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きみを守るのは、ぼくの知られない戦争  作者: 最後に残った形


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第4章 第6話:巻き込まれる場所


 守るという行為は、ときどき守る相手の輪郭を広げてしまう。


 最初はたった一人だったはずなのに、

 その一人へ手を伸ばすための回線、

 機体、

 場所、

 人間関係が少しずつ繋がって、

 気づけば周囲ごと危険の中へ入っている。


 それは優しさの副作用というには、あまりにも重い。


 相模第七防衛区画の朝は、昨日までよりも明らかに硬かった。


 戦術支援管制室の空気は乾いているのに重く、整備区画では必要以上の雑談が減っていた。誰も何が起きているかを正確には知らない。だが、白い暁式参号の周辺だけ、最近“何か”が続いていることくらいは、現場の人間なら薄く察し始めている。


 榊冬真は、その中心に自分がいることを嫌というほど理解していた。


 自席の端末には、夜明け前から流し続けた監視ログが並んでいる。

 補助制御帯域への浅い接触痕。

 中継表層の撫でるような探索波。

 整備ラインへの断続的な逆探知。

 どれも決定打ではない。

 だが全部が、同じ方向を向いている。


 白い機体の周辺を、敵が“場所”として認識し始めている。


「嫌な感じしかしねえな」

 瀬名が椅子を半分回して言う。

「ああ」

 冬真は短く返す。


「昨日までは天城少尉とお前の線を追ってた」

 瀬名が続ける。

「でも今は、その周辺設備まで舐め始めてる」

「分かってる」

「分かってるやつの顔がそれか」

「……」


 返せない。

 冬真自身、今どんな顔をしているのかよく分からなかった。


 白い機体を守るために手を入れた。

 澪を生き残らせるために介入した。

 その結果、敵の視線は暁式参号だけではなく、その機体に近い整備帯域や補助回線へまで広がっている。


 その時点で、もう“澪を守るための個人的な秘密”では済まない。


「榊さん」


 自動扉が開き、整備主任が入ってきた。

 いつも通り手際のよい足取りだが、今日はさすがに少し表情が硬い。


「今いいですか」

「何だ」

「白い機体の補助更新ライン、今朝また薄く撫でられてます」

「深さは」

 冬真が即座に訊く。

「浅いです。でも昨日よりいやらしい。探ってるというより、反応を見る感じ」

「……ログ出せるか」

「はい」


 整備主任が端末を差し出す。

 そこに出た波形を見て、冬真の眉がわずかに寄った。


 薄い。

 だが執拗だ。

 しかも、整備スタッフのシフト切り替えや補助更新の手順に合わせるように触れてきている。


 人が動く場所を見ている。


「これ、ほんとに気味悪いんですよ」

 整備主任が言う。

「機体だけじゃなくて、周りの作業ラインごと見られてる感じがして」

「……」

「最近、白い機体の周りだけ空気が悪いって言ったの、冗談じゃなくなってきました」


 その言葉が、冬真の胸に鈍く残る。


 白い機体の周りだけ空気が悪い。

 それは言い換えれば、自分が守ろうとした場所そのものが、危険の濃い領域になっているということだ。


「監視強度、もう一段上げます?」

 整備主任が訊く。

「上げてください」

 冬真が答える。

「ただし表向きは通常強化で」

「分かりました。……でも、これ続くと人も嫌がりますよ」

「……ああ」

「さすがに、ただの偶然じゃないですし」


 整備主任が出ていったあと、瀬名が深く息を吐いた。


「聞いたな」

「ああ」

「もう天城少尉本人だけの話じゃねえ」

「分かってる」

「整備班、補助班、そのうち補給も巻き込む」

「……」


 冬真は端末を見つめる。

 そこに並んでいるのは無機質な波形とログだけだ。

 だがそのどれもが、現実の人間の顔へ繋がって見える。


 整備主任。

 補助担当。

 夜勤の整備兵。

 白い機体の近くで働く人間全員。


 自分の介入痕が、そこを危険地帯に変えている。


「お前さ」

 瀬名が言う。

「ここまで来ると、守る対象を一人に絞るのはもう無理だぞ」

「……」

「選べってことだよ」

「何を」

「どこまで守るか」

「……」

「天城少尉だけを優先すれば、周辺が危ない。周辺まで庇えば、肝心の天城少尉が落ちるかもしれない」

「……」


 正論だった。

 だからこそ、どうしようもなく重い。


 その日の午後、問題はもっと露骨な形で起きた。


 整備区画の補助ラインに、短時間の異常負荷が走ったのだ。

 爆発や大規模破損ではない。ほんの数秒、補助アームと搬送台車の制御が乱れ、暁式参号周辺の整備灯が一瞬だけ落ちた。


「補助ライン異常!」

「どこだ!?」

「白い機体の周辺です!」


 管制室と整備区画の両方で声が上がる。


 冬真は即座にログを引き寄せた。

 内部事故に見せかけた浅いノイズ注入。

 しかも狙いは機体本体ではなく、周辺設備の同期だ。

 大きな被害を出すつもりではない。

 反応を見るための揺さぶり。


 敵だ、と冬真は直感した。


「やりやがったな」

 瀬名が舌打ちする。

「施設側まで試し始めた」

「ああ」


 共有画面に整備区画の監視映像が上がる。

 整備主任が補助灯の下で怒鳴りながら人員を下げさせている。

 搬送台車の一台が斜めに止まり、その脇で若い整備兵が危うく巻き込まれそうになっていたのが見えた。


 軽傷で済んだ。

 だが、だからこそ悪質だった。


 敵はまだ殺していない。

 ただ、“そこも届く”と知らせに来たのだ。


「……俺のせいだ」

 冬真が低く言う。


