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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第三章【栲幡の糸】

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21. まずは落ち着きが肝心

「……ここは、いったいどこ?」


 思わず間の抜けた声を上げてしまったのも仕方ないと思う。

 だって、気づいたら砂漠の真ん中に座り込んでたんだから、誰だってそうなるよ。


 立ち上がって辺りを見渡しても砂しかない。波打つような砂の丘が、ぐるりと三百六十度、視界の果てまで続いている。


 うそでしょ、なんで砂漠?


「お、おーい! 誰かいませんか!」


 張り上げた声は、どこにも反響しないで、砂に吸い込まれるみたいに消えていった。辺りにはしんとした静けさが広がって、自分の呼吸と砂を踏む音だけがやけに大きく聞こえる。

 深呼吸をひとつしてみても、砂っぽい空気が喉に張りついただけで、気持ちのほうは少しも落ち着いてくれなかった。

 でも、息を整えながら空を見上げて、おかしなことに気づいた。


「あれ、なんだこれ?」


 見上げた先には青空も太陽もなく、ただぼんやりとした幕のようなものがあるだけだった。そういえば、砂漠という割には全然暑くもないぞ。


「——僕は何をしてたんだっけ」


 どうやら暑さで焼け死ぬこともなさそうだし、ここは落ち着いて考えよう。

 

 見下ろした自分の格好は制服のままだ。そうだよ、僕は今朝、普通に学校に行ってたはずで、決して突然思い立って砂漠に向かったわけではない。


 ……そうだ、思い出した。僕は放課後、ひ(・)と(・)り(・)で(・)旧図書館に行ったんだった。


 でも、図書館へ向かう小道では朱音(あかね)ちゃんが姿を見せなくて、おかしいなと思いつつも中に入ってみたけれど、柘榴(ざくろ)さんの姿もなかった。


「あ、あれだ!」


 誰もいないなら出直そう、そう思って引き返そうとした時、書架の陰にあの箱が見えた。


 黒ずんだ木でできていて、蓋の縁には見たこともない文字が刻まれている箱で、確か禍津(まがつ)の櫃(ひつ)って言ったっけ。

 白雪(しらゆき)さんの事件の時、呪いが込められたお札を放り込んだら、盛大なゲップと一緒に「返却済み」の紙を吐き出した、例の箱だよ。


 不気味さを感じながらも、好奇心にかられて箱に近づいて——。


「……つまり、もしかして、ここって、あの箱の中?」


 僕は箱に食べられたってことだろうか。いやもう、考えただけで背筋がぞくぞくしてくる。


 でも僕は、こういう時にまずやるべきことを知っている。

 そう、頬をつねってみることだ。

 

「痛っ!」


 はい、お疲れさま、これは現実です。

 涙が出るくらいちゃんと痛かった。


 とにかく、ここに突っ立っていても、砂と見つめ合う時間が延びていくだけだ。

 迷子になったらその場を動くな、とはよく言うものの、あれは探しに来てくれる人がいる場合の話。


 もし僕が本当に箱に食べられているとして、僕がいないことに気づいた誰かが探しにきてくれるだろうか。

 柘榴さんや朱音ちゃんは、僕がいなくなってることには気づかないよな。あとは白雪さんだけど……。


 僕は彼女との約束を破って、ひとりで図書館を訪れたんだ。理由があったとはいえ、つまり白雪さんも僕がここにいることは分からないはず。


「とにかく歩いてみるか……」


 周囲が静かすぎて、なんとなくひとりごとが多くなっちゃうな。

 軽く頬を叩いて気合を入れてから歩き出すと、砂は見た目よりずっと固くて、足はほとんど沈まなかった。おかげで歩きやすくて助かる。

 砂漠ってこんなものなんだろうか?


 そのまま丘をいくつか越えたあたりで、ふと気づいた。いつまで歩いても、喉が渇かないし、息も上がらない。最近ジョギングを始めたけど、僕の貧弱な足腰がそんなに急に育つはずがない。

 空が見えない時点で予想していたとおり、ここは普通の場所じゃないみたいだ。


 それからまたしばらく歩いたところで、そ(・)れ(・)は唐突に現れた。


「……鳥居、だよね」


 どこからどう見ても、神社の入り口にある鳥居だけど、それにしても大きすぎるような気がする。


 近づくにつれてどんどん見上げる角度がきつくなって、真下に着くころには、首が痛いのを通り越して、のけ反らないと全体が視界に入らなくなっていた。

 朱色はとうに剥げ落ちて、黒ずんだ木肌のあちこちがひび割れていて、鳥居の向こう側にも同じような風景が続いている。


 この鳥居、いかにも、くぐってくださいと言わんばかりだ。

 もう一度周囲を見回しても、やっぱり砂ばかりで、引き返そうにもあてもないし。


 こうなったら気持ちだけでも十分に準備して、いざ飛び込むしかない!


「お、お邪魔します」


 ……お邪魔します、ではなかったかな。


 * * *


 目をつむって大きく一歩踏み出してみると、足元の感触が変わった。

 そっと目を開けると、砂はきれいに消えていて、代わりに固い地面が広がっていた。


「……公園?」

 

 色の剥げたブランコと滑り台にジャングルジム。それはまさに、どこにでもあるような、小さな児童公園だった。後ろを振り返っても、あの巨大な鳥居はどこにもなくて、知らない住宅街のブロック塀が続いている。

 危険な場所には見えないものの、まだ安心はできないよな。


「こっちに来ないで!」


 突然子どもの声が聞こえてきて、慌ててそっちに目をやると、そこには砂場で遊ぶ四、五人の子どもたちの姿があった。

 さっきまでそこに砂場なんてあったかな?


 砂場から少し離れたところに、もうひとり、子どもが立っている。

 手には小さなプラスチックのバケツを持っていて、遊びの輪には入らずに、じっと砂場のほうを見ていた。


 その子がおそるおそる一歩近づくと、砂場の子どもたちからまた大きな声があがる。


「来ないで!」

「呪われる!」

「こわい、こわいよ!」


 子どもたちは口々に叫びながら、蜘蛛の子を散らすように砂場から逃げていく。バケツもスコップも放り出したまま、誰ひとり振り返らずに。


「…………」

 

 思わず呼び止めようとしたけど、口がパクパクと動くだけで、声が出ない。


 残された子は足を止めて、誰もいなくなった砂場をしばらく見ていた。

 持っていたバケツが手から離れて、砂の上を転がっていく。


 なんだろう。背中しか見えていないのに、その子が泣いているのが分かる。

 いや、そうか、分かるんじゃない。知(・)っ(・)て(・)る(・)んだ。


 気づけば、僕はその子に近づき、丸まった肩へ手を伸ばしていた。


 あと少しで指先が触れる――その瞬間、目の前の風景が、水に溶けた絵みたいに流れ出した。


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