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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
88/111

なんか狭い方が強いらしい

昼を過ぎた頃、アンナが台所から顔を出した。

 

「ヨウカ」

 

「はい」

 

「見せなさい」

 

一日置いて、忘れていなかったらしい。

 

「今からですか」

 

「休んだでしょう」

 

「休みました」

 

「なら、今」

 

言い返す余地がない。

 

ヨシュアはもう土間で長靴を履いていた。

 

準備が早い。

 

たぶん、朝から決まっていた。

 

 

村の外れに、使われていない畑がある。

 

冬の間に一度掘り返して、そのまま置いてある土だ。

 

足で踏むと、少し柔らかい。

 

ヨシュアが木の板を三枚立てた。

 

一枚は正面。

 

残り二枚は、少し離して斜めに。

 

「投げてみろ」

 

「はい」

 

腰の袋から木球を出す。

 

持ってきていた。

 

帰省中も使うかもしれないと言った手前、使わないわけにいかない。

 

正面の板へ投げる。

 

乾いた音。

 

真ん中に当たった。

 

ヨシュアは何も言わなかった。

 

次。

 

斜めの板を狙う。

 

外れた。

 

右に逸れて、土へ落ちる。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

二度目で当たった。

 

三度目も当たった。

 

四度目は、また逸れた。

 

「止め」

 

ヨシュアが板の前に立った。

 

「今のは、当てる投げ方だな」

 

「はい」

 

「順位戦でも、そう投げたか」

 

少し考える。

 

「いえ」

 

「どう投げた」

 

説明するより早い。

 

俺は木球を握り直した。

 

「父さん、動いてもらえますか」

 

ヨシュアの眉が上がる。

 

「どう動く」

 

「私に向かって、歩いてきてください」

 

「速さは」

 

「普通で」

 

ヨシュアが歩き出す。

 

普通、と言ったのに、圧がある。

 

足音が重い。

 

一歩ごとに、こちらの選べる場所が減っていく。

 

的ではない。

 

足の前。

 

そこに置く。

 

投げた。

 

木球が土を跳ねた。

 

ヨシュアの前足が、外へ逃げる。

 

半歩。

 

それだけ。

 

だが、まっすぐだった線がずれた。

 

横へ抜ける。

 

短剣の距離。

 

「そこまで」

 

ヨシュアが足を止めた。

 

振り返る。

 

自分の足元を見た。

 

それから、木球の落ちた場所を見た。

 

「なるほどな」

 

「はい」

 

「当てなくていいわけだ」

 

「置いた場所を、踏みたくないと思ってもらえれば」

 

ヨシュアは黙って、跳ねた跡を靴の先でなぞった。

 

「誰に教わった」

 

「投擲の先生です。倒そうとするな、足を置く場所を消せ、と」

 

「良い先生だ」

 

短い。

 

でも、そういう言い方をする時は、本当に良いと思っている。

 

「もう一度やるか」

 

「はい」

 

二度目は、逃げられた。

 

ヨシュアの足は跳ねた土を踏まなかったが、線もずれなかった。

 

そのまま距離を詰められる。

 

三度目は、投げる前に止められた。

 

腕を上げたところで、もう目の前にいた。

 

「速い」

 

思わず言った。

 

「二回見た」

 

それだけで対応してくる。

 

順位戦で当たった相手より、ずっと速い。

 

当たり前だ。

 

この人は冒険者で、二つ名を持っている。

 

 

「短剣は」

 

ヨシュアが言った。

 

「持っています」

 

「抜け」

 

訓練用の木の短剣を出す。

 

ヨシュアは板の一枚を引き抜いて、それを持った。

 

剣の代わりらしい。

 

「来い」

 

入る。

 

板が下りてくる。

 

速い。

 

受けない。

 

横に置いて、流す。

 

流せなかった。

 

重い。

 

腕ごと持っていかれる。

 

体勢が崩れたところで、板が肩の前で止まった。

 

「死んだな」

 

「はい」

 

「受けようとしただろう」

 

「流そうとしました」

 

「重さが違えば、流すのも受けるのと同じだ」

 

もう一度。

 

今度は流さない。

 

横へ抜ける。

 

板が通る。

 

戻る。

 

戻る時に、ヨシュアの手元が近くなった。

 

そこへ短剣を出す。

 

木の刃が、手首の外側に触れた。

 

触れただけだ。

 

その後、板の縁が首の横で止まっている。

 

「相討ちだな」

 

「はい」

 

