第55話 その英雄、紅蓮の炎と対峙する
リンダが放つ鞭の炎により、地面へ紅蓮の円環が顕現する中、静かに剣を持ったまま相手を見据えるソルファ様。既にスミスさん達は離れた場所に移動しており、リンダが逃げないよう取り囲む騎士団の者達も、距離を取って見守っていた。ソルファ様とリンダの戦いに巻き込まれないようにするためなんだろう。
「へぇ~この炎を見ても物怖じしない態度。流石、西の英雄様だね」
「その程度の炎、何の障壁にもならんぞ?」
「で、ロジータは救出したって言ってたけど、アジトに居たナゲットはどうしたんだい?」
「あのでかい奴か。鉄球を振り回すだけの男だったからな。俺が気絶させた。ボスが居ないと気づいた時点であんたのような幹部が公爵家に潜んでいると予測し、馬を走らせた」
どうやら盗賊団のアジトはナゲットという大男が守っており、ロジータお姉さまもかつて使われていた古城の牢屋に閉じ込められていたようで。盗賊団を制圧するのに時間がかかったんだろう。いや、むしろソルファ様や騎士団の人達を足止めする事で、このリンダと盗賊団の残りの団員が公爵家と港町マリーナで悪さを働けるよう、わざとアジトの場所を匂わせ、ソルファ様達を誘い込んだのかもしれない。
「そうかい。婚約者を守れてよかったねぇ。さて、せっかく英雄様とお逢い出来たんだ。手土産にあんたの首でも持ち帰ろうかね」
「そうか。出来るものならやってみろ」
会話は終わり、訪れる静寂。鞭に纏う炎から舞う火の粉が、パチパチと音を立てて地面で踊っている。静かに剣を構えるソルファ様がゆっくり息を吐く。
「――爆ぜな!」
刹那、リンダが振るう鞭からソルファ様へ向け、小さな火球が放たれ爆ぜる。炎の円環を旋回するようにして火球を回避するソルファ様。どうやら彼女が放つ紅蓮の鞭は、鞭に纏った炎を自在に操る事が出来るようで。
「いいね! じゃあ、これならどうだい!?」
リンダの鞭が地面を抉る! すると今度は地面から抉り取られた無数の石が溶岩のように燃え滾り、ソルファ様へ向けて放たれた! が、一瞬だけ目を閉じたソルファ様は、捉える事の出来ない剣捌きで何と溶岩と化した無数の石全てを真っ二つに斬り捨てる。ソルファ様の後方で爆ぜる小石。そして、その場からソルファ様の姿が消失する――
「なっ、消え――」
次にリンダが気づいた時、ソルファ様は彼女の上を取っており、剣を真っ直ぐ振り下ろそうとしていた。彼女の振るう紅蓮の鞭がソルファ様の剣とぶつかる金属音。その衝撃で巻き起こる凄まじい旋風が、周囲の熱と空気を一瞬にして吹き飛ばしてしまう。両者、風の勢いで後方へと飛び、距離を取る。先程までリンダを取り囲んでいた地面の炎は一瞬にして吹き飛んでいた。
「あたいの炎を消し去る程の剣戟の風……あんた細身の癖にとんでもない力だねぇ~」
戦況をたった一撃で変えてしまう程の力と経験。それが、ソルファ様が西の英雄として名を轟かせる所以。リンダは今までに相対した事のない程の強敵を前にし、手に紅蓮の鞭を持ったまま称賛の拍手を送る。
「此処までの相手と戦うのはボス以来だねぇ~」
「なら、大人しく投稿しろ、罪を認め、組織の目的を話すなら命までは取らんと約束しよう」
「はっ、己の命は己で守る。自身の保身のために組織を売るほど、性根は腐っちゃいないさ」
再びリンダが紅蓮の鞭を放つ。炎は閃光となり、大地を奔る。ソルファ様が剣戟で炎を飛ばすと同時、彼の脚と胸を狙う二本の短剣! 短剣を剣で打ち払った瞬間、起きる爆発により一瞬だけソルファ様が後ろへ飛んだ。英雄目掛けて距離を詰めたリンダの放つ鞭が彼に迫る。彼の頬へ傷がついた瞬間、ついたばかりの傷が炎により焼けてしまう。ソルファ様は再び剣を横に凪ぎ、爆風によって彼女を強制的に引き剥がした。
