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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第三章【栲幡の糸】

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29. ひとりでいるのは難しい

「……白雪さんの、手に」


「え?」


 あ、しまった。白雪さんには話せないと思っていたのに、自分から名前を出してどうするんだ。

 今さら聞かなかったことにしてもらうわけにもいかないし、どこまでなら話して大丈夫かな……。


「いや、白雪さんに似た人がいて。その人と、ちょっと」


「私に似た人?」


「うん。でも、本物じゃないっていうのは、途中で分かったんだ。えっと、白雪さんの偽物?」


 そうだよ、別に偽物に会ったってこと自体は言っても良かったんだ。そこにやましいことはないわけで、問題はそのあと。


「私の偽物って、何を話したの——」


「お前、あの時か!」


 横で話を聞いていた朱音ちゃんが、あの時の光景を思い出したようで、手を打ちながら頷いている。

 ナイスだよ、朱音ちゃん。


「そ、そうなんだ! ほら、朱音ちゃんと別行動になった時に」


「何だか鼻の下伸ばしてたからおかしいと思ったが、白雪の幻を見てたのか」


 そんな! 味方だと思ったのに!


「で、何をしていたんだ?」「何を話したの?」


 白雪さんと朱音ちゃんの声が重なって、結局逃げ場を塞がれてしまった。

 大丈夫、差し障りのないことだって話したんだし、それを説明すればいいんだよ。


「何って、その、ちょっとした世間話を……」


「千歳君、その白雪君の偽物とやらに、手を触れたのか?」


 身を乗り出した二人を手で制した柘榴さんが、あらためてそう問いかけた。

 柘榴さんの目はいつになく真剣で、変に誤魔化してる場合じゃないよね。


「偽物の白雪さんが、とても困っている様子で手を伸ばしてきて——。それで、僕はいつでも味方ですと」


「触れたのは左手か」


「はい、確かそうです。でも、触れたのはそれだけじゃないんです」


「というと?」


 横目で窺う白雪さんは、いつもより少し目を大きく開いている。でも、怒ってるわけじゃないよね。何も言われないと、かえって落ち着かないんだけど……。


「どうしたんだ? 触れたのは左手だけじゃないのか?」


 僕なりに全力で気まずい雰囲気を発してるのに、柘榴さんは全く動じてない。

 こういう時はさ、何かを察して、あとで二人で話そう、とか言ってくれるんじゃないのかな。

 僕の対人スキルが低すぎて、そういうオーラを出せてないのかもしれない……。


「あの、白雪さんが抱きついてきてですね……」


「それで鼻の下を伸ばしてたのか」


「待って朱音ちゃん、僕は決してそんなことしてないから!」


「あの場所はお前の心の中が強く反映されるからな。いつもすけべなことを考えてるお前らしいな」


 違うんだ、と言いかけて、僕のことを好きだと言った白雪さんの姿を思い出してしまう。


「向こうから抱きついてきたのなら問題はない。——だが、最後は君のほうから手を差し出したんだな?」


 偽物だと分かっていても、誰かに手を差し伸べてほしかったと辛そうに話す白雪さんを放っておくことはできなかった。


「はい、僕から手を差し出しました」


 柘榴さんは、そうか、と言うと、顎に手を当ててしばらく考え事をしていた。

 何も言わない白雪さんは、今どんな顔をしてるんだろう。そっちを見る勇気がでないよ。


「——千歳君、君の右手は、私が清めてあった。同じように両目もな。だが、左手はそうではなかった」


 柘榴さんのあの行為はちゃんと意味があったんだ。

 そういえば、蔵の中で右手を伸ばした時は、何かに弾かれたようになったっけ。


「でも、どうして僕なんかの手を?」


「君はな、呪いや穢れといった類を集めやすい体質なんだ」


 ……やっぱり、そうなんだ。

 そもそも、僕はそのことを相談したくて、ここにひとりで来たっていうのに、いざそう言われると何て返せばいいか迷うな。


「小さい頃から、よく言われてました。……僕がいると悪いことが起きるらしくて」


「その体質自体は君のせいではない。どちらかというと、君の家系に因るところだ」


「家系、ですか? えっと、末代まで呪ってやるとか、そういう?」


「逆だよ。『祀乃目』という姓は『死の目』に通じるものだ。君の遠い先祖は、穢れをその身に受けて、人々を救っていたんだ」


「そんなことが……」


 僕のこの体質が、人を救うためのものだって?


