なんか知っていることなら言えるらしい
二日目の朝は、体が痛かった。
昨日、一日中しゃがんで泥をさらった。
腰も、腕も、普段使わない場所が固い。
天幕の中は、狭かった。
四人で寝ると、身動きが取りにくい。
それでも、思ったよりは眠れた。
疲れていたのだろう。
外に出ると、ウィルがもう焚き火の前にいた。
いつ起きたのか、分からない。
「起きたか」
「はい」
「飯を食ったら、二つ目だ」
探索。
昨日のうちに聞いていた。
「探索って、何を探すんですか」
サーナが聞いた。
「薬草だ」
薬草。
その言葉に、少しだけ反応した。
「この森には、薬になる草が生えてる。ギルドが買い取る。冒険者は、討伐の合間に、そういうのを集めて稼ぐ」
「地味ですね」
サーナが言った。
「地味だ。でも、金になる。討伐だけじゃ、食っていけない日もある」
ウィルは、一枚の紙を出した。
絵が描いてある。
草の絵だった。
「集めるのは、この三種類。それぞれ、決まった数を採ってくる」
紙を、地面に置いた。
「見分け方は、そこに描いてある。似た草もあるから、間違えるなよ」
それだけ言って、立ち上がった。
「森の東側に多い。昼までに戻れ」
「一緒に来ないんですか」
レオスが聞いた。
昨日と同じ質問だった。
「来ない」
昨日と同じ答えだった。
「迷うなよ。目印を覚えながら進め」
そう言って、ウィルは背を向けた。
「じゃあ、頑張れ」
足音もなく、消えた。
また、四人だけになった。
「……慣れないな、これ」
レオスが言った。
「慣れませんね」
だが、昨日よりは驚かなかった。
そういう人だと、少し分かってきた。
⸻
残された紙を、四人で覗き込んだ。
草の絵が、三つ。
それぞれに、特徴が書いてある。
だが、絵だけでは分かりにくい。
「これ、どれも同じに見えない?」
サーナが言った。
「葉っぱの形、みんな似てる」
「似てます」
「見分けられる?」
サーナが、俺を見た。
昨日、薬草の話をした。
覚えていたらしい。
紙を、もう一度見る。
一つ目の草。
葉の形。
縁のぎざぎざ。
茎の色。
知っている草だった。
「これは、リノ草です」
「リノ草?」
「熱を下げる薬になります。フィル村でも採りました」
「本物、見たことあるの?」
「あります」
サーナの顔が、少し明るくなった。
「じゃあ、任せていい?」
「見分けは、できると思います」
これは、はっきり言えた。
昨日の、上流の話とは違う。
薬草は、俺の領域だ。
迷わずに言えた。
「二つ目は?」
紙の、二つ目を見る。
「これは……たぶん、ソウ根草です。傷の膿を出す薬になります」
「たぶん?」
「本物を見れば、はっきりします。根の匂いで分かります」
「匂い?」
「独特の匂いがあります。似た草には、ないので」
サーナが、少し感心した顔をした。
「詳しいね、ほんと」
「村では、薬を買うより、採る方が多かったので」
三つ目は、少し迷った。
絵が、俺の知っている草と少し違う。
「これは、分かりません」
正直に言った。
「見たことのない草です。本物を見て、確かめます」
「分からないのもあるんだ」
「あります。知らない草を、勝手に薬だと決めるのが、一番危ないので」
そこは、はっきり言った。
薬草と毒草は、似ていることがある。
間違えれば、人が死ぬ。
知ったかぶりが、一番危ない。
⸻
森の東へ入った。
昨日の水路より、奥だ。
木が高く、下草が多い。
足元に、いろいろな草が生えている。
「うわ、草だらけ。どれがどれだか」
レオスが言った。
「探します」
しゃがんで、下草を見る。
葉の形。
茎。
生えている場所。
薬草は、生える場所に癖がある。
リノ草は、日の当たる、少し乾いた場所。
ソウ根草は、湿った、木の根元。
それを覚えていれば、闇雲に探すより早い。
「サーナさん、日の当たる場所を探してください。リノ草は、そういう所にあります」
「日の当たるとこね。分かった」
「レオスは、木の根元の、湿った場所を。ソウ根草があるかもしれません」
「湿ったとこ! 了解!」
「ソリスさんは……」
ソリスを見る。
何を頼むか、少し迷った。
無口な人に、どう指示するか。
「高い場所から、群れて生えている草を探してもらえますか。風で、少し上から見えませんか」
ソリスが、少し考えた。
それから、杖を上に向けた。
風が、上へ抜ける。
木の葉が揺れる。
ソリスが、その揺れを見ている。
「あっち」
一語だった。
指さした方を見る。
少し開けた、日の当たる場所だった。
行ってみる。
リノ草が、群れて生えていた。
「……見えるんですね」
ソリスが、小さく頷いた。
「風で、草の揺れ方が違う。群れてるとこは、分かる」
珍しく、長く喋った。
