第53話 その伯爵令嬢、犯人の正体に衝撃を受ける
侍女アリー姿の姉からの衝撃発言。全身の震えが止まらない。両手で押さえても、止まってくれない。だってそんな筈はないもの。もし仮にそうだとして、全く理由が分からないし、何かの間違いだとしか考えられない。
「へぇ~。今更怖くなったんですかぁ? 恐怖に慄くその顔。素敵ですね、おじょうさま」
アリーの仮面を被ったまま、お姉さまがわたしを煽る。久しぶりに震える小動物を見て愉しんでいるみたい。そんな姉妹のやり取りを見ていた継母キャサリーナが動き出す。
「今すぐパール婦人の下へ向かいます。彼女を貴婦人会から除籍して貰いますわよ」
「お待ちになって下さいキャサリーナ様!」
「侍女風情が! ネンネ、主人のお気に入りだからと言って、ワタクシに楯突く事は許しませんよ!」
キャサリーナの進路を阻み、部屋の入り口に立ち塞がった人物はネンネだった。
「そうではないのです。あの毒入りのカップ。先程グランディア侯爵家密偵を通じ、秘密裏にパール婦人へ報告しています。既に公爵家の者が調べている筈です。証拠もないのにアリー様の目撃証言だけでは、パール婦人が信用するとは思えません。それに……」
「いいでしょう」
え? 密偵って事はジウさん!?
じゃあお茶会の裏で既に毒の調査は始まっていたって事なのか。ネンネがそれを言わなかったのは、きっと余計な心配をさせないためだろう。ただお茶会中の姉の様子は同時に気になっていた。だからこそ、キャサリーナとお姉さまと対峙する機会を設けたんだ。
「ネンネ、そこまで言うのなら、ワタクシ達は一度、マリーナリゾートへ戻ります。ローズと二人で今日中に彼女と直接話をつけて来なさい。もともと数日リゾートへ滞在予定でしたし、サウスオリーブ領を発つ前に結果を聞きに参ります。セバス、キャサリン、アリー、宿へ戻りますわよ」
継母が示したローズは侍女へ変装中の姉ではなく、替え玉であるわたし。つまり、犯人に直接聞いて来いという事だ。でも、それでいい。パール婦人へ除籍を申し出されると話が余計にこじれそうだったし、わたしも、どうして狙われたのか、彼女と対話をしたかったから。
「じゃあね。ローズおじょうさま」
「失礼致します」
侍女アリーはわたしの傍から離れ、継母の下へ、セバスはわたし達に一礼した後、キャサリンと入口付近でネンネと対峙していた継母の下へと向かう。そして、控室の扉を開けようとしたその時、突然外側から扉が開き、ある人物が入室して来た。スミスとサウスオリーブ公爵家の侍女だった。
「え? スミス?」
「パール婦人より伝言です。サウスオリーブ領、マリーナ港にて火災発生中。現在消火に当たっています。周辺の貴族及び民の避難は既に完了していますが、キャサリーナ様におかれましては、安全を考慮し、本日は公爵家本館の部屋を用意しました。事態が落ち着くまでこちらへご宿泊下さい」
「な!? なんですって!?」
火災……まさか、盗賊団の仕業だろうか? 継母キャサリーナを始め、本日お茶会へ出席した貴婦人達は当然盗賊団がサウスオリーブ領で暴れているなんて事実を知らない訳で。今朝方アジトへ向かったソルファ様は無事なんだろうか? むしろアジトを攻めた事で、陰に潜んでいた盗賊団の者が暴れ出した可能性も考えられる訳で。
暫くリゾートに置いて来た高価な衣装や宝飾が心配だとか、色々継母キャサリーナが反論していたのだけれど、移動中に野盗に襲われては大変だという公爵家側の説得に納得したのか、今晩は公爵家へ宿泊する事になった。
「あ、あの! スミス様」
「えっとアリー様……でしたか?」
「ローズお嬢様の婚約者であるソルファ様も……本館へ泊っておられるのですか?」
「はい。ですが、現在公務中でありまして。今晩は帰宅が遅くなるかもしれません」
この緊急事態に姉は一体何を考えているんだろう? でも、今はそれどころじゃない。盗賊団が動き出したんだ。わたしたちはソルファ様を信じ、公爵家で待つしかない。
