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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
86/106

なんか話す前に食べさせられたらしい

アンナの言った順番は、絶対だった。

 

ご飯。

寝る。

それから話す。

 

まず、ご飯が出てきた。

 

湯気の立つ椀。

焼いた肉。

野菜の煮込み。

柔らかいパン。

 

匂いが先に体へ入ってくる。

 

何かを考えるより先に、体の方が「帰ってきた」と理解した。

 

「まず食べる」

 

アンナが椀を置いた。

 

「はい」

 

「話はそのあと」

 

「はい」

 

素直に頷くと、アンナは目を細めた。

 

「素直すぎるわね」

 

「逆らうことでもないので」

 

「よろしい」

 

ヨシュアは向かいで静かにパンを割っている。

 

ルカは隣の椅子で、俺をじっと見ていた。

 

食べるより、こっちを見る方が忙しいらしい。

 

「ルカ、食べなさい」

 

アンナが言うと、ルカは椀を見る。

 

一口食べる。

 

そして、また俺を見る。

 

「ねえちゃ」

 

「はい」

 

「ねえちゃ、いる」

 

「いますよ」

 

「いる」

 

確認作業らしい。

 

三回呼ばれて、三回とも返事をした。

 

ヨシュアが口元を緩める。

 

「邪魔されているな」

 

「まだ話してもいないのに」

 

「言っただろう」

 

確かに言われた。

 

ルカにも邪魔される、と。

 

予想より早い。

 

アンナが笑いながら、ルカの椀を寄せる。

 

「お姉ちゃんは逃げないから、食べなさい」

 

「にげない?」

 

「逃げません」

 

ルカは納得したように頷いて、また一口食べた。

 

小さい。

 

それでも、夏に帰った時より確かに大きくなっている。

 

手の動きも、言葉も、増えていた。

 

「ヨウカ」

 

アンナが呼ぶ。

 

「はい」

 

「手が止まってる」

 

「……はい」

 

今度は俺が食べる番だった。

 

温かいものを飲み込む。

 

胃のあたりがゆるむ。

 

疲れている時の温かい食事は、危ない。

 

眠くなる。

 

かなり眠くなる。

 

「父さん」

 

「寝るな」

 

「まだ寝てません」

 

「今、半分寝ていた」

 

バレている。

 

アンナが俺の椀を見て、満足そうに頷いた。

 

「食べたら、少し横になりなさい」

 

「話は」

 

「そのあと」

 

「はい」

 

体はもう、休みたいと言っている。

 

話したいことはたくさんある。

 

でも、今は椀が温かい。

 

ルカが袖をつまんでいる。

 

アンナが俺の食べる速度を見ている。

 

ヨシュアが黙って水を足してくれる。

 

それで順番は決まってしまった。

 

話す前に、食べる。

 

話す前に、休む。

 

 

少しだけ横になるつもりだった。

 

本当に、少しだけのつもりだった。

 

目を閉じたところまでは覚えている。

 

次に目を開けた時、窓の外は夕方になっていた。

 

「……寝すぎた」

 

声に出すと、すぐ近くでヨシュアが答えた。

 

「必要だった」

 

布団の上で瞬きをする。

 

体は軽くなっている。

 

頭はまだ少しぼんやりしていた。

 

「母さんは?」

 

「台所」

 

「ルカは?」

 

「寝た」

 

ゆっくり体を起こす。

 

ヨシュアは部屋の隅に座っていた。

 

何かをしているわけではない。

 

ただ、そこにいた。

 

俺が起きるのを待っていたのだろう。

 

「話せるか」

 

「はい」

 

「無理なら明日でいい」

 

「話せます」

 

ヨシュアは頷いた。

 

「まず、怪我は」

 

「ありません」

 

「本当に」

 

「本当に。試合で疲れましたけど、大きな怪我はしていません」

 

「そうか」

 

ヨシュアが俺の顔を見る。

 

次を待っている。

 

聞き出さない。

 

でも逃がさない。

 

「順位戦に出ました」

 

「知っている」

 

「手紙、届いていましたか」

 

「途中までは」

 

「ああ」

 

全部は届いていないのだろう。

 

年度末は人も物も動く。

 

手紙も遅れる。

 

「二回勝って、三回戦で負けました」

 

ヨシュアは表情を変えなかった。

 

「相手は」

 

「一人目はガルドさん。槍でした」

 

「勝ち方は」

 

「場外です。足元と距離を使いました」

 

「二人目は」

 

「ラウルさん。土札を使う人でした。札を狙って崩しました」

 

「投擲で?」

 

「はい」

 

「三人目」

 

息を吸った。

 

「ディオンさん。三年生の剣士です。負けました」

 

ヨシュアの目が細くなる。

 

「強かったか」

 

「強かったです」

 

すぐに答えた。

 

誤魔化す必要はなかった。

 

「基礎が強くて、崩れませんでした。投擲は落とされました。光は払われました。闇で少し剣筋を逸らせても、戻しが早くて次が間に合いませんでした」

 

口にすると、悔しさが戻ってくる。

 

負けた場面は、もう何度も思い出している。

 