「だが、戻りを見た」

 

ヨシュアが板を下ろした。

 

「そこは前になかった」

 

「セレス先生に、伸びた後も戻る、と言われました」

 

「そのとおりだ」

 

それから、少しだけ間があった。

 

「腕は伸びたな」

 

背が伸びた、ではなかった。

 

腕。

 

届く距離の話をしている。

 

「はい」

 

「まだ短い」

 

「はい」

 

「なら、まだやることがある」

 

昨日と同じ言い方だった。

 

 

「次、私」

 

アンナが畑の縁に立っていた。

 

いつの間に来ていたのか。

 

腕を組んで、こちらを見ている。

 

「魔法、見せなさい」

 

「大きなものは出せません」

 

「知ってるわ」

 

即答された。

 

手のひらに光を作る。

 

丸く保つ。

 

板の横へ離す。

 

弾ける。

 

板は倒れない。

 

焦げてもいない。

 

ただ、光った。

 

アンナが目を細めた。

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

「どう使うの」

 

「見ている場所の横に出します。一瞬、目が切れます」

 

「切れたら?」

 

「その間に、足を動かします」

 

アンナは何も言わずに、板の方へ歩いていった。

 

それから、俺の横に戻ってくる。

 

「もう一回。今度は私の手元の横」

 

「危なくないですか」

 

「危なかったら怒るわ」

 

それは怖い。

 

光を離す。

 

アンナの手の外側で弾けた。

 

アンナの指が、ほんのわずかに止まる。

 

本当にわずかだ。

 

「なるほどね」

 

アンナは自分の手を見た。

 

「一瞬、指が遅れた」

 

「はい」

 

「小さいのに、嫌なところに出すのね」

 

「よく言われます」

 

「誰に」

 

「戦った相手にです」

 

アンナは笑った。

 

「闇は?」

 

影を伸ばす。

 

黒い膜を薄く立てる。

 

小さい。

 

ヨシュアが木片を放った。

 

膜に触れる。

 

ぱ、と音がして、木片が落ちた。

 

指先が冷える。

 

すぐ消す。

 

「持たない方がいいのね」

 

「持つと、足が止まります」

 

「それも言われた?」

 

「レヴィン先生に。受けたら落とせ、抱えるな、と」

 

アンナは頷いた。

 

それから、畑の奥へ歩いていく。

 

板の前で立ち止まった。

 

「見てなさい」

 

 

アンナが右手を上げた。

 

何かを唱えたようには見えなかった。

 

ただ、空気が変わった。

 

熱ではない。

 

音がなくなる感じ。

 

板の表面に、火が生まれた。

 

小さい。

 

拳より少し大きいくらい。

 

それが、板の一点だけを舐める。

 

炎が上へ伸びない。

 

横にも広がらない。

 

板の縁まで、指一本ぶんを残して止まっている。

 

足元の枯れ草は、揺れてもいない。

 

「消すわよ」

 

火が消えた。

 

板に、穴が開いていた。

 

円い。

 

向こう側が見える。

 

厚みのある板だ。

 

それを、拳より小さい火が抜いた。

 

俺は近づいて、縁に指を寄せる。

 

熱い。

 

触れない。

 

穴の縁は炭になっていなかった。

 

溶けて固まったように、つるりとしている。

 

その一分外側は、木の色のままだ。

 

煙も、ほとんど上がっていない。

 

「……これ」

 

「なに」

 

「爆炎の魔女、と聞いていました」

 

アンナは肩をすくめた。

 

「言われてるわね」

 

「もっと、大きいものだと思っていました」

 

「大きいのも出せるわよ」

 

即答だった。

 

そこに謙遜はなかった。

 

「森でなら、木を何本かまとめて燃やせる。魔物の群れなら、そっちの方が早い」

 

アンナは畑の土を靴で軽く踏んだ。

 

「でも、ここで出したら」

 

「畑が焼けます」

 

「あと、家も近い」

 

それはそうだ。

 

「だから、狭くするんですか」

 

「それもあるけど」

 

アンナは板の穴を指でなぞった。

 

熱が引いていないのか、途中で指を離す。

 

「広げると、散るのよ」

 

「散る」

 

「同じだけ出しても、広い方は薄くなる。木は焦げるけど、抜けない」

 

それから、穴を軽く叩いた。

 

「狭くすると、そこだけに全部乗る」

 

板の向こうが見えている。

 

拳より小さい火が、板を抜いた。

 

