なんか討伐は試合と違うらしい
三日目の朝は、空気が違った。
昨日までと、同じ森のはずだった。
それなのに、四人とも口数が少ない。
討伐。
その言葉が、頭にある。
飯を食う手も、いつもより速かった。
ウィルが、地面に木の枝で線を引いた。
簡単な地図らしい。
「ここが野営地。この森の、北の外れに、ゴブリンの巣がある」
ゴブリン。
「小さい集落だ。十匹くらい。子どももいるから、実際に戦うのは、もう少し少ない」
「十匹……」
レオスが、少し声を落とした。
「多くないですか」
「多い。四人には、ちょうどいい」
ウィルは、線を一本足した。
「近くの街道に、出るようになった。放っておくと、旅人が襲われる。だから、潰す」
潰す。
間引く、ではなかった。
「巣ごと、ですか」
サーナが聞いた。
「そうだ。逃がせば、増える。また出てくる」
「子どもも、いるんですよね」
俺が聞いた。
少し、迷ってから。
ウィルが、こちらを見た。
「いる」
それだけだった。
それ以上は、言わなかった。
言わないことが、答えのようだった。
「行けば、分かる」
ウィルが、枝を捨てた。
「ゴブリンは、一匹なら弱い。だが、数がいる。囲まれるな」
立ち上がる。
「巣は、北。川沿いを行け。昼までに戻れ」
背を向ける。
「じゃあ、頑張れ」
足音もなく、消えた。
四人だけになった。
今日は、誰も驚かなかった。
「やっとだ」
サーナが、拳を鳴らした。
「一日目がドブで、二日目が草むしり。ずっと待ってたんだよね、これ」
「楽しみにしてたんですか」
「そりゃそうでしょ。格闘なんて、殴る相手がいないと始まらないもの」
サーナは、本気で嬉しそうだった。
順位戦の話も、少ししてくれた。
去年、序列には入れなかったこと。
武器持ちに、間合いで負けたこと。
「試合だと、格闘は不利なんだよね。でも、実戦は違うって聞いてる」
その言い方には、期待があった。
自分の力が、ちゃんと通じる場所。
それを、待っていたらしい。
「行こう。北だっけ」
サーナが、先に歩き出した。
足取りが、軽い。
⸻
川沿いを、北へ歩いた。
昨日までと違って、誰も喋らない。
サーナが先頭。
レオスが続く。
その後ろに、俺とソリス。
サーナの足取りは、いつもより慎重だった。
仕切る人だが、慎重さもある。
それが、少し安心だった。
一時間ほど歩くと、匂いが変わった。
生臭い。
何かが腐ったような、獣のような匂い。
「これ……」
レオスが、鼻をつまんだ。
「巣の匂いです、たぶん」
俺が言うと、サーナが足を止めた。
「近いってこと?」
「近いと思います」
木の陰から、そっと先を見た。
開けた場所があった。
土がむき出しになり、穴が掘られている。
骨が、転がっていた。
動物のものだと、思おうとした。
だが、目が、勝手に見てしまう。
医学と叡智が、形を教えてくる。
細い骨。
弧を描く、肋。
その中に、見覚えのある形があった。
人の、手の骨。
指の並び。
子どもか、女性か。
小さい。
布の切れ端も落ちている。
獣の毛皮ではない。
織られた布。
旅人のものだ。
胃の奥が、冷たくなった。
ここで、何があったか。
考えないようにした。
考えれば、動けなくなる。
そして、ゴブリンがいた。
思っていたより、小さい。
子どもくらいの背丈だ。
緑がかった肌。
汚れた布を巻いている。
その布にも、見覚えのある織り目があった。
攫われた誰かの、服だったのかもしれない。
手に、粗末な棍棒や、錆びた刃物。
数える。
一匹。
二匹。
三匹。
見える範囲で、五匹。
奥に、まだいるかもしれない。
ウィルは、詳しく言わなかった。
行けば分かる、と言った。
分かった。
言葉で聞くより、ずっと。
これは、逃がしていい相手ではない。
「……思ったより、いる」
サーナが、小さく言った。
声が、硬い。
順位戦では、あんなに堂々としていた人だ。
でも、今は違う。
サーナも、骨を見たのだろう。
順位戦は、一対一で、審判がいて、負けても死ななかった。
これは、違う。
数がいて、ルールがなく、本当に殺し合う。
サーナの硬さは、たぶん、正しい。
軽く見ていないから、硬い。
⸻
「どうする?」
サーナが、小声で聞いた。
四人で、木の陰に集まる。
「まっすぐ行ったら、囲まれます」
