なんか強くなり方は選べないらしい
五匹目が倒れて、数が減った。
だが、まだ四匹いる。
サーナが二匹。
レオスが一匹。
残りの一匹が、また後ろへ回ろうとしていた。
「ソリスさん、もう一回!」
「もたない」
ソリスの声が、少し掠れていた。
風を、何度も出している。
魔力が、減っているのだろう。
一匹を止め続けるだけで、手一杯らしい。
その一匹が、ソリスの方へ向きを変えた。
後衛を狙っている。
魔法使いが倒れれば、風が止まる。
ゴブリンは、弱い。
だが、馬鹿ではない。
一番、崩したい場所を狙ってくる。
「ソリスさんの前に出ます!」
声を出して、動いた。
考えるより、先に足が出ていた。
ソリスとゴブリンの間へ。
石を投げる。
足元。
ゴブリンが、避ける。
だが、足が止まった。
その一瞬に、距離を詰める。
短剣を抜いた。
⸻
ゴブリンと、目が合った。
近い。
臭い。
黄色い目が、こちらを見ている。
知性がないわけではない。
獲物を、見る目だ。
弱い方を、狙う目。
棍棒が、振り上げられた。
遅い。
サーナやレオスの相手より、ずっと遅い。
見える。
どこに来るか、見える。
体を、横へ。
棍棒が、肩の横を抜けた。
懐に、入っている。
短剣の距離。
ここで、止まった。
一瞬。
本当に、一瞬。
この手を動かせば、ゴブリンが死ぬ。
分かっていた。
分かっていたのに、体が止まった。
首の、横。
そこを切れば、終わる。
どこを切れば、どうなるか。
医学が、知っている。
知っているから、分かる。
これは、練習ではない。
訓練用の板でも、木の的でもない。
生きているものを、殺す。
初めてだった。
「ヨウカ!」
サーナの声が、飛んだ。
その声で、体が動いた。
ゴブリンの棍棒が、また来ていた。
迷っている暇は、なかった。
短剣が、走った。
首の、横。
浅くない。
深く、入れた。
手に、感触が伝わる。
皮膚。
その下。
知っている構造を、自分の手で断った。
ゴブリンの目が、開いた。
それから、力が抜けた。
倒れる。
血の匂いが、広がった。
⸻
手が、震えていた。
硝子の日と、同じだった。
いや、違う。
あの時は、守った。
今は、殺した。
守るためだとしても、殺した。
自分の手で。
迷って、それでも、やった。
「ヨウカ! 大丈夫?!」
サーナの声。
顔を上げる。
サーナは、もう二匹とも倒していた。
レオスも、一匹を片づけている。
残りは。
数える。
戦えるゴブリンは、いない。
全部、倒れていた。
「……終わった?」
レオスが、息を切らして言った。
「戦える個体は、倒しました」
声が、少し掠れた。
まだ、手が震えている。
「ヨウカ、初めてだった?」
サーナが、静かに聞いた。
仕切る時とは、違う声だった。
「はい」
「そっか」
サーナは、それ以上聞かなかった。
自分の拳を見ている。
その拳も、汚れていた。
「私も、最初は震えた」
ぽつりと言った。
「慣れるもんじゃないよ、これは。慣れちゃ、だめな気もする」
サーナの言葉は、いつもより静かだった。
仕切りたがりの人が、こういうことも言うのか。
少しだけ、楽になった。
⸻
穴の奥から、音がした。
四人が、身構える。
だが、出てきたのは、小さなゴブリンだった。
子どもだ。
戦えない、小さな個体。
数匹、いた。
武器を、持っていない。
こちらを見て、動きを止めている。
怯えているように、見えた。
「……これも、やるの?」
レオスが、剣を握ったまま言った。
声が、硬い。
子どもを見て、迷っている。
俺も、迷った。
攫われた服を、思い出す。
骨を、思い出す。
このゴブリンたちも、育てば、同じことをする。
ウィルは、そう言った。
だが。
今、目の前にいるのは、武器も持たない、小さなものだった。