広げていたら、表面が黒くなって終わっていた。

 

「弱くしてるわけじゃないんですね」

 

「逆よ」

 

アンナは当たり前のように言った。

 

「一番強いのは、狭いところ」

 

順位戦の光景が、頭の奥で重なった。

 

ロデュウの炎。

 

広げた炎が、剣の線へ絞られた時。

 

量が減ったのではなかった。

 

密度が上がった。

 

あの一撃が、カリンの盾を越えた。

 

「母さん」

 

「なに」

 

「同じことをする人を、学園で見ました」

 

「へえ」

 

「広げてから、絞る人でした」

 

アンナは少し笑った。

 

「使い分けてるのね。上手いわ」

 

褒めた。

 

本当に褒めていた。

 

「私は、絞る方から入っただけ」

 

「大きく出すのは、才能があればできる。私はあるわ」

 

本当に、そう言った。

 

「でも、狭くするのは才能だけじゃ足りないの。何回も外して、何回も焦がして、そのたびに覚えるしかない」

 

指が止まる。

 

「私も、昔は畑を焦がしたわよ」

 

「……焦がしたの?」

 

言ってから、口を閉じた。

 

自分の声が、いつもと違った。

 

アンナがこちらを見る。

 

何も言わない。

 

ただ、少しだけ笑った。

 

「言わないで」

 

ヨシュアが後ろで小さく息を吐いた。

 

たぶん、笑っている。

 

「ヨシュア」

 

「何も言っていない」

 

「顔で言ってる」

 

夫婦の会話だった。

 

俺は板の穴をもう一度見る。

 

向こう側の畑が、円く切り取られて見えた。

 

必要な大きさで、必要な場所に、必要な時間だけ。

 

それ以外を、出していない。

 

出していないのに、抜けている。

 

「母さん」

 

「なに」

 

「今の、どのくらい練習しましたか」

 

アンナは少し考えた。

 

「覚えてないわ」

 

「そうですか」

 

「でも、あなたが生まれる前から焦がしてる」

 

長い。

 

かなり長い。

 

 

「ねえちゃー!」

 

声がした。

 

畑の入口に、ルカが立っていた。

 

手に木の輪を持っている。

 

その後ろから、リリが歩いてくる。

 

「連れてきちゃった。ごめんね」

 

「見たいって、聞かなかったので?」

 

「ずっと言ってた」

 

リリが肩を落とした。

 

ルカは俺の方へ来て、木の輪を差し出した。

 

「ねえちゃ、なげて」

 

「投げますか」

 

「なげる」

 

アンナが横で笑った。

 

「教わったばかりの技を、木の輪で試す気ね」

 

「試しません」

 

輪を受け取って、軽く投げた。

 

ふわりと飛んで、土の上に落ちる。

 

ルカが走って拾いに行く。

 

足の運びは、まだ怪しい。

 

それでも、去年よりずっと速い。

 

戻ってきて、また差し出す。

 

「もっかい」

 

「はい」

 

「もっかい」

 

「まだ投げていません」

 

ヨシュアが板を片づけながら言った。

 

「言っただろう」

 

「はい。邪魔されるって」

 

「休めているならいい」

 

これは休みなのだろうか。

 

たぶん、そういうことにしておいた方がいい。

 

 

夜。

 

記録板を開いた。

 

今日のことを書く。

 

投擲、父に見せた。二回で対応された。

短剣、相討ち。重い相手に流すのは受けるのと同じ。

戻りを見る、は残っていた。

光、母の指を一瞬止めた。

闇、木片は落とせた。持たない。

 

そこで手が止まる。

 

アンナの火のことを、どう書けばいいのか分からなかった。

 

大きい火ではなかった。

 

弱い火でもなかった。

 

板を抜いた。

 

縁は溶けて、草は揺れてもいなかった。

 

俺は少し考えて、こう書いた。

 

母の火。拳より小さい。厚い板を抜いた。

広げると散る。狭くすると全部乗る。

狭い方が、弱いのではない。狭い方が、強い。

 

書いてから、もう一行足した。

 

狭くするのは、外し続けた回数でできている。

 

記録板を閉じる。

 

昼間、一度だけ言葉が崩れた。

 

直そうとして、やめた。

 

アンナは何も言わなかった。

 

言わないまま、笑っていた。

 

明日は、勝った話をしないといけない。

 

アンナが忘れているとは思えない。

 

ガルドのこと。

 

ラウルのこと。

 

たぶん、途中でルカに邪魔される。


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