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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
88/166

なんか狭い方が強いらしい

昼を過ぎた頃、アンナが台所から顔を出した。

 

「ヨウカ」

 

「はい」

 

「見せなさい」

 

一日置いて、忘れていなかったらしい。

 

「今からですか」

 

「休んだでしょう」

 

「休みました」

 

「なら、今」

 

言い返す余地がない。

 

ヨシュアはもう土間で長靴を履いていた。

 

準備が早い。

 

たぶん、朝から決まっていた。

 

⸻

 

村の外れに、使われていない畑がある。

 

冬の間に一度掘り返して、そのまま置いてある土だ。

 

足で踏むと、少し柔らかい。

 

ヨシュアが木の板を三枚立てた。

 

一枚は正面。

 

残り二枚は、少し離して斜めに。

 

「投げてみろ」

 

「はい」

 

腰の袋から木球を出す。

 

持ってきていた。

 

帰省中も使うかもしれないと言った手前、使わないわけにいかない。

 

正面の板へ投げる。

 

乾いた音。

 

真ん中に当たった。

 

ヨシュアは何も言わなかった。

 

次。

 

斜めの板を狙う。

 

外れた。

 

右に逸れて、土へ落ちる。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

二度目で当たった。

 

三度目も当たった。

 

四度目は、また逸れた。

 

「止め」

 

ヨシュアが板の前に立った。

 

「今のは、当てる投げ方だな」

 

「はい」

 

「順位戦でも、そう投げたか」

 

少し考える。

 

「いえ」

 

「どう投げた」

 

説明するより早い。

 

俺は木球を握り直した。

 

「父さん、動いてもらえますか」

 

ヨシュアの眉が上がる。

 

「どう動く」

 

「私に向かって、歩いてきてください」

 

「速さは」

 

「普通で」

 

ヨシュアが歩き出す。

 

普通、と言ったのに、圧がある。

 

足音が重い。

 

一歩ごとに、こちらの選べる場所が減っていく。

 

的ではない。

 

足の前。

 

そこに置く。

 

投げた。

 

木球が土を跳ねた。

 

ヨシュアの前足が、外へ逃げる。

 

半歩。

 

それだけ。

 

だが、まっすぐだった線がずれた。

 

横へ抜ける。

 

短剣の距離。

 

「そこまで」

 

ヨシュアが足を止めた。

 

振り返る。

 

自分の足元を見た。

 

それから、木球の落ちた場所を見た。

 

「なるほどな」

 

「はい」

 

「当てなくていいわけだ」

 

「置いた場所を、踏みたくないと思ってもらえれば」

 

ヨシュアは黙って、跳ねた跡を靴の先でなぞった。

 

「誰に教わった」

 

「投擲の先生です。倒そうとするな、足を置く場所を消せ、と」

 

「良い先生だ」

 

短い。

 

でも、そういう言い方をする時は、本当に良いと思っている。

 

「もう一度やるか」

 

「はい」

 

二度目は、逃げられた。

 

ヨシュアの足は跳ねた土を踏まなかったが、線もずれなかった。

 

そのまま距離を詰められる。

 

三度目は、投げる前に止められた。

 

腕を上げたところで、もう目の前にいた。

 

「速い」

 

思わず言った。

 

「二回見た」

 

それだけで対応してくる。

 

順位戦で当たった相手より、ずっと速い。

 

当たり前だ。

 

この人は冒険者で、二つ名を持っている。

 

⸻

 

「短剣は」

 

ヨシュアが言った。

 

「持っています」

 

「抜け」

 

訓練用の木の短剣を出す。

 

ヨシュアは板の一枚を引き抜いて、それを持った。

 

剣の代わりらしい。

 

「来い」

 

入る。

 

板が下りてくる。

 

速い。

 

受けない。

 

横に置いて、流す。

 

流せなかった。

 

重い。

 

腕ごと持っていかれる。

 

体勢が崩れたところで、板が肩の前で止まった。

 

「死んだな」

 

「はい」

 

「受けようとしただろう」

 

「流そうとしました」

 

「重さが違えば、流すのも受けるのと同じだ」

 

もう一度。

 

今度は流さない。

 

横へ抜ける。

 

板が通る。

 

戻る。

 

戻る時に、ヨシュアの手元が近くなった。

 

そこへ短剣を出す。

 

木の刃が、手首の外側に触れた。

 

触れただけだ。

 

その後、板の縁が首の横で止まっている。

 

「相討ちだな」

 

「はい」

 

