表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみを守るのは、ぼくの知られない戦争  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/75

第2章 第3話:一秒の介入


 戦場では、一秒の価値が人によって違う。


 前線の兵士にとっては、照準が合うまでの時間かもしれない。

 逃げ遅れた味方へ手を伸ばせる最後の猶予かもしれない。

 あるいは、自分が死ぬと理解してから諦めるまでの長さかもしれない。


 後方支援にいる榊冬真にとって、その一秒は、世界の形をわずかにずらせる時間だった。


 相模第七防衛区画、戦術支援管制室。


 壁面モニタに広がる戦域図の中で、先鋒隊は再編ラインへ一度合流したあと、再び前へ押し返すように動いていた。敵の最初の観測罠は抜けた。だが抜けただけだ。押し返したわけでも、相手の狙いを外したわけでもない。


 むしろ、敵は今ので十分なものを拾ったはずだ。


「追尾モデル、更新入ってる」

 瀬名が自席から言う。

「さっきの先鋒挙動、もう反映され始めてる」

「ああ」

「早すぎるだろ」

「向こうの指揮が優秀なんだろう」

「嫌な褒め方すんな」


 冬真は返事をしなかった。


 敵通信帯域の深層では、さっきまで浅かった同期波形が少しずつ揃い始めている。観測段階から一歩進んだ形だ。探っているだけではない。次は試すつもりだ。


 誰を、ではない。

 何を、でもない。


 どうすれば“影”が動くかを。


 戦場映像が切り替わる。高架沿いの崩れた商業区画。複数の中型機が瓦礫を盾に押し上げ、味方先鋒を横に流している。前に進ませるためではない。動きを整えさせるための押し方だ。


