第65話 その伯爵令嬢、中央へと帰還する
誰かに虐げられない日常が、こんなに静かな日常だと知った日。それはわたしが替え玉としてグランディア家へ行く事が決まって以降の準備期間でわたしが思った事だ。そして、今。静かな日常は幸せな日常へと変化を遂げ、穏やかな温もりに包まれながら、わたしは実家であるゴルドー伯爵家とルモーリア城のある中央モーリア領へ帰還する事となる。
ちなみに今回、ソルファ様は騎士団所有の馬へ乗り、中央へ向かうメンバーと共にモーリア領まで移動するみたい。そのため移動はニコラス・グランディア侯爵とミネアさん、護衛の方が乗っている馬車、続いてわたしとネンネが乗っている馬車、最後は荷物を運ぶ荷馬車の三台で移動する事となった。加えて密偵のジウさんが配下の方々と馬車を尾行しているようで、万が一の事態にも想定しているあたりは流石ソルファ様とお父様だ。
「ローズお嬢様、ネンネは嬉しゅうございます」
「え? どうしたの?」
部屋で二人きりの時以外、姉ローズの姿に変装中のわたしをネンネはローズと呼ぶ事を徹底している。そんなネンネが移動する景色を眺めていたわたしへ改まって嬉しいと言ったので、そのまま聞き返すわたし。
「中央へ帰ると言うのに、お嬢様は楽しそうにしていらっしゃるので」
「ああ、そういう事ね。当然の事ですわ? 社交界が待っているんですのよ?」
「そうですね、社交界ですものね」
ローズの言葉でも分かるようわたしが答えると、その解答の意図が伝わったようで、ネンネも頷いた。
わたしが楽しそうにしている理由は明白だ。社交界……わたしとは一生無縁の世界だって思っていたから。社交界には当然継母キャサリーナや実父グランデ・ゴルドーも同席するだろう。ワイルドウルフの件も何も解決していない。不安な要素がいっぱい……の筈なのに、わたしの心は何故か踊っていた。そして、移動する馬車の中、流れていく景色を見ているわたしの様子を見ていたネンネの導き出した結論は……。
「社交界、ソルファ様とのダンス。楽しみですね」
「そう、社交界で美味しいものをいっぱい食べて……え? ダンス……ええ!? ソルファ様と!?」
「ローズお嬢様!?」
これまで男装執事ネンネと踊るレッスンしかしていなかったわたしは気づく。社交界と言えば、男性が女性をダンスへ誘うのだ。そして、替え玉とは言え、婚約者候補であるわたしをソルファ様が誘わない……なんて事はない訳で……。頭から蒸気を噴き出した真っ赤な林檎を前に、『本番、大丈夫かしら?』という思いを顔に出しつつ、ネンネは頭を抱えるのでした。
◆
「ようやく見えて来たわね」
「数ヶ月振りですね」
ルモーリア王国西のディアス領を出発して数日。途中宿場町を経由し、ようやく王国中央に位置するモーリア領が見えて来た。
中央少し小高くなった場所に建てられたルモーリア城は王国の象徴。モーリア領のどこへ居てもお城が見えるよう創られており、城の南側へ位置する城下町には、四方を城壁で囲んだ城塞都市だ。城の南側以外は小高い丘になっている事で、外敵からの侵入を防いでいるんだそう。
城下町は主に三つの地区に分かれていて、中央に位置する貴族の邸宅やルモーリア教会、美術館や図書館など、歴史情緒溢れる様々な建物が立ち並び、王国自慢の貴族通りがあるセントルム地区。東側にはルモーリア王国一の繁華街や商家の住まいがあるガーデン地区。西側には王家所縁の貴族と現国王であるルモーリア13世の弟、モーリア公爵の住まいがあるモリアール地区がある。って、わたしはゴルドー家とカントリー子爵家、あとはルモーリア教会くらいしか縁がない人だったので、ほぼこの情報はネンネからの受け売りだ。