「だが、戻りを見た」

 

ヨシュアが板を下ろした。

 

「そこは前になかった」

 

「セレス先生に、伸びた後も戻る、と言われました」

 

「そのとおりだ」

 

それから、少しだけ間があった。

 

「腕は伸びたな」

 

背が伸びた、ではなかった。

 

腕。

 

届く距離の話をしている。

 

「はい」

 

「まだ短い」

 

「はい」

 

「なら、まだやることがある」

 

昨日と同じ言い方だった。

 

⸻

 

「次、私」

 

アンナが畑の縁に立っていた。

 

いつの間に来ていたのか。

 

腕を組んで、こちらを見ている。

 

「魔法、見せなさい」

 

「大きなものは出せません」

 

「知ってるわ」

 

即答された。

 

手のひらに光を作る。

 

丸く保つ。

 

板の横へ離す。

 

弾ける。

 

板は倒れない。

 

焦げてもいない。

 

ただ、光った。

 

アンナが目を細めた。

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

「どう使うの」

 

「見ている場所の横に出します。一瞬、目が切れます」

 

「切れたら?」

 

「その間に、足を動かします」

 

アンナは何も言わずに、板の方へ歩いていった。

 

それから、俺の横に戻ってくる。

 

「もう一回。今度は私の手元の横」

 

「危なくないですか」

 

「危なかったら怒るわ」

 

それは怖い。

 

光を離す。

 

アンナの手の外側で弾けた。

 

アンナの指が、ほんのわずかに止まる。

 

本当にわずかだ。

 

「なるほどね」

 

アンナは自分の手を見た。

 

「一瞬、指が遅れた」

 

「はい」

 

「小さいのに、嫌なところに出すのね」

 

「よく言われます」

 

「誰に」

 

「戦った相手にです」

 

アンナは笑った。

 

「闇は?」

 

影を伸ばす。

 

黒い膜を薄く立てる。

 

小さい。

 

ヨシュアが木片を放った。

 

膜に触れる。

 

ぱ、と音がして、木片が落ちた。

 

指先が冷える。

 

すぐ消す。

 

「持たない方がいいのね」

 

「持つと、足が止まります」

 

「それも言われた?」

 

「レヴィン先生に。受けたら落とせ、抱えるな、と」

 

アンナは頷いた。

 

それから、畑の奥へ歩いていく。

 

板の前で立ち止まった。

 

「見てなさい」

 

⸻

 

アンナが右手を上げた。

 

何かを唱えたようには見えなかった。

 

ただ、空気が変わった。

 

熱ではない。

 

音がなくなる感じ。

 

板の表面に、火が生まれた。

 

小さい。

 

拳より少し大きいくらい。

 

それが、板の一点だけを舐める。

 

炎が上へ伸びない。

 

横にも広がらない。

 

板の縁まで、指一本ぶんを残して止まっている。

 

足元の枯れ草は、揺れてもいない。

 

「消すわよ」

 

火が消えた。

 

板に、穴が開いていた。

 

円い。

 

向こう側が見える。

 

厚みのある板だ。

 

それを、拳より小さい火が抜いた。

 

俺は近づいて、縁に指を寄せる。

 

熱い。

 

触れない。

 

穴の縁は炭になっていなかった。

 

溶けて固まったように、つるりとしている。

 

その一分外側は、木の色のままだ。

 

煙も、ほとんど上がっていない。

 

「……これ」

 

「なに」

 

「爆炎の魔女、と聞いていました」

 

アンナは肩をすくめた。

 

「言われてるわね」

 

「もっと、大きいものだと思っていました」

 

「大きいのも出せるわよ」

 

即答だった。

 

そこに謙遜はなかった。

 

「森でなら、木を何本かまとめて燃やせる。魔物の群れなら、そっちの方が早い」

 

アンナは畑の土を靴で軽く踏んだ。

 

「でも、ここで出したら」

 

「畑が焼けます」

 

「あと、家も近い」

 

それはそうだ。

 

「だから、狭くするんですか」

 

「それもあるけど」

 

アンナは板の穴を指でなぞった。

 

熱が引いていないのか、途中で指を離す。

 

「広げると、散るのよ」

 

「散る」

 

「同じだけ出しても、広い方は薄くなる。木は焦げるけど、抜けない」

 

それから、穴を軽く叩いた。

 

「狭くすると、そこだけに全部乗る」

 

板の向こうが見えている。

 

拳より小さい火が、板を抜いた。

 

