第54話 ワイルドウルフ 紅のリンダ
ワイルドウルフ 紅のリンダ――ソルファ様が追っていた盗賊団……それも四狼の一人だと言うくらいだ。ある程度リーダー格と言っていい。気を抜くと、震えで脚が竦んでしまう。大丈夫よ、ローズ。みんなが居るもの。今はみんなを信じて勇気を出すときだ。
どうやら何かを警戒しているのか、わたし達をすぐに拘束しようなどとは考えていないみたい。胸元を強調させた臙脂色の艶やかなボディースーツは二の腕部分が露出しており、右肩口に狼の入れ墨がある。『ワイルドウルフは闇の組織の頂点だと主張せんばかりに身体のどこかに狼の入れ墨を入れている』と言っていたジウさんの言葉を思い出した。
「あたいと話がしたかったんだろ? 本物のロジータは無事かどうか、だったね。昨晩は無事だったけど、どうなるかは……あんたの婚約者次第だね」
「ソルファ様!」
そうか。もしかするとこの人はソルファ様の動向を窺うために、お茶会前日から公爵家を出向いていたのかもしれない。つまり……本物のロジータお姉さまは、盗賊団のアジトに居るって事?
「相手は西の英雄だからね。あたいらも何も準備しないままサウスオリーブでバカンスなんてしないさ」
大丈夫だ。ソルファ様だって何も準備しないままでアジトへ攻め込んでいる訳じゃない。ロジータお姉さまもソルファ様もきっと大丈夫……。
「紅のリンダ。どうしてわたしを狙うの? その腕……ディアス大農園でわたしを誘拐した大男と同じ入れ墨ですよね」
「へぇ~、そうかい。どうせ、そのソルファとか言う英雄に入れ知恵されたんだろう? 狼のマークはワイルドウルフの象徴だからね。ローズ・ゴルドー。どうせじきに分かるさ。あんたはまだ何も知らなくていい。あんたには利用価値がある。ただそれだけのことさ」
「あなた達……一体、何をしようとしているの?」
「……おっと、そろそろ時間のようだね」
次の瞬間、リンダが指を鳴らす。気づけばわたしの眼前にケイという女が迫って来ていた。彼女のナイフがわたしへ迫った瞬間、なんと彼女は宙を舞っていた。なぜならば、ナイフを持っていた手を背負ってネンネが投げ飛ばしていたから。
しかし、ケイという女を投げ飛ばしているタイミングでネンネの右足首へ何かが絡みついていた。いつの間にかリンダが腰に携えていた鞭を手に持っており、足首を引っ張られたネンネはそのまま体勢を崩し、そのまま部屋の隅へと飛ばされてしまう。
「ネンネ!」
「あんたは自分の心配をした方がいいよ?」
「え?」
いつの間にかわたしの背後にもう一人の執事――ニックが立ち、頸元に細く長い楔のようなものを持っていた。が、わたしを拘束しようとしたニックは刹那、天井から降って来た人物によって地面へと顔を叩きつけられていた。
「ジウさん!」
同時、部屋の扉が勢いよく開け放たれ、スミスさんと共に公爵家の警備をしていた者が数名入って来る。よかった。この部屋へ来る前にジウさんへ伝えていた事で間に合ったみたい。
「ワイルドウルフのリンダ。あんたのアジトは王宮騎士団が制圧し、ロジータ伯爵夫人も救出した。あんたたちは此処で終わりだ」
「大人しく観念するといいでしょう」
ケイ、ニックは警備の者へ引き渡され、代わりにジウ、スミスが鞭を構えたリンダと対峙する。しかし、追い込まれた状況にもかかわらず、リンダは焦りの表情を浮かべない。むしろ、この状況を楽しんでいるようで。
「へぇ~。思ったより早かったね。あの古城、入り組んでいて罠も張りやすい。ところどころ崩れてはいたけど、旧王家の部屋も、地下牢だって残っていた。隠れ家にしては居心地がよかったんだけどねぇ~。……残念だよ!」
「煙幕か!」
