なんか今年の序列が決まったらしい
最終日の掲示板には、もう名前が少なかった。
五位決定戦。
三位決定戦。
そして、決勝。
そこに俺の名前はない。
カイルの名前もない。
カリンの名前もない。
けれど、見覚えのある名前はいくつも残っていた。
トルシエ・ユング。
ソルベ・トーレス。
ヤパ。
ロデュウ・フリードリヒ。
エルナ。
昨日まで、試合場を別物にしていた人たちだ。
「ここまで来ると、名前だけで重いですね」
俺が言うと、マリベルが掲示板を見たまま頷いた。
「ええ。誰が勝っても、変な納得があるわ」
リーナは少しだけ首を傾げた。
「でも、全員勝つわけではないんですよね」
「はい」
強い人が負ける。
もっと強い人に。
順位戦は、それを最後まで見せるらしい。
最初に呼ばれたのは、五位を決める試合だった。
⸻
トルシエ・ユングは、大槌を肩に担いで試合場に入った。
相手は五年生の剣士だった。
背が高く、剣も長い。
真正面から大槌を受ける気はないのだろう。
足を細かく動かし、最初から横へ回る構えを見せている。
トルシエは、それを見ても大きく構えを変えなかった。
大槌を下ろす。
地面に、重い音が落ちる。
「始め」
剣士が先に動いた。
速い。
大槌の正面には入らない。
斜めへ走り、トルシエの外側を取ろうとする。
大槌は重い。
振り向きが遅れれば、背中を取れる。
たぶん、そういう狙いだった。
トルシエが大槌を持ち上げる。
遅い。
だが、剣士の踏み込みが止まった。
大槌の先ではない。
地面。
トルシエの足元から、嫌な圧が広がっている。
「大震撼!」
大槌が地面を叩いた。
試合場が跳ねる。
剣士の足が、わずかに浮いた。
転ぶほどではない。
けれど、踏み込みの足がずれた。
剣の線がぶれる。
そこへ、トルシエが大槌を横へ振った。
直撃を狙ったものではない。
風圧と間合いで、剣士を外へ弾く振り。
剣士は後ろへ跳んだ。
きれいに避けた。
そう見えた瞬間、着地の場所がまた揺れた。
二撃目。
トルシエは、大槌を振り抜いた勢いのまま石突き側を地面に打ち込んでいた。
小さい大震撼。
一撃目ほど大きくない。
だが、着地に合わせるには十分だった。
剣士の膝が沈む。
トルシエが前へ出る。
大槌を振り上げる。
剣士は転がるように横へ逃げた。
逃げた先に、三撃目の振動が来る。
大槌が地面を擦った。
土が波のように横へ走る。
剣士の足がまた止まる。
トルシエは、ただ力任せに振っているわけではなかった。
一撃目で足を浮かせる。
二撃目で着地を潰す。
三撃目で逃げ道を削る。
大槌の重さで、試合場そのものを武器にしている。
剣士も粘った。
大震撼の揺れが来る前に、小さく跳ぶ。
着地をずらす。
トルシエの懐へ、一度だけ鋭く入った。
剣が胴前へ伸びる。
届く。
だが、トルシエは大槌を戻さなかった。
柄を縦に立てる。
剣が柄に当たる。
高い音。
剣士の手首が跳ねた。
その瞬間、トルシエの肩が入る。
大槌ではない。
体で押す。
剣士の体勢が崩れた。
トルシエが大槌を持ち替える。
今度は振り下ろさない。
柄の先を、相手の胸元の手前に置く。
「そこまで!」
教師の声が飛んだ。
勝者、トルシエ・ユング。
五位。
大槌は、当たれば終わり。
でも、それだけではなかった。
揺らして、止めて、逃げ道を潰す。
大きな武器なのに、試合の作り方は思ったより細かい。
俺は手の中の記録板を開きかけて、まだ閉じた。
今は書くより、見る方が先だ。
⸻
三位決定戦は、ヤパとソルベ・トーレスだった。
鞭と幻惑。
土魔法とゴーレム。
どちらも、相手にしたくない。
ソルベは開始前から、足元の土を静かに動かしていた。
反則ではない。
結界内の整地の範囲。
だが、あれはたぶん準備だ。
土を知っている者だけが分かる、わずかな下地作り。
ヤパは、いつも通り立っていた。
鞭を垂らし、力の抜けた姿勢。
何も考えていないようにも見える。
全部見ているようにも見える。
「始め」
ソルベが先に動いた。
土が立ち上がる。
人の背丈を超えるゴーレムの腕が二本。
その間に、分厚い土壁。
昨日カイルを封じた形より、さらに大きい。
逃げる場所を先に潰している。
ヤパの鞭が揺れた。
赤い薔薇の影が散る。
