14. ありがたさは見た目によらない
……嫌な予感がする。
前にこの流れで出てきたのは、お札を食べてゲップをする木箱だったぞ。今度は何が出てくるんだ。
でも、ほどなくして戻ってきた朱音ちゃんが、うやうやしく捧げ持っていたのは、一枚のお面だった。
ちょっと拍子抜けしたけど、大丈夫かな、噛みついたりしないだろうな。
でも、その面を見て、僕は思わず違う意味で声をあげてしまった。
「な、なんですか、この顔は」
だって、とにかく変なのだ。
それは真っ赤な猿の顔で、つぶらな目がぎゅっと中央に寄り、口はおちょぼ口にすぼめられている。眉だけがへの字に凛々しい形をとっていて、深刻なのか呑気なのか、まるで判断のつかない造形をしていた。
「これは、猿田彦大神に由来する『清見の面』だ。これを着けた者は、人の穢れを見ることができる」
「穢れって、どう見えるんですか?」
「穢れを背負った人間は、黒いモヤを纏って見える。もしそういう人間がいれば、そいつが今回の鍵を握っているはずだ」
なるほど、この前借りたあの鈴みたいに、今度は人の穢れを見るためのお面というわけだ。
「ただし、この面が力を発揮するのは、黄昏の間だけだ」
柘榴さんは、面をひょいと僕に放って寄越した。慌てて受け止めると、拍子抜けするほど軽い。そして近くで見ると、いっそう変な顔だ。
「黄昏時、つまり夕方ってことですかね」
「そうだ。昼と夜の境目、誰そ彼時、逢魔時、とも言われる時間帯。穢れの類が、最もよく透けて見える時だ」
色々と難易度が上がってきたぞ。
夕方の限られた時間ということもそうだけど、そもそもこのおかしな面を学校の中で被らないといけないの?
「……ぷっ」
ほら! 白雪さんも笑いを堪えてる!
手で口を押さえて我慢してるけど、全然隠せてないよ。
「せっかくだ、着けてみろ」
「え、今ですか? 僕が?」
「君以外に誰がいるんだ」
戸惑う僕にはお構いなしに、柘榴さんはすっと立ち上がって距離を詰めてくると、僕の手から面を取り上げ、両手でそのまま僕の顔に押し当てた。
後頭部に紐を回され、髪ごときゅっと結ばれる感覚が伝わってくる。
視界が細くなって、鼻先に古い木の匂いが満ちてきて……って、目の前に柘榴さんの顔があってびっくりした。
面の目の部分に刻まれた隙間から、柘榴さんが覗き込んでくる。
だ、大丈夫。今僕の顔は面に覆われているわけで、表情は見えないはずだ。
「よく似合っているぞ、千歳。まったく違和感がなくて驚きだ」
「ぷっ!」
横から覗き込んだ朱音ちゃんの言葉に、白雪さんがついに吹き出してしまった声が聞こえる。
「おい、こら! こっちを見るな!」
「あはは!」
二人のほうに顔を向けた途端にこれだよ!
ひどい、違和感ないんじゃなかったの……。
視界の細い穴の向こうで、白雪さんが口元を両手で覆って、肩を小刻みに震わせているのが見えた。
「し、白雪さん?」
「ご、ごめんね、千歳君。ふふ、だって……ふふふ」
こらえきれずに漏れた笑い声が、鈴を転がすようで大変可愛らしい。はい、問題ないです。
「黄昏時に、その面で穢れを探せ。いいな」
柘榴さんの声だけは、あくまで真剣そのものだ。
つまり、あれだ。僕はこの顔で、夕暮れの学校をうろつくのか。
白雪さんのためならなんだってする、その決意が、まさかこんなに早く試されるなんて思わなかった。
* * *
翌日の昼休み、僕と白雪さんは、校舎裏で深山さんと落ち合った。
白雪さんから話は通してあると聞いていたけど、初対面の、しかも別のクラスの女子と会うというだけで、僕の心臓はすでに忙しい。
「深山です。白雪ちゃんから聞きました。よろしくお願いします」
深山さんは、僕を前にすると、勢いよく頭を下げた。
背筋の伸びたお辞儀と、遠くまで届きそうなよく通る声。子供の頃から舞台に立ってたと白雪さんが言ってたけど、確かにそんな雰囲気だ。
短く切り揃えた髪、ハッキリした目鼻立ち、白雪さんとはまた別な、健康的な可愛らしさ。内側から溢れ出る元気というか、エネルギーのようなものを感じる。
うん、こんなことがない限り、交流を持つことはないであろう世界の人だな。
頭を上げた深山さんの顔には、笑顔が浮かんでいたけど、目の下にはうっすらと隈が見えて、その笑顔も長くは持たずに萎んでしまう。
「祀乃目です。えっと、あの、話は白雪さんから聞いてます。その、大変だね……」
おいおい、千歳君。
最近、白雪さんと少しばかりまともに話せるようになったからといって、油断してたんじゃないか?
そうだね、思い出したよ、自分の会話能力の低さを――。
「それでね、深山さん」
白雪さん、ナイスです。ありがとう。
「昨日話した通り、千歳君は、こういう困りごとの原因を探すのが得意なの。人を観察するのがとっても得意で、私も相談に乗ってもらったの」
なんだか僕に対する過大な評価が積み上げられているような。「人間観察が得意」というところはあってるかもしれないけど、それは悲しい性であって……。
「――それでお願いなんだけど、一度、演劇部の練習を見学させてもらえないかな。どんな様子か見てみたら、何か分かるかもしれないでしょ」
我ながら、じゃない、白雪さんながら、ずいぶんふんわりした説明だけど、お面のことも呪いのことも、深山さんには詳しく話せないから仕方ない。
さすがに怪しまれるんじゃないかと思ったけど、深山さんは、すぐに頷きを返した。
「明後日、本番前の通し稽古があるの。部員が全員集まるし、ちょうどいいかも。二人は、演劇部に興味があるってことで、見学できるようにしておくわ」
「あ、それって、時間は何時ごろ?」
「放課後から準備を始めて……夕方くらいになると思う。終わるのは少し遅くなるけど、大丈夫?」
夕方、つまり黄昏時だ。大丈夫どころかバッチリだ。
これ以上ない条件に、僕は白雪さんとこっそり目を合わせた。
「じゃあ、明後日、お邪魔させてもらうね」
「正直、私、藁にでもすがりたい感じで……。えっと、千歳君もよろしくね」
深山さんは、僕の両手を掴んでぶんぶんと振った。舞台の人は距離感が近い。
でも、その手の力強さに、この人はまだ諦めていないんだと分かって、なんとか力になってあげたいと思った。
あとは、当日までに考えておかないといけないことがひとつ。
……あの面を、どこでどうやって被るかだ。