広げていたら、表面が黒くなって終わっていた。

 

「弱くしてるわけじゃないんですね」

 

「逆よ」

 

アンナは当たり前のように言った。

 

「一番強いのは、狭いところ」

 

順位戦の光景が、頭の奥で重なった。

 

ロデュウの炎。

 

広げた炎が、剣の線へ絞られた時。

 

量が減ったのではなかった。

 

密度が上がった。

 

あの一撃が、カリンの盾を越えた。

 

「母さん」

 

「なに」

 

「同じことをする人を、学園で見ました」

 

「へえ」

 

「広げてから、絞る人でした」

 

アンナは少し笑った。

 

「使い分けてるのね。上手いわ」

 

褒めた。

 

本当に褒めていた。

 

「私は、絞る方から入っただけ」

 

「大きく出すのは、才能があればできる。私はあるわ」

 

本当に、そう言った。

 

「でも、狭くするのは才能だけじゃ足りないの。何回も外して、何回も焦がして、そのたびに覚えるしかない」

 

指が止まる。

 

「私も、昔は畑を焦がしたわよ」

 

「……焦がしたの?」

 

言ってから、口を閉じた。

 

自分の声が、いつもと違った。

 

アンナがこちらを見る。

 

何も言わない。

 

ただ、少しだけ笑った。

 

「言わないで」

 

ヨシュアが後ろで小さく息を吐いた。

 

たぶん、笑っている。

 

「ヨシュア」

 

「何も言っていない」

 

「顔で言ってる」

 

夫婦の会話だった。

 

俺は板の穴をもう一度見る。

 

向こう側の畑が、円く切り取られて見えた。

 

必要な大きさで、必要な場所に、必要な時間だけ。

 

それ以外を、出していない。

 

出していないのに、抜けている。

 

「母さん」

 

「なに」

 

「今の、どのくらい練習しましたか」

 

アンナは少し考えた。

 

「覚えてないわ」

 

「そうですか」

 

「でも、あなたが生まれる前から焦がしてる」

 

長い。

 

かなり長い。

 

⸻

 

「ねえちゃー!」

 

声がした。

 

畑の入口に、ルカが立っていた。

 

手に木の輪を持っている。

 

その後ろから、リリが歩いてくる。

 

「連れてきちゃった。ごめんね」

 

「見たいって、聞かなかったので?」

 

「ずっと言ってた」

 

リリが肩を落とした。

 

ルカは俺の方へ来て、木の輪を差し出した。

 

「ねえちゃ、なげて」

 

「投げますか」

 

「なげる」

 

アンナが横で笑った。

 

「教わったばかりの技を、木の輪で試す気ね」

 

「試しません」

 

輪を受け取って、軽く投げた。

 

ふわりと飛んで、土の上に落ちる。

 

ルカが走って拾いに行く。

 

足の運びは、まだ怪しい。

 

それでも、去年よりずっと速い。

 

戻ってきて、また差し出す。

 

「もっかい」

 

「はい」

 

「もっかい」

 

「まだ投げていません」

 

ヨシュアが板を片づけながら言った。

 

「言っただろう」

 

「はい。邪魔されるって」

 

「休めているならいい」

 

これは休みなのだろうか。

 

たぶん、そういうことにしておいた方がいい。

 

⸻

 

夜。

 

記録板を開いた。

 

今日のことを書く。

 

投擲、父に見せた。二回で対応された。

短剣、相討ち。重い相手に流すのは受けるのと同じ。

戻りを見る、は残っていた。

光、母の指を一瞬止めた。

闇、木片は落とせた。持たない。

 

そこで手が止まる。

 

アンナの火のことを、どう書けばいいのか分からなかった。

 

大きい火ではなかった。

 

弱い火でもなかった。

 

板を抜いた。

 

縁は溶けて、草は揺れてもいなかった。

 

俺は少し考えて、こう書いた。

 

母の火。拳より小さい。厚い板を抜いた。

広げると散る。狭くすると全部乗る。

狭い方が、弱いのではない。狭い方が、強い。

 

書いてから、もう一行足した。

 

狭くするのは、外し続けた回数でできている。

 

記録板を閉じる。

 

昼間、一度だけ言葉が崩れた。

 

直そうとして、やめた。

 

アンナは何も言わなかった。

 

言わないまま、笑っていた。

 

明日は、勝った話をしないといけない。

 

アンナが忘れているとは思えない。

 

ガルドのこと。

 

ラウルのこと。

 

たぶん、途中でルカに邪魔される。


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