鞭が三本にも、五本にも見えた。
だが、ソルベは鞭を追わない。
土壁を出す。
その背後から、ゴーレムの腕が伸びる。
太い指が、土壁の縁を掴んだ。
「ウォールハンマー」
土壁が横から振られた。
壁が、槌になる。
広い。
重い。
幻も本物も、まとめて潰すような一撃。
ヤパの姿が、土壁に呑まれた。
赤い薔薇の影が潰れる。
土煙が上がる。
だが、手応えはなかった。
本物のヤパは、土壁の振り抜きよりも内側にいた。
ゴーレムの腕の影。
そんな場所に入れるはずがない。
そう思うのに、そこにいる。
鞭が、ゴーレムの手首に絡んだ。
引かない。
止めない。
ただ、添える。
ソルベが手を動かす。
ゴーレムの腕が、ヤパを払い落とそうと動く。
その瞬間、ヤパの姿が二つに増えた。
右に逃げたように見える。
左に踏み込んだようにも見える。
正面には、薔薇の花びらだけが残る。
ソルベは迷わず土を広げた。
足元を固める。
ヤパの移動先を全部潰すつもりだ。
正しい。
たぶん、かなり正しい。
けれど、ヤパは逃げていなかった。
鞭が低く走る。
狙いはソルベ本人ではない。
ウォールハンマーを振ったゴーレムの肘。
その関節のような部分。
鞭が絡む。
ヤパは引かない。
ほんの少しだけ、角度を変える。
ゴーレムの腕が振り戻される。
土壁の残骸が、別のゴーレムの肩にぶつかった。
重い音。
土が崩れる。
崩れた土を、ソルベはすぐに使おうとした。
次の壁。
次の腕。
次の足場。
だが、ヤパの薔薇の幻が、崩れた土埃に混ざって広がる。
赤い花びらが土の中に見えた。
どこまでが土埃で、どこからが幻なのか分からない。
ソルベの指が、一瞬止まった。
止まったのは本当に一瞬だった。
それだけで、ヤパには十分だった。
鞭が、今度はソルベの足元を撫でる。
当てていない。
ただ、足を置きたい場所に薔薇の影が重なる。
ソルベは踏み替える。
踏み替えた先に、ヤパがいた。
いつ入ったのか分からない。
鞭の柄が、ソルベの胸元の手前で止まる。
「そこまで!」
教師の声が響いた。
勝者、ヤパ。
三位。
俺は息を吐いた。
ソルベは強かった。
ウォールハンマーも、ゴーレムも、土の再利用も強かった。
けれど、ヤパはその大きさを邪魔に変えた。
大きいものは強い。
でも、大きいからこそ、少しずれると戻すのにも時間がかかる。
そこへ幻を混ぜる。
判断を一瞬遅らせる。
その一瞬で入る。
嫌だ。
本当に嫌な戦い方だった。
でも、三位になる理由は分かった。
ヤパは礼をして、ふわりと下がる。
勝ったのに、勝った人間の顔ではない。
散歩の途中で、少し面白いものを見つけたような顔だった。
⸻
決勝。
エルナとロデュウ・フリードリヒ。
生徒会長。
氷の魔法使い。
第二王子。
炎の剣士。
二人が結界の内側に立つ。
それだけで、試合場の温度が分かれたように感じた。
ロデュウは剣を下げている。
炎はまだ出ていない。
それでも、熱の気配がある。
エルナは静かに立っている。
冷気は見えない。
けれど、足元の土が少し締まったように見えた。
「礼」
二人が頭を下げる。
顔を上げる。
「始め」
先に動いたのは、ロデュウだった。
一歩。
その一歩で、炎が剣に乗った。
カリンを押し込んだ炎。
ヤパの幻を焼いた炎。
だが、今はそれよりも大きい。
剣を振るたびに、炎の尾が試合場を走る。
熱が前へ押し出される。
エルナは下がらない。
足元から氷が広がった。
炎が走る。
氷が迎える。
赤と白がぶつかる。
溶ける。
凍る。
砕ける。
一度で終わらない。
ロデュウの炎は、氷を溶かして道を作る。
エルナの氷は、溶けた水をまた凍らせて足場を変える。
剣が来る。
氷の板が立つ。
炎の剣が当たる。
板が砕ける。
砕けた氷が蒸気になる。
白い煙が上がる。
その煙の中から、ロデュウがさらに入った。
正面。
迷いがない。
炎の大きさに目を奪われるが、本体は剣だ。
速い。
重い。
剣筋がきれいだ。
エルナは半歩だけ横へ動いた。
大きく逃げない。
半歩。
それだけで、ロデュウの剣筋が少しずれる。
氷の線が、ロデュウの後ろへ走った。
退路を塞ぐように。
ロデュウは振り返らない。
炎を後ろへ落とす。
氷が割れる。
前へ進む。