リンダが床へ何かの球を投げつけた瞬間、部屋が煙で覆われた。その瞬間、わたしの口元を誰かが何かで覆ってくれた。この感じ。きっとネンネだ。煙で何も見えない。誰かと誰かの刃物がぶつかり合うような金属音。同時に部屋の窓硝子が割れる音が聞こえる。窓硝子が割れた事で一陣の風が部屋を駆け抜け、ようやく視界が晴れて来る。わたしを庇うようにして囲んでくれていたのはネンネとジウさん。リンダとケイ、ニックの姿は居なかった。
「お嬢様、ご無事ですか」
「ええ、なんとか。ネンネも、ジウさんもありがとう。でも、リンダが……」
「逃げた三人を窓からスミスが飛び降りて追っています。部屋の外へ、密偵部隊も数名控えさせています故」
あとは任せるしかない……という事だろう。緊張の糸が途切れたのか、わたしは腰から崩れ落ちそうになり、慌ててネンネがわたしの身体を支えてくれた。
「ネンネ、ありがとう」
「お嬢様、よく頑張りましたね。あとは他の方に任せましょう」
「――ズさーん。ローズさーん!」
「――ズちゃん。ローズちゃん!」
遠くから聞こえて来る声が段々と近づいて来て、部屋へパール婦人が入室して来た。サウスオリーブ公爵も一緒だった。部屋へ入室するなりわたしの姿に気づいたご婦人は、そのままネンネを押しのけてわたしの身体を抱き締めてくれた。
「よかった! ご無事だったのね! アクアから全て聞いたわ。心配したのよ」
「えっと、はい。わたしは大丈夫です」
「火災現場で自警団が捕まえた野盗が盗賊団の一味だと分かり、慌ててこっちへ戻って来たんだ。間に合ってよかったよローズちゃん」
「サウスオリーブ公爵もありがとうございます」
色んな人がこんなにも心配してくれている。今までは何をされようとネンネ以外、誰も心配なんてしてくれなかったのに。わたしはお姉さまの〝替え玉〟だけど、此処に居ていいのだろうか。盗賊団が何故わたしを狙ったのか? その答えはまだ見つからないまま。パール婦人へ抱き締められたまま、そっと双眸を閉じるのでした。
◆
「へぇ~、どうやらこのまま大人しく逃がしてはくれないみたいだねぇ」
公爵家へわたし達を残し、公爵家邸宅の敷地を抜け、逃亡するリンダ達三名を、ジウさんの密偵部隊数名と、スミスさんが追っていた。が、逃亡する方向へとある人物の姿を見つけた瞬間、リンダ達は脚を止めたのだ。
「紅のリンダ。アジトに居たあんたの部隊は全て制圧した。逃げた奴等も地獄の果てまで追いかけるぞ? お前はもう終わりだ」
「流石だねぇ~西の英雄、ソルファ・グランディア。本当ならローズ・ゴルドーを連れ帰るつもりだったんだけど、次回へ持ち越しだね」
リンダと背を預ける形でニック、ケイ。背後にはスミス。周囲は密偵部隊とソルファ様が連れて来た騎士団の者が取り囲んでいる。
「お前達がローズ嬢を狙う目的は何だ?」
「平和ぼけした騎士団共は、何も知らなくていい。全てはわたし達の未来のためさ」
「何だと!? 強姦、誘拐、窃盗、お前達がやってる事は全て犯罪だ。罪人が未来を語るな。お前は此処で終わりだ」
ソルファ様が剣を引き抜くと同時に鞭を構える紅のリンダ。そして、胸元から何かの瓶を取り出し、口に含み、鞭へ吐きかける。それを合図に散開するニック、ケイ。ソルファ様、騎士団の者が間合いを詰めようとした矢先、リンダは回転しながら鞭を一閃し……地面へと炎の円環が浮かび上がった。リンダの鞭は炎を纏っていた。
「成程、さっきの液体。アルコール……いや、オイルか?」
「さぁ、あたい特製の紅蓮の鞭。英雄に止める事が出来るかい?」
ニックはスミスさん、ケイはジウさんの密偵部隊とぶつかる中、妖しく嗤うリンダを前に、ソルファ様は他の団員を後ろへ下げ、一人、一歩前に出た。
「お前の悪事は此処で俺が止めるさ」




