21. まずは落ち着きが肝心
「……ここは、いったいどこ?」
思わず間の抜けた声を上げてしまったのも仕方ないと思う。
だって、気づいたら砂漠の真ん中に座り込んでたんだから、誰だってそうなるよ。
立ち上がって辺りを見渡しても砂しかない。波打つような砂の丘が、ぐるりと三百六十度、視界の果てまで続いている。
うそでしょ、なんで砂漠?
「お、おーい! 誰かいませんか!」
張り上げた声は、どこにも反響しないで、砂に吸い込まれるみたいに消えていった。辺りにはしんとした静けさが広がって、自分の呼吸と砂を踏む音だけがやけに大きく聞こえる。
深呼吸をひとつしてみても、砂っぽい空気が喉に張りついただけで、気持ちのほうは少しも落ち着いてくれなかった。
でも、息を整えながら空を見上げて、おかしなことに気づいた。
「あれ、なんだこれ?」
見上げた先には青空も太陽もなく、ただぼんやりとした幕のようなものがあるだけだった。そういえば、砂漠という割には全然暑くもないぞ。
「——僕は何をしてたんだっけ」
どうやら暑さで焼け死ぬこともなさそうだし、ここは落ち着いて考えよう。
見下ろした自分の格好は制服のままだ。そうだよ、僕は今朝、普通に学校に行ってたはずで、決して突然思い立って砂漠に向かったわけではない。
……そうだ、思い出した。僕は放課後、ひとりで旧図書館に行ったんだった。
でも、図書館へ向かう小道では朱音ちゃんが姿を見せなくて、おかしいなと思いつつも中に入ってみたけれど、柘榴さんの姿もなかった。
「あ、あれだ!」
誰もいないなら出直そう、そう思って引き返そうとした時、書架の陰にあの箱が見えた。
黒ずんだ木でできていて、蓋の縁には見たこともない文字が刻まれている箱で、確か禍津の櫃って言ったっけ。
白雪さんの事件の時、呪いが込められたお札を放り込んだら、盛大なゲップと一緒に「返却済み」の紙を吐き出した、例の箱だよ。
不気味さを感じながらも、好奇心にかられて箱に近づいて——。
「……つまり、もしかして、ここって、あの箱の中?」
僕は箱に食べられたってことだろうか。いやもう、考えただけで背筋がぞくぞくしてくる。
でも僕は、こういう時にまずやるべきことを知っている。
そう、頬をつねってみることだ。
「痛っ!」
はい、お疲れさま、これは現実です。
涙が出るくらいちゃんと痛かった。
とにかく、ここに突っ立っていても、砂と見つめ合う時間が延びていくだけだ。
迷子になったらその場を動くな、とはよく言うものの、あれは探しに来てくれる人がいる場合の話。
もし僕が本当に箱に食べられているとして、僕がいないことに気づいた誰かが探しにきてくれるだろうか。
柘榴さんや朱音ちゃんは、僕がいなくなってることには気づかないよな。あとは白雪さんだけど……。
僕は彼女との約束を破って、ひとりで図書館を訪れたんだ。理由があったとはいえ、つまり白雪さんも僕がここにいることは分からないはず。
「とにかく歩いてみるか……」
周囲が静かすぎて、なんとなくひとりごとが多くなっちゃうな。
軽く頬を叩いて気合を入れてから歩き出すと、砂は見た目よりずっと固くて、足はほとんど沈まなかった。おかげで歩きやすくて助かる。
砂漠ってこんなものなんだろうか?
そのまま丘をいくつか越えたあたりで、ふと気づいた。いつまで歩いても、喉が渇かないし、息も上がらない。最近ジョギングを始めたけど、僕の貧弱な足腰がそんなに急に育つはずがない。
空が見えない時点で予想していたとおり、ここは普通の場所じゃないみたいだ。
それからまたしばらく歩いたところで、それは唐突に現れた。
「……鳥居、だよね」
どこからどう見ても、神社の入り口にある鳥居だけど、それにしても大きすぎるような気がする。
近づくにつれてどんどん見上げる角度がきつくなって、真下に着くころには、首が痛いのを通り越して、のけ反らないと全体が視界に入らなくなっていた。
朱色はとうに剥げ落ちて、黒ずんだ木肌のあちこちがひび割れていて、鳥居の向こう側にも同じような風景が続いている。
この鳥居、いかにも、くぐってくださいと言わんばかりだ。
もう一度周囲を見回しても、やっぱり砂ばかりで、引き返そうにもあてもないし。
こうなったら気持ちだけでも十分に準備して、いざ飛び込むしかない!
「お、お邪魔します」
……お邪魔します、ではなかったかな。
* * *
目をつむって大きく一歩踏み出してみると、足元の感触が変わった。
そっと目を開けると、砂はきれいに消えていて、代わりに固い地面が広がっていた。
「……公園?」
色の剥げたブランコと滑り台にジャングルジム。それはまさに、どこにでもあるような、小さな児童公園だった。後ろを振り返っても、あの巨大な鳥居はどこにもなくて、知らない住宅街のブロック塀が続いている。
危険な場所には見えないものの、まだ安心はできないよな。
「こっちに来ないで!」
突然子どもの声が聞こえてきて、慌ててそっちに目をやると、そこには砂場で遊ぶ四、五人の子どもたちの姿があった。
さっきまでそこに砂場なんてあったかな?
砂場から少し離れたところに、もうひとり、子どもが立っている。
手には小さなプラスチックのバケツを持っていて、遊びの輪には入らずに、じっと砂場のほうを見ていた。
その子がおそるおそる一歩近づくと、砂場の子どもたちからまた大きな声があがる。
「来ないで!」
「呪われる!」
「こわい、こわいよ!」
子どもたちは口々に叫びながら、蜘蛛の子を散らすように砂場から逃げていく。バケツもスコップも放り出したまま、誰ひとり振り返らずに。
「…………」
思わず呼び止めようとしたけど、口がパクパクと動くだけで、声が出ない。
残された子は足を止めて、誰もいなくなった砂場をしばらく見ていた。
持っていたバケツが手から離れて、砂の上を転がっていく。
なんだろう。背中しか見えていないのに、その子が泣いているのが分かる。
いや、そうか、分かるんじゃない。知ってるんだ。
気づけば、僕はその子に近づき、丸まった肩へ手を伸ばしていた。
あと少しで指先が触れる――その瞬間、目の前の風景が、水に溶けた絵みたいに流れ出した。