『敵、右に寄せてくる!』

『左が空いてる、抜けるなら今だ!』

『待って、左は視界が――』


 前線の回線が一瞬だけ重なる。


 暁式参号がその中心で機体を半歩だけずらした。澪はまだ左へは切らない。見ている。敵が“空けている道”を、そのまま信用はしていない。そこまではいい。


 問題は、その次だった。


 戦域図の左側、瓦礫帯の奥に、敵の熱源が薄く二つ浮かぶ。

 直接は見えない。

 だが配置が嫌だった。


「瀬名」

「なんだ」

「左の熱源、偽物じゃない」

「見えてる。しかも視界に入らない角度だ」

「収束する」

「……来るか」


 敵指揮型の同期波形が、今度ははっきりと深く沈む。

 本命の合図だ。


 冬真の背筋に、細い冷たさが走った。


 次の数手が見える。


 敵は左を“抜け道”に見せる。

 澪がそこへ入る。

 視界外の中型機が射線を交差させる。

 即死ではない。

 だが機体損傷か、足止めには十分。

 そこでこちらがどう動くかを見る。


「最低だな」

 瀬名が吐く。

「最初からそこまで計算してる」

「ああ」

「で?」

「……まだだ」


 まだ、動かない。


 そう自分へ言い聞かせる。

 今ここで早まれば読まれる。

 敵の思う通りに“助けたくなる形”へ乗ることになる。


 だが、澪が危険域へ入る未来も同時に見えていた。


『左、行ける』

 澪の声が回線に落ちる。


 その一言で、冬真の指先がわずかに固まる。


 やはり選ぶ。

 細いが通れる道を、澪は選ぶ。

 昔からそうだった。大きく遠回りするくらいなら、危険でも近い道を抜ける。通せるだけの腕があるから、なおさら。


 暁式参号が左へ切る。

 その瞬間、敵熱源二つが動いた。


「来た!」

「左側中型、二!」

「先鋒の抜け先に収束!」


 管制室の空気が一段変わる。


 映像の中で、白い機体が瓦礫帯へ入り込む。視界は悪い。僚機の追従も半歩遅れる。敵にとっては理想だ。澪だけを“ギリギリ助けたくなる位置”へ置き、後ろを切る。


『っ――!』


 澪の短い息。


 次の瞬間、視界外から中型機の射線が交差した。

 直撃ではない。

 だが回避の余地は極端に薄い。


 冬真は瞬時に戦術予測を更新する。


 回避可能率、低。

 肩装甲損傷確率、高。

 脚部制御低下の可能性。

 その先で包囲成立。


 足りない。

 自力だけでは、もう足りない。


「榊」

 瀬名の声が鋭くなる。

「今ならまだ“偶然”で押し切れるかもしれない」

「……」

「一回だけだぞ」


 その言葉で、冬真の中の何かが切り替わる。


 非公式プログラムのロック画面を開く。

 警告表示が浮かぶ。

 承認外アクセス。

 操作痕記録。

 対抗監視対象。


 全部知っている。


 それでも冬真の指は止まらなかった。


「瀬名、敵同期周期」

「今取る!」

 瀬名の端末が高速で走る。

「深い谷が〇・六八、次が一・三四!」

「短いほうを使う」

「まじかよ」

「長いと読まれる」


 冬真は敵指揮型から中型機へ渡る照準同期ラインを引き出した。正式な味方中継ではなく、敵側通信帯域の表層へ浅く触れる。深く潜れば逆探知が強くなる。必要なのは破壊じゃない。ほんの一瞬、視線をずらすだけでいい。


 一秒でいい。

 いや、一秒もいらない。


 ほんの刹那、そこが死線から外れればいい。


『天城少尉、射線!』

『分かってる――!』


 映像の中で暁式参号が機体をひねる。

 間に合わない角度だ。

 普通なら。


「今だ」


 冬真の指先が、同期波形の谷へ重なる。


 ノイズ注入。

 最小。

 局所。

 不自然にならない程度に。

 だが確実に、照準中心をずらす。


 敵中型機の射線が放たれる。


 白い閃光が瓦礫帯を裂き、

 暁式参号の機影を呑み込む。


 管制室の誰かが息を呑んだ。


 次の瞬間、砲撃線が半歩だけずれる。

 本来コクピットを貫くはずだった角度が、肩外側へ流れる。

 白い装甲が焼かれ、火花が散る。

 だが致命傷ではない。


 暁式参号はその“半歩”を使った。


 肩を削られながら機体を沈ませ、

 そのまま瓦礫の陰へ滑り込み、

 追撃に入ろうとした軽量機の懐へ逆に飛び込む。


 ブレードが閃く。

 一機。

 返す刃で二機目のセンサーを断つ。

 さらに半回転しながら中型機の足元へ潜り、視界を潰す。


「……避けた!」

「いや、違う、今のは――」

「収束がずれた!」


 室内にざわめきが走る。


 冬真は何も言わない。

 言えるわけがない。

 指先に残るわずかな痺れだけが、自分が今何をしたかを教えている。


『……今の』


 ノイズ混じりの回線の向こうで、澪の息が震える。


 分かったかもしれない。

 分からなかったかもしれない。

 ただ一つ確かなのは、またしても“道ができた”という事実だけだ。


「痕跡、残るぞ」

 瀬名が低く言う。

「消し切れない」

「分かってる」

「なら最小化急げ。向こう、絶対探る」


 冬真は即座にログ処理へ移る。完全には消せない。消えれば逆に不自然だ。だから誤差の範囲へ埋める。照準同期の揺らぎ。瓦礫反射による短期ノイズ。現場環境由来の揺れに見せる。


