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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
89/105

なんか名前は勝手に歩くらしい

朝食のあと、アンナは椀を片づける手を止めなかった。

 

それでも、声だけこちらへ飛んできた。

 

「ヨウカ」

 

「はい」

 

「勝った話」

 

覚えていた。

 

忘れているとは思っていなかったが、順番まで覚えているとは思わなかった。

 

「今からですか」

 

「洗い終わるまでに始めなさい」

 

条件が厳しい。

 

ヨシュアは土間の椅子に座って、短剣の手入れをしていた。

 

自分のではない。

 

俺の訓練用だ。

 

昨日、板に何度も当てたから、縁が少し傷んでいる。

 

「一人目から」

 

ヨシュアが言った。

 

聞く体勢はできているらしい。

 

 

「一人目は、ガルドさんです」

 

「槍だったわね」

 

「はい。二年生で、去年は下剋上をした人です」

 

アンナの手が一瞬止まった。

 

「初戦でそれ?」

 

「はい」

 

「くじ、ひどいわね」

 

「ひどかったです」

 

本当にひどかった。

 

「長さは」

 

ヨシュアが聞いた。

 

「私の身長より、かなり上です。構えた時点で、こちらの短剣は届きません」

 

「踏み込みは」

 

「速くありません。でも、戻しが速いです」

 

ヨシュアが手を止めた。

 

「面倒だな」

 

「面倒でした」

 

「どうした」

 

「最初は、押されました」

 

そこは正確に言う必要がある。

 

「一度だけ内側に入って、袖をかすめました。でも、そこから相手が変わりました。木球は弾かれて、光も外されて、闇を出せば引かれました」

 

「通した手が潰されたわけね」

 

アンナが後ろから言った。

 

「はい」

 

「それで?」

 

「押し返されて、結界の縁が近くなりました」

 

アンナが振り向いた。

 

濡れた手を布で拭いている。

 

「負ける流れじゃない」

 

「はい」

 

「でも勝った」

 

「はい」

 

「どこで変えたの」

 

そこを聞くのか。

 

やはりそこを聞く。

 

「踵です」

 

ヨシュアが顔を上げた。

 

「踵?」

 

「ガルドさんは、突いた後に必ず戻します。その時、左の踵が同じ場所に残っていました。二回続けて、同じ場所でした」

 

言いながら、自分の足で位置を作る。

 

「ここです。結界の縁の、すぐ内側」

 

アンナが布を置いた。

 

腕を組んで、俺の足元を見ている。

 

「それで、そこを狙ったの?」

 

「いえ」

 

「違うの?」

 

「そこは踏ませたままにしました。動かしたのは、前足の方です」

 

木球を前に置くふりをする。

 

「前足の手前に投げると、踏まずに外へ逃げます。逃げると、体が少し開きます。開いたところで、槍を戻す手の横に光を出しました」

 

「止まるわね」

 

「一瞬です。その間に前へ出て、二つ目を槍の後ろの端に当てました。手元が浮きます」

 

ヨシュアが小さく頷いた。

 

「そこまでで、踵は動いていないわけだ」

 

「はい。縁の内側に残ったままです」

 

「あとは」

 

「足元に光を出しました。反射で足が引かれて、踵が縁に触れました」

 

静かになった。

 

アンナが息を吐く。

 

それから、笑った。

 

声を出して笑った。

 

「あんた、性格悪いわね」

 

「褒めていますか」

 

「褒めてるわ」

 

ヨシュアも、口の端が少し上がっていた。

 

「相手には言われたか」

 

「嫌なところに投げる、と言われました」

 

「それは勝ちだな」

 

基準がおかしい。

 

でも、この家ではそれが基準らしい。

 

 

「二人目は」

 

「ラウルさんです。剣と、土の小さい魔法を使う人でした」

 

「相性が悪いじゃない」

 

アンナがすぐに言った。

 

「悪かったです。足元を乱されると、投げるのも入るのも遅れます」

 

「どうしたの」

 

