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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
85/92

なんか終盤は技名まで重いらしい

順位戦は、終盤に入っていた。


勝ち残っている人数は、もうかなり少ない。


最初はあれほど騒がしかった実技場も、今は少し違う空気になっている。


人は多い。


観覧席も埋まっている。


だが、ただ騒ぐ声は減っていた。


みんな、見ている。


残っている者たちが、ただの勝ち残りではないと分かっているからだ。


俺の試合は終わった。


カイルも負けた。


カリンも負けた。


それでも順位戦は続いている。


むしろ、ここからが本当に上の戦いなのだと、見ているだけで分かった。


「今日は救護所は?」


リーナが聞いた。


「呼ばれたら行きます」


「試合を見るんですね」


「はい」


今日は、見た方がいい。


そう思った。


救護所でできることはある。


けれど、今しか見られないものもある。


救護担当の教師にも、朝のうちに言われていた。


「今日は終盤だ。手が足りなくなったら呼ぶ。それまでは見ておけ」


そう言われたので、俺は観覧席にいた。


負けた生徒として。


まだ学園に残る生徒として。


そして、たぶん。


次に進むために。



最初に実技場全体が大きく揺れたのは、トルシエ・ユングの試合だった。


男爵家の上級生。


大槌を使う。


遠目にも大きい。


体格も大きいが、持っている槌がさらに大きい。


あれを振るだけで、試合場の空気が重くなる。


向かい側に立ったのは、ヤパという女子生徒だった。


四年生。


鞭使い。


上級生たちの中にいるのに、どこか浮いて見える。


小柄というわけではない。


ただ、立ち方が変だった。


力が抜けている。


構えているようにも見えるし、ただそこに立っているだけにも見える。


長い鞭が、手の中でゆるく垂れている。


「ヤパ先輩だ」


レオスが少し声を落とした。


「知っているんですか」


「有名だよ。何考えてるのか分からないって」


強さの説明には聞こえない。


でも、観覧席の反応を見る限り、ただ変な人というだけではないらしい。


「礼」


二人が頭を下げる。


顔を上げる。


「始め」


合図と同時に、トルシエが動いた。


大槌が持ち上がる。


遅い。


そう思った瞬間には、もう振り下ろされていた。


「大震撼!」


トルシエ本人の声が、実技場に響いた。


大槌が地面を叩く。


音ではなく、揺れが来た。


腹の奥に響く振動。


結界の内側の土が波打つ。


ヤパの足元が揺れる。


普通なら、そこで体勢が崩れる。


だが、ヤパは揺れに逆らわなかった。


揺れに合わせて、ふわりと身体が浮いたように見えた。


足が地面を離れたわけではない。


でも、そこに体重がないように見える。


鞭が動いた。


伸びる。


いや、伸びたように見えた。


距離がおかしい。


トルシエの腕には届かないはずだった。


だが、鞭の先が、大槌を握る手の近くをかすめる。


トルシエが眉を寄せる。


大槌が横へ振られた。


広い。


避ける場所を潰す振り。


ヤパは後ろへ下がった。


そう見えた。


次の瞬間、ヤパはトルシエの斜め横にいた。


「え」


思わず声が出た。


移動したのか。


していないのか。


一瞬、目が追えなかった。


ヤパの鞭が、ふわりと揺れる。


一本だったはずの鞭が、花びらのように何本にも分かれて見えた。


赤い薔薇の影が、視界の端にちらつく。


本物は一本。


分かっている。


でも、目が勝手に追わされる。


右の鞭。


左の鞭。


足元の鞭。


遅れて、胸元へ伸びる鞭。


全部が本物に見える。


トルシエは迷わなかった。


再び、大槌を地面へ叩きつける。


「大震撼!」


細かい狙いではない。


周囲ごと揺らす。


幻でも本物でも、足場が揺れれば関係ない。


そういう判断に見えた。


土が跳ねる。


薔薇の幻が一つ消えた。


もう一つも消える。


残ったヤパは、跳ねた土埃の向こうにいた。


鞭が低く走る。


トルシエの足元。


当たる。


そう見えた瞬間、トルシエの大槌が地面を擦るように動いた。


鞭が弾かれる。


重い武器なのに、細かい。


ただ力任せではない。


トルシエも、ちゃんと上手い。


だが、ヤパは笑っているように見えた。


口元だけが、少し緩い。


何を見ているのか分からない目で、トルシエを見ている。


次の瞬間、ヤパの姿が二つに見えた。


右と左。


トルシエは迷わず中央を叩いた。


