第51話 その伯爵令嬢、お茶会で試練を迎える
わたしとキャサリーナへ背筋も凍るような鋭い視線を投げている人物は二人。
わたしの向かいに座るアルバ・ノースフィーネ侯爵夫人。そして、末席に座るゼファー伯爵婦人の二名。やはりこの二人をなんとかしないと、このお茶会は乗り切れないみたい。
「あら~、せっかくソルちゃ……ソルファ卿の婚約者として初めてサウスオリーブへ来てくれたんですよ? 私が手伝って欲しいとお願いしたのよ、ゼファー」
「そうでしたか。では問題ありません」
「それにアルバ。驚いたわ! あなたの侯爵家の……そうそうそこに控えている侍女さんと執事さんは子爵家や伯爵家の出自でしたわよね。あなたが身分の低い者が作る料理を食しないと言うのならば、普段からあなたがお料理を作ってらっしゃるのね! 凄いわ~アルバ」
「いえ……そのような事は言っておりません」
「そう。じゃあ、取るに足らない事ですわね?」
「……はい」
……キャサリーナとわたしに向けられている空気を一瞬で。パール婦人……なんて凄い人なんだろう。この人を絶対に敵に回してはいけないと貴婦人達が集う意味が分かる気がする。
「さぁ、ディアスで採れた苺や乳製品をふんだんに使ったストロベリーパイと、サウスオリーブで採れた赤いローズヒップの実を乾燥させて作ったローズヒップティーです。たんと召し上がりになって」
そっか。紅茶じゃなくてローズヒップティーって言うんだ。透明な紅色が凄く綺麗。みんな静かにローズヒップティーを口に含む。わたしもみんなの様子を見ながらそっと口に含……あれ? その瞬間に、少し違和感を感じるわたし。一瞬舌先に痺れを感じた気がしたのだ。ローズヒップの香りと一緒に広がる苦味はなんだろう?
幸いみんなひと口だけ口に含んだ後、ストロベリーパイへナイフとフォークを入れていたため、わたしもひと口だけ含んだあとはカップをテーブルへ置く事が出来た。すると、カップの上で赤い実の妖精さんがお腹押さえて苦しむ仕草をしたあと、両手でバツ印をしている。いつものわたしが描く世界なら苺の妖精さんと赤い実の妖精さんがテーブルの上でワルツを踊っている。
『ねぇ、ローズヒップさん? お腹痛くなるってこと? じゃあみんなを止めないと!』
すると、妖精さんが大きく首を横に振る。え? 違う? もしかして、わたしのローズヒップティーだけってこと? 嘘? どうして?
「~~んんん。オホホホホ。春の味覚はこれでなくちゃいけませんわねぇ~」
「お母様! このタルト! 美味しい!」
不意に声が聞こえ、我に返るわたし。そうだ! 今はわたしがパール婦人と一緒に作ったストロベリーパイだ。チェリー辺境伯夫人とポポロン令嬢が絶賛してくれているみたいだった。ゼファー婦人とアルバ夫人は無言で食べている。パール婦人も満足そう。
「ローズちゃん。苺の酸味と甘味、タルトとの相性が絶妙さね!」
「ありがとう、ロジータお姉さま」
隣に座るロジータがウインクしてくれた事で、少し不安が取り除かれる。
「まぁ、普通ですわね」
「あら~、あなたの普通は美味しいって事ね、アルバ」
「取りに足らない味ですわ」
アルバさんがパール婦人の言葉に味を否定しないって事は大丈夫みたい。ゼファー婦人は今のところ無反応。
「どうですか、皆さん。わたくしの愛娘は料理も出来ますのよ。ほら、ゼファーもひとことくらい、感想を述べたらどうですの?」
「美味しいわね。このローズヒップティー」
「そうよねゼファー。ローズヒップティーとも合うストロベリーパイでしょう?」
「ストロベリーパイの事は言ってない。もういい」
そう言いつつ、ゼファーの前にあったストロベリーパイの皿には既に何も乗っていなかった。文句言いながらも全部食べてくれたの? ありがたい。
「それより……ローズ御令嬢。さっきからパール婦人が出したローズヒップティーをあまり口にしていないようだが、まさかパール婦人が準備したハーブティーが飲めないと?」
「え? いえいえ! ゼファー伯爵婦人。そんなことはないですわ! 皆さまが美味しそうにストロベリーパイを食べて下さっている事に感動していただけですわ!」
ゼファー伯爵婦人……敵対しているだけあって、よく観察している。確かにローズヒップティーをひと口しか口にしていないのはわたしだけ。でも、たぶんだけど……このローズヒップティー。わたしのカップだけ、きっと何かが入ってる。
「どうしたの? ローズ。早く飲みなさい」
微笑みかけるキャサリーナ。双眸の奥が笑っていない。飲まなくてはいけない。何かが入ってるなら、一体誰がこんな事を……。不意にキャサリーナの背後に控える侍女アリー……つまり変装した本物のローズお姉さまと目が合った。彼女は周りに気づかれない程度に表情を変えず、口角だけ僅かに吊り上げ、冷笑していた。まさか……お姉さまが!