子どもたちが、後ずさる。
そして、穴の、もっと奥へ逃げていく。
森の方へ。
「逃げてる」
サーナが言った。
「追う?」
四人が、顔を見合わせた。
ウィルの言葉を、思い出す。
街道に出られなくなれば、それでいい。
戦える個体は、倒した。
巣は、機能しなくなる。
残ったものは、この森の奥へ逃げる。
街道からは、遠ざかる。
「……追いません」
俺が言った。
「戦う個体は、倒しました。街道の害は、なくなります」
「でも、育ったら」
レオスが言った。
「育つ前に、また誰かが討つのかもしれません。でも、今、逃げるものを追うのは、違う気がします」
言いながら、これが正しいのかは、分からなかった。
甘いのかもしれない。
ウィルなら、追えと言うのかもしれない。
でも、武器を持たず、逃げるものを、背中から刺すことは、できなかった。
サーナが、頷いた。
「私も、それでいい」
ソリスも、小さく頷いた。
レオスは、少し迷ってから、剣を下ろした。
「……分かった」
四人で、決めた。
正しいかどうかは、分からない。
でも、自分たちで、決めた。
⸻
巣を離れる時、頭の奥で、軽い音がした。
【条件を満たしました】
【レベル 2 → 3】
足が、止まりかけた。
レベルが、上がった。
入学してから、ずっと2のままだった。
順位戦を戦っても、上がらなかった。
上がったのは、今だった。
魔物を、倒したから。
自分の手で、殺したから。
嬉しさは、なかった。
ただ、事実として、上がった。
戦って、勝てば強くなる、というのとは、少し違う。
生きているものを殺すと、強くなる。
そういう仕組みだった。
知りたくなかった気もする。
でも、これが、冒険者の仕事だった。
⸻
野営地に戻ると、ウィルがいた。
四人の顔を、順に見た。
何も、聞かなかった。
だが、たぶん、分かっていた。
血の匂いも、疲れた顔も、震えの残る手も。
「終わったか」
「終わりました」
サーナが言った。
「戦える個体は、全部。子どもは、逃がしました」
ウィルは、少しだけ、間を置いた。
「そうか」
責めなかった。
褒めもしなかった。
「街道の害がなくなれば、依頼は達成だ。逃げた子どもをどうするかは、討った者が決めることだ」
それだけ、言った。
「よくやった。今日は休め」
初めて、ウィルが「よくやった」と言った。
軽い言葉ではなかった。
⸻
夜、記録板を開いた。
手は、まだ少し震えている。
研修三日目。討伐=ゴブリンの巣。
戦える個体を、倒した。
私も、一匹。自分の手で。
初めて、生きているものを殺した。
そこで、手が止まった。
書くことが、うまくまとまらない。
硝子の日は、守った。
今日は、殺した。
守るために、殺した。
矛盾しているようで、していない。
でも、同じではない。
守るのと、殺すのは、同じではない。
手の震えは、たぶん、正しい。
アンナが言った。
震えないなら、その方が心配だと。
人に向けて力を使って、何も感じないなら、その方が危ないと。
今日、俺は、震えた。
だから、まだ、大丈夫なのだと思う。
記録板に、書き足した。
レベル 3。魔物を殺すと、上がる。
戦って勝つのとは、違う。生き物を、殺すと上がる。
知りたくなかった。でも、知った。
子どもは、逃がした。正しいかは、分からない。
でも、四人で決めた。
震えは、まだある。それでいい。
そこまで書いて、記録板を閉じた。
焚き火が、爆ぜた。
サーナは、いつもより静かだった。
レオスも、はしゃいでいない。
ソリスは、いつも通り、黙っていた。
四人とも、同じものを見た。
朝は、討伐を楽しみにしていた者もいた。
今は、誰も、そんな顔をしていない。
研修は、あと少しで終わる。
だが、今日のことは、たぶん、ずっと残る。