 だが同時に、敵通信帯域がぴくりと跳ねた。


 来た。


「逆探知」

 冬真が言う。

「やっぱりか」

 瀬名が舌打ちする。

「深い?」

「まだ浅い。だが断定寄りだ」

「最悪」


 敵は今の照準ずれを、ただの誤差だとは思っていない。


 断定はしていない。

 だが“人間の意図”を嗅いだ。


 戦域図上で、敵指揮型の位置がわずかに変わる。前線制御と並行して、別の探索ラインが伸びる。澪を見ているだけではなく、その背後へ薄い針を向け始めた。


『先鋒、抜けろる! 北側抜け道、生きてる!』

『天城少尉、こちらへ!』

『行ける、今なら行ける!』


 前線の混線した声の中で、澪が短く息を吸う。


『……抜ける! 三番機、置いていかないで!』


 その一言に、冬真は小さく目を伏せる。


 相変わらずだ。

 自分だけ助かるような動きはしない。

 だから読まれるし、だから守りたくなる。


 暁式参号が開いたばかりの北側ルートへ身を滑らせる。僚機も追従し、敵軽量機の群れが半歩遅れる。今の一瞬でできた綻びが、撤退線になる。


「先鋒、突破口形成!」

「敵追尾、一時遅延!」

「中継生きてます、今なら通る!」


 管制室の空気が一気に動き出す。


 冬真は表向きの戦術支援へ戻り、合法範囲の中継優先を再配分した。今なら自然に見える。今なら正式な支援として押し込める。問題は、そのきっかけを自分が裏から作ったという一点だけだ。


 戦場映像の中で、暁式参号が半壊ビルの影へ滑り込み、そのまま味方ラインへ距離を取る。肩装甲は焼けているが、致命ではない。生きている。


 助かった。


 その認識が遅れて胸に落ちた瞬間、冬真はようやく自分が呼吸を浅くしていたことに気づいた。


「……おい」

 瀬名が低く言う。

「何だ」

「今の“平気な顔”やめろ。逆に怖い」

「平気だ」

「平気なやつは敵通信見ながらそんな目しない」


 冬真は答えない。


 敵通信帯域には、さっきまでなかった整理された探索波が立ち上がっていた。前線追尾ではない。もっと狭い。もっと深い。こちらの中継負荷、処理タイミング、応答速度、そのどれかに“今の介入”の傷跡を探している。


 そして数秒後、断片音声が拾われる。


『――誤差、否定』

『――反応あり』

『――英雄機周辺』

『――次段階』


 次段階。


 その単語だけで十分だった。


「ほらな」

 瀬名が苦い声を出す。

「相手、完全にいる前提で動き始めた」

「ああ」

「今日のこれ、向こうにとっては大収穫だぞ」

「分かってる」


 分かっている。

 助けたことが次の危険になる。

 それでも、さっきの瞬間に動かない選択肢はなかった。


『……まただ』


 回線の奥で、澪の小さな声が落ちる。


 誰に向けたものでもない。

 ただ、自分の中で確認するみたいな呟き。


『今の、また……』


 その続きを、澪は言わない。

 言わなくても十分だった。


 またしても、澪は感じている。

 自分の実力だけではない何かが、死線をわずかに外したことを。


 冬真は目を閉じない。

 閉じたら、その声が余計にはっきり残る気がしたからだ。


「榊」

 瀬名が静かに言う。

「次、同じことやったら、もっと深く見られるぞ」

「ああ」

「それでもやるか?」

「……必要なら」

「だろうな」


 呆れたようで、もう半分諦めている声だった。


 戦況は一時的に落ち着きを取り戻す。先鋒隊は再び味方ライン近くへ戻り、敵も追撃を緩める。緩めるというより、十分に観測したから距離を取ったように見えた。


 つまり今日の目的は、また半分達成されたのだ。


 澪を殺さず、

 けれど危険域へ置き、

 そこで“影”が動くかどうかを見る。


 まるで罠というより、実験だった。


 冬真の胸の奥に、鈍い怒りが沈む。

 澪を標本みたいに扱うことへの怒り。

 そして、その罠に結局乗ってしまった自分への怒り。


 だがそのどちらより深い場所にあるのは、たった一つの安堵だった。


 生きている。


 今はそれだけでいい。

 それだけでよかった。

 そう思おうとするたびに、敵通信の“次段階”という単語が、冷たい針みたいに残る。


 壁面モニタの隅で、暁式参号の識別灯が味方青圏へ戻る。

 白い光点はまだ消えていない。


 冬真はその光を見つめたまま、心の中でだけ繰り返す。


 一秒でいい。

 そこが死線から外れればいい。

 だが、その一秒を積み重ねるたびに、相手は確実に近づいてくる。


 戦術支援管制室の乾いた空気の中で、敵指揮型の同期波形がもう一度だけ跳ねた。


 まるで、

 次はもっと上手くやる、と告げるみたいに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