斥候ではないが、見つけるのがうまい。
風魔法の、そういう使い方もあるらしい。
⸻
リノ草は、すぐに集まった。
ソリスが見つけて、みんなで採る。
決まった数を、少し超えるくらい採った。
「多めに採っていいの?」
サーナが聞いた。
「傷んでいるものが混ざるので、少し多めがいいです。あと」
採ったリノ草を、根元から少し残して切る。
「根を全部抜くと、来年、生えません。上の方だけ採ります」
「そこまで考えるんだ」
「村では、来年も採るので」
当たり前のことだった。
でも、サーナは感心していた。
ソウ根草は、レオスが見つけた。
木の根元の、湿った場所。
「これ、匂う」
レオスが顔をしかめた。
「それです。膿を出す薬なので、匂いがあります」
匂いを確かめる。
独特の、少し土臭い匂い。
間違いない。
ソウ根草だ。
「合ってます」
「うえ、くさ」
「薬は、匂うものが多いです」
これも、採る。
根を使う草なので、こちらは根ごと。
ただし、全部は採らない。
群れの半分だけ。
残りは、残す。
⸻
問題は、三つ目だった。
知らない草。
森を歩きながら、それらしい草を探した。
何度か、似た草を見つけた。
だが、確信が持てない。
「これ、そうじゃない?」
サーナが、一つの草を指した。
紙の絵に、少し似ている。
葉の形も近い。
だが。
「待ってください」
しゃがんで、よく見る。
葉の裏を返す。
茎を折って、断面を見る。
匂いを確かめる。
「これは、違います」
「似てるけど?」
「葉の裏に、細かい毛があります。紙の草には、ない。あと、茎を折ると、白い汁が出ます」
白い汁を見せる。
「これが出る草は、毒のことが多いです」
サーナの顔が、固まった。
「毒?」
「触るくらいなら、大丈夫です。でも、口に入れると、危ないです」
「採らなくてよかった……」
「似ている草は、危ないので」
これが、探索で一番大事なことだった。
採ることではない。
間違えないことだ。
知らない草を、勝手に薬だと決めない。
似ているだけの草を、掴まない。
その少し先で、本物の三つ目を見つけた。
葉の裏に、毛がない。
茎を折っても、白い汁が出ない。
匂いも、毒草とは違う。
「これが、本物です」
確かめてから、採った。
慎重に。
数だけ、採った。
⸻
昼前に、野営地へ戻った。
三種類、全部揃っていた。
数も、足りている。
焚き火のそばに、ウィルがいた。
やはり、いつからいたのか分からない。
採ってきた草を見せる。
ウィルは、一つずつ確かめた。
リノ草。
ソウ根草。
三つ目の草。
それから、少しだけ手が止まった。
「これは、どうやって見分けた?」
三つ目の草だった。
「似た草がありました。葉の裏の毛と、茎の白い汁で、見分けました」
「毒草の方は、採ったか?」
「採っていません。触っただけです」
ウィルが、俺を見た。
少しの間、何も言わなかった。
それから、短く言った。
「よく分かってる」
それだけだった。
褒め言葉とも、違う。
ただ、事実を言った、という感じだった。
でも、悪い気はしなかった。
「明日は、三つ目だ」
ウィルが言った。
討伐。
班の空気が、変わった。
サーナが、少し前のめりになる。
「やっと、ですね」
「そうだ。だが、今日はもう休め。薬草採りも、体力を使う」
確かに、疲れていた。
昨日とは違う疲れだ。
歩いて、しゃがんで、見て、確かめて。
戦ってはいない。
でも、頭が疲れている。
⸻
夜、記録板を開いた。
研修二日目。探索=薬草採集。
リノ草(熱冷まし)、ソウ根草(膿出し)、三つ目(名前不明・採取済み)。
似た毒草あり。葉裏の毛・茎の白い汁で見分けた。採らなかった。
根を残す。群れの半分だけ。来年のため。
そこまで書いて、少し考えた。
今日は、迷わずに言えた。
昨日の、上流の話とは違う。
薬草は、俺の領域だ。
見分けられる。
どこに生えるか、分かる。
どう採れば、来年も残るか、知っている。
班のみんなに、指示も出せた。
サーナさんに、日の当たる場所を。
レオスに、湿った場所を。
ソリスさんに、風で上から。
言えた。
戦う場面ではない。
でも、俺にしかできないことが、あった。
記録板に、一行足した。
知っていることなら、言える。知らないことは、知らないと言える。
書いてから、少し考える。
明日は、討伐だ。
戦う場面。
そこで、俺は何を言えるだろう。
見て、ずらして、助ける。
それは、一人の戦い方だ。
班の中で、同じことができるか。
まだ、分からない。
焚き火が、小さくなっていた。
サーナが、明日の討伐の話をしている。
レオスが、それに乗っている。
ソリスは、黙って火を見ていた。
明日で、研修の半分が終わる。
一番、難しいところが残っている。