「君のその体質に目をつけたモノがいる。君の集める穢れを、自分の力にするためにな」


 そういえば、あの蔵の中でも、僕の穢れを食べてやると言われたんだった。

 あの時は、これで何とかなるかもしれないと思ってしまったけれど、向こうにも欲しいものがあったということか。


「それって、蔵の中で僕に手を伸ばせって言った……?」


「おそらくそうだ」


「……何なんですか、あれは」


「久世御霊(くぜごりょう)。かつて、この土地で祀られていた神だ」


 神様って、神社で手を合わせる、あの神様?

 あの暗がりにいたものを思い返してみても、ありがたい気持ちには、とてもなれそうにないんだけど。


「じゃあ、白雪さんの偽物も、その久世御霊が?」


「君に手を差し出させるために、白雪君の姿を使ったんだろう。話を聞く限り、何度か失敗したようだからな」


 偽物だって分かっていても、白雪さんが困っていたら放っておけなかった。僕がそうすることまで、向こうにはお見通しだったのかな。


「柘榴さん、千歳君は、また狙われるんですか?」


「欲しいものがある限りは、またやってくるだろうな」


 僕が何もしてなくても、向こうから来るってこと?

 今まで人に好かれたことなんてないのに、よく知らない神様に付きまとわれるなんて。


「柘榴さん、その久世御霊って、どういう神様なんですか?」


「それは少し長い話になる。その前に、千歳君。君は校内ではなるべくひとりで行動しないことだ」


 うーん、それは難しいかもしれない。

 なんといっても、僕はひとりでいることが初期設定なんだ。


「分かりました。柘榴さん、私が千歳君のそばにいるようにします」


 恥ずかしながら、僕が筋金入りの単独行動ボッチであることを伝えようとしたら、その前に白雪さんから耳を疑うような言葉が出てきた。


「ちょ、ちょっと、白雪さん、さすがにそんなこと頼めないよ」


「千歳君に頼まれたわけじゃないわ。私が自分でそうするっていってるの」


「でも……」


 ここにはひとりで来ることを禁止されてるけど、それ以外でもとなると、そんな迷惑をかけられない。


「そうだな。白雪君、君ならうってつけだ」


「柘榴さんまで、そんな——」


「それにはきちんとした理由がある。白雪君は、とても善性の強い魂を持っているんだ」


「そうなんでしょうか……」


「ああ。たとえば君は、人を疑ったり、嫌ったりすることが極端に苦手じゃないか?」


 柘榴さんの言うとおりだ。

 白雪さんは、僕のことだってそうだし、他のみんなに対してもずっと気を配ってる。

 たとえ嫌がらせを受けても、すぐには相手に悪意を向けられないくらいだし。


「その影響は、君自身にとどまらない。君のそばにいることで、千歳君の体質も、多少は抑えられている」


「千歳君、聞いた? そういうことだからね」


 待って、そんなにすぐ決めてしまっていいの?


 僕と一緒にいると良くないことが起きる。たとえ白雪さんだって、例外じゃないはずだよ。


 それに、今度は相手が神様らしいし、白雪さんに万が一のことがあったら大変だ。


「白雪さん、せっかくだけど、それは危ないよ。僕のせいで、白雪さんにまで何かあったら……」


「おい、千歳」


「な、なに、朱音ちゃん」


「そんなに心配なら、白雪はお前が守ってやれ」


 白雪さんは僕の視線を受けると、小さく頷いて、口元を隠すように少しだけ顔を伏せた。


 照れてるのか、嬉しがってるのか……。

 いや、ダメダメ!

 僕に守ってもらえるのが嬉しいなんて、そんな都合のいい受け取り方はやめておこう。


 だって、手放しで喜んでもらえるほど、僕はまだ頼りになる人間じゃないんだから。


 でも、何かあったら言ってね、と言ったのは僕のほうだ。


 そばにいたいと言ってくれる白雪さんに、やっぱり無理です、なんて言いたくはない。


 ……まあ、守ってもらうほうが多くなりそうなのは、先に謝っておこうかな。


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