第66話 その伯爵令嬢、別邸へと到着する
「ローズ嬢ようこそ、我がグランディア家の別邸へ」
「これで別邸なのですね。流石グランディア家ですわ」
数日かけてグランディア家の別邸へ到着したわたしとネンネは、まずその広さに驚く。いや、ディアス領にあるグランディア公爵家本邸の方がお庭や露天風呂や離れもあったりでもの凄く広いんだけど、正直この別邸だけでゴルドー伯爵家のお家より広かった。と、同時によくよく考えたら、社交界シーズンは持ち回りでこの別邸へ色んな貴族の偉い方を招いたりもする訳で、きっと狭いと色々困るんだろうなって思ったわたしです。
「ローズ様、ネンネ様。長旅ご苦労様でした。お荷物を部屋へ運びますね」
「あ、ありがとうございます。ミネアさん」
今まではスミスさんが居たのであまり率先して前へ出ず、侍女の方々へ指示を出したり裏方仕事に専念してくれていたミネアさんだけど、今回暫くメインでお世話になる事となる。いつもお着換えの時やメイクの時、お風呂の時も、終わるまでお外で待ってくれている仕事熱心な方だ。別邸の使用人の方々を呼び、素早く荷物をわたし達の部屋まで運んでくれた。今回、ネンネとわたしは一緒のお部屋みたいで、広いお部屋の中に天蓋付ベッドと、ネンネ用のベッドが備え付けられていた。これはスミスさんが事前に手を回してくれているような気がする。抜かりない最強執事スミスさんである。
お部屋まで荷物を運んでいる間、ミネアさんが軽く公爵家館内の紹介をしてくれたんだけど、ドレスがいっぱいある支度部屋とゲスト用の支度部屋。社交界の大多数の人物を集めてもいいように、巨大キッチンや大広間も完備。貴族用の待合室や客間も沢山用意されている。そしてなんと、普段からダンスが踊れるように、ホールもあるみたい。これは、ネンネとこっそり夜に練習すべきってことかしら? 露天風呂はないけれど、室内の大きなお風呂はあるみたいで、社交界イベントの日は、仲のいい貴族が泊まったりする事もあるみたい。
お食事の材料などは週に一度、ディアス大農園から定期便で運んで賄うため、基本は自給自足。足りないものをモーリア領中央の市場で揃えるんだって。なんだかゴルドー伯爵家とは規模感が違う。
「夕刻になりましたら、食事の時間に呼びに参りますね。暫くごゆっくりされてください」
「ありがとうございます」
ミネアさんがお部屋を去った事を確認し、わたしはベッドへ一度ダイブ。ふかふかな感触をチェックした上で、ネンネと今後の作戦会議を開始する。
「ダンスホールをお借りするなら誰かが目撃する事を想定して、ネンネは男装なしでレッスンしますね」
「えー、勿体なーい。カッコイイのにぃ~」
「あの姿は……お嬢様専用です」
よくわからないタイミングでメガネの縁をチャキっとするネンネ。まずは一週間後に控える社交界イベント。あの氷の女王、アルバ・ノースフィーネ侯爵夫人を妻に持つノースフィーネ侯爵主催のパーティーと舞踏会。いきなりピリピリムードに成り兼ねないため、失敗しないようにしなければならない。
その後、続くのはパール婦人とアクアさんのサウスオリーブ公爵家主催の晩餐会。此処はパール婦人が味方してくれるので、問題なく乗り切れるだろう。他にも幾つか伯爵家主催の社交界イベントなどもあるみたいなんだけど、問題は最後に控える二つの催し物。
一つは前回パール婦人のお茶会を欠席されていた、アリアナ・グレイシャル公爵夫人を妻に持つ、グレイシャル公爵主催の晩餐会。
「ゴルドー伯爵家はグレイシャル公爵と仲がいいのですが、肝心のグランディア家とは仲が悪いのです。ましてや、グレイシャル公爵夫人は鋼鉄のヘテロクロミアという異名を持つ方。機嫌を損ねては大変という事だけ肝に銘じておいて下さい」
「うぅ……こないだのお茶会を思い出すよぉ……」
あの貴族内の派閥争いが繰り広げられていたパール婦人主催のお茶会を思い出し、溜息をつくわたし。もうあんな空気は二度と体験したくないものだ。
