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図書館では声をひそめて  作者: 音鳴 凪
第二章【清見の面】

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15/20

15. 当然視線はそっちに行く

 学校の敷地の隅には、小ぶりなコンサートホールがある。

 転校してきた日に白雪(しらゆき)さんに案内してもらった場所のひとつだけど、まさかこんな形で訪れるとは思っていなかった。


 深山さんから伝えられた通し稽古の日は、あっという間にやってきた。


千歳(ちとせ)君、白雪ちゃん、こっちこっち」


 重い扉を押して中に入ると、舞台の上から深山(みやま)さんが手を振ってきた。よく通る声が、ホールの高い天井に反射する。

 舞台の周りには、すでに演劇部の部員たちが集まっていた。


「見学に来てくれた、祀乃目(しのめ)君と日々瀬(ひととせ)さん。二人とも演劇部に興味があるんだって」


「「よろしくお願いします!」」


 さすが演劇部、みんなお腹から声が出ている。

 大勢の前で紹介されるという過酷なイベントが発生したけど、僕は全然平気だった。なぜなら、ほら、みんなの視線は僕の隣へ集まっているから。


 白雪姫だ、可愛い、というひそひそ声が聞こえてくる。


 そうだよね、あの白雪姫が見学に来たんだから、そっちに注目するよね。

 なんだかこのままお面を被っても大丈夫な気がしてきたよ。僕は今、透明人間になってるかもしれない。


 それにしても、みんなごく普通の、感じのいい先輩後輩にしか見えない。まあ、呪いなんてものは見た目じゃ分からないと、僕は身をもって知っているけど。


 やがて準備が始まり、僕たちは客席の中ほどに並んで座った。膝の上に抱えたカバンの中には、あの猿の面が入っている。


 もし誰かに見つかったら、演劇部に興味がある見学者、ただし滑稽な猿の面を持参、という説明不能な人物ができあがってしまう。

 何としても誰にも見られずに、目的を果たさなければ……。


 しばらくして、通し稽古が始まった。


 素人の僕が見ても、みんな上手だ。声は客席の奥まで届くし、立ち位置ひとつで場面の空気が変わっていくのが分かる。


 そして、深山さんが舞台の中央に進み出た。


 堂々とした足取りに、すっと伸びた背筋。真っ直ぐに客席を見据えるその姿には、気後れや緊張した様子は見えない。


「……っ、……わ、たし……は」


 掠れた音が、ぽつり、ぽつりと落ちる。

 深山さんの天井まで届いていた声は、舞台の上では糸みたいに細くなって、途中でぷつりと切れてしまった。


 深山さんは喉に手を当てて、息を整えると、もう一度口を開く。


「わたし、は……この、まちを……」


 今度はさっきよりは声が出ている。出てはいるけど、それはとても彼女の本来のものじゃない。

 精一杯絞り出しているのが、客席からでも分かる。分かるからこそ、見ていて苦しい。


 舞台の袖では、部員たちが顔を見合わせていた。

 心配そうな顔の中に、困ったような、どうしていいか分からないような色が混じっている。

 喉は悪くないと医者に言われて、頑張れば少しは出るとなれば、周りはどう扱っていいのか分からないのかもしれない。


 隣では、白雪さんが、膝の上で両手をぎゅっと握りしめていた。


 ……これは、一刻も早くなんとかしないと。


 窓から差し込む光が、いつの間にか濃い橙色に変わってきている。


「千歳君、気をつけてね」


 僕は白雪さんと目を合わせて、小さく頷き合った。


 よし、ここからが本番だ。

 たとえ僕の評判が地に落ちて、この先の学園生活が厳しいものになったとしても、ここは踏ん張るときだ。


 いや、できれば、穏便に済ませたいけど。


 途中休憩のざわつきに紛れて、僕は客席のいちばん後ろ、明かりの届かない隅の席へと移動した。白雪さんは僕と舞台の間の席に座って、さりげなく視線を遮る壁になってくれている。


 よし、誰もこっちを見ていないな。


 ……それにしても、いざ被るとなると、ものすごく抵抗があるな、これ。


 でも、もう迷っている場合じゃない。意を決して、僕は面を顔に当てた。


 一瞬視界が真っ暗になったけど、少しして、細い視界の先に、舞台の明かりが滲んでくる。


 まずは、舞台に立っている部員たち。それから、舞台の周りで演出をつけている先輩や袖で台本をめくる部員。さらには、音響の機材のところにいる子。


 ……おかしい、何も見えない。


 黒いモヤなんて、誰の周りにも浮かんでいない。角度を変えて、身を乗り出して、目を凝らしても、そこにあるのは夕暮れの稽古風景だけだ。


 今は柘榴さんの言っていたとおり、黄昏時のはず。それなのに、この場に黒いモヤを纏った人間はいなかった。


 もしかして、深山さんの声は、呪いのせいじゃないのか?


 僕はそっと面を外してカバンに戻すと、休憩終わりで席を立つ部員たちの動きに紛れて、白雪さんの隣へと戻った。


「どうだった、千歳君」


「ダメだった。誰にも、その、何も見えなかった」


 声をひそめて首を横に振ると、白雪さんの横顔が曇っていくのが分かった。


* * *


「お待たせ! 二人とも、今日はありがとう」


 ホールを出た僕たちが廊下で待っていると、片付けを終えた深山さんが駆け寄ってきた。稽古のあとだというのに、僕たちに気を使ってか、その声はいつも通りに明るい。


「で、どうだった?」


「……ごめん、深山さん。今日のところは、はっきりした原因は分からなくて」


「そっか。ううん、見てもらえただけで、なんだか少し心強かったから」


 そう笑ってみせる深山さんの目の下の隈が、また少し濃くなった気がして、僕は自分の無力さに唇を噛んだ。

 せっかく相談を受けたのに、何にも力になれないなんて。


 白雪さんも気を落としているかと思って隣を見ると、白雪さんは顔を伏せるどころか、何やら考え込んでいるようだった。


「あの、白雪さん、どうかした?」


「ねえ、深山さん。ひとつ聞きたいんだけど、今日って、部員のみなさん、全員揃ってた?」


「え? うん、今日は通しだから全員……あ! そういえば、ひとり急に体調崩しちゃった子がいたんだった」


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