それでも、言葉にすると別の重さがあった。

 

「最後は、風の刃を飛ばされました」

 

「魔法か」

 

「たぶん、魔法ではありません」

 

少し言葉を選ぶ。

 

ヨシュアたちは、俺がものを見ると名前や状態のようなものが浮かぶことを知っている。

 

でも、俺の中の表示を全部知っているわけではない。

 

「私が見ても、名前は浮かびませんでした。珍しい技か力だと思います」

 

「それを出させた」

 

「はい。でも、負けました」

 

「なら、今はそこまでだ」

 

きつい言葉ではなかった。

 

ただ、事実だった。

 

今の俺はそこまで。

 

ディオンさんには届かなかった。

 

「はい」

 

頷くと、ヨシュアの表情が少し緩んだ。

 

「届かない距離か」

 

喉が詰まった。

 

ディオン戦の夜、記録板に書いた言葉だ。

 

ヨシュアには見せていない。

 

「届かない距離ではないと思います」

 

「そうか」

 

「でも、まだ届きません」

 

「なら、やることはある」

 

「はい」

 

それだけだった。

 

励ましすぎない。

 

慰めすぎない。

 

勝ちを褒める前に、負けをちゃんと置かせる。

 

ヨシュアは、俺がほしい言葉をだいたい短く言ってくる。

 

アンナが、湯気の立つ飲み物を持って部屋へ入ってきた。

 

「起きたのね」

 

「はい」

 

「話してた?」

 

「少し」

 

アンナが俺を見る。

 

「負けた話?」

 

「はい」

 

「じゃあ、あとで勝った話も聞く」

 

「はい」

 

「負けた話だけで終わったら、母さんがつまらない」

 

その言い方が母さんらしくて、笑ってしまった。

 

アンナは俺の横に座り、飲み物を渡してくる。

 

「で、怖かった?」

 

聞き方がまっすぐだった。

 

「少し」

 

「悔しかった?」

 

「かなり」

 

「またやる?」

 

「やります」

 

アンナは頷いた。

 

「なら大丈夫」

 

「それだけですか」

 

「それだけじゃないわよ。でも、そこが大事」

 

アンナが俺の髪を軽く撫でた。

 

「怖くて、悔しくて、それでもまたやるなら、ちゃんと残ってる」

 

「何がですか」

 

「伸びしろ」

 

ざっくりしている。

 

でも、分かる。

 

アンナは飲み物の椀を両手で包んだ。

 

それから、少し間を置いて言った。

 

「ヨウカ」

 

「はい」

 

「その、はい」

 

「はい?」

 

「学園でも、そう返してるの」

 

「……たぶん」

 

「うちでも同じね」

 

何を言われたのか、すぐには分からなかった。

 

アンナはそれ以上続けなかった。

 

飲み物を一口飲んで、椀を置いただけだ。

 

「投げるのと、短剣は少し分かるようになりました」

 

俺が言うと、ヨシュアがこちらを見る。

 

アンナも目を細めた。

 

「少し?」

 

「前よりは」

 

「あとで見せなさい」

 

アンナが言った。

 

「休んでから」

 

ヨシュアが続けた。

 

「はい」

 

順番がまた決まった。

 

食べる。

寝る。

話す。

休む。

見せる。

 

この家では、俺の予定はだいたい大人に調整される。

 

不思議と嫌ではない。

 

たぶん、その順番の方が、今の俺には合っている。

 

 

夜。

 

ルカが起きた。

 

予想通り、俺のところへ来た。

 

「ねえちゃ」

 

「はい」

 

「ねる?」

 

「まだ寝ません」

 

「ねるの」

 

寝かせに来たらしい。

 

アンナが後ろで笑っている。

 

「ルカが言うなら寝なさい」

 

「母さん」

 

「ほら、邪魔された」

 

ヨシュアが静かに言った。

 

本当に邪魔された。

 

ルカは俺の袖を握って、真剣な顔をしている。

 

まだ全部は話せていない。

 

でも、今日はこれでいいのかもしれない。

 

「分かりました。寝ます」

 

「ねる」

 

ルカは満足そうに頷いた。

 

俺は布団へ戻る。

 

アンナが灯りを落とした。

 

ヨシュアが扉の近くで立ち止まる。

 

「続きは明日でいい」

 

「はい」

 

「勝った話もな」

 

アンナが言う。

 

「はい」

 

ルカは俺の布団の横に座り込もうとして、アンナに抱えられた。

 

「ルカも寝るの」

 

「ねえちゃは?」

 

「お姉ちゃんも寝るから」

 

「ねる」

 

抱えられながら、ルカはまだ俺を見ていた。

 

俺は小さく手を振る。

 

ルカも手を振り返した。

 

少しずれている。

 

目を閉じる。

 

食べさせられた。

 

寝かされた。

 

話は途中で止められた。

 

ルカにも邪魔された。

 

それでも、胸の中は静かだった。

 

話さなければいけないことは、まだある。

 

急がなくていい。

 

アンナもヨシュアも、明日もいる。

 

ルカも、たぶん明日また邪魔をする。

 

それが分かるだけで、眠くなる。


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