第52話 その伯爵令嬢、義母と姉と対話する
それぞれのご婦人達に用意された控室。パール婦人のご配慮で、継母キャサリーナ達は隣の部屋に控えている。今この部屋にはネンネと二人きり。
「アリーシェお嬢様。よくハーブティーの異変に気づかれましたね」
「えっとそれは妖精さんが……じゃなくてひと口含んだ時に一瞬だけど痺れと苦味を感じて……あれは、何だったの?」
「ルモリーア北、精霊の森に自生しているヨツユダケの粉が入っていました。死に至る事はありませんが、強力な腹痛と排便促進の作用があります。大量に服用すれば幻覚作用もある毒キノコです」
「そんな……」
油断していた訳ではない。貴婦人達も勢揃いで、継母キャサリーナもお姉さまも参加していたお茶会。何が起きてもいいように準備をして来た筈だ。でも、まさか、あれだけの人が居る場で毒を仕込むなんて事が起きるとは……想像もしていなかった。
「ネンネ。ゼファーさんとは、どういう関係なの?」
「彼女と私はかつての貴族学校の同級生です。洞察力の鋭い彼女が毒へ気づく事は容易でしょう。あの場でお嬢様へわざわざ忠告しに来たという事は彼女が犯人ではないようですが……」
「じゃあ一体誰が……」
わたしの脳裏にローズお姉さまが「ざまぁないですわね」と高笑いしている姿が浮かぶ。
「気になるのなら、直接尋ねるしかありませんね」
「え? でも。隣には一緒に継母キャサリーナが」
「キャサリーナ様は私が引きつけます。パール婦人の居るこの公爵家でローズお嬢様もアリーシェお嬢様を直接傷つけるような事はしないでしょう」
ネンネもきっと考えがあるんだろう。わたしたちは互いに頷き合い、意を決して隣の部屋へ続く扉をノックした。
「キャサリーナ様、失礼します。ネンネです」
「どうぞ。入りなさい」
恭しく一礼して入室するネンネにわたしも続く。大きな椅子に深く腰掛けたキャサリーナは、専属執事のセバスと、お姉さまの担当侍女であるキャサリンに扇子で仰いでもらっていた。隣の椅子には侍女服を身に着け、わたしの髪色と同じ銀髪のかつらを被ったまま、お姉さまが脚を組んで座っている。
「母が出発する前に、ちゃんと自ら出向いて挨拶をする程度の礼儀は侯爵家で学んだようね」
ここで義母が何を求めているかはわかっている。わたしは波風を立てぬよう、ローズ姉の姿のまま義母とお姉さまへカーテシーをする。
「お茶会の席という貴重な場へお義母さま、そして、お姉さまともご同席出来、大変嬉しゅうございました。そして、お義母様の御力で何事もなく終える事が出来ました。感謝致します」
「まぁ、あなたのような道端の石ころにしてはよくパール婦人へ取り入りました。ここは及第点と致しましょう」
珍しくお義母様が怒っていないのはきっと、パール婦人というルモーリア貴婦人会でも大きな影響力を持つ相手とわたしが仲良くなっていた事で、お茶会の場で良好な関係性を築く事が出来たからだろう。わたしはパール婦人へ取り入るなんて事、一切していないけれど。継母が勝手にそう思ってくれているならそれでいい。
「ふふふ……あはははは」
「ど、どうかされたのですか!? お嬢様!」
突然、姉ローズが笑い始めたものだから、慌ててキャサリンがわたしの姿へ変装した姉の下へ駆け寄ろうとするも……。
「キャサリン! 彼女は侍女アリーです。誰が聞いているか、分かりません」
「キャサリーナ様、申し訳ありません!」
公爵家に居る以上、継母キャサリーナは密偵のような人物が聞き耳を立てていないか警戒しているんだろう。侍女キャサリンが慌てて継母の下へ戻っていく様子を見たお姉さまは、そんなのありえませんわを口の中に押し込んだ様子でゆっくり立ち上がり、こちらへやって来る。そして、わたしへ向かってひと言。
「ざまぁないですわね、ローズおじょうさま」
「な、何の話ですの?」
わたしに向かって自身の名を呼ぶお姉さま。元は妹アリーシェと姉ローズ。今は互いに替え玉ローズと侍女アリー。
わたしの身体の体温がひゅっと一瞬で冷却される。やっぱりそうだ。彼女は……姉は、例の件に気づいている。
「アリー! 控えなさい」
「だってキャサリーナ様。あの時きっと、ローズお嬢様のカップには、何かが入っていたんですよ? それを気丈に飲もうとしていたんですもの。わたくしとお義母様へ恥をかかせなくてよかったですわね、お・じょ・う・さ・ま」
まるであの舞台上で起きていた事を、演劇を鑑賞していたかのように楽しそうに話すお姉さま。一瞬、キャサリーナの双眸が細められ、彼女を仰いでいたセバスを静止し、ゆっくりと立ち上がった。
「そう……。ネンネが動いた時点で何かあるとは思っていましたが……。これがあなただったからよかったものを、伯爵令嬢の娘に何か仕込むなんて……どこの誰がやったのかしらね。ネンネ。察しはついているの?」
「いえ、キャサリーナ様。私はカップの処理をしたまでですので。ヨツユダケの成分が入っている事までは特定していますが、毒を仕込んだ場面を見ていないため、犯人を特定する事は不可能です」
替え玉のわたしだからよかった……。わたしはあそこで倒れても心配じゃないって事よね。別にいい。こんな扱いは今更だもの。それにしても、わたしが替え玉だと知らない人物がお姉さまを狙って毒を仕込んだとして、お茶会を準備していたパール婦人の専属侍女さん達が毒を仕込むなど考えにくいし、継母やお姉さまでもないとすれば、一体誰が。
「だからあなたはお人よしなのよ。わたくしはね、あなたのカップへ激辛の香辛料でも入れようかしらと、準備している現場を覗いたの。社交界やお茶会の現場ではね、貴族同士の争いで毒が仕込まれるなんて日常なの。だからこそ、誰にどのカップを用意するかは決まっていて、担当が厳重に管理をしているわ。そして、わたくしは見てしまったの。あなたのカップへある人物が、何かを仕込んでいるところをね」
饒舌に語る姉。一体、お姉さまは、何を見たって言うの? 一体誰がそんなことを。
「何ですって! 言いなさい、アリー。伯爵家の娘へヨツユダケの毒を仕込んだ人物が誰なのかを!」
キャサリーナが怒っている。どうする気なんだろうか。恐らく姉が目撃したというだけで証拠がないからきっとその人を罰する事は出来ない。でも、きっと、あの場で誰がゴルドー家を貶めようとしていたのか? それをはっきりさせたいんだろう。
「さぁ、お嬢様。そんなのありえませんわ~って言う準備をしてくださいませ! その人物は――」
お姉さまが告げたその人物の名前を聞いた瞬間――
わたしの顔はまるで、ルモリーアの深い海のように真っ青になった。
その人物の名とは?
次話よりお茶会編、衝撃の展開へ!
続きをお楽しみにです。




