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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第七章 アレクシア学園二年生編
100/105

なんか見えない強さもあるらしい

討伐の翌日は、体を休める日になった。

 

ウィルが、そう決めた。

 

「昨日、無理をした。今日は動くな」

 

無理をした、という言い方だった。

 

体の話ではないのは、たぶん、分かっていた。

 

四人とも、昨日より口数が少ない。

 

それでも、飯は食う。

 

天幕の手入れをする。

 

水を汲みに行く。

 

生きていくための、細かいことは続く。

 

それが、少し、助かった。

 

何もしないでいると、昨日のことばかり考える。

 

手を動かしていれば、少しは紛れる。

 

「ヨウカ」

 

水を汲んでいると、サーナが来た。

 

「昨日、無理させた?」

 

「無理?」

 

「ソリスの前に出たとこ。あれ、私が二匹に手こずってたせいでしょ」

 

サーナが、自分の手を見た。

 

「私がもう少し早く片づけてれば、ヨウカが刺さなくてよかった」

 

仕切る人が、そういうことを気にするのか。

 

「あれは、私が動いた方が早かったからです」

 

「でも」

 

「サーナさんは、二匹抑えていました。あそこで手を離したら、そっちが崩れます」

 

サーナが、少し黙った。

 

「班は、役割を分けます。ソリスさんの前は、私が近かった。それだけです」

 

「……そう言われると、そうか」

 

「はい」

 

「ヨウカ、そういうの、ちゃんと言うようになったね」

 

言われて、少し驚いた。

 

「最初の日は、上流のこと、言うのも迷ってたでしょ」

 

見られていた。

 

迷っていたのを。

 

「今は、迷わないで言う。前に出るのも、早い」

 

サーナが笑った。

 

「先輩としては、ちょっと悔しいけど」

 

それは、褒め言葉なのだろう。

 

たぶん。

 

 

残りの日は、細かい依頼をいくつかやった。

 

討伐のような、大きなものではない。

 

森の見回り。

 

道の目印の付け直し。

 

薬草の、追加の採取。

 

どれも、地味だった。

 

だが、地味なことが、少しありがたかった。

 

昨日のあとに、また大きな戦いだったら、たぶんきつい。

 

ウィルは、それを分かっているのかもしれない。

 

順番を、考えている気がした。

 

奉仕作業。

探索。

討伐。

そして、また地味なこと。

 

上げて、下げて、また上げない。

 

急に終わらせない。

 

研修の組み方に、そういう配慮があった。

 

毎年やっている人の、手つきだった。

 

 

最後の夜、焚き火を囲んだ。

 

一週間で、四人とも、少し変わった。

 

サーナは、相変わらず仕切る。

 

だが、こちらの話を聞くようになった。

 

ソリスは、相変わらず無口だ。

 

だが、必要な時は、短く喋る。

 

「あっち」とか、「もたない」とか。

 

それで、通じる。

 

レオスは、相変わらず元気だ。

 

だが、討伐のあと、少しだけ静かになった。

 

それも、悪くない変化だと思う。

 

「なあ」

 

レオスが、火を見ながら言った。

 

「冒険者って、大変だな」

 

「大変です」

 

「ドブ洗って、草むしって、殺し合って」

 

「はい」

 

「でも、ちょっと、いいかもって思った」

 

意外だった。

 

「昨日、あんなに静かだったのに?」

 

サーナが聞いた。

 

「静かにもなるよ。あれは。でも」

 

レオスが、少し言葉を探した。

 

「村の人、助かるんだろ。あの水路も、あのゴブリンも。誰かがやらなきゃ、困る人がいる」

 

「うん」

 

「それを、やる仕事だろ。冒険者って」

 

レオスの言い方は、いつもより真面目だった。

 

「かっこいいじゃん。地味だけど」

 

サーナが、笑った。

 

「レオス、意外といいこと言う」

 

「意外は余計だろ!」

 

少し、笑いが起きた。

 

昨日は、誰も笑えなかった。

 

今日は、少し笑える。

 

それも、一週間の変化だった。

 

ソリスが、火を見ながら、ぽつりと言った。

 

「悪くなかった」

 

それだけだった。

 

だが、無口なソリスが言うと、重みがあった。

 

「ソリスも、そう思う?」

 

サーナが聞くと、ソリスは頷いた。

 

「組む相手、選べないと思ってた。でも」

 

少し、間があった。

 

「この四人で、よかった」

 

珍しく、長く喋った。

 

誰も、茶化さなかった。

 

 

翌朝、野営地を片づけた。

 

来た時より、手際が良くなっている。

 

一週間、同じことをやった。

 

体が、覚えている。

 

荷をまとめ、火を消し、跡を整える。

 

「よし、帰るぞ」

 

ウィルが言った。

 

帰り道は、来た時より短く感じた。

 

道を、覚えているからだ。

 

目印も、自分たちで付け直した。

 

迷わない。

 

歩きながら、ウィルが、ふと言った。

 

「水路、上から順にやったんだってな」

 

足が、止まりかけた。

 

言っていない。

 