そうだ。こんなこと……以前にもあったじゃないか。出された食事を食べた瞬間お腹が痛くなって、でも席を立つ事は許してもらえなくて……わたしはそんな経験、何度も乗り越えて来たもの。ここで怯んでいては……前に進めない!
「皆さま、ストロベリーパイを食べて下さいまして、ありがとうございます。実は緊張でローズヒップティーを飲む事すら忘れてしまっていましたわ。ちょうど、喉が渇いていましたの。パール婦人、いただきますわ!」
みんなに微笑み返した後、わたしがローズヒップティーを口へ含もうとした……その時だった。
「失礼します! お嬢様のカップへ誰かの髪の毛が入っているみたいです。すぐに取り替えて参ります!」
「え? ネンネ?」
わたしの手にあったカップがいつの間にか消えており、ネンネはさっと背後へと下がり、素早く部屋の入口へと移動していった。もしかして、わたしの様子でカップの異変に気づいてくれたの!?
「誰です? ローズさんのカップを用意したのは?」
「も、申し訳ございません! すぐに取り替えます!」
「わ、わたしは全然大丈夫ですので!」
入口で控えていたパール婦人の侍女の一人が慌てて一礼し、急いで別のカップが用意された。
「ごめんなさいねぇ~。うちの侍女の不注意で~。ローズさん、すぐに仰ってくれたらよかったのに」
「全然大丈夫ですの! それにわたしが言う事で、あちらの侍女さんが罰を下るなんて事があって欲しくないと思っただけです」
「まぁ! やはりローズさんは豊かな心を持っているわ。分かりました。今回の事は不問としましょう。ね、キャサリーナ」
パール婦人がキャサリーナへ話題を振ると、それまで静観していたキャサリーナがパール婦人へ微笑み返した。
「ええ。パール婦人の御前ですもの。争いなく、楽しい茶会でなくてはなりませんものね」
自身の娘が貶められたとなれば、普通ならキャサリーナが怒り出すところ。だからパール婦人が先に矛を収めたんだ。とは言え、わたしはローズではなく中身がアリーシェの場合、わたしに何かされている事に対してキャサリーナはどう考えるんだろう?
このあとパール婦人の用意したエッグタルトとお菓子が用意され、その後のお茶会は何事もなく和やかに時間が過ぎていった。
そして、ルモーリア貴婦人会は無事終演を迎え、今は席を立って皆それぞれ挨拶を交わしているところ。
「皆さん、今日は別館に幾つか部屋を用意しています。ご予定がない方は是非泊っていらしてね」
「わたくしは侍女達と別の宿をとっています。お気遣いは感謝致します、パール婦人」
「そう……残念ねぇ~アルバ」
アルバ夫人は北のオリーブに宿を。チェリー・カスタード辺境伯夫人は温泉経営をしている関係で残念ながら帰らないといけないみたい。
「ポポロンさん。またの機会にお話しましょう」
「ありがとうございます。ストロベリーパイ、美味しかったです。ローズさん」
ストロベリーパイ効果もあって、ポポロン令嬢とは少しお話出来るまでに打ち解ける事が出来た。社交界シーズンにまた会う事もあるかもしれない。
「ローズ伯爵令嬢。あのハーブティー。何故飲まなかった?」
「え? ゼファー伯爵婦人?」
いつの間にか背後をとられており、耳元で囁かれたため、両肩が跳ねるわたし。ネンネがアルバ夫人専属の侍女と話している絶妙なタイミング。やっぱりこの人……凄く観察している。
「まぁいい。初参加のご令嬢へ忠告しておく。貴族社会は欲望渦巻く世界。いつ誰が敵になってもおかしくない。今のうちに味方を多く作っておくといい。毒など盛られないようにな」
「え? 待って下さい。あのハーブティーは髪の毛が……」
「ふ。ネンネと私は付き合いが長いんだ。彼女がカップを取り替えたんなら、そういう事なんだろう?」
「その言い分だと、ゼファーさんではないんですね」
「あの場で毒を盛ったらどうなると思う? パール婦人の侍女は罰ですまないぞ。君の母と敵対してはいるが、パール婦人へ汚名を着せるような事はしない。安心しろ。私からはそれだけだ」
この人、わざわざ言いに来てくれたのか。それだけ言い残したゼファーが戻って来たネンネとすれ違った。両者視線を交錯させただけ。ネンエとゼファー婦人って……一体どういう関係なんだろう?
「お嬢様! ゼファーに何かされませんでした?」
「いえ、何も。それより……」
「ええ。その件は後でお話しましょう」
ゼファーさんはさっき、ハーブティーの中身を毒と言った。カップを下げたネンネはあれが何だったのか、もう気づいている筈だ。
一体誰がアリーシェのカップに……。皆さんもここからは予想しながら読み進めてみて下さいね。
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