わたしと顔を合わせたくないのか、キャサリーナは特別待遇で用意された本館の特別室へ向かった。ちなみに王家の方や特別な貴族の来賓が来た時に使うお部屋で、部屋にお風呂まで付いている特別仕様。部屋の広さと豪華さを見たキャサリーナは満更でもない様子だったみたい。今日は特別室でご飯を食べるんだそう。
スミスさんは周囲で公爵家の警護に当たる兵士の方々と合流。
ようやく二人きりになれたわたしとネンネは、とある準備をした上でとある人物が宿泊する部屋へと向かった。
目的は勿論、彼女から毒の真相を尋ねること――
◆
「ローズちゃん! こちらから出向こうと思っていたのに、嬉しいさね!」
その人物は、蒲公英色の髪を揺らし、桃色の衣装からいつもの民族衣装に着替えた状態でわたし達を出迎えてくれた。
お茶会へ同席していた侍女さんと、奥にはあの場に居なかった若い執事さんが一名。
「ありがとうございます。ロジータさん。お茶会ご一緒出来て、嬉しかったですわ」
再会を喜んで手を取り合うわたし達。侍女の方が紅茶を淹れようと席を立とうとしていたので、わたしは侍女さんへ声を掛ける。
「あ、すいません。この後、晩御飯の時間ですので、紅茶はお構いなくです」
黙ってこちらを見ていた侍女さんは、そのまま一礼し、部屋の奥へと下がっていった。
「ローズちゃんのストロベリーパイ! 凄く美味しかったさね! うちは感動したさね」
「あ、よかったです。エリザベスもきっと喜んでると思います」
「そうさね。きっと喜んでいるさね」
満面の笑みを浮かべるロジータお姉さま。もし、あの時の違和感が正しかったのだとしたら、わたしの予想は当たっている筈。
「あ、そういえば。エリザベスって好きな食べ物なんでしたっけ? 今度麦の収穫のとき、お土産をお持ちしますよ?」
「食べ物……そうさねぇ~。あの子は基本なんでも食べるからねぇ~」
「そうですか……ロジータさん。幾つかご質問いいですか?」
わたしは一歩、二歩とロジータさんから距離を取る。そして、彼女へと尋ねる。
「どうしてわたしのローズヒップティーへ毒を入れたんですか?」
「え? 毒? 何の話さね?」
「いえ、質問を変えます。本物のロジータお姉さまは何処ですか? 今、ロジータさんって言った時、どうして『ロジータお姉さまでしょう?』って言わなかったんですか?」
「へぇ~。それはたまたま言わなかっただけさね」
「最後です。エリザベスは女の子だけど、人間の女の子ではありません。わたしの推し牛であり、ディアス大農園、牧場に居る乳牛の名前です」
「牛? 牛!? ……うし……ぷっ……あはははは! 確かにあの時、適当に相槌を打っていたけれど、まさか牛の名前だったのかい。それはあたいも気づかなかったさね」
「あなた……誰?」
警戒するわたしとロジータさんの間に入るネンネ。何かを仕掛けて来る様子もなく、部屋の奥へと下がるロジータさん……いや、ロジータさんの偽物。果たして本物のロジータさんは無事なのか。この人は何者なのか? そう思っていると、顔に手を掛けた状態で、彼女は高らかと笑い始めた。
「あはははは。ローズ・ゴルドー。あんたやるねぇ。長くこの稼業をやってるけど、あたいの変装を牛で見破ったんは、あんたが始めてだよ。ニック。ケイ!」
二人の名を呼んだ瞬間、部屋の最奥に並ぶベットの前へ下がり、偽物は自ら顔の皮を剥ぎ、身に着けている衣装を脱ぎ捨てる。燃えるような赤髪と紅宝石のような双眸。濃い臙脂色のボディーラインを強調させたような衣装。右腰に短刀、左腰に鞭を携えた女性。執事と侍女も同様に黒髪の鎖帷子に膝と腰に短刀や武器を仕込んでいる格好へ一瞬で早替わりする。
「ワイルドウルフ――四狼が一人、紅のリンダ。以後、お見知りおきを」
右手に持つナイフを舌で舐め、盗賊団の組織を名乗る女は妖しく嗤った。
遂にベールを脱いだワイルドウルフ。
あ、ロジータが犯人ってすぐ分かったよ? って方は是非こっそり教えて下さいね。第46話の再会シーン、エリザベスのくだりを再度見るとあーってなると思います。
ワイルドウルフ、四狼の一人と名乗るリンダとは!? 続きもお楽しみにです。




