第15話 開いた扉
クーラーの効いた涼しい書斎で、俺と結城さんは向かい合って座っていた。
コーヒーカップをテーブルに置き、結城さんは一つ息を吐いてから口を開いた。
「まず、清水さんは何で黒崎家について知りたいんですか?」
「そうですね……。私、最近引っ越してきたんですけど、すごい親切にしてもらって」
「そうでしたか」
「はい、ただ……最近ちょっと距離感がおかしいっていうか」
「具体的には?」
「はい、えっと――」
俺はゆっくりと水曜日にあったことを話した。
結城さんは、そう簡単に話を広めるような人には見えないし、黒崎家と親しいなら、話しても大丈夫だろう。
「――という訳なんですが、って一気に話しすぎましたかね」
「いえいえ、なんていうか、不気味な話ですね」
「そうなんです。逆にそれから黒崎家と全く顔を合わせなくなってしまって。それで、黒崎家に詳しいからって結城さんを紹介して頂いたんです」
結城さんは難しそうな顔をして目を瞑った。
「……分かりました。私もとても詳しいわけではないんですけど、知っていることはお伝えしたいと思います」
「ありがとうございます」
結城さんは椅子に深く座り直して、一度咳払いをしてから口を開いた。
「まず、黒崎家と私の関係ですけど。私とユウコさんは高校の同級生で」
「同級生ですか?」
「はい。三年間同じクラスでした」
結城さんとユウコさんが同級生ということは、年齢も同じということだよな。
俺から見たユウコさんは、俺と同じか、何なら年下やんじゃないかと思っていた。でも、結城さんと同じなら俺より10歳ほど年上ということか。
結城さんの娘のアオイさんは中学生といっていたから、やはりそれくらいの年齢であることは間違い無いだろう。
「ユウコさんは、なんていうか、学校のアイドルみたいな存在で。美人だし、誰にでも優しくて、おまけに頭も良い。高嶺の花って感じでした」
コーヒーをいただきながら、結城さんの話に相槌を打つ。
「私も同じクラスじゃなかったら、接点なんて持てなかったと思うんですけどね」
そう呟いて、結城さんもコーヒーを一口啜った。
「それで、大学は別々だったんですけど。同窓会で再会して。そしたら、偶然、家がめちゃくちゃ近いってことが分かって。時々一緒にご飯を食べたりするようになりました」
「今もですか?」
「いや、最近は。再会してすぐユウコさんはケンジさんと結婚して。新婚さんをわざわざ食事に誘ったらなんかできないですからね」
「確かに、それもそうですね」
「はい。まぁ、でも親切なことにケンジさんも私と仲良くしてくれてね。黒崎家で一緒に夕食を頂いたりもしたんですよ」
「そうなんですね。ちなみに結城さん、奥様は……」
「あっ、実は……」
「あー、大丈夫です。すみません、プライベートなことを聞いて」
「いえ、お気になさらず。それじゃ、黒崎家の話に戻りますね」
「はい、お願いします」
「ユウコさんとケンジさんは大学で出会ったらしいです。本当に仲が良い夫婦で。それで、息子のアキラ君が生まれて。今は……5歳くらいですかね?」
「はい。多分それくらいだと思います」
「あぁ、良かった。もうちゃんと覚えてなくてね。小学校に上がる前だったかなってくらいで」
「分かります。ちっちゃい子ってほんとにすぐ大きくなりますよね。私も親戚の子に会うといつもびっくりしますもん」
「本当ですよね。私なんかもっとですよ。歳をとるとより感じます」
「いやー、でも結城さん本当に若々しいじゃないですか」
「えぇ、そうですか? いつも娘からはおじさん、おじさんって呼ばれてますけどねぇ」
「そういう時期なだけですよ」
「そうだと良いんですけどねぇ」
その後も話に花が咲き、だんだんと話題は脱線していった。
「あぁ、すみません、話しすぎましたね」
「いえいえ、こちらも、もう1時間もお邪魔してしまって」
「全然大丈夫ですよ。清水さんについても色々知れて楽しかったです。それで、黒崎家についてですけど……」
結城さんの表情が真剣なものに変わった。
「多分、話してくださった夜のことも、何か理由があってのことだと思います。きっとそうしなきゃいけない理由があって、ちょっと先走っちゃっただけだと思うんです」
「そうですか……」
「はい。少なくとも彼らはあなたに危害を加えるような人たちではないです。それは保証できます」
キッパリとした口調と力強い視線が俺に向けられる。
「……分かりました」
「ただ、もし何か知りたいことがあったら、まずは私に相談してください。必ず助けになります」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「あと……」
結城さんの表情がふっと緩む。
「相談じゃなくてもいいので、またこうやってお話ししたりとか、お食事行けたらいいなって思うんですけど……どうですか?」
「わ、私で良かったら是非。ただ、普段は仕事が結構忙しいので、あんまり時間が取れないかもしれないですけど……」
「私も同じですよ。まぁ、友達になれたらってだけです」
「じゃあ、よろしくお願いします」
結城さんにペコリと頭を下げ、書斎を後にする。
「それじゃ、また」
「はい、今日はありがとうございました」
玄関まで来ると、結城さんとアオイさんが見送りに来てくれた。
「あ、あの! お土産、ありがとうございました!」
「あぁ、どういたしまして」
ニコッと微笑むアオイさんは美少女という言葉がとても似合うような爽やかな雰囲気を纏っていた。
結城家から帰ってくると、16時近くなっていた。
「んぁー、疲れたー!」
大きく伸びをして、ソファにダイブする。
黒崎家については、あまり心配しなくても良いのかも知れない。親しい結城さんがああ言っていることだし、俺から見ても、黒崎家は悪い人たちには見えない。
そうすると、やはり前の住民について調べた方が良いのだろうか。
きっと、黒崎家の行動の理由にもつながっているはずだ。
って、そんな都合よくはいかないか。
「あと気になるのは……」
俺はおもむろに立ち上がって、廊下に向かう。
やはり気になるのは階段下の収納。その奥にある謎の扉。
昨日見た時には、鍵穴に傷がついていた。これはきっと前の住民の手がかりになるはずだ。
昨日と同じようにスマホのライトを頼りに鍵穴とドアノブを見つけ出す。
やはり、鍵穴の周りには小さな傷がたくさんあった。
一応ドアノブに手をかけ、力を込める。
「まぁ、やっぱり開かない……あれ?」
半ばダメ元でドアノブに体重をかけると、じりっ、じりっ、とノブが動いた。
「……開いた?」
ノブを下げきると、ドアがゆっくりと開いた。
「これは……地下室?」
真っ暗な空間に、埃を被った階段が下へと続いていた。
スマホのライトをかざすと、階段の終わりも見える。やはり、階段を下った先に何らかのスペースがあるようだ。
「行くか……」
普通なら降りないのかもしれない。
それでも、前の住民について何か分かるかもしれないと思うと、ここで引き返す気にはなれなかった。
俺は、仄暗い地下への階段へと、一歩踏み出した。




