なんか今度は見られる側らしい
休みが明けて、学園が動き出した。
廊下を歩く人が増える。
掲示板に、新しい紙が貼られる。
教室の場所が変わる。
一年生の時と、少しだけ違う。
俺は二年生になった。
実感は、あまりない。
背が伸びたわけでもない。
いや、少しは伸びた。
でも、急に強くなったわけではない。
昨日の続きの体で、学年だけが一つ上がった。
「ヨウカさん、教室こっちです」
リーナが先に立っていた。
「ありがとうございます」
「二年生の教室、少し広いですね」
「そうですね」
新しい教室は、前より窓が大きかった。
光がよく入る。
席に着くと、外がよく見えた。
訓練場。
渡り廊下。
中庭。
一年前、あそこで色々あった。
そう思うと、少しだけ実感が湧いた。
⸻
マリベルとエレシアも、同じ教室だった。
「クラス、変わらなかったわね」
マリベルが席に着きながら言う。
「よかったです」
「あら、素直」
「知らない人ばかりだと、疲れます」
「それもそうね」
エレシアは、もう筆記具を並べていた。
一年経っても、この人は変わらない。
「レオスは?」
俺が聞くと、リーナが答えた。
「隣のクラスみたいです」
「そうですか」
「さっき、廊下で叫んでました」
「叫んで?」
「クラス離れた、って」
レオスらしい。
たぶん、後で顔を出す。
⸻
最初の集まりで、クラリス先生が入ってきた。
一年生の時と同じ先生だ。
「進級おめでとう」
前置きは短い。
去年と同じだった。
「二年生になった。だが、大きく変わることはない。授業がある。訓練がある。順位戦もある」
順位戦。
その言葉で、教室の空気が少し動いた。
去年、この教室にいた全員が、あれを経験している。
勝った者。
負けた者。
出なかった者。
それぞれの記憶がある。
「ただ、一つだけ変わることがある」
クラリス先生が続けた。
「もうすぐ、新入生が入る」
教室が、少しざわついた。
「君たちは、先輩になる」
先輩。
その言葉は、まだ体に馴染まない。
「一年前、君たちも一年生だった。上級生を見て、色々思っただろう。今度は、見られる側だ」
見られる側。
昨日、フィル村を出る馬車の中でも、同じことを考えた。
上を見てばかりだった。
これからは、後ろにも人が来る。
「特別なことをしろとは言わない。ただ、見られていることは、覚えておきなさい」
それだけ言って、クラリス先生は連絡事項に移った。
時間割。
教室の使い方。
順位戦までのおおまかな予定。
去年と同じ形式だった。
でも、聞いている俺は、少し違う。
一年前は、全部が初めてだった。
今は、二度目だ。
どこで何があるか、だいたい分かる。
分かるということは、慣れたということだ。
慣れは、悪くない。
だが、少しだけ怖い。
一年生の時の、あの分からなさを、もう持っていない。
⸻
昼休み、レオスが顔を出した。
「ヨウカ!」
「レオス」
「クラス離れたんだよ!」
「聞きました」
「聞いたのか」
「リーナから」
レオスは少し肩を落とした。
だが、すぐに戻った。
「まあ、いいや。飯は一緒に食えるし」
そういう切り替えの早さは、レオスの良いところだ。
「順位戦、今年も出るよな?」
「出ます」
「去年、俺、一回戦負けだったからさ」
レオスの声が、少し低くなった。
「今年は、一つは勝ちたい」
去年、レオスは「一撃入れたい」と言っていた。
今年は「一つ勝ちたい」になっている。
少しずつ、上を見ている。
「勝てると思います」
「なんで?」
「去年より、続けているので」
レオスが目を丸くした。
それから、笑った。
「お前、たまに変なこと言うよな」
「変ですか」
「でも、悪くない」
レオスは、そういう受け取り方をする。
だから話しやすい。
⸻
午後、訓練場へ行った。
新学年最初の訓練は、軽いものだった。
体を戻す程度。
休みの間に鈍った動きを、思い出す時間だ。
俺は木球を投げた。
的に当たる。
足元へ投げる。
狙った場所に落ちる。
村で、ヨシュアに見てもらった。
その時より、少し感覚が戻っている。
短剣も抜く。
軽く振る。
セレス先生はいなかったが、動きは覚えている。
入る。
置く。
止める。
引く。
去年、順位戦で使った形だ。
体が覚えている。
光も出してみた。
手のひらで丸く保つ。
離す。
弾ける。
去年より、形を保てる時間が少し長くなった気がした。
気のせいかもしれない。
でも、続けていれば、こういうものは少しずつ変わる。
闇は、出さなかった。
訓練場には、他の生徒もいる。
人の近くで広げるものではない。
そこは、去年と同じだ。
⸻
訓練場の端で、カリンを探した。
いなかった。
四年生は、別の時間に訓練するのかもしれない。
少し寂しい。
去年は、訓練場でよくカリンを見た。
盾を構える姿。
剣を振る姿。
遠くから見ているだけだった。
でも、今年は、少しだけ違う。
帰りの馬車で、話した。
また競える、と言われた。
勝てない、と返した。
今はね、と言われた。
その「今は」を、少しでも縮めたい。
そのためには、続けるしかない。
走る。
投げる。
振る。
出す。
去年と同じことを、続ける。
違うのは、去年より少しだけ遠くを見ていることだ。
⸻
夕方、寮に戻る途中で、掲示板の前を通った。
新しい紙が貼られていた。
新入生の入学式について。
日取り。
場所。
在校生の参加について。
二年生以上は、式に参加するらしい。
去年、俺も式に出た。
あの時は、緊張していた。
知らない場所。
知らない人。
知らない制度。
全部が、初めてだった。
今度は、迎える側だ。
どんな子が来るのか。
何人来るのか。
どんな魔法を使うのか。
分からない。
去年の俺のように、緊張している子もいるだろう。
何もできないと思い込んでいる子も、いるかもしれない。
逆に、自信満々の子もいるだろう。
色々な子が来る。
そう思うと、少しだけ落ち着かなかった。
「ヨウカさん」
リーナが横に来た。
「新入生、来ますね」
「はい」
「先輩になるの、変な感じです」
「私もです」
リーナが少し笑った。
「ヨウカさん、先輩っぽくなりますか?」
「なりません」
即答すると、リーナが笑った。
「そうですね」
「そこは、否定してください」
「だって、ヨウカさんはヨウカさんなので」
去年も、同じことを言われた。
あの時は、不思議な言い方だと思った。
今は、少しだけ分かる。
先輩になっても、俺は俺だ。
急に、誰かを導けるようになるわけではない。
できるのは、去年と同じこと。
見て。
聞いて。
続けること。
それだけだ。
⸻
夜、記録板を開いた。
二年生、始まり。
教室が変わった。窓が大きい。
クラス、マリベル・エレシア・リーナと同じ。レオスは隣。
順位戦、今年もある。
新入生が来る。先輩になる。
そこまで書いて、手を止めた。
先輩になる。
言葉にすると、まだ他人事のようだった。
去年、俺は上ばかり見ていた。
カリン。
カイル。
上級生。
届かない場所を見ていた。
今も、それは変わらない。
届きたい場所は、まだ上にある。
でも、これからは、下にも人が来る。
見られる側になる。
俺は記録板に、一行だけ足した。
上を見ながら、後ろも見る。難しそう。
記録板を閉じた。
明日も、授業がある。
訓練もある。
そして、少ししたら、新入生が来る。
どんな子たちが来るのかは、まだ分からない。