俺が言った。
「ウィルさんも、囲まれると危ないって」
「うん」
「五匹、見えています。奥に、もっといるかもしれません」
サーナが、頷いた。
「じゃあ、どうする」
仕切る人が、聞いてくる。
昨日までと、少し違う。
サーナは、俺が全体を見ていることに、気づいている。
「一気に全部を相手にしないことです」
考えながら、言った。
「前に出るのは、サーナさんとレオス。二人で、二匹ずつ抑えられますか」
「二匹なら、いける」
「いけます!」
レオスも頷いた。
「でも、四匹しか抑えられません。五匹目が余ります」
「その一匹は?」
「ソリスさんの風で、足を止めてもらえますか。転ばせるとか、逸らすとか」
ソリスを見る。
ソリスが、少し考えた。
「一匹なら」
「お願いします。そのゴブリンが、後ろに回らないように」
「回ったら?」
「私が、投擲で足を止めます。それでも来たら、短剣で」
言いながら、自分でも整理していた。
前衛が四匹。
ソリスと俺で、余りを見る。
救護は、誰かが怪我をしたら。
一人の戦い方では、ない。
四人で、分ける。
「奥から増えたら?」
サーナが聞いた。
鋭い。
「その時は、一度下がりましょう。無理に囲まれない。囲まれてから立て直すより、間合いを切って組み直す方が早いです」
「一回引いて、また行くのね」
「はい。数がいる相手に、正面から飛び込まないことです」
サーナが、息を吐いた。
「分かった。それでいく」
仕切る人が、俺の案を採った。
昨日の水路と、同じだった。
違うのは、これが戦いだということだ。
間違えれば、誰かが怪我をする。
⸻
配置についた。
サーナが、右。
レオスが、左。
ソリスが、少し後ろ。
俺は、その横で、投擲の構え。
腰の袋に、木球。
それから、昨日のうちに拾っておいた、角のある石を何個か。
「合図、どうする?」
サーナが小声で聞いた。
「サーナさんが、先に出てください。前衛が動けば、始まります」
「私が最初か」
「一番、前に出るのが速いので」
サーナが、少し笑った。
硬い顔が、少しだけ緩む。
「褒めてる?」
「事実です」
「なら、行く」
サーナが、地面を蹴った。
速い。
腰が低い。
一気に距離を詰める。
一番手前のゴブリンが、気づいた。
棍棒を振り上げる。
遅い。
サーナの拳が、先に入った。
鈍い音。
ゴブリンが、吹き飛んだ。
「一匹!」
レオスも飛び出す。
剣を抜いて、左のゴブリンへ。
戦いが、始まった。
⸻
ゴブリンたちが、一斉に動いた。
奇声を上げる。
耳障りな声だ。
数が、こちらを向く。
やはり、五匹。
奥からは、まだ出てこない。
子どもと、戦えないゴブリンは、穴の中らしい。
サーナが、二匹を相手にしていた。
拳と、蹴り。
武器がない分、速い。
一匹を殴り、もう一匹の棍棒を蹴りで逸らす。
強い。
間合いが短いのが試合では不利だと言っていた。
だが、囲まれても手数で捌けるここでは、逆に強い。
自分の力が通じる場所。
待っていた顔を、していた。
レオスも、一匹を抑えていた。
剣で受けて、押し返す。
まだ、倒せてはいない。
だが、下がってもいない。
去年より、粘っている。
問題は、五匹目だった。
サーナとレオスの間を、すり抜けようとする。
後ろへ回ろうとしている。
「ソリスさん!」
「見えてる」
ソリスが、杖を向けた。
風が、ゴブリンの足元へ。
横から、押す。
ゴブリンの体が、流れた。
まっすぐ進めない。
だが、転びはしない。
体勢を立て直して、また来る。
「止まりきりません!」
「もう一回!」
ソリスが、風を出す。
今度は、正面から。
ゴブリンの足が止まる。
その一瞬。
俺は、石を投げた。
木球ではない。
硬い、角のある石。
狙いは、膝の横。
石が、当たった。
乾いた音より、重い音。
ゴブリンの足が、崩れた。
片膝をつく。
「今です! 誰か!」
声が出た。
考えるより、先に。
レオスが、振り向いた。
自分のゴブリンを剣で押し返し、崩れた五匹目へ、一歩。
剣が、届く。
ゴブリンが、倒れた。
「やった!」
「まだです! 前を見てください!」
レオスが、慌てて前を向く。
押し返したゴブリンが、また来ていた。
危なかった。
でも、間に合った。
見えたことを、言えた。
戦いの中で。




