↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍津家さんは、おしつけたい!  作者: 錆猫てん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/12

第04話 「忍津家さんは、一緒に帰りたい!」

 放課後、忍津家(おしつけ)しのぶは帰り支度を終えていた。


 教科書は時間割の順番に鞄へ収まり、机の中にも忘れ物はない。窓の鍵が閉まっていることまで確認し、あとは席を立つだけだった。それなのに、帰ろうとはしない。


 窓際の席に座ったまま、教室の前方をじっと見ている。視線の先では、相良(さがら)悠真(ゆうま)がクラスメイトに呼び止められていた。


「相良、今日の数学の課題って、どこまでだっけ?」


「教科書の六十四ページ。三番から八番まで」


「プリントもあったよな?」


「いや、あれは来週まで猶予がある」


「助かった。ありがとう」


 質問した男子が教室を出ていく。


 悠真は自分の鞄を肩へ掛け、ようやくしのぶの席へ目を向けた。


「何だよ」


「なにが?」


「さっきから見てただろ」


「待ってた」


「またか」


 しのぶがじっとしているときは、大抵何かを頼む相手が来るのを待っている。その相手が誰なのかは、考えるまでもなかった。


「今度は何をどうしたんだ?」


 悠真が尋ねると、しのぶは立ち上がった。


「帰り道、一緒にお願い」


「一緒に帰ろう、でいいだろ」


「同じじゃないの?」


「最近、そればっかりだな」


 しのぶは自分の鞄を持ち、悠真の隣へ並んだ。


 二人で教室を出る。昇降口へ向かう途中、悠真は隣を歩くしのぶへ視線を落とした。


「何か手伝うような荷物はないのか?」


「ないよ」


「高い場所の物を取る予定は?」


「ない」


「職員室にも行かない?」


「行かないよ」


「じゃあ、本当に帰るだけか」


「途中まで」


 しのぶの答えに、悠真の足が止まった。


「途中まで?」


「寄るところがあるから」


「先に言えよ」


「今、言ったよ」


「教室で言え」


 しのぶは上履きを脱ぎながら、小さく首をかしげた。言う時期が少し違うだけで、同じ話だと思っているらしい。


 二人は校門を出た。


 学校から自宅までは、歩いて二十分ほどかかる。普段は住宅街を通る近道を使うが、その日のしのぶは駅前へ続く広い通りへ向かっていた。


「そっち、遠回りだぞ」


「うん」


「寄るところって、駅前か?」


「商店街」


「何を買うんだ?」


 尋ねられたしのぶは、すぐには答えなかった。鞄の持ち手を握り直し、歩道の先へ視線を向ける。


「状況を確認する」


「何の?」


「新しくできたお店」


「店の状況?」


「人の出入りとか、商品の種類とか」


「普通に店へ行きたいだけじゃないのか」


 しのぶの歩みが、ほんの少しだけ鈍くなった。


「調査だよ」


「何の調査だよ」


「地域に新しくできた施設は、確認しておいた方がいいって、おばあちゃんが言ってた」


「またばあちゃんか」


「忍びは、周辺の状況を把握しておかないといけないから」


「今度は何屋だ?」


「甘味処」


「忍びに甘味処の情報が必要か?」


「糖分は疲労回復に必要だよ」


「そこだけ妙に現実的だな」


 悠真は呆れながらも、しのぶが向かっている店に心当たりがあった。


 一週間ほど前、商店街の入り口に新しい店ができた。和菓子と洋菓子を組み合わせた甘味が売りらしく、店頭には色鮮やかな写真が並んでいる。放課後になると高校生が列を作り、休日には家族連れも多い。


