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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
90/119

なんか怖いものほど、ちゃんと震えるらしい

その夜は、ルカが早く寝た。

 

昼間、木の輪を探して走り回ったせいだ。

 

結局、輪は薪の裏から出てきた。

 

どうしてそこにあったのかは分からない。

 

ルカに聞いても「あった」としか言わなかった。

 

ルカが寝ると、家は静かになった。

 

火の音。

 

外の風。

 

アンナが湯を沸かす音。

 

それくらいしかない。

 

「ヨウカ」

 

アンナが椀を三つ置いた。

 

温かい飲み物。

 

一つを俺の前に。

 

一つをヨシュアの前に。

 

残りを自分の前に。

 

「まだ話してないこと、あるでしょう」

 

手が止まった。

 

言っていない。

 

広場でカリンにも、それ以上は言わなかった。

 

それなのに、アンナは知っている。

 

「顔に書いてありますか」

 

「書いてある」

 

即答だった。

 

ヨシュアは何も言わずに、椀を両手で包んでいた。

 

聞く体勢だった。

 

 

どこから話すか、少し迷った。

 

勝った話ではない。

 

負けた話でもない。

 

順位戦より前のことだ。

 

「順位戦の少し前に、魔法制御の授業がありました」

 

「制御?」

 

「魔力を、うまく出す練習です。的に当てたり、量を調整したり」

 

アンナが頷いた。

 

「別の班の生徒が、失敗しました」

 

そこで、一度言葉を切る。

 

思い出すと、まだ音が残っている。

 

「硝子の板を使う練習でした。魔力を入れすぎて、板が割れました」

 

「割れた?」

 

「破片が、飛びました」

 

アンナの表情が少し変わった。

 

「顔の高さまで来ました。目とか、頬とか、そのあたりです」

 

ヨシュアの手が、椀の上で止まった。

 

「怪我をしたのか」

 

「私はしていません」

 

「他は」

 

「一人だけ、手を切りました。深くはありません」

 

ヨシュアが息を吐いた。

 

「なら、いい」

 

「はい」

 

「続けろ」

 

俺は椀を見た。

 

湯気が上がっている。

 

「破片が飛んだ時、カイルが動きました。水と風で、大きな破片の向きを変えました」

 

「フォルデラの子ね」

 

「はい」

 

「でも、細かい破片は、抜けてきました」

 

指で、空中に線を引く。

 

顔の高さ。

 

「そこで、闇を使いました」

 

アンナは何も言わなかった。

 

ヨシュアも動かない。

 

「黒い膜を、薄く広げました。破片を受けて、勢いを殺して、床に落としました」

 

言い終わってから、少し間があった。

 

「守れたのか」

 

ヨシュアが聞いた。

 

「顔の高さの破片は、落ちました」

 

「なら、守れたな」

 

「はい」

 

そのはずだった。

 

守れた。

 

怪我人は一人で、手だけだった。

 

目に入った人はいなかった。

 

だから、良かったはずだ。

 

「でも」

 

声が、少し引っかかった。

 

「でも?」

 

アンナが静かに聞いた。

 

「その後で、手が震えました」

 

言葉にすると、あの時の感覚が戻ってくる。

 

指先の冷たさ。

 

黒い膜を握っていた感覚。

 

「闇を使うと、指が冷たくなります。長く持つと、足も止まります。反動みたいなものです」

 

「知ってる」

 

アンナが言った。

 

「あなた、昔からそうだった」

 

そうだ。

 

フィル村にいた頃から、闇は少し怖いものだった。

 

広げないもの。

 

人の近くでは出さないもの。

 

「でも、反動だけじゃありませんでした」

 

俺は椀を握った。

 

温かい。

 

それでも、あの時の冷たさを思い出す。

 

「怖かったです」

 

言った。

 

「破片が飛んだのも怖かったです。でも、それより」

 

言葉を探した。

 

うまく出てこない。

 

「闇を、人のいる場所で広げたのが、怖かったです」

 

アンナは何も言わなかった。

 

ただ、聞いていた。

 

「今まで、闇は隠していました。人の近くでは出さないようにしていました。危ないものだと思っていたので」

 

「危ないものだと思ってた」

 

「はい」

 

「でも、使った」

 

