第23話 告白
俺はメッセージアプリを開き、フリック入力を始める。
【湊斗】
お話ししたいことがあります。いつお時間空いてますか?
メッセージを送ってすぐ、スマホの通知音が部屋に響く。
【紘一】
いきます
メッセージの送信先は結城さんだ。
黒崎家がもう既に死んでいると分かった以上、一番不可解なのは、結城さんの言動だった。
時計に目を向けると、もう既に21時を過ぎていた。今からウチに来るということか?
結城さんの家からウチまでは歩いて10分ほど。すぐそこではあるが、わざわざこんな夜に会いに来るなんて。こちらとしては会いに行く手間が省けたが、少しだけ不安な気持ちが胸に広がった。
「結城紘一……」
そう呟いた俺は、今までの結城さんとのやりとりを思い出していた。
結城さんはユウコさんの高校の同級生。同窓会で再会して、その後すぐに、ユウコさんはケンジさんと結婚した。
でも、ケンジさんとも仲良くなって、付き合いが続いている。……いや、続いていたと言った方が正しいのか。
別にこの話に変なことはない。
一つ気になるのは、なぜ結城さんは黒崎家がもう既に亡くなっていることを俺に隠していたのか。
これほど大きな事件なら、結城さんも必ず知っていたことだろう。ましてや、高校時代の同級生で、直近まで仲良くしていたのだから。
何か言えない理由があったのか?
例えば……。
そこまで考えて、俺の中に一つの嫌な考えが浮かんだ。
もしも。
もしも、結城さんが、この事件の、犯人だとしたら。
結城さんが、黒崎家を殺していたとしたら――。
「いや、そんなっ、そんなわけ……」
無い。とは、言い切れない。
「アオイ……」
結城さんの娘さんは、確かアオイという名前だったはずだ。
そして、黒崎家の行方不明になっている娘さんの名前も葵だ。
これは、偶然か?
当時3歳ということは、今は13歳か14歳だ。ちょうど中学生。
アオイさんも中学生だったはずだ。
もし仮に、この『アオイ』さんと『葵』が同一人物だとすると、なぜ今は結城さんと一緒に暮らしてるんだ?
3人と一緒に殺されていないとおかしくないか?
――ピンポーン。
俺の考えがまとまらないうちに、インターホンがなった。
誰が来たのかはもう分かっている。俺は玄関まで歩みを進めた。
「……こんばんは」
恐る恐る玄関を開けながら、挨拶を絞り出す。
「清水さん、こんばんは」
まだ蒸し暑い八月の夜に似合わない、黒いコートを着てやってきた結城さん。その顔には、いつもと同じ、結城さんの無機質な冷静さが垣間見えた。
「一旦、入ってください」
俺の言葉に無言で頷いた結城さんは、靴を脱ぎ、真っ直ぐリビングへと進んだ。
結城さんにはソファに座ってもらい、俺は一枚座布団を取り出して、その上に座った。
「あの……今日、来てもらったのは、黒崎家のことで聞きたいことがあったからです」
「……やっとですか」
「え?」
ボソッと呟いた結城さんの言葉が上手く飲み込めない。
「それで、何が知りたいんですか?」
いつもの結城さんとは違う、少したじろいでしまうような圧力が感じられた。
「じゃあ、単刀直入に言いますね」
少し声が震えているのが自分でも分かる。
「……黒崎家は、もう死んでるんですよね」
「……はい」
少し間を置いて、結城さんは静かに頷いた。
「どうして、教えてくれなかったんですか?」
「教えても、結果は変わりませんから」
「結果って、どういうことですか?」
困惑に満ちた俺の言葉に触れることはなく、結城さんは部屋の隅の方をぼんやりと眺めている。
「答えてくださいよ、結城さん……」
「……もう、分かってるんじゃないですか。私をここに呼んだってことは――」
「じゃあ、やっぱり……」
俺が言葉を詰まらせると、結城さんは軽く笑って呟いた。
「えぇ、そうです。みんな、私が、殺しました」
聞きたくない言葉が頭の中を駆け巡った。あっさりと認められたその事実を飲み込むことができない。
「どうして……?」
「全部、あいつらが悪いんですよ」
相変わらず部屋の隅を眺めながら、ボソボソと話し出す。
「私はずっと、彼女が、裕子さんが好きだったんです。高校の時、一目惚れでした。そして、再会した。あぁ、これは運命だなって」
「……」
「でも、裕子さんはあいつを選んだ。私がこんなに好きだったのに……どうして、私じゃなかったんでしょうね」
そこで、結城さんは初めて俺の方を見た。
「……許せなかったんですよ」
大きな声が部屋中に響く。
結城さんの目には、明らかな敵意が浮かんでいた。
「……だから、あの男だけ、居なくなれば良かったんだ」
「それで……殺したんですか?」
「あぁ、そうさ!」
身勝手すぎる。
頭の中に最初に浮かんだ言葉。これを吐き出す勇気は俺にはなかった。
「本当はあの男だけでよかったんだ。でも、あいつを殺そうとしたら、裕子さんはなんて言ったと思う?」
「……」
「『やめて!』『この殺人鬼!』だってさ。その時俺は思ったよ。あぁ、この女も殺さなきゃいけないなって」
もう声を発する勇気は出ない。結城さんは時々、自嘲のような笑みを浮かべ、話し続ける。
「それでさ、あの女の目の前で、いっぱい殴ってやったんだ。気絶してくれたら後は楽だったよ。人の頭ってさ、意外と脆いんだよ。バットでバンバン殴ったらさ、すぐに割れちゃってさ」
「……っ」
「裕子さんは、俺を見て『人殺し』って言ったんだ。……ひどいよな。俺は、ただ一緒にいたかっただけなのに。だから、殺した。これで、ずっと一緒にいられると思ったんだ」
淡々と話し続ける彼を目の前にして、俺は顔を上げることもできなかった。
「あとは、子供だよ――」
ここまで話して、結城さんは一度大きく息を吸った。




