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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第七章 アレクシア学園二年生編
96/112

なんか一つ目が一番嫌らしい

出発の朝は、まだ暗いうちに集まった。

 

学園の裏門に、班ごとに並ぶ。

 

天幕。

食料。

水袋。

着替え。

 

配られた紙のとおりに詰めた荷は、思ったより重かった。

 

「重い」

 

レオスが、さっそく言った。

 

「一週間分です」

 

「分かってるけど、重い」

 

「はい」

 

そこは、同意した。

 

サーナは、荷を背負っても姿勢が変わらなかった。

 

足の幅が広いからか、重さの乗せ方がうまい。

 

ソリスは、黙って立っていた。

 

荷が重いのかどうかも、顔に出ない。

 

ウィルが来た。

 

やはり、足音がしない。

 

「揃ってるな。行くぞ」

 

それだけで、歩き出した。

 

説明は、道の途中でするらしい。

 

 

森は、王都から半日ほどの場所にあった。

 

道は整っていた。

 

最初のうちは。

 

森に入ると、道が細くなる。

 

土が湿ってくる。

 

木が高くなり、光が減る。

 

「このあたりは、まだ浅い」

 

ウィルが言った。

 

「魔物は、めったに出ない。出ても弱い。研修用の森だ」

 

安全な森、ということらしい。

 

少し歩くと、開けた場所に出た。

 

野営地らしい。

 

焚き火の跡がある。

 

毎年、ここを使っているのだろう。

 

「今日はまず、天幕を張れ。それから、一つ目の依頼だ」

 

班の四人が、少し身構えた。

 

一つ目。

 

奉仕作業。

 

ウィルが、森の奥を指した。

 

「この先に、村へ流れる水路がある。詰まってる」

 

水路。

 

「落ち葉、泥、倒れた枝。溜まって、水が流れにくくなってる。それを、さらう」

 

さらう。

 

つまり。

 

「ドブ掃除ですか」

 

レオスが言った。

 

「そうだ」

 

はっきりしていた。

 

班の空気が、目に見えて落ちた。

 

「討伐じゃなくて?」

 

「一つ目は、これだ」

 

サーナが、少し口を開けた。

 

だが、何も言わなかった。

 

言いたいことは、顔に出ていた。

 

「この水路は、下流の村が使ってる。飲み水じゃないが、畑に引く水だ。詰まれば、村が困る」

 

班の四人が、黙った。

 

「冒険者の依頼は、魔物を斬るだけじゃない。むしろ、こういうのが多い。地味で、誰かの役に立つ」

 

ウィルは、荷から道具を出した。

 

木の熊手が二本。

桶が二つ。

 

それを地面に置く。

 

「足りないのは、わざとだ。どう使うかも、依頼のうちだ」

 

それだけ言って、背を向けた。

 

「え」

 

レオスが声を上げた。

 

「先輩、一緒にやらないんですか」

 

「やらない」

 

ウィルは振り向かなかった。

 

「これは、お前たちの依頼だ。俺のじゃない」

 

「でも、やり方とか」

 

「村の水路だ。難しくない。終わったら、次を教える」

 

歩き出す。

 

「じゃあ、頑張れ」

 

軽い言い方だった。

 

そして、木々の間へ入っていった。

 

足音は、最初からしていない。

 

姿が、すぐに見えなくなった。

 

残されたのは、四人だった。

 

「……行っちゃった」

 

レオスが、間の抜けた声を出した。

 

「行きましたね」

 

「引率って、こういうものなの?」

 

「分かりません」

 

初めての研修だ。

 

去年は、なかった。

 

こういうものなのか、そうでないのか、判断できない。

 

サーナが、息を吐いた。

 

「まあ、やるしかないでしょ」

 

仕切りに戻った。

 

早い。

 

「泥だらけになるやつ、行くよ」

 

 

水路は、思っていたより、ひどかった。

 

落ち葉が積もり、泥が溜まり、枝が絡んでいる。

 

水は、ほとんど流れていない。

 

淀んで、少し匂う。

 

「うわ」

 

レオスが顔をしかめた。

 

「これ、素手のとこもあるよな」

 

「熊手が二本しかありません」

 

「だよなあ」

 

サーナが、道具を見た。

 

「二人がさらって、二人が運ぶ?」

 

すぐに割り振ろうとする。

 

そこで、少し考えた。

 

見えたら、言う。

 

記録板に書いた。

 

今が、その時かもしれない。

 

「サーナさん」

 

「ん?」

 

「その前に、上流を見た方がいいと思います」

 

サーナが、こちらを見た。

 

「上流?」

 

「はい。ここを掻き出しても、上で詰まっていたら、また流れてきます」

 

言いながら、少し緊張した。

 

三年生に、意見を言っている。

 

仕切っている人に、別のやり方を言っている。

 

「上から順にやらないと、下を綺麗にしても、また溜まります」

 

サーナは、少し黙った。

 

言い返されるかと思った。

 

だが、違った。

 

「……確かに」

 

上流の方を見る。

 

「先に上、見た方がいいか」

 

「はい」

 

「よく気づいたね」

 

その言い方は、素直だった。

 

仕切る人だが、意地は張らないらしい。

 

「畑の水路は、村でも見ていたので」

 

「あー、そういうこと」

 

サーナが頷いた。

 

 

上流を見ると、案の定、大きな枝が詰まっていた。

 

そこで水が堰き止められ、下流に泥が溜まっていた。

 

「これか」

 

サーナが、枝を掴む。

 

「重い。ソリス、風でどうにかならない?」

 

ソリスが、枝を見た。

 

少し考える。

 

それから、杖を向けた。

 

風が、枝の下に潜り込む。

 

枝が、少し浮いた。

 

その隙に、サーナが引く。

 

