↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第七章 アレクシア学園二年生編
96/165

なんか一つ目が一番嫌らしい

出発の朝は、まだ暗いうちに集まった。

 

学園の裏門に、班ごとに並ぶ。

 

天幕。

食料。

水袋。

着替え。

 

配られた紙のとおりに詰めた荷は、思ったより重かった。

 

「重い」

 

レオスが、さっそく言った。

 

「一週間分です」

 

「分かってるけど、重い」

 

「はい」

 

そこは、同意した。

 

サーナは、荷を背負っても姿勢が変わらなかった。

 

足の幅が広いからか、重さの乗せ方がうまい。

 

ソリスは、黙って立っていた。

 

荷が重いのかどうかも、顔に出ない。

 

ウィルが来た。

 

やはり、足音がしない。

 

「揃ってるな。行くぞ」

 

それだけで、歩き出した。

 

説明は、道の途中でするらしい。

 

⸻

 

森は、王都から半日ほどの場所にあった。

 

道は整っていた。

 

最初のうちは。

 

森に入ると、道が細くなる。

 

土が湿ってくる。

 

木が高くなり、光が減る。

 

「このあたりは、まだ浅い」

 

ウィルが言った。

 

「魔物は、めったに出ない。出ても弱い。研修用の森だ」

 

安全な森、ということらしい。

 

少し歩くと、開けた場所に出た。

 

野営地らしい。

 

焚き火の跡がある。

 

毎年、ここを使っているのだろう。

 

「今日はまず、天幕を張れ。それから、一つ目の依頼だ」

 

班の四人が、少し身構えた。

 

一つ目。

 

奉仕作業。

 

ウィルが、森の奥を指した。

 

「この先に、村へ流れる水路がある。詰まってる」

 

水路。

 

「落ち葉、泥、倒れた枝。溜まって、水が流れにくくなってる。それを、さらう」

 

さらう。

 

つまり。

 

「ドブ掃除ですか」

 

レオスが言った。

 

「そうだ」

 

はっきりしていた。

 

班の空気が、目に見えて落ちた。

 

「討伐じゃなくて?」

 

「一つ目は、これだ」

 

サーナが、少し口を開けた。

 

だが、何も言わなかった。

 

言いたいことは、顔に出ていた。

 

「この水路は、下流の村が使ってる。飲み水じゃないが、畑に引く水だ。詰まれば、村が困る」

 

班の四人が、黙った。

 

「冒険者の依頼は、魔物を斬るだけじゃない。むしろ、こういうのが多い。地味で、誰かの役に立つ」

 

ウィルは、荷から道具を出した。

 

木の熊手が二本。

桶が二つ。

 

それを地面に置く。

 

「足りないのは、わざとだ。どう使うかも、依頼のうちだ」

 

それだけ言って、背を向けた。

 

「え」

 

レオスが声を上げた。

 

「先輩、一緒にやらないんですか」

 

「やらない」

 

ウィルは振り向かなかった。

 

「これは、お前たちの依頼だ。俺のじゃない」

 

「でも、やり方とか」

 

「村の水路だ。難しくない。終わったら、次を教える」

 

歩き出す。

 

「じゃあ、頑張れ」

 

軽い言い方だった。

 

そして、木々の間へ入っていった。

 

足音は、最初からしていない。

 

姿が、すぐに見えなくなった。

 

残されたのは、四人だった。

 

「……行っちゃった」

 

レオスが、間の抜けた声を出した。

 

「行きましたね」

 

「引率って、こういうものなの?」

 

「分かりません」

 

初めての研修だ。

 

去年は、なかった。

 

こういうものなのか、そうでないのか、判断できない。

 

サーナが、息を吐いた。

 

「まあ、やるしかないでしょ」

 

仕切りに戻った。

 

早い。

 

「泥だらけになるやつ、行くよ」

 

⸻

 

水路は、思っていたより、ひどかった。

 

