第17話 三人目
あれから五日間が経った。
「えーっと、今日は8月21日。まあ、連絡事項も特にない。金曜だから、今週中に片付けたい仕事は各自やっておくように」
いつも通りのつまらない朝礼を終えると、各々がそれぞれのデスクへと戻っていき、労働が始まる。
「あ、あと、俺は今日午前で終わりだから、用事あるやつは早めに言えよー!」
支店長の声が響くと同時に、何人かが眉間に皺を寄せた。俺もその一人だったが。
こんなに忙しいのに、自分だけ当たり前のように半休を取れる神経が分からない。みなが過労死ラインギリギリで働いているのに、支店長一人だけがホワイト企業に勤めているようなシフトである。
支店長レベルになると、一年間にもらえる給料は初めから決まっていて、別にノルマもないので、極論、最低限会社に来てさえいればそこそこの給料がもらえる。
毎月のノルマに苦しめられている俺たちの身にもなって欲しい。
お昼で帰った支店長の愚痴を言い合いながら、宇野と一緒に飯を食い、午後からは営業へと向かった。
面倒くさいことには変わらないのだが、やはり金曜日の午後は少しだけ心が軽い気がする。これだけは学生時代と変わっていない。
最後の営業を終え、会社での事務処理を済ませる。
時刻は午後八時。いつもよりは早い退勤となった。いつも通りのスーパーでいつも通りの弁当を買い、家路を急ぐ。
待ちに待った休みだ。先週と違って、今週は土日どちらも丸々休み。
先週は、結城さんの家に行ったり、地下室を探検したりと、休みなのにあまり疲労を回復できなかったので、明日からは全力でゴロゴロしてやろう。
結局、あれから一度も黒崎家とは顔を合わせていない。もう最後に会ってから十日ほど経ったのではないだろうか。
まぁ、所詮はただのお隣さんだ。ちょくちょく顔を合わせるくらいの関係がちょうどいいのかもしれない。
色々と考えを巡らしていると、家が近づいてきた。
もう大分、この帰り道にも慣れてきたな。
「ただいま〜」
鍵を開けて家の中に入る。
「……あれ?」
廊下の電気をつけると、階段下の収納の扉が少し開いている。ここの扉は、こないだの日曜に地下室へ行った時以来、開けていないはずだが……
扉を閉めようと手をかけると、一瞬、中の様子が見えた。
「うん?」
スマホを取り出し、中を照らす。
何もないスペース。
真っ暗な奥を照らすと、スマホのライトの先には地下室の扉が――
「……開いてる」
開いて、いた。
『おかえりなさい』
「うわ!」
耳元で囁かれたように、どこからか声が飛んできた。
それと同時に誰かに腕を掴まれる。
思わず後ろを振り返った。
「ケンジさん……」
俺の腕を掴んでいたのは、紛れもなく、ケンジさんだった。その後ろには、ユウコさんとアキラくんの顔も見える。
「ど、どうしてうちの中に……」
「言ったでしょう? 私たちは家族なんです。あなたを守らないといけないんです」
あの貼り付けたような笑顔はなく、ただただ無表情で俺の腕を掴んで離さない。
あの夜と同じだ。
「……なんであの人と会ったんですか」
「あの人?」
「……もう手遅れかもしれません」
ボソボソと呟くケンジさんの後ろで、ユウコさんとアキラくんは無表情のまま突っ立っている。
「あ、あの! これ、普通に不法侵入ですから! 警察呼びますよ!」
声を張り上げるも、三人は微動だにしない。どうしたら良いか分からず、俺も動くことができない。
「ねぇ、おにいちゃん」
静寂を破ったのはアキラくんだった。
「日曜日。ぼくと遊んでくれる?」
「へ?」
「今度はお家で遊ぶって約束したよね?」
今までの子供らしさは感じられない、無機質な言い方だった。それがさらに不気味さを駆り立てた。
「ねぇ、いいよね?」
「あ、あぁ」
やっとのことで声を絞り出すと、アキラくんの表情が満足げに緩んだ。それと同時にケンジさんとユウコさんの顔にも、あの笑顔が戻った。
「湊斗さん。もうすぐですよ」
「はい?」
「三人目、ですかね」
「え、何の話ですか」
「大丈夫です。私たちがいますから」
「だから何の話なんですかって!」
仮面のように変わらない笑顔のまま、ケンジさんは質問に答えず、俺の腕から手を離した。
「それじゃあ……」
「ち、ちょっと!」
俺が呼び止めると、三人は一斉にこちらの方を向いた。
「大丈夫ですよ――」
「「「家族ですから」」」
三人の声が重なり、収納の中に響いた。
三人は向き直って、玄関の方へと歩いていく。
「ちょっと、待って!」
俺も遅れて廊下に出る。
「え……」
三人が歩いて行ったはずの玄関。そこには誰もいなかった。
玄関まで行き、鍵を確認すると、やはり閉まっている。
どこから出たんだ?
あの夜もそうだった。たった一瞬なのに、すぐに外に出てしまう。
いや、本当に外に出ているのか……?
俺はもう一度収納スペースへと戻った。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。
地下室への扉が、閉まっていた。さっきまでは確実に閉まっていたのに。
俺は扉に近づき、ノブに力を込める。
びくともしない。
鍵までかかっているようだ。
『家族ですから』
この言葉が、頭の中で繰り返される。
『家族』
そうか。俺はもう、あの三人の『家族』なのかもしれない。