「使いました」

 

「守るために」

 

「……はい」

 

そこで、声が詰まった。

 

守るために、危ないと思っていたものを出した。

 

出して、守れた。

 

守れたのに、手が震えた。

 

その順番が、うまく飲み込めていなかった。

 

ずっと。

 

 

アンナは、しばらく何も言わなかった。

 

飲み物を一口飲んだ。

 

それから、俺の方を見た。

 

「怖かったのに、使ったのね」

 

「はい」

 

「震えたのに、守ったのね」

 

「……はい」

 

「なら、それでいい」

 

それだけだった。

 

「それだけですか」

 

「それだけよ」

 

アンナは椀を置いた。

 

「怖くないものを使うのは、簡単なの。怖いものを、それでも使えたなら、それが一番難しいところを越えたってこと」

 

言葉が、胸の奥に落ちた。

 

「でも、震えました」

 

「震えていいのよ」

 

アンナは当たり前のように言った。

 

「震えないなら、その方が心配。人に向けて力を使って、何も感じないなら、そっちの方が危ない」

 

ヨシュアが、静かに頷いた。

 

「震えるのは、分かってる証拠だ」

 

「分かっている?」

 

「その力が、何をするかを」

 

闇が何をするか。

 

隠す。

重くする。

飲み込む。

 

破片を落とすこともできる。

 

使い方を変えれば、人にも向けられる。

 

たぶん、そういうことだ。

 

「向けなかったから、震えたんだと思う」

 

気づいたら、口調が変わっていた。

 

自分でも、少し驚いた。

 

アンナは何も言わなかった。

 

ヨシュアも、指摘しなかった。

 

ただ、アンナが手を伸ばして、俺の髪を軽く撫でた。

 

一度だけ。

 

それから、椀を持ち直す。

 

何事もなかったように。

 

「飲みなさい。冷める」

 

「うん」

 

その返事も、いつもと違った。

 

でも、誰も何も言わなかった。

 

 

飲み物は、少し冷めていた。

 

それでも、温かかった。

 

「怪我をした子は、どうなった」

 

ヨシュアが聞いた。

 

「手の処置をして、次の日には授業に来ていました」

 

「そうか」

 

「その子が、お礼を言いに来ました」

 

「そうか」

 

ヨシュアは同じ返事を二回した。

 

だが、二回目の方が、少し柔らかかった。

 

「守れて、よかったな」

 

「はい」

 

今度は、詰まらなかった。

 

守れて、よかった。

 

手は震えた。

 

でも、守れた。

 

その順番が、やっと飲み込めた気がした。

 

「ヨウカ」

 

アンナが言った。

 

「これから、もっと怖いものを使うことになると思う」

 

「はい」

 

「精霊もそう。闇もそう。まだ分からない力もそう」

 

「はい」

 

「そのたびに、たぶん震える」

 

「……はい」

 

「震えたら、また話しなさい」

 

それだけだった。

 

慰めるでもなく。

 

励ますでもなく。

 

ただ、また話せと言った。

 

「はい」

 

今度の返事は、いつもの言い方に戻っていた。

 

戻ったことに、少しだけ気づいた。

 

でも、それでよかった。

 

 

ヨシュアが立ち上がった。

 

「寝るか」

 

「はい」

 

「明日は、村を出る前に少し体を動かせ。座ってばかりだと鈍る」

 

「はい」

 

「投げるのを見てやる」

 

それは、少し嬉しかった。

 

アンナが椀を片づけながら言う。

 

「私も見る」

 

「火は出さないでください」

 

「なんで」

 

「畑が焼けます」

 

アンナが笑った。

 

「昨日と同じこと言ってる」

 

「昨日も本当のことです」

 

ルカの寝息が、隣の部屋から聞こえた。

 

浅くはない。

 

よく寝ている。

 

明日、村を出れば、しばらく会えない。

 

また学園に戻る。

 

そこには、まだ話していない未来がある。

 

順位戦の次。

 

新しい後輩。

 

まだ分からない力。

 

それでも、今日話せたことが一つある。

 

硝子の日のこと。

 

手が震えたこと。

 

それを、話せる場所があること。

 

布団に入る。

 

灯りが落ちる。

 

今日は、よく眠れそうだった。


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