「一人で入りづらかったのか?」


「入れるよ」


「なら、俺はいらないだろ」


「調査は二人一組が基本だから」


「そうなのか?」


「たぶん」


「ばあちゃんに確認しろよ」


 しのぶは返事をせず、少しだけ歩調を速めた。その反応で、だいたいの事情は分かる。


 一人で入れないわけではない。けれど、賑わっている店へ自分から入るには、少し勇気が必要なのだろう。


 しのぶは、できないことが多いわけではない。むしろ勉強も運動も人並み以上にこなせる。ただ、人の視線が集まる場所や、自分から誰かの輪へ入っていくことを苦手としていた。


 悠真が隣にいれば、その最初の一歩を踏み出せる。


「それで、俺に何をお願いするんだ?」


「一緒に入って」


「それだけ?」


「注文も一緒にお願い」


「注文くらい自分でしろ」


「ちゃんと言うよ」


「じゃあ、何で一緒なんだ」


「相良くんが先に注文すれば、やり方が分かるから」


「初めてのお使いかよ」


***


 商店街へ着くと、甘味処の前には十人ほどの列ができていた。白い暖簾の奥から、甘い香りが漂っている。


 しのぶは店頭の看板を見上げた。季節限定の苺大福、抹茶のソフトクリーム、小豆と生クリームを挟んだどら焼き。どれも写真付きで紹介されている。


 しのぶの視線は、一番下にある抹茶クリームあんみつで止まった。


「それが食べたいのか?」


「調査対象として興味がある」


「食べたいんだな」


「味を知らないと、正確な報告はできないから」


「誰に報告するんだよ」


「おばあちゃん」


「ばあちゃん、ただ感想を聞きたいだけだろ」


 列の最後尾へ並ぶ。


 しのぶは人の流れを邪魔しないよう、悠真の斜め後ろに立った。店員の声や、注文を相談する客たちの声が飛び交っている。


 悠真は振り返った。


「忍津家」


「なに?」


「そこにいると、次の人が並びづらいぞ」


 しのぶは周囲を見回し、悠真の隣へ移動した。肩が軽く触れそうな距離で並ぶ。


 すぐ離れるかと思ったが、しのぶはそのままだった。


「近くないか?」


「後ろの人の邪魔になるから」


「前は空いてるだろ」


「列を乱すと、敵に隙を見せる」


「甘味処にどんな敵がいるんだよ」


「限定品を狙う人」


「それはただの客だ」


 しのぶは真剣な顔で看板を見ていた。


 列が少しずつ進む。店頭へ近づくにつれて、しのぶの口数は減っていった。


「緊張してる?」


「してないよ」


「じゃあ注文、先にしろよ」


「相良くんが先」


「やっぱり緊張してるじゃないか」


「手順を確認してるだけ」


「店員に食べたいものを言って、金を払うだけだぞ」


 やがて二人の順番が来た。


 悠真は店員に向かって、抹茶ソフトクリームを一つ注文する。支払いを終えると、隣のしのぶへ場所を譲った。


 しのぶは前へ出て、眼鏡の位置を直した。


「抹茶クリームあんみつを、一つお願いします」


 声は小さい。それでも、店員にはきちんと届いた。


 商品を受け取ったしのぶは、少しだけ誇らしげに悠真を見た。


「むふー」


「見てたよ」


「相良くんが先にやったから」


「俺がいなくてもできただろ」


「できたかもしれないけど、いた方が早いよ」


「プリントを運んだときも同じこと言ってたな」


「一回で終わるから」


 二人は店の脇にある休憩用のベンチへ座った。


 しのぶは透明な容器の蓋を開ける。抹茶の寒天、白玉、粒あん、生クリームが整然と並んでいた。


 しばらく眺めてから、小さなスプーンで寒天をすくって一口食べる。眼鏡の奥の目が、わずかに大きくなった。


「うまい?」


「これはすごい」


「調査結果は?」


「もう一回食べた方が正確になると思う」


「気に入っただけだろ」


 しのぶは二口目を食べた。


 学校では、いつも周囲の様子を気にしている。誰かが困っていないか、頼まれた仕事を忘れていないか。目立たないようにしながら、それでも教室全体を見ている。