地面が割れるように揺れる。


右のヤパが消える。


左のヤパも揺らぐ。


本物は、中央より少し後ろにいた。


「見せられてる場所が違う……」


俺は小さく言った。


トルシエは外しているわけではない。


むしろ、よく見ている。


それでも、見せられている。


そこにいると思わされている。


届くと思わされている。


避けたと思わされている。


ヤパの鞭が、ふっと消えた。


いや、見失った。


次に見えた時には、トルシエの大槌の柄に絡んでいた。


観覧席がどよめく。


トルシエは力で引いた。


普通なら、鞭の方が負ける。


だが、ヤパは引き合わない。


鞭を緩める。


トルシエの力が空を引く。


大槌の先が、わずかに流れる。


そこへ、ヤパが踏み込んだ。


鞭の柄。


その短い部分が、トルシエの胸元の手前に止まる。


「そこまで!」


教師の声。


トルシエの大槌は戻りきっていない。


ヤパの鞭の柄は、胸元の手前。


決定打。


観覧席が一拍遅れて沸いた。


「ヤパ先輩、勝った」


「トルシエ相手に近づいたぞ」


「今、どこにいたんだよ」


「見えなかった」


俺も、よく分からなかった。


見ていたのに。


観察していたのに。


それでも、分からない。


ヤパは礼をして、ふわりと下がった。


勝った人間の動きに見えない。


散歩の途中みたいだった。


「今の、ローズウィップでしょうか」


エレシアが小さく言った。


「ローズウィップ?」


「ヤパ先輩の鞭技です。薔薇のように見える幻と鞭を重ねる、と聞いたことがあります」


なるほど。


名前を聞いても、納得できたような、できないような気分だった。


薔薇。


確かに、花びらのように見えた。


でも、綺麗というより、目を惑わされる感覚の方が強い。


「嫌ですね」


俺が言うと、マリベルが頷いた。


「あなたが言うと重いわね」


「どういう意味ですか」


「戦い方が嫌だって言われてる子が、嫌がってるから」


それは否定しづらい。


でも、ヤパの戦い方は本当に嫌だった。


目が信用できない。


距離が信用できない。


自分の判断が、信用できなくなる。


トルシエの大槌は恐ろしい。


当たれば終わる。


だが、ヤパは別の怖さだった。


当たる前に、何を見ているのか分からなくなる。



次に空気が変わったのは、エルナの名前が呼ばれた時だった。


生徒会長。


氷の魔法を使う女子生徒。


名前だけは何度も聞いていた。


だが、実際に見るのは初めてに近い。


エルナは、静かに試合場へ入った。


長い髪を後ろでまとめている。


姿勢がいい。


派手な装飾はない。


でも、立っただけで周りの空気が冷えたように感じた。


向かい側に立ったのは、ソルベ・トーレス。


昨日、カイルを破った土魔法使い。


ゴーレムマスター。


俺は思わず背筋を伸ばした。


カイルを負かした人が、今度は氷の生徒会長と戦う。


「始め」


合図と同時に、ソルベの足元が盛り上がった。


早い。


昨日より早い。


土が腕になる。


壁になる。


人の背丈を越えるゴーレムの上半身が、二体。


試合場の左右に立ち上がる。


カイルの時より大きい。


明らかに、出力を上げている。


土の腕が、エルナへ伸びる。


その動きは遅くない。


大きいのに、重さだけで押してくるわけではない。


エルナは動かなかった。


片手を上げる。


氷が走った。


地面ではない。


空気の中を、白い線が走る。


伸びてきた土の腕が、途中で凍った。


表面だけではない。


関節のように動いていた部分が、白く固まる。


腕が止まる。


ソルベは表情を変えず、手を下げた。


地面が隆起する。


エルナの進路に、分厚い土壁が立ち上がった。


壁。


そう思った瞬間、その後ろから巨大な土の腕が伸びる。


ゴーレムの腕だ。


太い指が、土壁の縁を掴んだ。


ソルベの唇が、わずかに動く。


「ウォールハンマー」


声は大きくなかった。


だが、土壁が横から振られた瞬間、その名前の意味は分かった。


壁ではない。


巨大な槌だった。


ゴーレムが、土壁をそのまま叩きつけてくる。


避ける場所ごと潰す一撃。


昨日のカイルが相手なら、あれで終わっていたかもしれない。


だが、エルナは一歩だけ前に出た。


冷気が広がる。


振られた土壁の表面が白く染まる。


完全には止まらない。


重い。


質量がある。


凍りながらも、土壁は迫る。


エルナがもう片方の手を上げた。


「アブソリュートゼロ」


声は、ほとんど息に近かった。


次の瞬間、結界の内側の空気が一段落ちた。


試合用に抑えている。


たぶん、本来の名の通りの威力ではない。


