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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第二章【清見の面】

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19. 今度はそうきたか

「――そうだったか。まさか、向こうから出てくるとはな」


 旧図書館に戻った僕たちは、事の顛末を柘榴(ざくろ)さんに報告した。


 能登(のと)さんは白雪(しらゆき)さんの時と同じように、床で意識を失ったままだ。

 もちろんここまで能登さんを運んだのは朱音ちゃんで、僕は今回、最初から手を挙げなかった。適材適所というやつだよね。


「あの、能登さんはやっぱりこのままじゃまずいんですよね?」


「ああ、この前のお札とはまた違う原因のようだが、いずれにしてもこのまま放っておくわけにはいかないな」


 確か、白雪さんの時は、お札が原因で悪い気が撒き散らされていて、それに影響を受けた人が、ということだった。


「じゃあ、今度はお札みたいなものがあるわけじゃないんですか? またあの鈴を使って探さないといけないのかと思ってました」


「そうだな……。今回は、その子の心に原因が潜んでいるといえばいいかな」


「能登さんの心?」


「人は誰でも、その心に薄暗いものを持っている。その隙をつかれたんだろう」


 心にある薄暗いもの、か。僕には色々と思い当たることがあるな。

 でも、確かに柘榴さんの言うとおり、誰にだって多かれ少なかれあるんだろう。

 周囲のみんなから愛されている白雪さんにだって、きっと悩みごともあるに違いない。


「いずれにせよ、この穢れは祓う必要がある。――朱音、この子を鏡のところまで運んでくれ」


 柘榴さんが指で示したのは、書架の並びが途切れた奥の一角だった。

 そこには、黒い布がかかった、大きな何かが立てかけられている。


 あれ? あんなもの、前からあったっけ。


 いや、この薄暗い図書館のことだ。目に入っていても、気に留めていなかっただけかもしれない。

 ……でも、なんだか嫌な予感がする。


 前回の箱のこともあるし、また変なものが出てくるんじゃないのかな。


 朱音ちゃんがその近くに能登さんを横たえると、柘榴さんが布の端に手をかけて、ぱっと引き剥がした。


 柘榴さんも朱音ちゃんも、説明不足だし、心の準備をさせてくれないな!


 何かが飛び出してくるんじゃないかと、思わず目をつぶってしまったけど、恐る恐る目を開いてみると、そこにあるのは大きな鏡だった。


 黒ずんだ木の枠に、見たこともない文字がびっしりと彫り込まれている。横に立っている柘榴さんの背丈と同じくらいの高さがあって、鏡面は長い年月を吸い込んだみたいにくすんでいた。


気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)の名を冠した『気吹戸(いぶきど)の鏡』だ」


 なんだかまた難しそうな名前が出てきた。毎回色々な名前が出てきて、もう覚えられないよ。


 そんなことを思っている間に、最初はくすんでいた鏡の表面に、じわりと能登さんの姿が浮かび上がってくる。

 いったいどういう仕組みなんだ?


「あっ……」


 白雪さんが声をあげて、鏡の中の能登さんを指差した。

 鏡の中の能登さんの肩から背中にかけて、黒いモヤが、ゆらりと浮かび上がってきている。


「これ、僕が見たやつだ。あのお面を通して――」


 窓から覗き込んだ時に見た、光を吸い込むような真っ黒な塊が、鏡の中でだけ、眠る能登さんに覆いかぶさっている。


「そっちにも出てきたぞ」


「ほ、ほんとだ」


 鏡の中だけではなく、床に横たわる能登さんの肩のあたりにも、薄墨を流したような影が、じわじわと滲み出してきていた。

 鏡の中の黒に呼応するように、モヤの輪郭がだんだんと重なっていく。


「よし、そろそろいいだろう」


 柘榴さんは鏡の横に回り込んだかと思うと、その背面に手のひらを当てて——ばんっ、と勢いよく叩いた。


 その瞬間、鏡から、突風が吹き出してくる。


「うわ!」


 ひんやりとした風が、まっすぐ能登さんへ流れていくと、その風に撫でられた部分から、まとわりついた黒いモヤがほどけていく。


 煙が風に流されるみたいに、塊がちぎれ、薄れ、床の上の影も、鏡の中の黒も、同じ速さで晴れていった。


「終わったぞ」


 柘榴さんの言葉とともに、鏡はまた元のとおり、何も映らないくすんだ表面に戻っていく。


「これでその子の穢れは祓えた」


「じゃあ、深山さんの声も……」


「白雪君の時と同じだ。元を絶ったからには、そちらも良くなっていくだろう」


* * *


 部室棟の裏手は、もうすっかり夜の気配に包まれていた。


「……ねえ、朱音ちゃん。僕たち、傍から見たら完全に不審者だよね」


「一緒にするな。不審なのはお前だけだ」


「二人とも同罪でしょ!?」


 壁際に横たえられた能登さんを、僕と朱音ちゃんは、少し離れた植え込みの陰から見守っていた。


 小声で言い合っているうちに、校舎のほうから、足音がふたつ近づいてきた。白雪さんと、それから深山(みやま)さんだ。


若葉(わかば)!」


 白雪さんが指し示したところに、能登さんが倒れているのを見つけると、深山さんが、名前を呼びながら駆け寄っていく。

 その後ろからついていく白雪さんが、ちらりとこちらを見て頷いた。どうやら深山さんにはうまく説明できたみたいだ。


「若葉、若葉ってば! しっかりして!」


「ん……。……あれ、わたし……」


「気分悪いって出てったきり、戻ってこないから……! 部活終わっても見つからないし、心配したんだよ、もう……!」


 ……よかった。ちゃんと、目を覚ました。


 能登さんは、しばらくぼんやりと、深山さんの顔を見つめていた。自分がどこで何をしていたのか、記憶の糸をたぐっているんだろう。


 そして、遠くからでも、能登さんの顔が、くしゃりと歪んだのが見えた。


「……智紗(ちさ)


「え? どうしたの、どこか痛い?」


「ごめん……ごめんね、智紗。わたし、ずっと……智紗の活躍に、嫉妬してて……それで、わたし……」


 能登さんのしゃくり上げる声が、夜の空気を震わせる。

 嗚咽しながら、途切れ途切れ言葉をつむぐ能登さんを、深山さんは何も言わずに抱きしめた。


 白雪さんが、静かに一歩、後ろへ下がり、それから音を立てないように踵を返して、こちらへ歩いてくる。

 僕と朱音ちゃんは目配せをして、植え込みの陰から、そっと離れた。


 ここから先は、僕たちが聞いていい話じゃない。


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