その話を、ウィルにした覚えは、ない。

 

サーナも、同じ顔をしていた。

 

「……言いましたっけ?」

 

「さあ」

 

ウィルは、前を向いたまま歩いている。

 

「ゴブリンの子ども、逃がしたのも、いい判断だ」

 

それも、詳しくは言っていない。

 

「戦える個体は倒した」としか、報告していない。

 

子どもを逃がした細かい話は、していないはずだ。

 

「なんで、それを」

 

レオスが言いかけた。

 

「さあな」

 

ウィルは、同じ言い方をした。

 

認めない。

 

だが、否定もしない。

 

「引率だからな。それくらい、分かる」

 

それだけだった。

 

だが、「それくらい」で分かる話ではない。

 

上流を先にやった順番。

 

子どもを逃がした判断。

 

どちらも、その場にいなければ、分からない。

 

ウィルは、いなかったはずだ。

 

「頑張れ」と言って、消えた。

 

姿は、見なかった。

 

足音も、しなかった。

 

なのに、知っている。

 

背中を、見た。

 

細い。

 

装備が軽い。

 

足音が、しない。

 

斥候。

 

Aランク。

 

その意味が、少しだけ、分かった気がした。

 

たぶん、俺たちは、ずっと、どこかで見られていた。

 

放り出された、と思っていた。

 

自分たちだけで、決めた、と思っていた。

 

それは、間違いではない。

 

決めたのは、自分たちだ。

 

でも、その全部を、たぶん、この人は見ていた。

 

気配も、見せずに。

 

俺は、人の気配を読む方だと思っていた。

 

観察には、少し自信があった。

 

でも、この人には、気づけなかった。

 

一週間、一度も。

 

格が、違う。

 

「ウィルさん」

 

「なんだ」

 

「ずっと、見ていたんですか」

 

聞いてみた。

 

ウィルは、少しだけ振り向いた。

 

「どう思う?」

 

問い返された。

 

答えは、言わない。

 

そういう人だった。

 

「……分かりません」

 

「なら、それでいい」

 

ウィルは、また前を向いた。

 

それ以上は、言わなかった。

 

でも、口の端が、少しだけ上がっていた気がした。

 

 

学園に着いたのは、夕方だった。

 

一週間ぶりの、石畳。

 

高い塀。

 

見慣れた門。

 

帰ってきた、という感じがした。

 

「解散だ」

 

ウィルが言った。

 

「お前たちは、よくやった。今年の班は、悪くなかった」

 

それだけ言って、背を向けた。

 

「また、どこかで会うかもな。冒険者を続けるなら」

 

その一言を残して、歩いていった。

 

足音は、やはり、しなかった。

 

「……不思議な人だったね」

 

サーナが言った。

 

「不思議でした」

 

「また会うかな」

 

「会うかもしれません」

 

冒険者を続けるなら。

 

その言葉が、少し、残った。

 

続けるかどうかは、まだ分からない。

 

でも、今日、少しだけ、その道が見えた気がした。

 

 

班が解散すると、レオスだけが残った。

 

「ヨウカ、また明日な」

 

「はい」

 

「一週間、疲れたな」

 

「疲れました」

 

「でも、悪くなかった」

 

ソリスと、同じことを言った。

 

「はい。悪くなかったです」

 

それは、本当だった。

 

知らない人と、一週間。

 

組む相手は、選べなかった。

 

強くなり方も、選べなかった。

 

でも、その中で、できることはあった。

 

言えたことも、あった。

 

 

個室に戻ると、静かだった。

 

一週間、四人で寝ていた。

 

一人の部屋が、少し広く感じる。

 

荷を置いて、記録板を開いた。

 

研修、終了。

一週間。奉仕作業、探索、討伐。全部やり切った。

班の四人:レオス、サーナ、ソリス。

組む相手は選べなかった。でも、この四人でよかった。

 

そこまで書いて、少し考えた。

 

ウィルのことを、書こうとした。

 

だが、うまく書けない。

 

見られていたのか。

 

見られていなかったのか。

 

分からない。

 

分からないまま、でいい気がした。

 

ただ、一つだけ、確かなことがある。

 

記録板に、書いた。

 

上には、まだ、全然見えない人がいる。

気配も見せずに、全部見ている人が。

 

書いてから、少し笑った。

 

去年は、強い人が、見える形で上にいた。

 

カリン。

カイル。

序列の、上級生。

 

今年は、違う。

 

見えない強さが、あると知った。

 

気配を消す。

 

姿を見せない。

 

なのに、全部見ている。

 

そういう強さも、あるらしい。

 

最後に、一行足した。

 

見て、ずらして、助ける。その先に、見えない、がある。

 

記録板を閉じた。

 

窓の外は、暗くなっていた。

 

一週間ぶりの、屋根の下。

 

布団が、柔らかい。

 

外で寝ていたことを思うと、少しだけ、ありがたかった。

 

明日から、また授業がある。

 

訓練もある。

 

順位戦も、まだ先にある。

 

だが、今日は、眠りたかった。

 

研修は、終わった。

 

何かが、少し、変わった気がした。


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