「最初は何もできませんでした。投げれば弾かれて、入れば押されて、逃げる先の土を盛られました」

 

思い出すと、今でも嫌になる。

 

「でも、土を動かす時だけ、剣先が下がっていました」

 

アンナの目が細くなる。

 

「同時にできないのね」

 

「はい。左手で腰の札を使っていました。札から土に流れていたので、そこを木球で撃ちました」

 

「壊したの?」

 

「壊れません。でも、流れが乱れて、土が崩れました」

 

ヨシュアが短剣を布で拭き、鞘に戻した。

 

「よく見つけたな」

 

「光を出した時に、剣が止まったので。その一瞬だけ、手を見る余裕がありました」

 

「牽制を、見るために使ったわけだ」

 

「はい」

 

ヨシュアはそれ以上言わなかった。

 

だが、短剣を置く手つきが、少しだけ丁寧になった気がした。

 

 

「ねえちゃ!」

 

予告どおりだった。

 

ルカが土間から入ってきた。

 

手には木の輪。

 

昨日と同じものだ。

 

「なげて」

 

「今、話をしています」

 

「なげて」

 

「後で投げます」

 

「いま」

 

交渉が成立しない。

 

アンナが笑いながらルカを抱え上げた。

 

「ルカ。お姉ちゃんは今、自慢してるの」

 

「していません」

 

「してるわよ」

 

「報告です」

 

「同じよ」

 

違うと思う。

 

ルカはアンナの腕の中で、俺の方へ木の輪を差し出し続けている。

 

諦めが悪い。

 

ヨシュアが手を伸ばして、輪を受け取った。

 

それから、土間の柱に軽く投げた。

 

輪が柱に引っかかる。

 

ルカの目が丸くなった。

 

「……とうちゃ」

 

「拾ってこい」

 

ルカが下ろされて、走っていく。

 

時間を稼いだらしい。

 

「早い」

 

「二人目だからな」

 

ヨシュアは平然としていた。

 

 

「それで」

 

アンナが座った。

 

「まだあるでしょう」

 

分かるのか。

 

いや、分かるのだろう。

 

「三人目のことは、昨日話しました」

 

「そっちじゃない」

 

「……はい」

 

話す順番を考えていた。

 

考えている間に、見抜かれていたらしい。

 

「初戦の最後に、精霊に頼みました」

 

アンナの表情は変わらなかった。

 

ヨシュアも動かない。

 

「土埃を、少しだけ立ててもらいました。踵を狙う前に、視線を落としてもらうためです」

 

「命令したの?」

 

「していません。頼みました。来てくれるかは分かりませんでした」

 

「来たのね」

 

「来てくれました」

 

アンナが小さく頷いた。

 

「それで、何を言われたの」

 

飛ばされた。

 

頼んだ話ではなく、その後の話を聞かれている。

 

「順位戦の後、生徒会長に呼び止められました」

 

「生徒会長」

 

「今年の序列一位の人です。氷の魔法を使います」

 

「その人が、見てたわけね」

 

「はい。普通の土魔法ではない、と言われました」

 

アンナは何も言わない。

 

続けろ、という顔だった。

 

「精霊魔法に近いのかもしれない、と。使い方次第では強いけれど、今の私のものは不安定で珍しい、と言われました」

 

「他には」

 

「精霊は道具ではないでしょう、と」

 

そこで、アンナが少し笑った。

 

「いい人ね」

 

「いい人でした」

 

「怖くもあるけど」

 

「怖くもありました」

 

教師からの呼び出しはなかったこと。

 

危険行為とは見なされなかったこと。

 

それも話した。

 

ただ、その後に一つ残っている。

 

「周りに、聞かれていました」

 

アンナの指が、卓の上で止まった。

 

「広まった?」

 

「たぶん」

 

「たぶんじゃなくて」

 

「……広まりました。帰る前に、掲示板の前でも言われました」

 

ヨシュアが立ち上がった。

 

何かを取りに行くわけではない。

 

