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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第二章【清見の面】

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16. 内緒話にろくなことはない

「今日いなかったのって、どんな子?」


若葉(わかば)……能登(のと) 若葉っていう子で、今は裏方に回って、道具とか照明を担当してくれてるの」


 ひとり欠席していた子がいた。そして、その子以外には黒いモヤは見えなかった。

 僕と白雪(しらゆき)さんは思わず顔を見合わせた。


「あの、若葉がどうかした?」


「ごめんなさい、まだ何か分かったわけじゃないの。ただほら、千歳(ちとせ)君が、やっぱりみんなのことを見ておきたいって」


 え、僕?

 そうか、確か「人間観察が得意」ということで話してもらってたっけ。

 とりあえず、うんうん、と頷きを返しておくけど、大丈夫かな。


「……若葉とは入部したときからずっと仲良くしてて。責任感の強い子だから、通し稽古を休むなんて、よっぽど体調が悪かったんだと思う」


 自分のことみたいに若葉さんのことを語る深山(みやま)さんからは、二人の仲の良さが伝わってくる。

 そんな子がまさかとは思うけど、お札の呪いも、本人の意思とは無関係に、周囲を巻き込んでいた。


「最初は一緒に舞台に立ってたんだけど、いつからか裏方にまわって……でも、いつもみんなのために、すごく頑張ってくれてるの」


「えっと、今日みたいにまた部員のみんなが揃うのはいつになるかな?」


「うーん、通し稽古は今日ので最後だから……あとは本番までこういう機会はないわ」


 困ったな。今日みたいに、能登さん含めてこっそり見る機会があれば、すぐに答えは出たのに。

 学校に登校していれば、たとえば能登さんのクラスにいって、姿を見ることはできるけど……あのお面を人前で被るわけにはいかない。


「明日から本番まで、あとは部室で練習の予定。最終下校の時間までみっちりね。若葉も体調が戻れば練習には出てくると思う」


 最終下校の時間まで、ということは、夕方——黄昏時にも、能登さんは部室にいるということだな。

 だとすると、こっそり窓から覗くしかないか?

 滑稽な猿の面を被ったやつが、窓から部室を覗き込んでいる――僕ならすぐに通報する。


「ありがとう、深山さん。……少し考えさせて。私たち、きっとあなたの力になってみせるから」


「ううん、こっちこそ。白雪ちゃん、それから千歳君、二人とも今日は本当にありがとう」


 深山さんはぺこりと頭を下げて、部員たちの待つホールへと戻っていく。

 きっと辛いはずだ。

 それなのに、彼女は舞台に立ち続け、声を振り絞っていた。


 そして、最後まで笑顔を見せていた。


「白雪さん、作戦会議をしましょう」


* * *


 翌日の放課後、僕と白雪さんは旧図書館を訪れて、柘榴(ざくろ)さんに昨日までの顛末を報告していった。いつもの読書灯の下、頬杖をついたまま口を挟まずに聞いていた柘榴さんの隣には、朱音(あかね)ちゃんの姿もある。


「――つまり、あの面を通して見ても、誰にもモヤは見えなかった。ただし、部員がひとりだけ欠席していた、と」


「はい。あの場にいた部員は、全員確認できたと思います」


 全員、と言い切るのは少し勇気がいるけど、暗がりから身を乗り出して、舞台の上も袖も、音響機材のところまで、この目で順番に確かめた。見落としはなかったはずだ。


「やっぱり、欠席していた能登さんなのかしら……」


「決めつけるには早いが、少なくとも、白か黒かを確かめる必要はあるだろうな」


 白雪さんは、自分の身に降りかかってたことですら、悪意を持った誰かがいるとは考えようとしていなかった。きっと今回も、深山さんと仲が良いという人物が犯人だとは、素直には思えないんだろう。


「白雪さん、この前のお札の時も、操られていた人に悪気はなかったし、今回も同じかもしれないよ」


 僕だって、深山さんがあれだけ信頼している人を、犯人だなんて思いたくない。でも、それを証明するためにも、はっきりと確かめないと。


「それで、肝心の能登さんなんですが、演劇部は本番まで毎日、部室で練習があるそうです。最終下校の時間までみっちりと」


「日暮れどきに部室にいるのなら、条件は揃っているな。黄昏時に、面を被って確かめてくればいい」


「……それが、そう簡単な話じゃなくてですね」


 人前であの面を被れない以上、部室の窓を外からこっそり覗くしかない。

 それはそうなんだけど、ひとつ問題があるんだよな。


「演劇部の部室って、部室棟の二階にあるんです」


 僕の身長では、飛び上がったところで一階の窓にだって届くか怪しい。かといって、脚立を担いで校内を歩けば、それはもう猿の面を被るより目立ってしまう。


「白雪さんと二人でさんざん考えたんですけど、高さだけは、どうにもならなくて」


「なるほどな」


 柘榴さんは僕の顔をしばらく眺めると、なぜか、ちらりと隣の朱音ちゃんへ視線を落とした。そして耳元に顔を寄せて、何事かをささやきはじめる。


 いや、もう分かります。

 これ絶対ろくなこと話してないよね?


 そういえば、この前の白雪さんと朱音ちゃんの『こ……』の続きをまだ教えてもらっていなかった。次の文字が『ろ』じゃないことだけが分かればいいんだけどさ。


 ささやきの合間、朱音ちゃんの視線が、ちらちらとこちらへ飛んでくる。相変わらずの無表情のはずなのに、その目がどこか楽しげに見えて仕方ない。


「――承知しました。柘榴様がおっしゃるのなら、協力を惜しみません」


 おかしいよ!

 あの朱音ちゃんが「協力を惜しまない」だなんて!


「あ、あの、いったい何を引き受けたんですか?」


「その部員が顔を出すのなら、さっそく今日の夕方にでも確認するといい」


「いや、あの、何をするか、細かいことを今ここで教えてもらえると、心の準備というものができるんですが」


「安心しろ。(われ)に任せておけば、命に関わるようなことにはならん。……多分な」


 今、聞き捨てならない言葉がさらっと付け足されましたよね!?


「あの、柘榴さん。千歳君に、危ないことをさせるつもりですか?」


 テーブルに身を乗り出した白雪さんが、割って入ってくれる。ありがとう、白雪さん。この場で僕の命を心配してくれるのは君だけだよ。


「心配するな、白雪君。朱音がついている。それにほら、千歳君は君の力になりたくてうずうずしているようだ」


 ず、ずるい!

 そんなことを言われては、断るわけにはいかないじゃないか!

 ほら、白雪さんがちょっと驚いたような目でこっちを見てる。


「も、もちろんだよ。白雪さん、僕に任せてほしい!」


 朱音ちゃん、なんで微笑んでんのさ!


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