最終話 もう、隣にいません。
「……あれが一番厄介だった」
ゆったりとした口調で話し続ける結城さん。俺にはそれを遮る勇気がない。
「輝の方は、俺が誰か分かってた。何度か会ってたし、仲良くしてたからな。でも、今目の前で何が起きてるかは分かってなかったよ」
テーブルには、一応出しておいたコーヒーが二つとも手をつけられず残っている。
「二人を始末した後、寝起きでこちらを見てる輝が目に入って、まだ残ってたな、って」
「残ってた……?」
「あぁ、あいつは、二人にとっての一番の宝物だからな。できるだけ、丁寧に、壊してやらないと――」
そこまでで言葉を止めた結城さん。何が起きたのかは言わなくても分かった。
「二人に比べたら楽だったよ。出来るだけ細かく、裕子さんとあの男の部分を切り離すように――」
「……ッ」
部屋の中が嫌な沈黙で満ちた。
この家で、あの夜に行われたこと。それが一つ一つ明らかになっていく。それも、手をかけた本人の口から。
「……アオイさんは?」
重すぎる沈黙を破るために、やっとの思いで口を開くと、結城さんは少しだけニヤリと口角を上げた。
「あれは、お土産だ。殺しちゃっても良かったけど、あれの半分は裕子さんだろ。半分くらいなら、俺がもらってもいいかなって」
あぁ、どこまで身勝手なのだろう。
「でもな、最近はいつ殺してやろうかなと思ってたよ」
「……どうして?」
「似てきたんだよ。裕子さんに。あいつと、葵と話すたびに自分が背負っている罪を思い出すんだ」
言葉を紡ぐことができない。何かを言おうとしても、目の前にいるこの男に対する憎しみだけが募って、喉に引っかかる。
「あいつが『お父さん』って呼ぶたびに、胸が痛むよ。でも、毎回、そう呼ばれるたびに、少しだけ、嬉しい。裕子さんの娘が、俺のことをお父さんって呼んでくれてるんだなぁって」
「ふざけるな!」
思わず大きな声が出た。
結城さんは少しだけビクりと体を震わせた。
部屋の中には再び静寂が訪れた。
「あぁ、そろそろか」
そう小さく呟いた結城さんは、俺の方に向き直って、口を開いた。
「なぁ、何でお前の前に、黒崎家が現れたと思う?」
「……分からない」
「これは、俺の予想でしかないんだけど、まずは、お前を守ろうとしていた」
「守るって――」
口を開くと同時に、自分が今からしようとしていた問いの答えが分かった。
「あぁ、俺からだよ。そして、前の二人は間に合わなかった」
「前の二人って……」
「この家に住んでいた二人さ。どっちも、黒崎家について相談したいって、俺のところに来たよ。お前と同じさ」
「それで……?」
「残念ながら二人とも、答えには辿り着けなかった。その前に、殺った」
「あの二人も、あなたが……」
「あぁ、そうさ。何の警戒もしてなかったよ。あんだけ黒崎家が忠告してたのにな」
結城さんがひとつ残念そうにため息をついた。
「でも、お前は違う。黒崎家により近づいた。自分から会おうと努力した。だから、あっちもお前により近づけた」
そこまで言って、結城さんは俺の後ろをぼんやりと眺めた。
「まだ、隣にいるよ。でも、もう――」
俺も後ろを振り返った。何も見えない。でも、何かいる。誰かがいる。凄く近くに。
「俺はずっとあいつらに責められてたよ。何で私たちを殺したのか。何でこの家の前の住民も、その前の住民も殺したのかって」
「なら何で……」
「怖かった。いつか、この事実に、俺がやったことに気づく奴がいるんじゃないかって。そしたらさ、お前のことを聞いたよ」
「……ッ!」
「お前も知ってるだろ、福田さん。あの人が『また黒崎家の話をしてる変な人がいる』って。またかって思ったよ」
「じゃあ、俺のことも殺すんですか?」
「まだ、無理だ。お前はまだ守られているからな」
冷静に言葉を発する結城さん。俺はもう目を合わせられない。
「別に、逃げたいなら逃げればいいさ。もうすぐ、時間が来る」
時計に目を向けると、そろそろ日付が変わる頃だった。
今逃げれば、助かるのか?
結局、殺されるのか?
警察に行けばいいのか?
色んな考えが頭の中を駆け巡る。
『守られている』という言葉を信じてもいいのか?
俺を油断させる罠ではないのか?この男の言葉を信じていいのか?
そう思うと、どうしても体が動かない。
結城さんは黙って俺の目を見つめている。時折、視線を外しては、時計にチラリと目を向けていた。
秒針の音が重苦しい部屋の中に響き渡る。
「なあ、黒崎家がお前に近づいた理由、もう一つあると俺は思ってる。何か分かるか?」
「……いや」
「きっと、お前に助けて欲しかったんだよ」
「助かる……?」
「あぁ、つまりは――」
結城さんは、胸元から小さなナイフを取り出した。
それを首元に持っていく。
「俺を、殺して欲しかったんじゃないか? お前に」
「……殺す、か」
「そうだ。ただ、もう手遅れかもな」
結城さんは首元からナイフを離し、今度は俺の方に向けた。
「3、2、1……」
結城さんの顔がどんどん近づいてくる。
「……ゼロ」
その瞬間、背後から声が聞こえた気がした。
でも、振り返ることはできなかった。
視界が大きく揺れた。結城さんが何かを言っている。でも、その声はひどく遠くに聞こえた。
――あぁ、そうか。
あの人たちは、最後まで俺を守ろうとしてくれていたんだ。でも、もう間に合わなかった。
ごめんなさい。
もう、隣にいません。