ただ、窓の方へ歩いて、外を見た。

 

アンナはこちらを見たままだった。

 

二人とも、驚いていない。

 

そこが引っかかった。

 

「あの」

 

「なに」

 

「怒られると思っていました」

 

「なんで」

 

「目立ちすぎたので」

 

アンナは首を横に振った。

 

「隠せた話じゃないでしょう。試合で使ったんだから」

 

「はい」

 

「見た人がいて、名前がついた。それだけよ」

 

それだけ、と言った。

 

言い方が軽くはなかった。

 

「名前は、勝手に歩く」

 

窓の方でヨシュアが言った。

 

こちらを見ていない。

 

「一度ついたら、外せない。人が先に来る」

 

「はい」

 

「善意も来る。悪意も来る」

 

カイルと同じことを言っている。

 

違うのは、カイルは公爵家の子として言い、ヨシュアは何も名乗らずに言っていることだった。

 

「父さんも、そうでしたか」

 

聞いてから、少し迷った。

 

踏み込みすぎたかもしれない。

 

ヨシュアはしばらく外を見ていた。

 

「昔の話だ」

 

それだけだった。

 

アンナが横で、卓を指で一度叩いた。

 

「その話は、あとでね」

 

「あとで」

 

「そう。あとで」

 

はぐらかされた。

 

はぐらかされたが、嘘ではない。

 

あとで、と言う時のアンナは、たいてい本当にあとで話す。

 

 

「ヨウカ」

 

アンナが座り直した。

 

「一つだけ、今言っておく」

 

「はい」

 

「頼んだなら、最後まで見なさい」

 

「見る、というのは」

 

「頼んだ結果よ」

 

アンナは自分の手のひらを上に向けた。

 

何も乗っていない手だ。

 

「土埃が立って、相手の足が止まった。そこまではあなたが見た。でも、その先で相手が転んで頭を打っていたら?」

 

「……私のせいです」

 

「そう」

 

アンナは手を下ろした。

 

「頼んだのはあなた。来てくれたのは精霊。でも、起きたことの責任はあなたが持つの」

 

「はい」

 

「頼るのは悪いことじゃない。私だってヨシュアに頼るし、ヨシュアも私に頼る」

 

ヨシュアが窓の方で小さく息を吐いた。

 

たぶん、認めている。

 

「でも、頼った結果を相手に押しつけたら、それはただの利用よ」

 

利用。

 

言葉が重かった。

 

「はい」

 

「分かった顔してるわね」

 

「分かったつもりです」

 

「じゃあ、いいわ」

 

アンナは立ち上がって、卓の椀を持った。

 

「はい、終わり。ルカが戻ってくる」

 

言い終わる前に、土間から足音が聞こえた。

 

木の輪を持っている。

 

柱から外すのに、かなり苦戦したらしい。

 

「ねえちゃ、なげて」

 

「はい」

 

今度は断らなかった。

 

 

夕方、庭で木の輪を投げた。

 

ルカが拾って、戻ってきて、また差し出す。

 

それを何度も繰り返す。

 

輪は軽くて、狙った場所には飛ばない。

 

それでいい。

 

狙わない投げ方を、久しぶりにした。

 

アンナが窓から顔を出した。

 

「日が落ちる前に戻りなさい」

 

「はい」

 

返事をしてから、少しだけ考えた。

 

昨日、一度だけ崩れた言葉。

 

戻そうと思えば戻る。

 

戻さないでいることも、たぶんできる。

 

どちらも、まだうまくできない。

 

「ねえちゃ」

 

「はい」

 

「もっかい」

 

「はい」

 

輪が飛ぶ。

 

落ちる。

 

ルカが走る。

 

それを見ながら、俺は明日のことを考えていた。

 

まだ話していないことがある。

 

硝子が割れた日のこと。

 

黒い膜で受けたこと。

 

手が震えたこと。

 

あれは、勝った話でも負けた話でもない。

 

だから、順番が来ていない。


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