なんか二年目は一人らしい
進級して、部屋が変わった。
一年生の間は、四人部屋だった。
リーナ。
マリベル。
エレシア。
そして、俺。
二年生からは、一人部屋になる。
決まりらしい。
理由は、いくつか説明された。
自習の時間が増えること。
魔法の練習で、個別の道具を置くこと。
生活の時間が、人によってずれてくること。
もっともらしい理由だった。
でも、荷物をまとめていると、少し落ち着かなかった。
一年間、あの部屋にいた。
朝、リーナに起こされた。
マリベルにからかわれた。
エレシアに、姿勢を直された。
夜、順位戦の話をした。
硝子の日の後、リーナに手が震えていたと言われた。
全部、あの部屋であったことだ。
⸻
荷物を運ぶ日、四人で部屋を空けた。
思ったより、物は少なかった。
一年で増えたのは、教科の道具と、練習用の武具くらいだ。
あとは、記録板。
それから、ルカにもらった木の輪。
机の端に立てかけていたものを、箱に入れる。
「それ、まだ持ってるんですね」
リーナが言った。
「はい」
「大事なんですね」
「大事です」
そこは、迷わない。
マリベルは、自分の荷物を手際よくまとめていた。
商人の娘だからか、片づけが速い。
「一人部屋、楽しみね」
「そうですか」
「静かに寝られるもの。エレシアの朝が早すぎるのよ」
「早くありません」
エレシアが、静かに言い返した。
「日の出と同時です」
「それを早いって言うのよ」
一年前なら、この会話に俺は入れなかった。
今は、少し笑える。
それも、一年でできたことだ。
⸻
部屋が空になると、思ったより広く見えた。
四人分の荷物がなくなると、ただの箱のような部屋だった。
最初に来た日を思い出す。
あの時、この部屋は、知らない場所だった。
知らない三人がいた。
どう話せばいいのか、分からなかった。
前世の記憶がある分、子どもらしく振る舞うのが難しかった。
今は、違う。
リーナが何を気にするか、だいたい分かる。
マリベルが、いつ本気で心配しているかも分かる。
エレシアが、静かな言葉で一番大事なことを言うことも、知っている。
一年、一緒にいた。
それだけで、これだけ変わる。
「なんだか、寂しいですね」
リーナが、空になった部屋を見て言った。
「寂しいですか」
「はい。少し」
「でも、離れるわけではありません」
「そうですけど」
「同じ学年です。教室も同じです。ただ、寝る部屋が別になるだけです」
言いながら、自分でも整理していた。
相部屋は、勝手に一緒だった。
個室は、そうではない。
会いたければ、会いに行く。
話したければ、訪ねる。
自動ではなくなる。
少し面倒だ。
でも、たぶん、それでいい。
勝手に一緒だった一年で、話せる相手になった。
これからは、選んで一緒にいる。
マリベルが、荷物を持ち上げながら言った。
「まあ、飽きたら集まればいいのよ」
「飽きる、とは」
「一人が寂しくなったら、ってこと」
「素直じゃないですね」
「素直に言ったら、負けた気がするもの」
何に負けるのかは、分からなかった。
でも、マリベルらしかった。
⸻
新しい部屋は、狭かった。
一人分だから、当然だ。
机。
寝台。
小さな棚。
それだけで、ほとんど埋まる。
窓は、一つ。
外は、中庭に面していた。
夜になれば、暗くなる。
人通りも、少ないだろう。
それを確認して、少しだけ、考えたことがあった。
闇の練習だ。
一年生の間、闇はほとんど練習できなかった。
四人部屋では、出せない。
訓練場でも、人が多くて広げられない。
闇は、人の近くで出すものではない。
だから、順位戦で使った闇は、フィル村で練習した分と、授業で少し試した分だけだった。
でも、この部屋なら。
一人だ。
窓の外に、人はいない。