「そして、シーズン最後の催し物は、現ルモーリア国王の弟でいらっしゃるモーリア公爵主催のパーティーと舞踏会。あのゼファーが侍女頭を務めるモーリア家での社交界の集まりは、王家主催のイベントとして他国からも要人が来る事もあり、油断が出来ない場所となります」
「ネンネさん。わたし、ディアス大農園へ帰ってもいいですか? それか、その日はカントリー子爵家でモモとミルキーを愛でる日に……」
「アリーシェお嬢様、覚悟を決めましょう」
外に誰か居るかもしれないからローズお嬢様とわたしの事を呼ぶネンネ。どうやらお城での社交界イベントは夏季にはないため、モーリア公爵家の催しが実質夏の社交界シーズンの〆に毎年なってるみたい。お城での舞踏会は、秋に控えるリファ第一王女誕生祭の前後で色々開かれる予定なんだそう。貴族の人って色々忙しいんだなぁ~と思うわたしは、そもそも何のためにそんなに社交界イベントをするんだろう? って思ってしまう訳で。わたしは農場や畜産場で羊さんや牛さんと戯れる日常が性に合ってるなぁ~。
ネンネとの作戦会議を終え、ミネアさんから『お食事の準備が出来ました』と呼ばれたわたし達は広間へと向かったんだけど、そこには王様との謁見を終えたソルファ様が帰還されていて、更にその隣には……思いもよらぬ人物が、優しい微笑みを振りまきつつ座っており、こちらへ手を振って来た。
「やぁやぁ、ローズ・ゴルドーご令嬢。久しいね」
「えぇ!? ミ、ミルア騎士団長!? ご、ご機嫌麗しゅうございますわ」
予期せぬ人物の登場に、慌てて恭しく一礼をするわたし。
「謁見を終えた後、色々と積もる話もあったため、オレが団長を誘ったんだ」
と、ソルファ様から説明があり、グランディア侯爵を中心に、向かい合う形でソルファとミルア騎士団長。そして、わたしとネンネが一緒にお食事をする事に。どうやらミルア騎士団長から事前にルモーリア王へサウスオリーブ領でワイルドウルフと交戦した件を耳に入れていたみたいで、ソルファ様が中央へ到着したタイミングで謁見の場を設けるようルモーリア王よりお達しがあったんだそう。王様から呼ばれるって時点でミルア様とソルファ様って凄い人なんだなぁーと改めて思う。
「国防の要である王宮騎士団のミルア殿に来ていただけるとは光栄ですぞ」
「まぁ、こんな機会もなかなかないんでね。今日は深刻な話は抜きにして会食を楽しませてもらうよ」
グランディア侯爵の合図で乾杯をした後、前菜がテーブルへと並んでいく。薄くて透明な皮に何かが巻かれている。これは生ハムとアスパラガスだ。付属のソースをつけて口に含んでみる。刹那、芳醇な甘さと酸味が口の中に広がり、わたしは豚さんの背中に乗ってクランベリー園に居た。クランベリーの実を摘まみ、手に持ったアスパラガスを齧る。瞬間、乗っていた筈の豚さんはハムへと変化し、わたしの中に熟成した旨味と塩気を届けてくれた。
「んんーー、クランベリーの自然な酸味とハム、アスパラガスが三位一体となって口の中で溶けました~。……あ」
……気づけば全員の視線がわたしへ集中している。そして、気づく。いつもの侯爵家メンバーにもう一人。肩までかかる艶やかな銀髪を靡かせ、榛色の双眸を煌めかせ、興味深そうにこちらを見ている人物の姿に。
「ハハッ、ローズ御令嬢。食べ物への感謝を忘れない姿、これは興味深いね。噂には聞いていたが、これはソルファも惚れる筈だ」
「団長。揶揄うのはやめてください」
ソルファ様がミルア様へ返答し、隣のネンネが小さく溜息をつく中、わたしは頬をベリーソースのように染めつつ小さくなっていくのでした。
第一回ミルア騎士団長を招いての会食は、まだ前菜を食べ終えたばかりです。
いかがでしたでしょうか?
実際の場面を想像すると、ミルア様とソルファ様。整った顔お二人を向かいにお食事というだけで緊張しそうですよね。
会食回は後編へと続きます。続きをお楽しみにです。




