜いた。


「次は係決めか」


「企画を考える人、必要じゃない?」


「今の案、忍津家さんが考えたんだよね」


「忍津家さんが中心でよくない?」


 突然、自分の名前が続けて出てきて、しのぶは顔を上げた。


「私?」


「必要なものも分かってるし、去年の記録も調べてるし」


「一番向いてると思う」


「でも、人前で説明するのは……」


「それなら、相良がやればいいじゃん」


 軽い調子で声が飛ぶ。


「二人でやれば?」


「忍津家さんが企画と準備をまとめて、相良がみんなに説明する」


「さっきもそれでうまくいったし」


 悠真は教卓の横で腕を組んだ。


「勝手に決めるなよ」


「でも、相良も向いてるだろ」


「人の話まとめるの得意じゃん」


「忍津家さん一人にやらせるよりいいって」


 悠真はしのぶを見る。しのぶは席に座ったまま、ノートを両手で持っていた。視線が黒板へ向き、また悠真へ戻る。


「忍津家は、どうしたい?」


 すぐには返事がなかった。しのぶは黒板に書かれた『忍者屋敷風・脱出ゲーム』を見る。


「裏方なら、頑張れる」


 やがて、そう答えた。


「みんなの前で話すのは、難しいけど」


「俺が話せばいい?」


「うん」


「また一緒にお願いか」


「一人だと、できないから」


 しのぶはノートの端を指で押さえた。


「でも、相良くんと一緒なら、やってみたい」


 一瞬、教室が妙に静かになった。何人かが顔を見合わせる。しのぶ本人は、それに気づいた様子もない。


 悠真だけが視線を逸らした。


「分かったよ」


「本当?」


「ただし、仕事はちゃんと分けるからな。全部抱えるなよ」


「うん」


「困ったら、先に言え」


「相良くんに?」


「俺でも、ほかの奴でもいい」


 しのぶは少し考えた。


「まず、相良くんに言う」


「最初からほかを頼る気がないな」


「相良くんが一番早いから」


「またそれかよ」


 しのぶが笑った。


***


 その日の放課後。


 黒板の案を消す前に、しのぶは内容をノートへ写していた。悠真は隣の机に座り、係の一覧を作っている。


「必要な係は?」


「受付、案内、仕掛け、装飾、問題作り、安全確認」


「驚かせる役は?」


「少人数でいいと思う」


「忍者屋敷なのに、忍者役は少ないんだな」


「忍びは、たくさん見つかったら駄目だから」


「文化祭なんだから、見つかっていいだろ」


「隠れて驚かせる方が効率がいいよ」


「本気で作る気だな」


「任されたから」


 しのぶは顔を上げずに答えた。ノートの次のページには、もう明日以降の予定が書き込まれ始めている。


「相良くん」


「何だ?」


「明日、去年の文化祭の写真を見に行く」


「一人で行ってこい」


「一緒にお願い」


「放課後ならな」


「それから、材料の値段も調べる」


「まだあるのか」


「教室の広さも測りたい」


「一日で全部やる気か?」


「早い方がいいから」


 悠真は書いていた手を止め、隣を見る。


「お前、任されると張り切りすぎるよな」


「頑張ったら、みんなが困らないから」


「お前が困るだろ」


「相良くんがいるから、大丈夫」


「……最初から俺込みで考えてるな?」


「うん」


「そこは否定しろよ」


 しのぶは不思議そうに瞬きをした。


「とりあえず、今日は係だけ決めるぞ」


「写真は?」


「明日」


「教室を測るのは?」


「明日」


「材料の値段は?」


「それも明日」


「全部、明日?」


「お前を帰らせるところまで俺の仕事にするな」


 しのぶは不満そうにノートを見る。それでも、数秒してぱたんと閉じた。


 教室を出ると、廊下にはもうほとんど生徒が残っていなかった。窓から差し込む夕方の光が、並んで歩く二人の影を長く伸ばしている。


「相良くん」


「次のお願いは明日にしろよ」


「違うよ」


「じゃあ何だ?」


「引き受けてくれて、ありがとう」


「俺だけじゃない。クラス全員でやるんだろ」


「でも、最初に隣にいてくれるのは、相良くんだから」


 しのぶは前を向いたままだった。悠真はその横顔を見て、すぐ前へ視線を戻す。


「……明日は、写真を見るだけだからな」


「教室も測るよ」


「増やすな」


「材料の値段も」


「だから増やすなって」


 しのぶが笑う。


「相良くん」


「今度こそ何だよ」


「明日も、一緒にお願い」


「分かったから、今日は帰るぞ」


「うん」


 しのぶは満足そうに、悠真の隣を歩いていった。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価、感想を頂けるととても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。