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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第四章【御統の緒】

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35. 話を聞くのは大切

「ねえ、朱音(あかね)ちゃん、もう少し近くに行かない?」


 廊下の角から顔をのぞかせた白雪は、前を歩く千歳(ちとせ)の背中を目で追いながら、隣にいる朱音の袖を引いた。


「そんなに近づいたら、千歳をひとりにした意味がないだろう」


「でも、何かあったら困るでしょう?」


「おまえなぁ……」


 白雪たちが見守る中、千歳が廊下の途中で足を止めた。


「え? どうかしたのかしら?」


 何かあったのかと身を乗り出しかけた白雪だったが、千歳は何事もなく再び歩きだし、そのまま廊下の先を曲がっていく。


「あっ、待って」


「待たせるのはダメだろ!」


 思わず出かけた白雪の足を、朱音の声が止めた。


「そ、そうよね。ごめんなさい、つい……」


「白雪、お前は意外と心配性だな」


 朱音はやれやれと肩をすくめたが、なおも千歳の姿を追おうとする白雪を見て、考えをあらためた。


「まあ、相手が千歳なら仕方ないか」


「朱音ちゃん、それどういうこと?」


 白雪は朱音の呟きを聞いて振り向くと、小首を傾げて顔を近づけた。

 顔には貼り付けたような笑顔が浮かんでいる。


「どういうことって、あれだろ。お前は千歳のことが——」


「あ・か・ね・ちゃん」


「な、なんだ」


 白雪はさらに顔を近づけると、声のトーンを下げて、ゆっくりと言葉を続けた。


「私はね、クラスメイトとして心配してるのよ。何かあったら、クラス委員として責任があるから。……それだけよ?」


 朱音が黙ってコクコクと頷くと、白雪はようやく顔を離した。


「朱音ちゃんはいい子だから信じてるけど、くれぐれも千歳君に変なこと言わないでね」


「……もちろんだ、白雪」


 朱音はこの日、決して逆らってはいけない相手がいることを知った。


 * * *


 こうしてひとりで帰るのも久しぶりな気がする。


 転校してきてからしばらくは、それまでと変わらないぼっち生活だったけど、あの日、白雪さんに声をかけてもらった時から、僕の学校生活はすっかり変わった。


 あの白雪さんと親しげに話したり、二人で学校の中を歩いたり……。


 うーん、冷静に考えるととんでもないな。


「祀乃目(しのめ)君、ちょっといいかな」


 下校する生徒たちに混じって階段に足をかけたところで、後ろから呼び止められたので振り向くと、そこには見知った顔、クラスメイトの須藤(すどう)君が立っていた。


 須藤君といえば、あのお札の騒動で僕を追いかけてきたことが記憶に新しい。というか、普段は挨拶をするくらいだから、それ以上の思い出がないと言ったほうが正しいか。


「あ、須藤君。どうしたの?」


「今日は白雪さんと一緒じゃないんだね」


「うん、今日はちょっと……。えっと、何か用かな?」


「少し話したいことがあるんだけど、白雪さんは、まだ教室にいるのかな」


 なんだか、しきりに白雪さんのことを気にするな。

 まさかとは思うけど、須藤君、君はもしかして白雪さんのことを?


 まあ、相手が白雪さんなら不思議はないけどさ、それを僕に相談するのは間違ってるよ。


「もしかして、白雪さんを探してる?」


 あれ、聞こえなかったかな。

 返事がないので、もう一度声をかけようとしたら、須藤君の口元がゆっくりと緩んだ。


「あの、須藤君?」


 名前を呼んでも返事はなく、薄く笑ったまま僕を見ている。

 ……僕、何かおかしなこと言った?


「——お前もあの女がいつもそばにいては、息が詰まるだろう」


「え?」


 お前とか、あの女とか、君はそんなワイルドなキャラじゃなかったよね。

 どちらかというと、少し僕寄りだったはずで。


「……息が詰まるだなんて、そんなことはないよ」


「——そうだな。あの娘がいれば、呪われた身のお前も少しは楽になろうからな」


「須藤君?」


 さっきからこっちを見ているはずなのに、目が合っている感じがしない。

 この短い期間で、こうもお目にかかっては、さすがに分かるよ。


 思わず一歩下がって、須藤君の両手に視線を落とした。まだ、こっちに伸ばしてくる様子はないけど、前は本当に何も言わずに掴みかかってきたんだから、油断はできない。


 須藤君、君も毎回不憫だね。


 なんかこう、操られ体質? みたいなものを感じるよ。


「須藤君は大丈夫なんですか? あなたは僕に話があるんですよね」


「——このままでは、お前ではなく、あの娘に危害が及ぶぞ」


「な、なぜ白雪さんが。だって、この体質は僕のものであって……」


 柘榴さんは白雪さんが近くにいることで、僕の体質が抑えられると言っていた。でも、白雪さんに何か悪いことが起きるなんて、そんなことある?


「——お前は周囲に不幸をばら撒く。今までもそうであっただろう」


 お前のせいだ、お前がいるからだ。

 あんたさえいなければ。


 怒鳴り声に、悲しげな顔。

 嫌になる程聞いてきたし、見てきた。


「……」


「——お前のその穢れを集める性質を、こちらに渡すがいい」


 分かってる。これはきっと罠なんだ。

 僕が誘いに乗りそうな甘い言葉を並べてるだけで。


 そんなことは分かってる、でも。


「……もし、そうしたら、どうなるんですか」


「——お前はその呪われた生き様から解放される」


「でも、あの、あなたが暴れちゃうんじゃ」


「——それが本来あるべき姿だ。理(ことわり)を歪めているのは、綾御門(あやみかど)の者どもよ」


 たしか、暴れ出した久世御霊を、柘榴さんの先祖が封じたんだよね。

 つまり、僕が穢れを渡したら、その封印を破ってまた暴れるわけで……。


「——お前は綾御門の小娘が何者か、その正体を知っているのか」


 柘榴さんの正体?

 この前色々と話は聞いたけど、どうしてあの図書館に住み着いているのかとか、朱音ちゃんが何者なのかとか、分からないことも多い。


「そう言われると、詳しくは知りません。でも、あなたを信用する理由もないですし」


「——ではお前は白雪という娘を犠牲にしてもいいということか」


「そんなことは! 僕だって、白雪さんに迷惑かけようとしてるわけじゃないです」


「——ならば、素直に渡せばよい」


「それを、自分の力にするんですよね?」


「——いいや、本来の姿に戻るまでだ。お前に迷う理由があるのか?」


 実際何が起きるのかは分からない。でもさ、封じられてるものを解いてしまって良かった、なんてパターンを知らないよ。


 そうだけど、もし、もしもだよ。

 僕のこの体質がなくなったとしたら、どうなるんだろう。


 ……普通の人みたいに過ごせるのかな。

 友達ができて、一緒に帰ったり遊んだり。


 もしかしたら恋人ができたりさ。

 べ、別に白雪さんがってことじゃないけど!


「——お前が苦しむ必要はない」


 家に帰ったら、おかえりって声が返ってくるのかな。


「……どうしたらいいんですか」


「——御統(みすまる)の緒(お)を解け」


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