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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第一章【八衢の鈴】

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02. 二人きりは気をつけよう

「それから、あの辺りは運動部の部活棟があるエリアよ」


 放課後、日々瀬(ひととせ)さんと二人きりで学校のあちこちを巡っていた。


 だんだんと人影が少なくなってくると、日々瀬さんと二人だということを意識してしまう。

 校舎内を回っているときは、帰り支度をしたり、部活の準備をしたりする生徒たちがたくさんいて、白雪姫と歩いているのは誰なんだ、という好奇の視線のほうが気になっていた。


 この学校は僕が前に通っていたところより、かなり広い敷地を有している。校舎の他に、体育館と運動場が大小三つ、生徒が利用できる大きな食堂、さらには小ぶりだがコンサートホールまである。


 それらを順番に見ていくとなると、時間もかかるのだが、日々瀬さんは嫌な顔ひとつ見せずに、時折僕のほうを振り向きながら、案内をしてくれていた。


 制服の上に薄いカーディガンを羽織った日々瀬さんの笑顔は、やや傾きかけた日差しを受けて、映画の中のワンシーンのようだ。

 もちろん、僕は出演者ではなく、遠くから映画を見てるほうだけれど。


 案内してくれているのに、思わず日々瀬さんのほうに向いてしまう視線を、無理やり部活棟があるほうへ向ける。


「そういえば、祀乃目(しのめ)君は、何か部活に入る予定はあるの?」


「えっと、まだ、あまり考えていなくて……」


 できれば帰宅部がいいのだが、初対面で「俺、部活に興味ないから」などとイキった発言をしたなどと吹聴されてはまずい。

 学校として部活動が必須であれば、どこか緩そうな文化系の部活に入ろうとは思っていたが、その辺りはまだ調べられていない。


「あ、日々瀬さんは、何か部活やってるの?」


「私? 私は合唱部に入ってるの。下手くそだけど、歌うのが好きだから」


 絶対に上手いに決まっている!


 だいたい、本当に下手な人はそんなこと言わないものだ。本当の音痴はそもそも自分が音痴だということに気づかないか、自覚している場合は、謙遜することもおこがましく思って、言及すらしないんだ。


 ……僕は自分の音痴を自覚している側なので、言及しない。


「そ、そうなんだ。いいね、合唱」


 くそ!

 なんで僕はそんなクソリプみたいな答えしかできないんだ!


「うわ! ごめん!」


 心の中で頭を掻きむしっていた僕は、日々瀬さんが急に立ち止まったことに気づかず、そのまま前のめりにぶつかってしまった。

 日々瀬さんの髪が僕の顔にかかり、そのやわらかさに、僕は火傷でもしたみたいに飛びのいた。


「す、す、すみません。悪気はありません!」


 しかし日々瀬さんは、後ろで慌てふためいてる僕を振り返ることもなく、立ち止まったままどこかを見つめていた。


 その視線の先、木々が生い茂る小道の奥に、平屋の建物が見える。


「日々瀬さん、あの建物は何ですか?」


「あ、ごめんね。……あそこは古い図書館なの」


「古い図書館? もう使われていないってことですか?」


「今は新しい図書館ができたから、こっちはほとんど使われてないの。まだ本が残ってたりするから、完全に閉鎖されているわけではないけれど」


 校舎の横に隣接していた真新しい図書館、元々はここにあったものを建て直したのか。

 でも、日々瀬さんの反応はどうしたのだろうか。


「あの建物がどうかしたんですか?」


 日々瀬さんは、そう声をかけても、すぐには答えなかった。両手をギュッと握り締め、一歩僕のほうに下がってくる。

 事故が起きないように、僕もしっかりと一歩後ろに下がる。


 振り向いた日々瀬さんの顔は、普段クラスで見かけるものとは違っていた。

 口をきゅっと閉じて、形の良い眉毛が弱々しく下がっている。


「ごめんなさい。……あそこには『魔女』が住んでいるっていう噂があるの」


「へ? 魔女?」


 魔女って、いわゆるあの魔女のことだろうか。

 背中が曲がった鷲鼻の老婆が、大きな釜の中で得体の知れないスープをグツグツと煮込んでいる。


 そういえば、童話の中で、白雪姫を毒林檎で殺そうとしたのも、老婆に化けた魔女ではなかったか?


 まさか日々瀬さんは、名前が白雪だから魔女を極端に恐れて……。

 いや、あれは魔女じゃなくて老婆に扮した女王か。


「そんな噂で怖がるなんて、おかしいよね。変なこと言ってごめんなさい」


 両手をパタパタと振って俯く日々瀬さんの耳の端が、少しだけ赤くなっている。


「おかしいことはないと思います。誰にだって苦手なものはありますから」


 怖いものは人それぞれで、それを馬鹿にしたりおかしいと思う必要はない。僕にだって怖いものはたくさんあるし、なんだったら、今は日々瀬さんの人たらしな可愛さが怖い。


「とにかく、あそこは良い噂を聞かないから、祀乃目君も近づかないほうがいいと思う」


 日々瀬さんは、少しはにかんだように目を伏せると、僕にだけ聞こえるくらいの声で、何かを呟いた。

 声が小さくてうまく聞こえなかったけど、なんだろう?


 もう一度聞き返そうとした僕の機先を制して、日々瀬さんの顔が、すうっと近づいてくる。


「なんでもない、これで案内は終わり。さ、教室に戻ろうか」


 ほんのり頬に赤みが差した日々瀬さんの笑顔が、すぐそこにある。


 か、顔が近いです!


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