 けれど今は、甘味に夢中になっていた。その表情は、教室にいるときよりも柔らかい。


「そんなに食べたかったなら、最初から言えばよかったのに」


「言ったよ」


「調査したいとしか聞いてない」


「一緒に来てほしいって言った」


「それは聞いた」


 しのぶはスプーンを止めた。


「一緒に来てほしいって言えば、同じじゃないの?」


 悠真は答えかけ、口を閉じた。


 しのぶの中では、甘味処へ行きたいことと、悠真に一緒に来てほしいことは、別々のお願いなのかもしれない。あるいは、後者の方が大切なのかもしれなかった。


「今度からは、店に行きたいって言え」


「そうしたら、一緒に来る?」


「予定がなければな」


「じゃあ、お願いする」


「今日みたいに忍びの任務とか言わなくていいから」


「でも、忍びの調査も大事だよ」


「そこは譲らないんだな」


 しのぶはあんみつを食べ終えると、満足そうに蓋を閉じた。


「相良くんは、それだけで足りる?」


「ソフトクリームだけで十分だよ」


「一口食べる?」


 しのぶは自分の容器を差し出しかけ、すでに空であることに気づいた。


「もうないだろ」


「食べ終わってた」


「夢中になりすぎだ」


「おいしかったから」


 しのぶは少しだけ恥ずかしそうに、空の容器を袋へ戻した。


***


 帰り道。


 商店街を離れ、いつもの住宅街へ入る。夕方の道には、二人の足音だけが静かに続いていた。


「相良くん」


「今度は何だよ」


「今日、ありがとう」


「店に付き合っただけだろ」


「一人でも行けたと思う」


「なら、次から一人で行けるな」


「でも」


 しのぶは一度言葉を切り、前髪の奥から隣を歩く悠真を見上げる。


「相良くんと一緒だと、行ける場所が増えるね」


 悠真は足を止めそうになった。


 しのぶは何気なく言っただけなのだろう。そのまま前を向き、いつもと変わらない歩調で進んでいる。


「それ、一人じゃ行けない場所が多いって意味か?」


「少し違うよ」


「じゃあ、どういう意味だ?」


 しのぶはしばらく考えた。


「一人でも行けるけど、相良くんと行きたい場所が増える」


 今度こそ、悠真の足が止まった。


 数歩先で、しのぶも立ち止まる。


「相良くん?」


「お前、そういうことを普通に言うよな」


「変だった?」


「変じゃないけど」


 悠真は視線を逸らし、再び歩き出した。


「帰るぞ」


「うん」


 しのぶが隣へ追いつく。肩が触れそうな距離だったが、悠真は何も言わなかった。


「相良くん」


「まだ何かあるのか?」


「次は、駅前のクレープ屋さんを調査したい」


「調査じゃなくて、食べに行きたいって言え」


「クレープ屋さんに行くの、一緒にお願い」


「もう次の予定を決めるのかよ」


「忘れないように」


「忘れるのはお前だろ」


「相良くんが覚えてて」


 悠真は呆れたように息を吐いた。それでも、断りはしなかった。


 しのぶが押し付けてくるものは、仕事や雑用だけではないらしい。一緒に歩く時間や、これから行きたい場所まで、当然のように悠真へ預けてくる。


 それが面倒かと聞かれれば、悠真にも答えは分からない。ただ、次に駅前を通るとき、クレープ屋を探してしまう程度には、そのお願いを覚えているのだろう。


「来週なら空いてる」


「本当?」


「調査するんだろ」


「うん」


 しのぶは嬉しそうにうなずいた。


 忍津家しのぶは、今日も幼なじみにお願いをする。けれど、これまでのお願いとは少しだけ違う。


 何かをしてほしいのではなく、ただ同じ場所へ行きたい。


 その違いに、二人はまだ気づけていなかった。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価、感想を頂けるととても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。