ちなみに、ゴルドー伯爵家が住んでいる場所は、貴族通りから少し外れた南側。わたしがよくお手伝いしていたカントリー子爵家のお家は、貴族通りの外れ、東側のガーデン通りへ近い場所にあったり。あ、モモ、ミルキー、元気にしてるかなぁ~。
さて、遠くからモモ、ミルキーの鳴き声が聞こえたところで、ルモーリア城下町の入口――西門が見えて来た。各門の警備は王宮騎士団が担当しているみたいで、グランディア侯爵家の馬車と分かった途端、西門に居る騎士団員が皆、並んで出迎えてくれた。門を通る手続きを終え、城下町へ入ったところで馬車を入口の横へと止め、一旦出迎えへ応えるグランディア侯爵。わたし達はもう一台の馬車の中で待機している。
「グランディア侯爵。ようこそモーリア領――ルモーリア城下町へ。ソルファ様は王様との謁見を控えておりました故、先程ミルア騎士団長とひと足早く到着されております」
「むむ、出迎えご苦労である」
ソルファ様のお父様。本当威厳があって、機転も利く凄い方なんだけど……わたしの前で居る時は全く違う人なんだよね。この数ヶ月の間で、何回 “お父様喜びの両手ブンブン“ をされたか分からないくらい。
お父様への挨拶を終えた後、並んでいた騎士団の方々の中でも一番目立っていた、凄く背が高くて体格のいい赤髪を立たせた男性がこちらの馬車へとやって来た。え、ソルファ様よりおっきいこの人。胸の当たりに騎士団の紋章だろうか? 鷹さんと剣が重なったような模様が刻まれた服を着ている。が、腕と太腿は露出させており、鍛え抜かれた筋肉がこれでもかと主張していた。
「お初にお目にかかります。ゴルドー伯爵家長女、ローズ・ゴルドー御令嬢ですね」
「え、はい。初めまして。ローズ・ゴルドーでございますわ。よろしくお願いします」
「王宮騎士団中央支部・部隊長兼副隊長を務めますライズ・アルフォードと申します。ソルファから貴女の事を素敵な婚約者であると聞いていますよ」
「え? ええ? すすす、素敵なこんにゃく……こんやくしゃですって!?」
ソルファ様から素敵な婚約者と聞いてるの部分が反芻された事で驚いたわたしは勢い余って噛んでしまった。わたしの反応が可笑しかったのか、ライズさんはフフっと噴き出した後、右手の親指を立てた状態でニヤリと白い歯を見せて来た。
「ええ。ソルファから真っ直ぐで純粋で愛のある女性だって聞いてますぜ?」
「またまたご冗談が上手で……」
『オホホホホ、ハハハハハ……』と乾いた笑いが周囲へと響いた後、咳払いをしたライズさんは改めて真剣な表情で一礼してくれた。
「闇の組織、ワイルドウルフの件も団長とソルファから聞いています。それもあって貴女にご挨拶をしておきたかった。この俺――ライズが居る限り、中央での身の安全は保証します。それを伝えておきたかった。これから社交界が続きますが、騎士団が交代で警備もする予定ですのでご安心下さい」
「そう言っていただけると心強いです。ありがとうございますですわ」
そう言うとライズさんは一礼し、西門の警備へと戻っていった。圧倒的な存在感の方だった。ソルファ様とミルア様とはまた違ったタイプの男性だなって思った。ソルファ様の事、敬称を略して呼んでいたところを見るとソルファ様との信頼関係が分かる……そんな気がした。
こうして数ヶ月振りにモーリア領へと還って来たわたしは、一路、グランディア侯爵家の邸宅へと向かうのでした。
第3幕新キャラクター、一人目はライズ・アルフォートとなりました。王宮騎士団最高勢力四人の一人。中央支部の部隊長を務め、同時に王宮騎士団の副団長を務めます。ツンツンヘアーの赤髪に鍛え抜かれた肉体。ソルファ様が身長178cmの設定に対し、ライズは2m05cmの設定となります。中央の剛健がこれからどう活躍していくのか? 続きもお楽しみにです。




