34. 何ができるか考える
「それで、結局僕を呼んだ先生はいませんでした」
旧図書館の机を挟んで向かい合う柘榴さんは、僕が話し終えても、しばらく何も言わなかった。
柘榴さんの隣には、朱音ちゃんがいつもと変わらぬ様子で立っている。そういえば、入り口で会った時に、白雪さんと何やら話していたっけ。
……二人が最近何を話してるのか、そのうち教えてくれると嬉しいな。
「千歳君に声をかけてきた子も様子がおかしかったですし、これって……」
あの時白雪さんが僕を引き留めてくれなかったら、まんまとひとりになっちゃってたな。自分の用事に、他の人を付き合わせるなんて、ついつい遠慮しちゃう。
「白雪君。その子は君がついていくことを嫌がったんだな」
「はい。職員室の前で待つだけだと言っても、駄目だって。どうしても千歳君をひとりで行かせたいみたいでした」
「さっそく動き出しているな。久世御霊が、君たちを引き離そうとしたのだろう。やはり白雪君がそばにいては都合が悪いようだ」
そういえば、白雪さんの強い善性の魂が、穢れを寄せ付けないんだっけ。それって、白雪さんから放たれる光のオーラが、周りを輝かせてる感じなのかな。
うん、すごくイメージできる。
「相手は思ったよりも焦っているのか……。今回は防げたが、ただ待ち続けるわけにはいかなくなったな」
「僕に声をかけてきた子は、また操られていたんですよね?」
「そうだろうな。君たちが離れる機会を作るために、別の者へ働きかけることも考えられる」
僕たちが離れるまで、ああいうことを続けるつもりなんだろうか。
もしかしたら、今度はもっと親しい子に手を出してくるかもしれない。
……もちろん僕には「親しい友人」はいないわけで、でも、白雪さんにはきっとたくさんいるから!
でもほら、演劇部の深山さんや能登さん。再び前を向いて歩き出そうとしていた彼女たちが、またこんなことに巻き込まれたらと思うと、このまま様子を見ていることにも抵抗がある。
「えっと、久世御霊の居場所は、まだ分からないんですよね?」
「いくつかあてはついているが、なかなか尻尾を掴ませない」
「だったら……僕が囮になるっていうのは、どうでしょうか?」
言った途端に、三人の目がこっちを向いた。
そんな変なことを言ったかな?
「久世御霊は僕が目当てなんですよね。だったら、僕に近づいてきたところで、何とかできないかなって」
「何を言ってるの、千歳君」
隣の白雪さんが眉を寄せているのを見て、少し言葉に詰まった。
でもきっと、これこそが、僕の役目なんだと思うんだ。
「もちろん、僕に何かできるかっていうと、その、たいしたことはできないと思う」
なんだか、自分で言ってて寂しくなるけど、格好つけてもしかたない。
僕だって怖いものは怖いよ。それでも、僕を使えば何かできるなら、やってみたいとは思う。
「それでも、このまま傍観してるよりはいいと思うんだ」
僕と白雪さんの視線を受けて、柘榴さんはゆっくりと頷いた。
「——千歳君の案は、検討する価値がある」
「そんな。千歳君が襲われたらどうするんですか!?」
うーん、白雪さんにこんなに心配そうな顔をさせるなんて。
今は無理ないことだけど、もっと安心してもらえるように頑張らないと。
「白雪君の心配はもっともだ。それについては、君も納得できるような作戦を考えよう」
「安心しろ。我もいるからな」
そうだね、今までも朱音ちゃんには何度も助けてもらったし、そばにいてくれるなら、僕だって少しは——。
「まあ、千歳は驚くほどビビリだから、危なくなったら自分から逃げると思うが」
「あはは、朱音ちゃん……否定はできないね」
白雪さんがいるのに、そこはもう少し言い方を考えて欲しかったよ!
「分かりました。まずは話を聞きます」
まだ言いたいことがありそうだけど、白雪さんは朱音ちゃんの言葉にクスリと笑うと、椅子に座り直した。
「そもそも、久世御霊の居場所が分かったとしても、出てきたところで取り押さえれば済む相手ではない。祀り鎮めるには、神を迎える場へ導く必要がある」
「じゃあ、そこまで連れて行けばいいってことですね」
「最終的にはな。だがまずは、向こうから接触してくるように仕向けることが必要だ」
わざと隙を見せて、久世御霊が僕に接触してくるのを待つ。
あれ? でも、それって。
「柘榴さん、さっき言ってた『神を迎える場所』ってどこですか? この学校にそんな場所があるんでしょうか」
「神を迎える場、斎場はここにある」
そう言って、柘榴さんは指を下に向けた。
「ここって、この図書館ってことですか?」
「そうだ。つまり、久世御霊をここに連れてくる、それが目的だ」
朱音ちゃんに導かれて、柘榴さんと初めて会った場所。
今はもう使われていない、この旧図書館に、そんな場所があったなんて。
「あの! 私にもできることはないですか?」
話を聞いていた白雪さんが、急に立ち上がって身を乗り出した。
その責任感の強さはさすがだけど、白雪さんに何かあったら僕も心配です。
「もちろんだ。白雪君、君にも協力してもらおう」
「ちょ、ちょっと、柘榴さん。白雪さんに危ないことさせるわけには……」
「千歳君、任せてね。私だってやればできるんだから」
両手を握りしめて気合を入れる白雪さんの姿は、なんだか新鮮で可愛い。
でも、あの、ちょっと顔が近いです……。
* * *
「……じゃあ、準備ができたら、僕がひとりになる時間を作るということで」
「千歳君、先ほども言ったが、くれぐれも無理はしないように」
そうだね、僕が変に張り切って、せっかくの作戦を台無しにしないようにしないと。
なんでもすぐ調子に乗るのは僕の悪い癖だから。
「それまでは、二人で行動しましょうね。勝手な行動はダメよ、千歳君」
「う、うん。そうだね、もちろん」
白雪さんと二人で過ごすのには、もう少し慣れていかないと、気持ちが持ちそうにないや。
でも、これは僕が悪いというよりも、白雪さんと二人になって、正気でいられる人の方がおかしいって!
「あ、そういえば、何か連絡を取りたい時はどうしたらいいですか?」
「これを使うといい」
柘榴さんが取り出したのは、古びた木でできた小さな笛だった。
「それは招霊の笛だ。何かあったらその笛を吹くといい。笛の音は普通の人間には聞こえないが、朱音がすぐに駆けつける」
これを使えば、いつでも朱音ちゃんを呼び寄せられるってこと?
「おい、千歳。分かってるとは思うが、無駄に我を呼び出すんじゃないぞ」
「痛いよ! そんなことするわけないでしょ!」
朱音ちゃんの蹴りは正確に僕のスネを狙ってきてる。
うっかり変なことを口走ったら、命が危ないところだったよ。
白雪さんが僕たちのやりとりを見て、ふふッという声をもらした。
うん、やっぱり白雪さんには笑顔が似合う。