それでも、十分だった。


土壁が止まる。


ゴーレムの腕が止まる。


振り抜かれるはずだった壁の槌が、エルナの前で白く固まった。


観覧席が静かになった。


騒ぐより先に、見入っている。


ソルベが、凍った土壁を捨てようとする。


崩す。


崩した土から、次の壁を作る。


昨日、カイルを追い詰めた動き。


崩れても終わらない土。


崩れたものを、次の形へ変える土。


だが、エルナの氷はそれを許さなかった。


崩れた土が、地面へ戻る前に凍る。


塊になる。


重くなる。


動かない。


ソルベの顔が、初めて少し動いた。


エルナはさらに前へ出た。


氷が広がる。


試合場の土が、足元から白く染まる。


ただ凍らせているだけではない。


道を作っている。


ソルベの土が動ける場所を、逆に凍らせて潰している。


土が盛り上がる。


氷が縫い止める。


土の壁が立つ。


氷の槍が横から刺さり、壁ごと固定する。


ゴーレムの腕が振られる。


エルナの前に氷の板が立つ。


腕が当たる。


氷の板が砕ける。


だが、砕けた氷片が、今度は土の腕にまとわりついた。


冷気が走る。


土の腕が止まる。


「何あれ……」


レオスの声が掠れた。


俺も同じ気持ちだった。


ソルベは強い。


昨日、それを見た。


カイルの水と風を飲み込み、場そのものを土で支配した。


そのソルベが、場を取られている。


氷に。


冷気に。


エルナの一歩一歩に。


ソルベが大きく手を上げた。


試合場の中央が盛り上がる。


これまでで一番大きい。


土が集まる。


人の形ではない。


壁でもない。


巨大な獣の前脚のようなものが、地面から突き出た。


その前脚を、ゴーレムの腕が押し出す。


エルナへ落ちる。


当たれば終わる。


避けるにも範囲が広い。


エルナは、そこで初めて両手を上げた。


氷が咲いた。


地面から、白い柱が何本も伸びる。


土の前脚を受け止める。


一本が砕ける。


二本目も砕ける。


だが、三本目が支える。


四本目が横から刺さる。


五本目が、土の関節を凍らせる。


巨大な土の前脚が、空中で止まった。


止まったまま、白く染まっていく。


凍る。


重い土が。


あれだけ動いていた土が。


完全に止まる。


エルナが指を下げた。


凍った土の前脚が、音を立てて地面に落ちた。


ソルベの前が開く。


エルナの足元から、細い氷の線が走る。


真っ直ぐ。


速い。


ソルベの足元で止まり、そこから氷の刃が立ち上がった。


鋭くはない。


試合用に先端は丸い。


だが、胸元の手前まで届いていた。


「そこまで!」


教師の声が響く。


「勝者、エルナ」


観覧席が爆発した。


声が遅れて来た。


「会長!」


「強すぎるだろ」


「ソルベ先輩の土、止めたぞ」


「場ごと凍った」


俺は、しばらく声が出なかった。


強い。


ただ強い。


そういう言葉しか出てこない。


でも、それだけでは足りない。


エルナは火力だけではない。


凍らせる場所が正確だった。


土が動く前に止める。


崩れた土が再利用される前に固める。


大きな攻撃も、受ける場所を作って止める。


力が大きい。


なのに、雑ではない。


「ヨウカさん」


リーナが小さく言った。


「はい」


「あれも、見て分かるんですか」


「分かりません」


即答だった。


分かるわけがない。


今の俺が分かったのは、分からないほど強いということだけだ。


それでも、見てよかった。


ソルベを倒した氷。


カイルを倒した土を、さらに上から止めた氷。


強さの階段が、目の前で一段ずつ見えた気がした。


嫌になるくらい、分かりやすかった。



夕方近く。


また、ヤパの名前が呼ばれた。


相手は、ロデュウ・フリードリヒ。


第二王子。


炎の剣士。


王位を望まず、将来は軍に進み、将軍として国を守りたいと言われている人。


その話を聞いた時、少し意外だった。


王になりたい王子ではない。


剣を持って、国を守りたい王子。


なら、あの炎は見せるための炎ではないのかもしれない。


前へ出るため。


道を開くため。


守るために敵を焼く炎。


ロデュウは、いつも通りまっすぐ立っていた。


対するヤパは、ふわりと鞭を下げている。


炎と幻惑。


まったく違う戦い方だった。


「始め」


先に動いたのはヤパだった。


鞭が揺れる。


薔薇の幻が広がる。


赤い花びらのような影が、ロデュウの視界を包む。


一本の鞭が三本に見える。


右。


左。


正面。


どれも届きそうで、どれも届かないように見える。


ロデュウは止まらなかった。


剣に炎が乗る。