「どうだい? 斬られると同時に焼かれる痛みは?」
「この程度、どうってことはない。それに、そろそろ終わりのようだ」
「一体何の話を……は? ニック、ケイ!?」
スミスさんが気を失ったニックをケイ、二人抱えた状態でソルファ様の前へ現れたのだ。
「いやはや歳を取るといけませんなぁ~。この程度の相手に三分もかかってしまいましたわい」
「いや、充分だ。スミス、下がっていてくれ。こっちも終わらせる」
呆気にとられ、暫く口を開けていたリンダだったが、この時初めて鋭い視線を見せる。どうやらニックとケイが負けるとは思っていなかったらしい。
「ニックとケイはあたいの部隊でもトップクラスの実力だ。その爺さん、何者だい?」
「某はただのしがない老執事ですわい」
「なるほど、よーく見ると、後ろに控えてる密偵も鍛えられている手練れだと分かるねぇ~。あたいはどうやら、あんた達の戦力を見誤っていたようだね」
「どうする気だ」
「このまま戦場で散るような馬鹿なリンダ様ではないさ」
彼女がそう告げた瞬間、リンダの手に持つ鞭の閃光が大きくなる。そして、舞うように身体を旋回させると同時、彼女が言葉を紡いだ。
「――喰らいな、紅蓮大蛇」
生物のように地を這う紅蓮の大蛇がスミスとソルファ様へ襲い掛かる! と同時、ソルファ様は剣の刀身を一度自身の前に出し、片脚を後ろに下げ……そして、地面を蹴った。
「――瞬焉戟」
炎によって創られた斬れる筈のない紅蓮の大蛇が真っ二つに斬られ、ソルファ様はリンダの後方に立っていた。そして、彼女の両手両脚から鮮血が飛散する。手首を斬られた事で紅蓮の鞭は地面に落ちている。斬られたと気づいた時にはもう、リンダは両膝をついていた。
「今のは……視えなかったねぇ~」
「終わりだ紅のリンダ。お前には聞きたい事が沢山ある。あとでじっくり話して……何がおかしい?」
「ふっ、洞察力に長けた西の英雄にも視えていないものがあるんだねぇ~と思ってね」
その言葉にソルファ様は気づく。リンダから放たれる先程よりも強い火薬の匂いに。
「みんな、下がれ!」
「楽しかったよ。西の英雄!」
彼女の身体から眩い光が放たれ、刹那、リンダの身体から放たれた閃光は、周辺を巻き込み爆発を起こした――
◆
周囲の森ごと吹き飛ぶほどの爆発に、リンダの居た場所は大きく穴が空き、まだ焼け残った木々から炎が燻っていた。
「くっ、皆。無事か!?」
ソルファ様が周囲の者達に声をかける。
「ええ、なんとか」
「だいじょうぶです」
どうやら予め距離を取っていた事で、騎士団員達も無事だったようで。
「あの瞬間、剣戟による風で爆発と反対方向に飛ぶとは……さすがの坊ちゃんですな」
「いや、抱き抱えていた盗賊二人を密偵へ向けて投げた後、炎の耐性がある外套をリンダの身体へかけただろう? スミスこそ流石としか言いようがない」
ソルファ様の風、そして、スミスさんが忍ばせていた外套により、リンダの爆発は最小限に食い止められたみたい。ニックとケイも捕えたまま。が、リンダは残念ながら、爆発してしまった。捕える事が出来ず、悔やむスミスとソルファ様。そして、暫く空いた穴を眺めていたソルファ様は、その違和感に穴の下へと脚を滑らせていった。穴の下の瓦礫を除くと、そこには人間が通れるほどの空洞が空いていて……。
「まさか……あの爆発を起こしながら……逃げたのか……!?」
「焼け焦げた遺体がない以上……それは考えられますなぁ~」
ワイルドウルフ盗賊団――紅のリンダ。
一筋縄ではいかない相手を前にソルファ様は空洞の先の虚空を見つめるのでした――




