なんか今年は自分で試せるらしい
入学式の日は、朝から人が多かった。
講堂の前に、新入生が並んでいる。
親に付き添われた子。
一人で立っている子。
緊張で顔が固い子。
落ち着かず、あたりを見回している子。
去年の自分を思い出す。
あの時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
たぶん、落ち着いているように見せて、内心はかなり慌てていた。
「ヨウカさん、あの子たち、緊張してますね」
リーナが小さく言った。
「はい」
「去年の私も、あんな感じでした」
「私もです」
在校生は、講堂の後方に並ぶ。
二年生以上が参加する決まりだ。
去年、俺は前に並んでいた。
今年は、後ろにいる。
それだけで、見える景色が違った。
⸻
式は、去年と同じ形式だった。
学園長の話。
教師の紹介。
注意事項。
新入生は、緊張した顔で聞いている。
何人かは、途中で周りを見ていた。
落ち着かないのだろう。
分かる。
話の内容は、あまり頭に入らない。
俺もそうだった。
式の後半で、新入生が順に名前を呼ばれた。
一人ずつ、短く返事をする。
声の大きさで、少し性格が分かる。
小さい声の子。
はっきりした声の子。
噛んだ子。
その中に、やけに元気な声が混じった。
「はいっ!」
講堂に、よく響いた。
何人かが、そちらを見る。
俺も、一瞬だけ目を向けた。
遠かった。
誰かまでは分からない。
ただ、緊張していない声だった。
そういう子もいる。
それだけ思って、また前を向いた。
⸻
式が終わると、新入生は解散になった。
講堂を出る時、人の流れが混ざる。
新入生と在校生が、一瞬だけ同じ場所に集まった。
声がたくさん聞こえる。
「クラスどこ?」
「魔法、何使えるの?」
「訓練場、いつから入れるんだろ」
「順位戦って、一年も出るんだよね?」
順位戦。
その言葉が、あちこちで出ていた。
去年、俺も同じことを聞いた。
「あの子たち、順位戦の話してますね」
リーナが言った。
「気になるんだと思います」
「私は、去年、聞くだけで怖かったです」
「私もです」
「でも、出ましたよね」
「出ました」
リーナが少し笑った。
「今年も、出ます」
「はい」
去年より、少し前を見ている。
教室に戻る道で、マリベルが言った。
「今年、人数多いわね。豊作の年かもしれないわ」
「そうですか」
「見てなさい。何人かは、順位戦で名前が出るわよ」
「毎年そうなんですか」
「毎年そう。去年もいたでしょう」
そう言って、こちらを見る。
「ここに」
「私は、強くありません」
「二年生を二人抜いた子が言うことじゃないわね」
返事に困った。
エレシアが、静かに続ける。
「今年の一年生にも、同じような方がいるかもしれません」
「いると思います」
去年の俺のように、何もできないと思っている子も。
正面から強い子も。
どちらもいるだろう。
⸻
午後、訓練場へ行った。
新入生の姿もあった。
初日から来ている子がいるらしい。
去年の俺も、そうだった。
投擲の道具を借りる。
いつもの木球だ。
一年、これを投げてきた。
握る。
投げる。
狙った場所に落ちる。
悪くない。
そこで、ふと手が止まった。
順位戦の時も、木球だった。
訓練場で支給されるのが、それだからだ。
でも、実際に戦う時、木球を持っているとは限らない。
腰の袋が空になれば、それで終わりだ。
投擲は、木球を投げるスキルではない。
物を投げるスキルだ。
なら、木球でなくてもいいはずだった。
足元を見る。
小石が落ちている。
拾う。
木球より、ずっと小さい。
軽い。
投げてみた。
的の手前で、大きく落ちた。
届かない。
軽すぎる。
同じ力で投げても、飛び方が違う。
もう一度。
今度は、強めに。
的の縁に当たった。
音が高い。
木球より、鋭い音がする。
次は、少し大きい石を探した。
握りが悪い。
形が丸くない。
指に引っかかる。
投げると、回転がかかった。
思っていた場所より、右へ逸れる。
「……なるほど」
声が出た。
形が違えば、飛び方が違う。
当たり前のことだ。
でも、木球ばかり投げていると、忘れる。
木球は、投げやすいように作られている。
丸くて、重さが揃っていて、握りやすい。
訓練用の道具だ。
戦う場所に、そんな都合のいい物は転がっていない。
折れた木の枝。
石。
硬い実。
道具袋の中の、何か。
そのあたりが現実だ。
枝を拾った。
細くて、少し長い。
握って、投げる。
真っ直ぐ飛ばない。
くるくる回りながら落ちた。
届いたが、狙った場所ではない。
長いものは、回る。
持ち方を変えてみる。
端ではなく、真ん中を持つ。
投げる。
回転が減った。
少し良い。
だが、まだ狙えない。
何度か試して、分かったことがある。
軽いものは、飛ばない代わりに速い。
重いものは、飛ぶが、遅い。
細長いものは、回る。
丸いものは、素直に飛ぶ。
硬いものは、跳ねる。
去年、ガルドさんの足元に木球を投げた。
土が跳ねて、踏み込みがずれた。
あれが、もし石だったら。
もっと硬い音がして、跳ね方も鋭かったかもしれない。
あるいは、逆に効かなかったかもしれない。
分からない。
分からないから、試す。
⸻
「何してるの?」
声がした。
振り向くと、レオスが立っていた。
「投げています」
「見りゃ分かる。なんで石?」
「木球が、いつもあるとは限らないので」
レオスが変な顔をした。
「そんなこと考えてんの?」
「はい」
「……お前、たまに変だよな」
また言われた。
「でも、確かにな」
レオスは自分の足元を見た。
それから、石を一つ拾う。
「俺もやる」
「剣の人ですよね」
「投げるくらいするだろ。武器落としたら終わりだし」
それは、そうかもしれない。
レオスが投げた。
的に当たらない。
かなり外れた。
「難しっ!」
「難しいです」
「お前、当たってたじゃん」
「二回に一回くらいです」
「十分すごいだろ」
そうだろうか。
去年、投擲がLV2になった。
上がったのは、当てたからではない。
置いたからだ。
使ったからだ。
今日、石や枝を投げたことも、たぶんどこかに残る。
すぐには数字にならなくても。
⸻
訓練場の反対側で、火が上がった。
大きい。
一瞬、そちらを見た。
新入生の誰かが、適性を見てもらっているのだろう。
初日にあれだけ出せるなら、魔力の量が多い。
素質がある。
そのまま、視線を戻した。
自分の訓練がある。
他人の火を見ていても、俺の投擲は伸びない。
石を拾う。
今度は、平たいものにした。
形が違えば、飛び方が違う。
また一つ、試すものが増えた。
⸻
夜、記録板を開いた。
入学式。新入生が入った。
在校生として、後ろに並んだ。
そこまで書いて、続きを足す。
投擲。木球以外を投げてみた。
軽い石=速いが飛ばない。重い=飛ぶが遅い。細長い=回る。平たい=未確認。
硬いものは跳ねる。土の上なら、跳ね方が変わるはず。
木球は投げやすく作られている。実戦にそんな都合のいい物はない。
書きながら、少し楽しくなっていた。
去年は、言われたことをやるだけだった。
今年は、自分で試せる。
何を投げるか。
どう飛ぶか。
どこに置くか。
まだ知らないことが、いくらでもある。
最後に、一行足した。
投げられるものは、全部投げてみる。
記録板を閉じた。
窓の外は暗い。
明日は、平たい石を試す。