エルナの氷が、今度は低く走った。
足首を狙うのではない。
足の置き場を奪う線。
ロデュウは踏み抜いた。
炎が地面を舐める。
氷が溶ける。
溶けた水が、すぐに凍る。
足場が滑る。
それでも、ロデュウは止まらない。
足を強く置き、剣を振る。
炎が広がる。
エルナの前に、赤い壁ができた。
氷の壁が立つ。
炎がぶつかる。
氷が割れる。
割れた欠片が、炎の中で白く光る。
エルナの指が動いた。
その欠片が、ロデュウの横へ飛ぶ。
攻撃ではない。
配置。
次の氷の起点。
ロデュウがそれを見た。
剣を返す。
炎の尾が氷片を焼く。
その間に、エルナが一歩下がる。
ただ逃げたのではない。
下がった場所に、もう霜が走っていた。
ロデュウが踏み込む先を、先に作っている。
「細かい……」
思わず呟いた。
リーナが隣で息を呑んでいる。
エルナは大きな氷を使える。
でも、それだけではない。
小さな氷片。
溶けた水。
蒸気。
砕けた壁。
全部を、次の配置に使っている。
ロデュウは、それを炎で焼きながら進む。
ただ焼くだけではない。
広げる炎で視界を奪う。
細い炎で足元を切る。
剣に纏わせた炎で、氷を砕く。
炎の形が何度も変わる。
ロデュウが低く息を吐いた。
炎が剣へ集まった。
広がっていた熱が、一本の線へ絞られていく。
「炎龍波」
剣が振られた。
炎が龍の首のようにうねる。
正面から、エルナへ走る。
大きい。
速い。
熱が形を持っている。
あれを盾で受けたカリンの腕を思い出した。
胸の奥が、少し縮む。
エルナは両手を上げた。
冷気が落ちる。
「アブソリュートゼロ」
声は静かだった。
だが、試合場の空気が変わった。
炎龍波が、鈍った。
消えたのではない。
炎の形をしたまま、動きが遅くなる。
赤い龍の首に、白い霜が走る。
炎が、氷に食われていく。
ありえないような光景だった。
ロデュウは止まらない。
炎龍波が鈍った瞬間、その横を抜けた。
大技を壁にして、自分は剣本体で入る。
強い。
炎龍波そのものも強い。
だが、それを隠れ蓑にして詰める判断がもっと怖い。
エルナの氷が足元から立ち上がる。
ロデュウは剣で砕く。
炎で溶かす。
前へ。
前へ。
あと一歩。
観覧席の空気が止まった。
届く。
そう思った瞬間、エルナの指が動いた。
砕かれた氷の欠片。
溶けて水になったもの。
白い蒸気。
ロデュウが焼いたはずのもの。
それらが、ロデュウの周りで一斉に凍った。
足元。
肘の横。
剣の下。
肩の後ろ。
全部を止めるわけではない。
ほんの少しずつ、動きを削る。
足が半拍遅れる。
剣がわずかに重くなる。
肘の線が狭くなる。
ロデュウの炎がそれを焼く。
だが、焼くために一瞬だけ炎が散る。
その一瞬で、エルナの氷の刃が立ち上がった。
鋭くはない。
試合用に丸められている。
それでも、胸元の手前。
決定打の位置。
ロデュウの剣は、あと少し届いていなかった。
「そこまで!」
教師の声が、実技場に響いた。
一瞬、誰も声を出さなかった。
ロデュウの炎がゆっくり消える。
エルナの氷が、白い霧になってほどける。
二人は、同時に息を吐いたように見えた。
「勝者、エルナ」
次の瞬間、声が爆発した。
拍手。
足音。
名前を呼ぶ声。
その全部が重なる。
エルナは静かに礼をした。
ロデュウも、深く礼を返す。
負けた顔ではあった。
だが、折れた顔ではなかった。
ロデュウは何かを短く言った。
ここからは聞こえない。
エルナが小さく頷いた。
王になりたい王子ではない。
剣を持って国を守りたい王子。
その炎を止めた氷。
今年の一位は、その氷だった。
⸻
表彰は、その日の夕方に行われた。
試合場は整えられ、結界具は止められていた。
土にはまだ、ところどころに凍った跡や焼けた跡が残っている。
完全には消えていない。
今日一日、ここで何があったのかを示していた。
上位五名が、前へ呼ばれる。
「第五位、トルシエ・ユング」
大槌の生徒が前へ出る。
「第四位、ソルベ・トーレス」
ソルベは静かに歩いた。
カイルを破った土。
エルナに止められた土。
それでも、四位。
「第三位、ヤパ」
ヤパは、やはりふわりと歩く。
四年生で、三位。
周囲のざわめきが少し変わった。
学年の上の者たちを越えて、そこに立っている。