広がる炎。


剣を中心に、熱の波が前へ出る。


薔薇の幻が揺らぐ。


ヤパの姿が、二つに見える。


ロデュウは片方を追わない。


炎を広げる。


幻ごと、場を焼く。


「なるほど」


マリベルが呟いた。


「幻を見分けるのではなく、まとめて払うんですね」


「そうだと思います」


ヤパの鞭が足元へ来る。


ロデュウは剣を下げる。


炎が地面を舐めるように走り、鞭の進路を塞ぐ。


鞭が引かれる。


次は上。


薔薇の花びらが舞う。


ロデュウの肩の後ろに、ヤパが現れたように見えた。


だが、ロデュウは振り返らない。


一歩、前へ出る。


その前に、本物のヤパがいた。


見ていたのか。


読んだのか。


それとも、最初からそこに来るように誘導していたのか。


分からない。


ヤパの表情も変わらない。


ただ、少しだけ楽しそうだった。


鞭が巻く。


ロデュウの剣腕を狙う。


炎が細くなる。


広がっていた炎が、剣筋へ集まっていく。


熱が一点に絞られる。


ロデュウが息を吐いた。


「炎龍波」


剣が振られた。


炎が、龍の首のようにうねった。


波のように前へ走り、鞭の幻を飲み込む。


薔薇の花びらが、赤い炎の中で消える。


本物の鞭だけが、火を避けるように引かれた。


そこへ、ロデュウが入る。


速い。


真正面。


逃げ場を焼いてから、剣で詰める。


ヤパは下がる。


下がったように見えた。


だが、また距離がずれる。


ロデュウの剣が空を切る。


いや、完全には切っていない。


炎龍波の熱が、ヤパの袖をかすめた。


ヤパの目が、少しだけ細くなる。


初めて、反応らしい反応が見えた。


次の瞬間、鞭が絡む。


ロデュウの剣ではなく、足元。


炎の外側。


届かないはずの場所。


ロデュウの足が止まる。


一瞬。


ヤパが踏み込む。


鞭の柄が胸元へ向かう。


決まる。


そう見えた。


ロデュウの炎が、ふっと消えた。


いや、消えたのではない。


足元へ落ちた。


地面を走る炎。


ヤパの足が止まる。


その一瞬で、ロデュウの剣が戻る。


炎はもう大きくない。


細く、鋭い。


剣先が、ヤパの胸元の手前で止まった。


「そこまで!」


教師の声。


ヤパの鞭の柄は、あと少し届いていない。


ロデュウの剣は、胸元の手前。


決定打。


「勝者、ロデュウ・フリードリヒ」


観覧席が大きく沸いた。


「炎が幻を飲んだ……」


「でも、最後かなり危なかったぞ」


「ヤパ先輩、あそこまで入ったのか」


「ロデュウ殿下、強い」


ヤパは少しだけ首を傾げた。


負けたのに、あまり悔しそうには見えない。


ただ、面白いものを見たような顔をしていた。


ロデュウは丁寧に礼をする。


ヤパも、ふわりと礼を返す。


俺は息を吐いた。


幻惑を、炎で押し払う。


大技で雑に焼いたのではない。


広げる炎。


絞る炎。


足元へ落とす炎。


ロデュウは、炎の形を変えていた。


カリンの盾を越えた時と同じだ。


ただ大きいだけではない。


大きくもできる。


細くもできる。


そして、必要な場所に置ける。


だから強い。


炎龍波。


名前だけなら派手だ。


だが、実際に見たそれは、ただ派手な技ではなかった。


前へ進むための炎だった。



試合場の空気は、何度も変わった。


大槌の揺れ。


薔薇の幻。


土壁を振るうゴーレム。


全てを止める氷。


幻を焼く炎。


同じ順位戦なのに、別々の世界を見ているようだった。


俺は記録板を開きかけて、やめた。


書くことは多い。


多すぎる。


でも、今はまだ、文字にするには早い気がした。


大震撼。


ローズウィップ。


ウォールハンマー。


アブソリュートゼロ。


炎龍波。


技名は、ただの名前ではなかった。


そこに、その人の戦い方が入っている。


トルシエは、地面ごと相手を揺らした。


ヤパは、目と距離を狂わせた。


ソルベは、土壁をゴーレムで叩きつけた。


エルナは、動く土すら凍らせた。


ロデュウは、炎を龍のように走らせた。


俺はまだ、そこに名前をつけられるほどの技を持っていない。


小さな光。


一瞬の闇。


投擲。


短剣。


観察。


それでも、見た。


見てしまった。


上にいる人たちは、ただ強いだけではない。


自分の戦い方を、形にしていた。


試合場では、次の準備が始まっている。


順位戦は、まだ終わらない。


今年の序列も、まだ決まっていない。


俺は観覧席で息を吐いた。


どうやら、終盤は技名まで重いらしい。

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