枝が動いた。

 

「お、いける」

 

「風、こういう使い方もあるんですね」

 

俺が言うと、ソリスは小さく頷いた。

 

「押す。浮かす。逸らす」

 

三語だった。

 

だが、それで分かった。

 

攻撃の風ではない。

 

物を動かす風だ。

 

カイルの水と風に、少し似ている。

 

でも、ソリスのは、もっと静かだった。

 

枝が抜けると、水が動き出した。

 

淀んでいた水路に、流れが戻る。

 

下流の泥が、少し押し流された。

 

「上からやると、楽だな」

 

レオスが言った。

 

「はい」

 

「ヨウカ、頭いいな」

 

「畑の水路と同じです」

 

「それが分かるのが、頭いいんだよ」

 

そういうものだろうか。

 

村では、当たり前のことだった。

 

 

上から順に、詰まりを取っていった。

 

枝はソリスの風で浮かせ、サーナが引く。

 

泥はレオスと二人で掻き出す。

 

運ぶのは、交代でやった。

 

役割は、最初にサーナが決めたものから、少しずつ変わった。

 

誰が何をするか、やりながら決まっていく。

 

昼を過ぎる頃には、手も服も泥だらけだった。

 

匂いも染みついた。

 

「風呂、ないんだよな……」

 

レオスが、遠い目をした。

 

「ありません」

 

「この泥のまま寝るの?」

 

「洗える場所を探した方がいいです」

 

「洗える場所?」

 

「上流の、詰まりを取った先です。水が綺麗になっているはずです」

 

レオスの顔が、明るくなった。

 

「天才か?」

 

「水の流れの話です」

 

サーナが笑った。

 

「ヨウカ、水のこと詳しいね」

 

「畑と、あと、体を清潔にするのは大事なので」

 

言ってから、少し説明を足した。

 

「傷口に汚れが入ると、化膿します。野営中は、特に」

 

サーナの顔が、少し変わった。

 

「それ、大事なやつ?」

 

「大事です。応急処置より前に、清潔にする方が大事なこともあります」

 

「へえ」

 

サーナが、自分の手を見た。

 

泥で汚れている。

 

「今度から、聞くわ。そういうの」

 

「はい」

 

少しだけ、班の中に居場所ができた気がした。

 

戦う場面ではない。

 

でも、俺にできることが、ここにはあった。

 

 

作業が終わる頃には、日が傾いていた。

 

水路は、流れを取り戻していた。

 

淀みが消え、匂いも薄くなっている。

 

下流の村の畑に、水が届くだろう。

 

「これで、終わりでいいのかな」

 

レオスが、水路を見て言った。

 

「終わりだと思います」

 

「ウィルさん、いないけど」

 

そうだった。

 

終わったかどうかを、判断する人がいない。

 

「流れは戻っています。詰まりも、上から下まで取りました」

 

「じゃあ、終わりだよな」

 

「たぶん」

 

サーナが、水路の端から端まで歩いて確かめた。

 

「うん。もう詰まってるとこ、ない」

 

それで、終わりにした。

 

誰かに「終わり」と言ってもらったわけではない。

 

自分たちで、そう決めた。

 

少し、落ち着かない。

 

でも、たぶん、それでいいのだろう。

 

 

上流へ戻り、綺麗になった水で手と顔を洗った。

 

冷たい。

 

だが、気持ちよかった。

 

「ドブ掃除で、こんな疲れると思わなかった」

 

レオスが言った。

 

「討伐より疲れたかも」

 

サーナも言う。

 

「討伐、まだしてないですよ」

 

「あ、そうだった」

 

四人で、少し笑った。

 

朝は、他人だった。

 

今は、少しだけ話せる。

 

一日、同じ泥をさらっただけだ。

 

それでも、変わるものがあるらしい。

 

 

野営地に戻ると、焚き火のそばにウィルがいた。

 

いつからいたのか、分からない。

 

「終わったか」

 

「終わりました」

 

サーナが言った。

 

「上から順に、全部取りました。流れも戻っています」

 

「そうか」

 

ウィルは、それだけ言った。

 

確かめに行くわけでもない。

 

褒めるわけでもない。

 

「飯にしろ。明日は探索だ」

 

それで、終わりだった。

 

本当に見ていないのか、どこかで見ていたのか。

 

分からない。

 

ただ、こちらが「終わった」と言えば、そうか、と返すだけだった。

 

 

夜、焚き火のそばで、記録板を開いた。

 

研修一日目。奉仕作業=水路の掃除。

下流の村の、畑の水。詰まると村が困る。

道具が足りない。上から順にやると効率がいい。

枝=ソリスの風で浮かせる。泥=掻き出して運ぶ。

清潔にすることの大事さを、少し話せた。

ウィルは、説明だけして消えた。作業は、自分たちだけでやった。

 

そこまで書いて、少し考えた。

 

今日、一つ、言えた。

 

上流を先に、と。

 

三年生に、仕切っている人に、別のやり方を言った。

 

言い返されるかと思った。

 

でも、サーナさんは聞いてくれた。

 

たぶん、言い方も大事だった。

 

否定ではなく、こうした方がいい、と言った。

 

村の水路の話として言った。

 

自分の手柄にはしなかった。

 

それが、良かったのかもしれない。

 

記録板に、一行足した。

 

見えたら、言えた。今日は。

 

書いてから、少し安心した。

 

でも、まだ一日目だ。

 

明日から、探索。

 

そして、討伐。

 

戦う場面で、同じことができるかは、分からない。

 

焚き火の向こうで、サーナが何か話している。

 

ソリスは、聞いているのか、いないのか、分からない顔をしている。

 

レオスは、もう眠そうだった。

 

知らない人と、一週間。

 

まだ、始まったばかりだ。


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