第11話 あんなこと
街灯が照らす住宅街。
静まり返る家々の中、俺は自分の家の前に独り立っていた。
いつもなら嬉しい帰宅。一目散に家の中に入るのだが、今日はどうしても昨日の三人の姿が頭にこびりついていた。
「よし、行くか」
俺は意を決して鍵穴に鍵をさした。
ガチャ。
小さく音を立てて、玄関の鍵が開く。しかし、昨日も鍵はしっかり閉まっていた。
一度深呼吸して、家の中に入った。
そして、丁寧に鍵を閉める。
リビングまでの廊下を足音をたてないように歩く。
自宅なのに、まるで泥棒に入っているみたいだ。
リビングのドアを開ける。真っ暗な空間は、昨日の同じ不気味さを放って俺を出迎えた。
「すぅー、はぁー、すぅー」
もう一度深呼吸して、部屋の明かりを点ける。
「――っ!」
明るくなった部屋の中。そこにあったのはいつも通りの光景だった。朝に脱いだままの部屋着、敷きっぱなしの布団。
今日は誰もいない。
そんな事実が、俺の身体を強張らしていた力をふっと抜いた。首元のネクタイを緩め、ソファにどかっと座る。
「あー、良かった!」
昨日と同じことが今日も起きたら……
そう思いながら仕事をしていたので、肩に力が入っていたのだろう。一気に眠気が襲ってきた。
「はぁ、疲れた。とりあえず食おう」
近くのコンビニで残っていた弁当をテーブルに出す。
今日はしっかりと夕食を調達できた。ここ数日は色々あって昼食か夕食を食べれないことが多かった。
その分、昨日今日は朝食を――
そういえば、朝のカフェでの出来事は何だったのだろう。
あれは間違い無く黒崎家の三人だった。
ただ、あのカフェまでは電車に揺られて20分以上かかる。平日の朝からわざわざあそこまで出向くことがあるのだろうか。
ましてや、小学校に入っているかも怪しい年齢のアキラ君を連れ出すだろうか。
だとしたら……何か目的があるはずだ。
恐らく、俺に対して、何かしらの意図を持っている。
あの作り物のような笑顔が頭の中にフラッシュバックしてくる。
どこか不気味さを感じさせる笑顔。
善意の仮面の下に何かが隠されていると思えてならなかった。
「そういえば、今日は何も喋ってないな?」
いつもは三人のうち誰かしらと言葉を交わすことが多いのだが、今日は朝も夜も話す機会がなかった。
俺としては助かった。昨日のことがあって、とてもじゃないがいつも通りに接することはできなかっただろう。
でも、今日はたまたまかもしれない。お隣さんなんだから、これからも嫌でも付き合っていかなければいけない。
俺の中に憂鬱な気分が充満した。
ただの親切な隣人だと思っていたあの家族は、俺に何をしようとしているのだろうか。
何か意味があったのか?
ただ、もしそうなら、すぐに説明してくれるはずだ。
何か言えない事情があるということなのだろう。
そう結論づけ、満腹によって引き起こされた睡魔に従って布団に向かった。
◇
金曜日の朝。
先週は土日が休みだったので、比較的テンションも高かったのだが、今週は六連勤で明日も仕事だ。
とてつもない疲労感に襲われながらも朝の準備を終えて、まずはゴミ出しに向かった。
「福田さん、おはようございます」
「あらー、清水さん。おはようございます」
ゴミ出しに行くたびに福田さんに遭遇している気がするが、黒崎家以外に知り合いなのは福田さんくらいなので、この付き合いも大切にしていきたい。
「最近どう? もう慣れた?」
「はい、おかげさまで。ただ……」
「何かあったの?」
「ちょっと、黒崎家のことで……」
『黒崎家』という言葉を発した瞬間、福田さんの顔が引き攣る。
この前もそうだったが、福田さんは黒崎家のことをよく思っていないのだろうか?
「大丈夫? 何かされてない?」
「……そうっすね。今のところは」
この前のことを言おうかとも思ったが、理由もはっきりとしていない以上、他の人に言いふらすのは良くないだろう。
お喋りな福田さんに話したら、一瞬で広まってしまう気がする。
「ただ、あんまり感情が読めないことがあるっていうか」
「そう。ちなみに、黒崎家とは仲はいいの?」
「はい、そうですね。ご家族皆さんによくしてもらってて」
「……なら、まだ言わない方がいいかしらね」
「言わない方がいいってなんですか?」
「そのままよ。私から黒崎家について話すことはないわ」
急な拒絶。福田さんと黒崎家の間に何かがあったのか?
「……分かりました」
「ごめんなさいね。何かあったら、すぐに私に教えてね」
「あ、ありがとうございます」
「もう、あんなことにはならないようにしなきゃ」
福田さんは小さく呟いて、彼女の家の方へ帰って行った。
◇
「今日も会えなかったなぁ」
カフェも覗いてみたのだが、それらしき家族は見られなかった。
会社に着いても、どうしても気になってしまう。
ここ数日のことは偶然だったのか?
いや、偶然で他人の家には入らないか。
やはり心の中には違和感が残っていたが、仕事は容赦なく俺たちに降りかかってきた。
1日がとてつもないスピードで過ぎ、あっという間に終業の時間を迎えた。ここ数日の疲労はMAXに達し、明日も労働があるということが信じられなかった。
「よし……帰るか」
残業も全て終わり、俺は会社を後にした。