 瀬名はすぐには否定しなかった。

 それがかえって現実的だった。


「全部とは言わねえよ」

 少ししてから瀬名が言う。

「でも、お前の痕跡を辿ってここに来た可能性は高い」

「……ああ」

「だから次は選べ」

「……」

「白い機体の周りまで守るのか、それとも天城少尉だけに絞るのか。どっちにしろ、もう“全部守る”はねえ」


 その言葉は、まるで刃みたいだった。


 全部守りたい。

 だが現実には無理だ。

 守るということは、何かを優先するということだ。

 それはつまり、何かを切ることでもある。


 冬真はそれを分かっていたはずだった。

 だが今まで、澪だけは切れなかった。

 そしてその澪の周辺まで危険域へ入った今、自分の選び方そのものが問われている。


 その夕方、整備区画の点検が一段落した頃、冬真は白い機体の近くへ向かった。


 理由はある。

 補助制御ログの確認。

 帯域接触痕の直接点検。

 だが半分以上は、澪の顔を見なければと思ったからだった。


 暁式参号の周辺は、普段より明らかに人が少ない。

 必要以上に近づきたくない空気が、現場全体に薄く広がっているのが分かる。


 澪はその機体の脇に立っていた。


 昼間より少しだけ疲れて見える。

 だがその疲れよりも、表情の硬さが先に目についた。


「聞いた?」

 澪が冬真を見るなり言った。

「ああ」

 冬真が答える。

「整備区画のこと」

「ああ」

「……やっぱり」


 澪は目を伏せた。

 それだけで、彼女が何を考えているのか分かった気がした。


「私のせいでしょ」

 澪が低く言う。

「違う」

 冬真は即座に返す。

「でも私の周りで起きてる」

「それは」

「私が中心にいるから」


 その言い方は責めているのではない。

 ただ、自分が現実を引き受けようとしているだけだ。


「私、今まで」

 澪が続ける。

「自分が危ないのは仕方ないって思ってた」

「……」

「でも、近くの人までそうなるのは嫌」


 その声は静かだった。

 だから余計に痛かった。


「冬真」

「なんだ」

「これ、ずっと続くの?」

「……」

「私を守るために、周りまで危ない場所になるの?」


 その問いに、冬真はすぐ答えられない。


 否定したい。

 だが今この状況で否定は嘘だ。

 もう敵は、白い機体の周辺そのものを観測対象にしている。

 つまり澪を守る行為そのものが、周囲へ波及している。


「可能性はある」

 冬真は正直に言う。

「そっか」


 澪はそれ以上言わず、白い装甲へ手を置いた。

 まるでその機体ごと、今の状況を受け止めようとしているみたいだった。


「私」

 澪がぽつりと言う。

「守られるの、嬉しいんだよ」

「……」

「戻ってこれるし、冬真がいたって分かるし」

「……」

「でも、それで周りが危なくなるなら、それはもう私だけの話じゃない」


 冬真は喉の奥が少し詰まる。


 そうだ。

 澪はもう“守られるヒロイン”ではいてくれない。

 嬉しいと思いながらも、その代償ごと見ようとする。

 だからこそ、今の冬真にはきつい。


「一人で決めないで」

 澪が言う。

「……」

「そこも一緒に考えたい」

「お前を巻き込みたくない」

「もう巻き込まれてる」

 澪ははっきり言った。

「戦場も、機体も、今のこれも、全部」

「……」

「なら、せめて選ぶところくらい、一緒にいたい」


 その言葉は、今までのどんな慰めよりも強かった。


 守る側と守られる側。

 その構図を、澪が真正面から壊しに来ている。

 それはたぶん正しい。

 でも同時に、冬真が今までのやり方を保てないということでもある。


「瀬名にも言われた」

 冬真が低く言う。

「何を」

「守るってのは、選ぶってことだって」

「……うん」

「でも俺は、まだうまく選べない」

「うん」

 澪は短く頷く。

「私もたぶん、選ぶの下手」

「……」

「だから、一緒のほうがまし」


 その言い方に、冬真は少しだけ目を閉じたくなった。

 閉じなかった。

 今はもう、逃げるほうが卑怯だと思ったからだ。


「……考える」

 ようやくそれだけ言う。

「うん」

 澪が頷く。

「それでいい」


 白い機体の上で、整備灯が一段切り替わる。

 冷たい光が、澪の横顔を少しだけ青くした。


 そのとき、個人回線に短い通知が入った。

 送信者は瀬名。


 ――早く戻れ

 ――上が動いてる


 嫌な文面だった。

 上層部か、管理AIか、あるいは両方か。

 どちらにせよ、冬真の卓ログか白い機体周辺の異常に対する動きだろう。


「行かなきゃ」

 冬真が言う。

「うん」

 澪はすぐに頷く。

「でも、次は逃げないで」

「……」

「この話、ここで止めたくない」

「分かってる」

「ほんとに?」

「……努力する」

「それ、まだ逃げてる」

 澪が少しだけ笑う。

「知ってる」

「じゃあ半分だけ合格」


 その言い方は、前より少しだけ柔らかかった。

 たぶん、今日の会話で何かが壊れたぶん、何かがちゃんと近づいたのだろう。


 冬真は白い機体を一度だけ見上げる。

 守ろうとしてきた場所。

 そのせいで巻き込まれる場所。


 もうここは、ただの“澪の機体”ではない。

 敵にとっても、味方にとっても、そして自分にとっても、危険の中心の一つになり始めている。


 その現実を連れて、冬真は整備区画を後にした。


 巻き込まれる場所。

 それは戦場の前線だけではない。

 守ろうとしたその周囲ごと、もう危険の中に立っているのだと、

 冬真は嫌になるほど理解していた。


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