夜、静かに、小さく試すくらいはできる。
広げるのではない。
薄く出して、すぐ消す。
反動を確かめる。
指先が冷える時間を、少しでも延ばす。
順位戦で、闇は一瞬しか使えなかった。
剣筋を少しずらすことはできても、戻されると次が間に合わなかった。
ディオンさんの剣が、そうだった。
もう少し、闇を長く保てたら。
もう少し、反動が軽かったら。
届いたかもしれない。
いや、届かなかったかもしれない。
でも、今より近づくことはできる。
一人部屋は、そのための場所になる。
⸻
荷物を片づけ終えると、日が暮れていた。
新しい机に、記録板を置く。
木の輪は、棚の上に立てかけた。
フィル村を思い出せる場所。
それでいい。
少し座って、この一年で何ができるようになったかを考えた。
走ること。
前より、長く走れる。
投げること。
足を置く場所を消す投げ方を覚えた。
短剣。
戻りを見ることを覚えた。
光。
牽制に使えるようになった。
闇。
一瞬なら、受けて落とせる。
問診。
救護所で、少し役に立った。
精霊。
頼めば、たまに応えてくれる。
一つずつ思い出すと、増えてはいる。
でも、どれも中途半端だ。
去年、順位戦で分かった。
俺は、正面から押す戦い方ができない。
攻撃も、防御も、大人には届かない。
体格で勝てないし、火力で押せない。
だから、別の形になった。
見る。
ずらす。
助ける。
足を置く場所を消す。
目を切る。
一瞬、濁らせる。
それで、上級生に二回勝った。
勝ち方は、毎回違った。
それが、今の俺の形だ。
正面から一撃で押し切る戦い方では、まだない。
でも、この形なら、続けられる。
それに、光も闇も、まだ入り口な気がする。
今は、目を切る。
一瞬、濁らせる。
その程度だ。
でも、出すたびに、これで終わりとは思えなかった。
うまく言えない。
ただ、まだ奥がある気がする。
⸻
記録板を開いて、少し長めに書いた。
二年生。一人部屋になった。
四人部屋は終わり。でも、離れたわけではない。
そこまで書いて、少し考える。
それから、これから伸ばしたいものを、順に書いた。
闇。一瞬ではなく、もう少し保てるように。反動を軽く。人を守るために使えるように。まだ奥がありそう。
光。牽制の精度を上げる。当てなくても、相手の判断を切れるように。これも、まだ入り口な気がする。
短剣。届く距離を伸ばす。腕が短い。
投擲。置く場所の精度。もうLV2になった。次を目指す。
鑑定。上げたい。ディオンさんの風刃が、いつか見えるように。
精霊。安定させたい。でも、道具にはしない。頼むなら、結果まで持つ。
救護。問診がLV2になった。医学と叡智がある。もっと、人を助けられるように。
書きながら、一つ気づいた。
どれも、正面から押す力ではない。
見る力。
ずらす力。
守る力。
助ける力。
俺が伸ばしたいのは、そういうものらしい。
去年は、上を見て、届かなかった。
ディオンさんに負けた。
序列には入れなかった。
今年は、届きたい。
でも、届き方は、たぶん去年と同じだ。
正面からではない。
見て、ずらして、助ける。
その形を、もっと磨く。
それが、今年の俺のやることだ。
最後に、一行足した。
今はまだ入り口。でも、続ければ、もっと先がある。
記録板を閉じた。
窓の外は、もう暗い。
中庭に、人の姿はない。
俺は立ち上がって、手のひらに、小さく闇を出した。
薄く。
影が、指先に集まる。
すぐに消す。
指先が、冷える。
一年前と、同じ冷たさだった。
でも、少しだけ、長く保てた気がした。
気のせいかもしれない。
それでも、この冷たさの奥に、まだ何かある気がした。
今は、届かない。
続ければ、届くかもしれない。
一人部屋の、最初の夜だった。