異質だ。
「第二位、ロデュウ・フリードリヒ」
第二王子が前に出る。
炎の剣士。
決勝で敗れた人。
それでも、堂々としていた。
「第一位、エルナ」
生徒会長。
氷の魔法使い。
今年の序列一位。
エルナが前に出ると、拍手が一段大きくなった。
上位五名が並ぶ。
大槌。
土。
鞭。
炎。
氷。
方向が違う。
強さの形が違う。
でも、全員が上にいる。
俺はその列を見ながら、手の中の記録板を握っていた。
書くことはたくさんある。
でも、今はただ、見ていた。
⸻
その後、三十位までの序列が掲示された。
正式な序列。
来年度、学園内で上位者として扱われる生徒たち。
人だかりができる。
歓声。
ため息。
悔しそうな声。
喜ぶ声。
俺は少し離れて待った。
押し合いの中に入る元気はない。
レオスが先に見に行き、すぐに戻ってきた。
「カリン先輩、入ってる!」
胸が跳ねた。
「何位ですか」
「二十一位!」
二十一位。
俺は、その数字を頭の中で繰り返した。
カリン。
三年生。
二十一位。
正式な序列持ち。
すごい。
分かっていた。
カリンは強かった。
ロデュウに負けた。
でも、弱かったわけではない。
むしろ、あのロデュウに挑んで、盾の光で受けて、前へ出た。
だから、二十一位。
納得できた。
納得できるのに、遠かった。
人だかりの向こうに、カリンの姿が見えた。
誰かに声をかけられている。
祝われているのだろう。
カリンは少し困ったように、それでもきちんと頷いていた。
こちらを見た。
目が合う。
カリンは、ほんの少しだけ笑った。
大きく手を振るわけではない。
駆け寄るわけでもない。
ただ、小さく頷く。
俺も頷いた。
おめでとう。
声には出さなかった。
でも、たぶん届いたと思いたかった。
俺の名前は、序列にはない。
それでいい。
今はまだ、そこではない。
二年生には届いた。
三年生には届きかけた。
でも、序列には届かなかった。
カリンは届いた。
その事実は、少し悔しくて、かなり嬉しかった。
変な感じだった。
⸻
掲示板の前の声は、しばらく収まらなかった。
「エルナ会長、やっぱり一位か」
「ロデュウ殿下でも届かなかったな」
「ヤパ先輩、四年で三位って何なんだ」
「ソルベ先輩も強かったのに」
「トルシエ先輩の大震撼、怖かった」
「カリン先輩、二十一位だって」
「三年で?」
「盾の人だろ」
「光ったよな、盾」
その中に、俺の名前も少し混ざる。
「ヨウカは?」
「序列にはない」
「でも一年で二年二人抜きだろ」
「ディオン先輩に負けた子」
「光と闇の」
「小さいけど、変な戦い方する」
「可愛いのに怖い」
最後は余計だ。
本当に余計だ。
でも、今日はそれに反応する元気もあまりなかった。
序列。
上位五名。
三十位。
二十一位のカリン。
序列外の俺。
全部が一気に形になった。
順位戦は終わった。
俺の中では、負けた時に一度終わっていた。
でも、今日ようやく本当に終わった気がした。
夜、記録板を開いた。
少し迷って、まず一行だけ書く。
今年の序列、決定。
その下に、上位五名を書く。
一位、エルナ。氷。アブソリュートゼロ。炎龍波を止めた。
二位、ロデュウ・フリードリヒ。炎の剣士。炎龍波。前へ進む炎。
三位、ヤパ。四年生。鞭。ローズウィップ。距離と目を狂わせる。
四位、ソルベ・トーレス。土魔法、ゴーレム。ウォールハンマー。
五位、トルシエ・ユング。大槌。大震撼。
少し間を空ける。
カリン、二十一位。
盾に光。剣にも光。ロデュウ相手にも下がらなかった。
さらに下に、自分のことを書く。
ヨウカ、序列外。
二勝。三回戦敗退。
まだ届かない。
そこで手が止まった。
悔しい。
でも、それだけではない。
俺は、今日見たものを思い出す。
炎を凍らせた氷。
幻を焼いた炎。
土壁を振るうゴーレム。
大地を揺らす大槌。
薔薇のように目を惑わす鞭。
そして、二十一位に入ったカリンの盾。
全部、遠い。
でも、見えた。
見えないほど遠いわけではなかった。
俺は最後に一行だけ足した。
来年、もっと届くようにする。
記録板を閉じる。
順位戦は終わった。
けれど、学園生活は終わらない。
どうやら、今年の序列が決まったらしい。