落ち葉が積もり、泥が溜まり、枝が絡んでいる。

 

水は、ほとんど流れていない。

 

淀んで、少し匂う。

 

「うわ」

 

レオスが顔をしかめた。

 

「これ、素手のとこもあるよな」

 

「熊手が二本しかありません」

 

「だよなあ」

 

サーナが、道具を見た。

 

「二人がさらって、二人が運ぶ?」

 

すぐに割り振ろうとする。

 

そこで、少し考えた。

 

見えたら、言う。

 

記録板に書いた。

 

今が、その時かもしれない。

 

「サーナさん」

 

「ん?」

 

「その前に、上流を見た方がいいと思います」

 

サーナが、こちらを見た。

 

「上流?」

 

「はい。ここを掻き出しても、上で詰まっていたら、また流れてきます」

 

言いながら、少し緊張した。

 

三年生に、意見を言っている。

 

仕切っている人に、別のやり方を言っている。

 

「上から順にやらないと、下を綺麗にしても、また溜まります」

 

サーナは、少し黙った。

 

言い返されるかと思った。

 

だが、違った。

 

「……確かに」

 

上流の方を見る。

 

「先に上、見た方がいいか」

 

「はい」

 

「よく気づいたね」

 

その言い方は、素直だった。

 

仕切る人だが、意地は張らないらしい。

 

「畑の水路は、村でも見ていたので」

 

「あー、そういうこと」

 

サーナが頷いた。

 

⸻

 

上流を見ると、案の定、大きな枝が詰まっていた。

 

そこで水が堰き止められ、下流に泥が溜まっていた。

 

「これか」

 

サーナが、枝を掴む。

 

「重い。ソリス、風でどうにかならない?」

 

ソリスが、枝を見た。

 

少し考える。

 

それから、杖を向けた。

 

風が、枝の下に潜り込む。

 

枝が、少し浮いた。

 

その隙に、サーナが引く。

 

枝が動いた。

 

「お、いける」

 

「風、こういう使い方もあるんですね」

 

俺が言うと、ソリスは小さく頷いた。

 

「押す。浮かす。逸らす」

 

三語だった。

 

だが、それで分かった。

 

攻撃の風ではない。

 

物を動かす風だ。

 

カイルの水と風に、少し似ている。

 

でも、ソリスのは、もっと静かだった。

 

枝が抜けると、水が動き出した。

 

淀んでいた水路に、流れが戻る。

 

下流の泥が、少し押し流された。

 

「上からやると、楽だな」

 

レオスが言った。

 

「はい」

 

「ヨウカ、頭いいな」

 

「畑の水路と同じです」

 

「それが分かるのが、頭いいんだよ」

 

そういうものだろうか。

 

村では、当たり前のことだった。

 

⸻

 

上から順に、詰まりを取っていった。

 

枝はソリスの風で浮かせ、サーナが引く。

 

泥はレオスと二人で掻き出す。

 

運ぶのは、交代でやった。

 

役割は、最初にサーナが決めたものから、少しずつ変わった。

 

誰が何をするか、やりながら決まっていく。

 

昼を過ぎる頃には、手も服も泥だらけだった。

 

匂いも染みついた。

 

「風呂、ないんだよな……」

 

レオスが、遠い目をした。

 

「ありません」

 

「この泥のまま寝るの?」

 

「洗える場所を探した方がいいです」

 

「洗える場所?」

 

「上流の、詰まりを取った先です。水が綺麗になっているはずです」

 

レオスの顔が、明るくなった。

 

「天才か?」

 

「水の流れの話です」

 

サーナが笑った。

 

「ヨウカ、水のこと詳しいね」

 

「畑と、あと、体を清潔にするのは大事なので」

 

言ってから、少し説明を足した。

 

「傷口に汚れが入ると、化膿します。野営中は、特に」

 

サーナの顔が、少し変わった。

 

