第67話 その伯爵令嬢、鵞鳥と空を飛ぶ
思わぬ形で始まったミルア騎士団長を交えての会食。ソルファ様とミルア様と同じ食卓でご飯を食べるというだけでも緊張するのに、加えてわたしの場合、妄想の世界へ飛んでいかないよう常に気を張っておかないといけないから大変だ。
前菜のあとのポタージュスープは鶏さんのお味とスパイスの詰まったスープで、わたしの身体を白濁色の大波が一瞬にして吞み込みそうになったので、わたしは鶏さんの背中に飛び乗り、波乗りをして乗り越える。この後、サウスオリーブから取り寄せたお魚の煮込み料理を南から吹く潮風を感じつつ堪能した後、脳内の映像が現実を侵食しようとする度、ネンネやソルファ様、ミルア様、そしてグランディア侯爵の顔を交互に見て、旅立たないよう気をつけていた。
「お魚がふわふわでとても美味しかったです」
「先日採れ立てのサウスオリーブ直送の魚だからな。食材が新鮮だと味わいも違う」
「この味が中央で堪能出来るのも、ソルファとサウスオリーブ公爵の繋がりがあってこそだね」
「いやはやミルア殿。流石言葉が上手ですな」
今のところはなんとかなっている。今日の晩餐を乗り越えられないようじゃ、今から続く社交界なんてきっと乗り切れない。そうよ、今のわたしはローズ・ゴルドーよ。あのときネンネと踊ったダンスを思い出して、ローズ姉になればいいんだ。そう、わたしはローズ。わたしは……。
「続いてメインのお皿は鹿肉のローストと陽鵞鳥の丸焼きです」
「なんですって!?」
ミネアさんと執事さんが大皿に乗った鹿肉と陽鵞鳥を順番に切り分けていく。陽鵞鳥は、ルモーリアの高地に生息する大きなガチョウの仲間。ルモーリアに伝わる御伽話に出て来る太陽の女神ソルが飼っていたとされるガチョウの生まれ変わりとされる鳥だって、むかし絵本で読んだことがあった。そんな貴重な鳥さんが今、目の前に切り分けて並べられている。
「こんな貴重な鳥、どうしましたの?」
「先日ライズが北の高地へ遠征に行った際、数羽仕留めて来たらしいんだ。これはお近づきの印にってライズからローズ嬢へのプレゼントでもあるみたいだよ?」
「そうでしたの。お気遣い感謝致しますわ」
ライズさんがあの鍛え抜かれた腕で野生の陽鵞鳥を捕まえる様子が目に浮かぶ。ソルファ様が鹿肉のローストを先に食べていたので、わたしも一緒に続く。ディアスでもサウスオリーブでも何度か口にした事のある鹿さん。わたしの横に妄想の鹿さんが現れたけど、そっと撫でるだけで乗り切れた。問題は陽鵞鳥だ。高地の厳しい環境で生き抜くために引き締まったお肉。香辛料をいっぱい添えて丸焼きにしたガチョウさん。お肉の香りが漂って来るだけで、ローズの仮面を被ったアリーシェが脳内で涎を垂らして蕩けた表情になっている。でも、今はローズ姉の仮面を被っているから大丈夫。
「では、陽鵞鳥をいただこうか? ミルア殿、ライズ殿にも感謝すると伝えておいてくれ」
「ええ。勿論です」
グランディア侯爵の合図でいよいよ陽鵞鳥実食の時だ。
さてローズ、切り分けたお肉を堪能する事にしますわよ?
「これは……陽鵞鳥のジューシーな肉汁が口の中で溢れて美味しいですわ」
「ああ、流石陽鵞鳥だ。うまいな」
「ライズもきっと喜ぶよ」
ええ。とっても美味ですわね。流石、太陽の女神ソルが愛したガチョウですわ。女神様へ感謝して、もうひと口堪能させていただきますわ。
『アンセル、もっと高く飛びなさい!』
『はい、ローズお嬢様』
そう、わたくしはローズ。いまアンセルの背中に乗って、大空を飛んでいますわ。此処は自由の世界。虐げられる事も、貴族社会の柵に呑まれる事も無い世界。創世の女神ディーヴァ様も太陽の女神ソル様も、こんな夢と希望に満ち溢れた世界を望んでいたに違いありませんわね。地上を見下ろせば、お姫様姿のエリザベスがこちらを見上げているわ。隣には先日社交界で一緒にダンスを踊った牡牛も一緒みたい。よかったわね。エリザベスにも素敵な相手が見つかったのね。ええ、わたくしもソルファ様という素敵な男性に出逢えたのですわ。ええ。そうよ。今ソルファ様はわたくしの向かいで一緒にアンセルのお肉を食べて……あ。
「成程、ローズ嬢。これは興味深いネ。双眸を閉じ、こんなにも味わって食べている様子が伝わるご令嬢はなかなか居ないものだよ。そう思わないかい? ソルファ」
「間違いないですね」
向かいに座るソルファ様とミルア様がわたしの姿を見て、なぜか満足そうに頷いている。と同時、何か気配を察知したので首だけを九十度横に動かしてみる。うん。満面の笑みでネンネが笑っている……でも、なんだか眼鏡の奥に隠れている双眸はとーーっても細くなっているような気がするよ?
「ローズお嬢様。こんな素晴らしい料理がご堪能出来てよかったですね。これから始まる社交界の催しも楽しみですね」
「え、ええ。そうですわね、ネンネ。オーホッホッホッホ!」
このあと、出されたデザートまでしっかり堪能したわたしは、ミルア騎士団長との晩餐を無事 (?)終えたのでした。
めでたし。めでたし。
…………
……
「お嬢様! 無事に終わってませんから」
「ごめんなさい」
「この調子では社交界シーズン、とてもじゃないけど乗り切れませんよ?」
部屋に戻って二人きりになったところを確認した後、ネンネにいっぱい叱られたわたしなのでした。
社交界の各イベントで出された食事は全部食べなくてもいい。ネンネによると、イベント会場によっては大皿から取り分けたり、自身で取りに行く形式の場もあるらしい。よって、これからの催し物での食事に関して、わたしは食べる量をお腹半分以下に抑えるようネンネから食事制限令が課せられてしまいました。ぐすん。
そうそう、お食事に夢中でミルア騎士団長との会話があまり出来なかったわたしだったんだけど、今度の社交界、王宮騎士団としても警備を強化していくという事。それから闇の組織――ワイルドウルフに関しても僅かな情報も見逃さないよう、しっかりマークをしていく事に決まったみたい。ミルア様直々に安心を約束してくれるからとっても心強い。
「アリーシェお嬢様。王宮騎士団が守ってくれたとしても〝替え玉〟だと知られた時点で全て終了ですからね」
「はい。分かっております……」
社交界シーズン 第一のイベント――ノースフィーネ侯爵主催のイベントまであと7日――