「それ、大事なやつ?」

 

「大事です。応急処置より前に、清潔にする方が大事なこともあります」

 

「へえ」

 

サーナが、自分の手を見た。

 

泥で汚れている。

 

「今度から、聞くわ。そういうの」

 

「はい」

 

少しだけ、班の中に居場所ができた気がした。

 

戦う場面ではない。

 

でも、俺にできることが、ここにはあった。

 

⸻

 

作業が終わる頃には、日が傾いていた。

 

水路は、流れを取り戻していた。

 

淀みが消え、匂いも薄くなっている。

 

下流の村の畑に、水が届くだろう。

 

「これで、終わりでいいのかな」

 

レオスが、水路を見て言った。

 

「終わりだと思います」

 

「ウィルさん、いないけど」

 

そうだった。

 

終わったかどうかを、判断する人がいない。

 

「流れは戻っています。詰まりも、上から下まで取りました」

 

「じゃあ、終わりだよな」

 

「たぶん」

 

サーナが、水路の端から端まで歩いて確かめた。

 

「うん。もう詰まってるとこ、ない」

 

それで、終わりにした。

 

誰かに「終わり」と言ってもらったわけではない。

 

自分たちで、そう決めた。

 

少し、落ち着かない。

 

でも、たぶん、それでいいのだろう。

 

⸻

 

上流へ戻り、綺麗になった水で手と顔を洗った。

 

冷たい。

 

だが、気持ちよかった。

 

「ドブ掃除で、こんな疲れると思わなかった」

 

レオスが言った。

 

「討伐より疲れたかも」

 

サーナも言う。

 

「討伐、まだしてないですよ」

 

「あ、そうだった」

 

四人で、少し笑った。

 

朝は、他人だった。

 

今は、少しだけ話せる。

 

一日、同じ泥をさらっただけだ。

 

それでも、変わるものがあるらしい。

 

⸻

 

野営地に戻ると、焚き火のそばにウィルがいた。

 

いつからいたのか、分からない。

 

「終わったか」

 

「終わりました」

 

サーナが言った。

 

「上から順に、全部取りました。流れも戻っています」

 

「そうか」

 

ウィルは、それだけ言った。

 

確かめに行くわけでもない。

 

褒めるわけでもない。

 

「飯にしろ。明日は探索だ」

 

それで、終わりだった。

 

本当に見ていないのか、どこかで見ていたのか。

 

分からない。

 

ただ、こちらが「終わった」と言えば、そうか、と返すだけだった。

 

⸻

 

夜、焚き火のそばで、記録板を開いた。

 

研修一日目。奉仕作業=水路の掃除。

下流の村の、畑の水。詰まると村が困る。

道具が足りない。上から順にやると効率がいい。

枝=ソリスの風で浮かせる。泥=掻き出して運ぶ。

清潔にすることの大事さを、少し話せた。

ウィルは、説明だけして消えた。作業は、自分たちだけでやった。

 

そこまで書いて、少し考えた。

 

今日、一つ、言えた。

 

上流を先に、と。

 

三年生に、仕切っている人に、別のやり方を言った。

 

言い返されるかと思った。

 

でも、サーナさんは聞いてくれた。

 

たぶん、言い方も大事だった。

 

否定ではなく、こうした方がいい、と言った。

 

村の水路の話として言った。

 

自分の手柄にはしなかった。

 

それが、良かったのかもしれない。

 

記録板に、一行足した。

 

見えたら、言えた。今日は。

 

書いてから、少し安心した。

 

でも、まだ一日目だ。

 

明日から、探索。

 

そして、討伐。

 

戦う場面で、同じことができるかは、分からない。

 

焚き火の向こうで、サーナが何か話している。

 

ソリスは、聞いているのか、いないのか、分からない顔をしている。

 

レオスは、もう眠そうだった。

 

知らない人と、一週間。

 

まだ、始まったばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。